第14話 初めての依頼を受ける真祖
「皆さん、本日は宜しくお願いします」
「お願いします」
ファーティマとクリスはコンラートたちに頭を下げた。
今日はコンラートたちと共に、魔物討伐に行く日だ。
「おう、任せて置け。ところでちゃんと依頼内容は把握しているよな?」
「西の洞窟で発生したオーク?という魔物を倒すんだよね」
挨拶も終わり、砕けた口調になったファーティマはコンラートの質問に答えた。
コンラートは頷く。
「おう。オークは基本的にC級からD級レベルの弱い魔物だが、稀にB、Aに到達する個体もいる。……いざとなったら頼むぜ、嬢ちゃん」
「お任せあれ!」
ファーティマは胸を張った。
そのオークというのがどれほどの生き物なのか分からないが、「殺せば死ぬ」段階で大した敵ではない。
本当に厄介なのは自分や『黒の真祖』ハサンのように『限りなく不死に近い不死』を持つ上位神や、神竜、蛇神、竜殺しのように『不完全な不死』を持つ下級神、『不死に近い不死性』や『強力な不死性』を持つ幻獣や妖精、精霊たち……そして正真正銘の不死である最上位神である。
頭を吹き飛ばしても平気な顔をして復活するのだ。
いくら殺しても死なないのだから憂鬱な気分になる。
もっともファーティマもあまり人(神?)のことを言えないのだが。
さて、一行は街から西にある洞窟へ、馬車で向かう。
それまでの間、ファーティマとクリスはコンラートの仲間と親交を深めつつ、冒険者に必要な基礎的な知識を教わる。
「魔物っていうのは、何をもって魔物と定義しているの?」
「単純にギルドが『魔物』と定義すれば、それは全部魔物だな。例えば竜やユニコーンも魔物だし、オークも魔物。ゴブリンも魔物だし……吸血鬼も魔物だ」
「……」
ファーティマは顔を顰めた。
自分の子供たちを「倒すべき害獣」の括りに入れられるのはあまり気分の良い話ではない。
少なくとも喜ぶ母親はそうはいないだろう。
無論、コンラートに悪意がないことは分かる。
幼少期からそう刷り込まれているのであれば、もうそれは仕方がない。
「それにしても……竜、ユニコーン、ゴブリンも魔物なのね」
竜、ユニコーン、ゴブリン。
この三種はファーティマの時代にも存在した。
竜というのは地母神である女神、またはそれから産まれた特殊な眷属たちのことを指す。
ファーティマの母も竜の血を引いており、当然ファーティマも竜である。
竜の中でも特に強力な個体は神竜、蛇神と呼ばれる。
地母神や地母神と直接的な血縁関係を持つ半神、または生まれながらの神竜、そして長い時を経てついに神と同等以上の力を有するようになった個体は、一纏めに神竜だ。
ユニコーンは幻獣の一種である。
他にもペガサス、そして地母神の眷属の竜なども幻獣として扱われる。
神より強力な力を与えられて作られた生物は皆、幻獣という定義だ。
最後にゴブリン。
彼らは妖精の一種である。
悪戯好きでファーティマの下着を盗まれたりといろいろ被害にあったことがあるが、基本的には無害な存在……と、少なくともファーティマは認識している。
……そもそもファーティマからすれば、この世の殆どの生物は無害である。
ゴブリンは人間の女性を攫い、暴行を加えることが多々あるが、ファーティマを攫おうと考えるほど命知らずではない。
その気になれば、ファーティマは見ただけで神以外の生き物を殺すことができるのだから。
ごく普通の人間基準では十分脅威だが、しかし個体によっては気の良い物もいる。
決して見つけ次第殺さなければならないような害獣ではない。
四千年の間に随分と価値観が変わっている。
言動は慎重に……と、ファーティマは誓った。
ファーティマはちゃんと経験から学べる子である。
もっとも学ぶことと実行に移すことは少々異なるのだが。
さてそうこう話しているうちに洞窟に辿り着いた。
女性魔術師と男性魔術師が魔術で灯りを付け、洞窟の奥へと続く。
「魔力が十分にあって、魔術で灯りを十分に確保できるなら松明はできるだけ使うな。空気が燃えて無くなっちまうこともあるからな」
「はい、先輩!」
「それと有毒なガスが溜まっている可能性もある。まあこの洞窟は何度も来てるし、その可能性はないが……別の洞窟を探検する時は気を付けろ」
「はい、先輩!」
ファーティマから先輩、先輩とおだてられたコンラートは気分良さそうな表情を浮かべている。
一日、二日ならば呼吸をせずとも生きていられるし、この世にファーティマを殺せるような毒は殆どないということは、知らせない方が幸せだ。
ファーティマはちゃんと空気を読める子である。
たまに読み間違えるが。
しばらく洞窟を進んでいると、ファーティマは前方から殺気を感じた。
それから数瞬遅れてコンラートが足を止め……
そして叫ぶ。
「戦闘準備!!」
索敵用の陣形から、戦闘のための陣形に切り替わる。
陣形が切り替わるのとほぼ同時に二足歩行の生き物たちが襲い掛かって来た。
「「■■■■■■■■!!」」
数は五体。
コンラートたちを前衛、魔術師たちや弓を持った者たちを後衛にし、迎撃に当たる。
ファーティマはクリスを庇いつつ、後ろから戦闘を伺う。
下手に介入する連携が崩れてしまう恐れがあるからだ。
それに今回はあくまで「研修」だ。
コンラートたちが危なくなった段階で、介入すればいい。
「しかし見事だね。良くも悪くも殺しの技術は廃れていないのね」
次々と攻守を切り替えて、オークを倒していくコンラートたち。
その連携は『武人』ファーティマから見ても見事なものであった。
「身体能力強化の魔術、ですかね?」
「みたいだね。コンラートたちは普通の人間だし」
身体能力強化の魔術は非常に簡単で、魔術師に師事しなくとも、ある程度戦闘を経験すればそれなりのものが身につく。
無論、ちゃんと筋肉や骨の構造が分かっていた方が効力は遥かに上がる。
(みんな、身体能力はクリスよりも下だね。やっぱり魔術が退化している弊害かぁ……もっとも、戦闘経験が少ないクリスよりも、まだコンラートの方が強いだろうけど)
独学で習得したコンラートたちと、ファーティマに数日だけとはいえ師事を受けたクリスでは、同じ身体能力強化の魔術でも、その出力に大きな違いがある。
ファーティマとしてはコンラートたちにちゃんとした魔術を教えてあげたいのだが、下手なことを教えて、現在の世界のバランスを崩すわけにはいかない。
人間とは愚かな生き物で、どんな技術だろうとも人殺しへの応用方法を思いついてしまうのだ。
身体能力強化の魔術など、もっての他だろう。
「お見事です、皆さん」
戦闘終了後、ファーティマはコンラートたちに近寄った。
この程度の相手ならば大したことは無いということか、目立った怪我は見られない。
「おう。さて、よく見ろ。嬢ちゃん。……見ての通り、オークってのは姿形は様々だ」
ファーティマは灯りに照らされたオークを観察する。
豚面のオークもいれば、鬼のような見た目のオークもいる。
肌の色も肌色から黒、緑、白。そして体の大きさも様々だ。
「そして個体の強さも違う。……言っておくが、大きいからといって強いとは限らねぇ。小さい奴の方が身軽で強いこともある。さて、どのオークも共通点が一つある。まずは頭の角だ。こいつは素材として価値があるし、オーク討伐の証にもなる」
コンラートたちはそう言ってオークの角を一本、一本丁寧に切り離し、袋に詰めた。
「証明部位は魔物によって違うから、必ずギルドで確認するんだ。それと……魔物の多くは心臓に魔石を持っている」
「魔石、ですか」
ファーティマは首を傾げた。
聞きなれない用語だ。
「魔力が結晶化した石だ。オークのは高いとは言えねえが、それでも無視できない額になる」
そう言ってコンラートはオークの心臓部にナイフを突き刺し、魔石を取り出して見せた。
仄かに発光する緑色の石をファーティマに見せる。
「色は個体よって違ったりする。これもギルドに持っていけば換金できる。分かったな?」
「うん、分かった」
ファーティマは頷いた。
確かにその石は魔力の塊であった。
何のことはない、ただの魔力結晶である。
魔力を固定化させる技術は四千年前にもあった。
もっとも……少なくとも自然に採取できるような代物ではないが。
「……ちゃんと折を見て、魔物についても調べないと」
何か、決定的なことが四千年の間に起こっている。
そしてそれはおそらく、自然現象ではない。
ほぼ間違いなく、何らかの神……地母神か、海洋神か、太陽神か、英雄神か。
どの属性かは分からないが、何らかの神による大規模な魔術が原因であると、断定しても良いだろう。
人間には魔物を……新たな生物を生み出すことなどできない。
それは同じ神に名を連ねる者としての勘であった。
作中に登場予定の『不死』のランク分け
完全な『不死』……そもそも死の概念が用意されていない
限りなく『不死』に近い不死……体が粉々になっても死なないが死の概念があるため死ぬことはある、但し条件次第で生き返れる
不完全な『不死』……体が粉々になっても死なないが死の概念があるため死ぬことはある。死んだら生き返ることはできない。
『不死』に近い不死性……体が粉々になれば死ぬ
強力な不死性……頭が吹っ飛べば死ぬ
不死性……頭が吹っ飛ばなくても死ぬことがある