第13話 メイドに魔術と武術を教える真祖
翌日、ファーティマとクリスは郊外の空き地に向かった。
クリスに戦い方を教えるためである。
「あの、ご主人様。このスカートで大丈夫でしょうか?」
「ミニだし、動きやすくて良いんじゃない?」
「い、いや……そういう問題じゃないと思うのですが……」
「でもスパッツ穿いてるし、見えないでしょ。それに敵に襲われた時、一々動きやすい恰好に着替えるわけにはいかないじゃん」
ファーティマはあっさり言った。
ファーティマが恥ずかしいのは足が見えているファッションであり、中が見えることでは無かったりする。
これがファーティマ独特の価値観なのか、四千年前の人間が皆そうであったかは歴史の謎である。
「さて、まず近接魔術戦闘……を教える前に、魔術を使えないとね。せめて身体能力強化と重力操作くらいはできるようにならないとね」
近接魔術戦闘は魔術の使用を大前提とする。
その動きには魔術の補佐が無ければ不可能なものが多い。
「クリスはどんな魔術が使えるの?」
「少し水を出すだけど、種火を起こす程度です。道具を使った方がマシなレベルですよ」
「少しやってみて」
ファーティマはクリスに魔術を使ってみるように促した。
「じゃあ水を出してみますね。確か……『水の精霊よ、我に恵みを!』」
クリスがそう唱えると、水滴が一粒落ちた。
なるほど、信じられないほど不効率な魔術である。
しかも魔力炉すらも使っていない。
「一応聞くんだけど、クリスが学んだ本でまともな本なの?」
「父と母が魔術大学で使用されていた教科書を仕入れたものなので……ええ、決してインチキ本の類ではないと思います」
ファーティマは頭を抱えた。
そしてしばらく考えてから、クリスに尋ねる。
「詠唱以外の方法は知らない? あと魔術式に関してもちゃんと記述があった? 魔力炉って分かる?」
「詠唱を使わない方法は高等技術で、中級者編からだと書いてありました。私が読んだのは初級編なので。魔術式の理解も中級からで良いと……魔力炉は聞いたこともないです」
「詠唱法は基礎がちゃんと出来てることが前提なんだけどぁー、まあ確かに詠唱を使わない方が難しいのは本当だけど。これじゃあ魔術師というよりも、魔術使いだね……」
ファーティマは溜息を吐いた。
魔力炉の知識すらないのは予想外だった、
「うん、そのインチキ教科書に乗ってることは全部忘れて。まずは簡単な魔術を基礎から、みっちり教えてあげるから」
「やっぱり難しいでしょうか?」
「身体能力強化や重力操作はそんなに難しくはないよ」
ファーティマはそう言ってから、クリスの背後に回り込み、両手を掴んだ。
「まずは理力を魔力に変換させるところから……まあ、それくらいはできるか」
「ええ、まあ……その程度ならば」
どんな人間でも理力を持っている。
それを魔力に変換させることは、呼吸をするのと同じで、教えられなくともできる。
問題はそのやり方では変換効率が悪いことだ。
「やっぱり魔力炉を作れないと話にならないからね。じっとしていてね。作ってあげるから」
ファーティマはそう言ってクリスの体の中に魔力を流し込んだ。
クリスは熱い液体のようなものが全身を駆け巡るのを感じた。
最初は不快感を感じたが、段々と慣れてきて……
むしろ快感を伴うようになる。
「ご、ご主人様……な、なんか変な感じがします」
「大丈夫、大丈夫。クリス、私の魔力の流れと同じように自分の魔力を動かして」
「ど、どうやってやるんですか?」
「イメージするだけだよ、クリスは魔力をどんな風にイメージしてる? 私の魔力とクリスの魔力、それが混ざり合い、流動しているようにイメージして」
クリスは半信半疑でイメージを思い浮かべる。
クリスのイメージは銀色のスライムと金色のスライムが自分の体の中を蠢いているようなイメージだ。
……絶対に人には言えないが。
「そうそう、そんな感じ。じゃあ魔力炉を作るよ。一度作っちゃえば、終わりだからね」
そう言ってファーティマはクリスの体の中に疑似的な内臓器官、魔力炉を生成する。
自力で作れないこともないのだが、自力で作るメリットは特にない。
精々、他人に作り方を教える時に困る程度だ。
「よし、完成。どう? 分かる?」
「……何か、変な感じがします」
「まあ、最初はね。すぐに慣れるよ。……じゃあ理力を魔力炉に注いでみて。そっとね」
ファーティマの言う通り、クリスは魔力炉に理力を注ぎ込む。
すると急速に魔力が作り出されていく。
「う、うわぁ! な、なんか凄いです!」
「まあ、そりゃあね。ただ……ふむ、まだまだ使い方が未熟だね。炉の火力を制御できるようになって三流、最大効率で燃やせるようになって二流、自分なりにカスタマイズできるようになったら一流だから。まずは三流を目指そう……毎日寝る前とかに練習するといいよ」
「は、はい……えっと、この後はどうすれば良いんでしょうか?」
クリスは困惑気味に尋ねた。
するとファーティマ落ちていた木の棒を拾い、地面に何かを書き始める。
「まずは身体能力強化を教えるね。その前に人体の基礎的な構造を教えよう。まず人間の体は……」
ファーティマはそう言って、心臓、血管、骨、筋肉の構造を丁寧に教えていく。
さらには人間の体が小さな部屋のようなもの、すなわち細胞の集合体であることも教える。
「本当はもっと理解を深めた方が良いんだけど、最初はこんなもんで良いかな。忘れちゃったらいつでも聞いてね」
「は、はい」
三時間ほどの講義を終え、ようやくファーティマはクリスに身体能力強化の魔術式を教えた。
世界記憶にアクセスするための式、そして書き換えの式、それを暫く保つための式。
それらは扱いたい魔術によって異なるため、暗記し、理解しなければならない。
もっとも身体能力強化はそこまで難しい魔術でもない。
ファーティマのような超一流魔術師が使っている身体能力強化になると、かなり複雑になるが。
「こ、こんな感じですか?」
「そうそう! 良いじゃん、ジャンプしてみて。あ、ジャンプする前に足の骨と筋肉を強化するのを忘れないでね。骨折すると一大事だから」
クリスは神妙な顔で頷き、足に力を込め……
高くジャンプする。
「うわぁ!」
一メートルほどの高さまで飛び上がったクリスは驚きの声を上げた。
少し同様したのか着地には失敗し、よろけてしまう。
それをファーティマが慌てて支えた。
「おっと……凄いじゃん、才能あるよ」
「そ、そうですか?」
「うんうん」
ファーティマは褒めて伸ばす主義だ。
尚、ファーティマの身体能力は素で高い。
どれくらい高いのかというと、利き手の右手を封じた状態で象と相撲をとって勝てるくらいである。
これでも半神半人なので、そもそも肉体の構造が一般的な人間とは違う。
最初から象は手をついているという突っ込みは禁止である。
「そのままちょっと運動してみて。あ、でも気を付けてね」
ファーティマはそういってクリスを走らせたり、ジャンプさせたりしてみる。
そうすることで強化した身体能力に慣れるのだ。
「うん、良い感じだね。次は重力操作について教えてあげよう。……ところで重力って分かる?」
「すみません、知らないです」
「だよねー」
やはり科学的な知識がかなり後退している。
とはいえ、これは予想通りなので問題無い。
ファーティマは丁寧に引力の概念について、クリスに説明した。
「分かった? つまりね、私たちには三種類の力が掛かってるのよ。一つは惑星が私たちを引く力、もう一つは私たちが惑星を引く力、そして最後に惑星が自転する遠心力。この三つを合わせて重力。分かった?」
「自転って何ですか?」
「うん、ごめん。私が悪かったわ。まず惑星って分かる? 私たちの乗ってる大地、これって実は丸いんだけど」
ファーティマがそう言うとクリスは首を傾げた。
どうやらそこから説明しなければならないようだ。
ファーティマは丁寧に、丁寧にクリスに惑星、つまり大地が球体であり、それが回転していることを説明した。
クリスは半信半疑であったが、一応理解はしたようだ。
「よし、これでようやく重力操作の魔術式を教えられる……はい、まずはそこにある小石を浮かせてみよう。魔術式が違うだけで、根本は身体能力強化と同じだよ。但し、対象の指定を忘れないでね」
クリスは小石に向かって手を伸ばし、魔術を作動させる。
すると……
小石はあっという間に空に吸い込まれるように消え、数十秒後に落下した。
かなりの高さまで飛んだようだ。
「え、えっと……これで良いんですか?」
「うん、ちゃんと発動しているね。次は重力をいきなりゼロにするんじゃなくて、強弱をつけて、上手く浮かせてみよう」
ファーティマに言われた通り、クリスは小石を浮かす練習を始めた。
最初は次から次へと空へ打ち出しては悲しそうな表情を浮かべていたが、何度も繰り返すうちに慣れてきて、数時間後には一分間は浮かすことができるようになっていた。
「コツを掴めば、簡単ですね」
「でしょ? それにしてもクリス、割と才能あるね」
魔術は器用で真面目な性格な者ほど、適正がある。
ファーティマも私生活は適当だが、真面目な時は非常に真面目なのだ。
「まあまずは身体能力強化と重力操作、二つを極めてね。身体能力強化は自由に強弱が付けられるように、重力操作は体を軽くしたり、逆に重くしたりすることができるようになったら合格。時間を見つけて練習してね。……次は基礎的な戦闘を教えてあげる」
ファーティマはそういって、クリスに対して手を引き寄せる動作をした。
「取り敢えず、適当に殴ってきて」
「えっと、良いんですか?」
「大丈夫、大丈夫。ああ、身体能力強化を使っても良いよ。というか、使った方が良いね。その方が訓練になるし」
クリスは迷った表情を浮かべたが、意を決してファーティマに殴りかかった。
未熟とはいえ、強化された拳だ。
直撃を受ければタダでは……まあ、ファーティマなら蚊に吸われるのと大して変わらないだろうが、普通の人間は当たり所によっては大怪我をしかねない一撃だ。
ファーティマはその拳に軽く触れ……
次の瞬間、クリスは宙に放り投げられていた。
「あ、あれ?」
「おっと、危ない」
ファーティマはクリスをお姫様抱っこでキャッチする。
そして優しく笑いかけた。
「相手の力を利用する投げ技だよ。これは身体能力強化は無関係だからね。最初に覚えるには丁度いいでしょう? いくつか、投げ技をマスターして貰うから」
ファーティマの母親は地母神、女神だが……
父親は古代人種の神殺しの英雄。
つまり武人である。
その血はしっかりとファーティマにも受け継がれているのだ。
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