第11話 ようやく真実に気が付く真祖
「わぁ、凄い! 鉄の剣がこんなにあるなんて!!」
ファーティマは目を輝かせた。
金銀の数倍の価値があるとされる鉄製品がずらりと並んでいる。
「これとか、値段はいくらなの?」
「そのロングソードは金貨十枚じゃな」
ファーティマがコンラートに尋ねると……
コンラートではない、別の声がファーティマの問いに答えた。
声の主がのそのそと出てくる。
「コンラート、随分と別嬪さんを連れて来たの。お前さんのところの、新しいメンバーか?」
「いや、そういうわけじゃないが……ああ、嬢ちゃん。紹介しよう、この人の名前はヘルムだ。見ての通り、ドワーフ族だ」
「初めまして、ファーティマと言います。……あの、ここの商品は全てヘルムさんがお作りになられたのですか!」
ファーティマは目をキラキラさせて、ヘルムに詰め寄った。
ファーティマはヘルムの両手を握って懇願する。
「あの、もし宜しかったら作成するところを見せて頂いても良いですが? 教えてくれとは言いませんから!」
「い、いや……教えるも何も、嬢ちゃんの細腕では無理だと思うが……」
「細腕? 筋肉が必要なのですか? 鉄を作るのに?」
「当たり前じゃろう。何を言っとる……」
「なるほど……まるで想像ができない」(いったい、どんな魔術式で作られているんだろうか?)
ヘルムは困惑した表情を浮かべた。
頑固者の職人、というキャラをここ数十年突き通しているヘルムだがファーティマのような人間は初めてだ。
「ま、まあ……邪魔をしないというのであれば、見せてやっても構わんぞ」
「ありがとうございます!」
ファーティマは満面の笑みを浮かべた。
そして心の底でガッツポーズをする。
これでようやく、現代の進んだ錬金術をこの目で見ることができる。
ファーティマは魔術オタクなのだ。
錬金術はその性質上、ファーティマは得意ではないが同時に嫌いではない。
錬金術は非常に奥が深い魔術で、ファーティマも研究することは大好きだった。
「うむ、ついてこい」
ヘルムはファーティマ一行を店の奥の工房に案内する。
その工房を見た者の反応は二者に分かれた。
一者、つまりコンラートとクリスは「まあ鍛冶師の工房なんてこんなものか」と何一つ驚くことはなく、平然とした表情を浮かべている。
もう一者、つまりファーティマは逆に「こんな不思議な魔術研究室は見たことが無い」と目を輝かせ、同時に「だが理力や魔力の残滓がないのは何故だろうか?」と魔術師らしい疑問を感じた。
ヘルムは炉に火を入れて、ファーティマに対してニヤリと笑みを浮かべた。
「よく見るのだぞ?」
「はい!」
ファーティマはキラキラした目で頷いた。
そして……
「凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い !凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い! 凄い!!!!!!!」
ファーティマは飛び跳ねながら大興奮で叫んだ。
危うくヘルムに飛び掛かる勢いだったが、それは身構えていたコンラートとクリスによって幸いなことに防がれた。
「鉄を魔術を使わずに作るなんて! あなたは神様ですか!! 凄い、凄いです!! 感激です!! というか、どうやってるんですか? どうやって高温を出してるんですか? 先程からシュポシュポしているのは何ていう器械ですか? なるほど、そのシュポシュポで酸素を送り込んでいるんですね? 確かに酸素を送り込めば温度は上昇しますね、盲点でした! ところでどうやって酸化鉄から鉄を? これですか、この黒い石が何かの秘訣ですか? これは……石炭ですか! なるほど、炭素ですね? 酸化鉄と炭素を反応させて酸化還元反応を起こしてるんですね! でも石炭は硫黄を含みますよね? そうすると鉄が硫化鉄になってしまいませんか? ……いや、石炭じゃない!? 硫黄が含まれていない……こんな石炭が採掘できるはずがありません! これは、この黒いのは何というんですか? どこで採掘されたんですか? それともどうやって? 石炭との関係は!? ところで……」
「ええい、五月蠅い!! 黙らせろ!!」
ヘルムは大声で怒鳴った。
コンラートは慌ててファーティマの口を塞ぐ。
それでもファーティマは我慢できないのか、「ふがふが」と呻き声を上げている。
さて……
それから数時間語、短剣を作り終えたヘルムはファーティマに言った。
「さて……さっきの説明に答えてやろう、これはコークスという。お前さんの言う通り、石炭をそのまま製鉄に利用すると鉄が脆くなる。だから石炭を蒸焼にして、硫黄を取り除くのじゃよ」
「蒸焼……乾留ですか! なるほど、確かにそれなら硫黄を取り除けますね!」
「うむ、まあ嬢ちゃんの言っていることはよく分からんが、つまりそういうことだ」
その後もファーティマはヘルムに対し、様々な質問を投げかける。
ヘルムはそれに対し、可能な限り答えていく。
一部は経験則でヘルム自身は詳しい理由などは分からなかったりするのだが、そこは勝手にファーティマが考察し、自己完結して勝手に納得していく。
ファーティマの質問責めはその日の夕方まで続き、コンラートとクリスはあまりにも暇なので、しりとりをして遊んでいた。
「なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「お、おう……嬢ちゃん、そんなに製鉄が珍しかったか?」
「はい! 私の時代……ごほん、私の故郷では無かったので!」
「製鉄技術の無い地域ってのは、 あるとはたまげた……」
ヘルムは驚きの表情を浮かべた。
ドワーフ族の彼からすれば、そんなところが存在するとは俄には信じられない。
「ご主人様のじだ、故郷では鉄がなかったということですか?」
「ということは嬢ちゃん、この辺りに来て始めて鉄を見たってことになるのか?」
しりとりですっかり仲を深めたクリスとコンラートはファーティマに尋ねた。
ファーティマは首を横に振る。
「金銀の数倍の価値がありましたが、一応存在しましたよ」
「じゃが製鉄技術がないのじゃろ? どうやって作るんだ」
「技術はありましたよ。ただし、テクノロジーではなく魔術でしたけど」
ファーティマはヘルムにそう言ってから、近くにあった鉄鉱石の塊を掴む。
論より証拠だ。
まず初めに理力を魔力炉に送り、魔力を生成。
そしてその魔力で世界記憶にアクセスし、魔術を作動させる。
鉄鉱石の物質構造、質量、体積を解析し……
この物質が鉄鉱石であることを再確認する。
そしてファーティマは魔術で、鉄鉱石の分子構造を一つ一つ破壊していき……
酸化鉄を酸素と鉄にほぼ分離してしまう。
「純度は七割五分かな。設備が整ってれば、八割まで行けるけど……」
そう言ってファーティマは笑みを浮かべた。
あまり錬金術は得意ではないが、それでも一流の錬金術師程度の実力はあるのだ。
どうだ、とファーティマはドヤ顔を浮かべた。
コンラートとクリス、そしてヘルムは無言だった。
しばらく沈黙が流れ、ついにヘルムが口を開く。
「いいか、嬢ちゃん……今の技術、絶対にワシら以外に見せてはならんぞ」
「え、何で?」
「当たり前じゃろうが! そんな無茶苦茶な技術、公開してみろ! 世界のパワーバランスが崩れかねんぞ!! いいか、絶対じゃ! もし公開したいというのであれば、慎重にやれ!!」
ヘルムが大声でファーティマを怒鳴りつけた。
あまり怒られ慣れてないファーティマは思わず身を竦めてしまう。
クリスもそれに同意するように頷いた。
「ご主人様……あなたのその、魔術の知識は現代の数百年、下手したら千年は先に行っていますよ。絶対に外でやらないでください」
「さすがの俺でも嬢ちゃんがおかしいのは分かるぜ」
口々に言われて……ファーティマは首を傾げる。
確かに鉄を作り出す技術は四千年前でも高度だったが、そこまで言われるほどではないはずだ。
少なくとも現代は四千年前よりもずっと魔術が発展しているはずなのに……
と、思いかけて、ファーティマはようやく気が付く。
ファーティマが「四千年前よりも魔術が発展している」と考えた根拠は、鉄器がたくさん流通しているからというものであり、つまり優れた錬金術師が大勢いるに違いない……というのがその骨子である。
だがたった今、その前提は覆された。
鉄器が量産できているのは錬金術師が大勢いるからではなく、テクノロジーによる製鉄技術が確立したからである。
さて……必要は発明の母である。
ファーティマの時代は魔術が非常に発展していたため、テクノロジーを進歩させる必要はなかった。
魔術師一人がいれば、耕地の拡大から土木・建築、医療まで何でもできたのだ。
だが現代ではテクノロジーが非常に進歩している。
それはつまり……進歩する必要が生じたから、と考えられる。
それを踏まえると、ファーティマの頭の中で今までの周囲の人の反応や見聞きした者が急速に整理され、パズルのように組み合わさっていく。
そして……ついにファーティマは結論に達した。
(もしかして、魔術が滅茶苦茶衰退してるの?)
ここでようやくファーティマは真実に辿り着いた。
魔術、テクノロジー、科学、技術
この作品でどういう使い分けをしているかは次回解説
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