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第10話 メイドの武器を買いに行く真祖

 「……悪いにも限度があるのでは?」


 翌朝、クリスは床の上で目覚めた。

 ベッドを見ると、いつの間にか枕に足を向けて寝ているファーティマがいた。


 気遣ってくれたことには感謝しているが、蹴り飛ばされた分ダメージは大きい。

 これなら最初から床で寝た方がまだマシだったかもしれない。


 とはいえ、ファーティマの優しさと気遣いは十分に伝わっていた。

 

 「ああ、良かった……」


 クリスは心の底からそう呟いた。

 理不尽な理由で女主人に火傷を負わされ、まるで処分するように二束三文で売り払われ……

 

 この都市に流れ着いた。

 

 元々奴隷商人もクリスをまともに売るつもりはなく、クリスは翌日には闘技場に売り払われる運命だった。

 闘技場に売られた若い女奴隷がどうなるか、クリスも噂としては知っている。


 魔物と交合和せられた末、生きたまま食べられるのだ。

 女としては最悪の死に方だろう。


 もっとも……だからといって、買い手がついてもまともな死に方ができるとは限らない。

 何の技能もない、顔に醜い火傷を負った女奴隷にやらせることなど、まともなことのはずがないのだ。


 お前は娼婦にもなれないだろう…… 

 と、奴隷商人に言われて以来、クリスはずっと恐怖に震えていて、夜もまともに寝ることができなかった。


 だが……今夜はぐっすりと眠ることができた。

 それもこれも、この女主人……ファーティマのおかげだ。


 最初に血を吸われた時は心の底から恐怖を感じたが……

 冷静に考えてみれば、闘技場で魔物に犯されて食べられるよりは数百倍もマシだ。


 「……そうだ、水を汲んでこよう」


 何にせよ、クリスの今後の命運はこの女主人に掛かっているのである。

 自分が優秀であることを示す必要がある。

 ……血を吸うだけならば、自分じゃなくても良いのだ。


 クリスは宿屋の井戸に行き、水を汲み上げて瓶に注ぎ、部屋まで運んだ。

 するとすでにファーティマは起きていた。


 「おはよう、クリスちゃん。良い朝だね」

 「はい、ご主人様。これをどうぞ」


 クリスは瓶の水をコップに注ぎ、ファーティマに差し出した。

 

 「気が利くじゃん」


 ファーティマは水を飲み、満足気に笑みを浮かべる。


 「ありがとう、美味しかったよ。でも、魔術で出してくれても良かったんだよ? 確かに井戸水の方が美味しいけど、面倒でしょう?」

 「あまり得意ではないんですよ」

 「そうなの? 水を出すくらい、誰でもできるでしょ。それに私の見立てだとクリスは才能あると思うんだけどなぁ」


 あっさりというファーティマに対し、クリスは苦笑いを浮かべた。

 この女主人が本当に四千年前の人物、かの霊長の王(ロード)なのかどうかは分からないが、相当な世間知らずで浮世離れしていることだけは確かだ。


 「本格的な魔術を習得するには魔術大学に進む必要があります。大学に入学できるようになるのは成人、つまり十五歳からです。私は十四歳で、奴隷になった時は十歳くらいで魔術に関しては少し本で読んだ程度です」

 「……両親から簡単な魔術の一つや二つ、習ったりしないの?」

 「魔術師の両親の生まれなら別だと思いますが……私の両親は魔術大学を出ているわけでもありませんし」

 「……魔術師ってのが、どのレベルの魔術をできる人間を指すのかは定義によると思うけど、水を出すくらいの簡単な魔術なら誰でもできない?」

 「水を出すだけでもかなり大変だと思いますが……」


 クリスがそう答えると、ファーティマは困ったように唸り始めた。


 「うーん、どういうことだろう? それくらいの魔術なら誰でも使えるんだけどなぁ。わざわざ大学?とやらに通う必要もないと思うけど。おかしいなぁ……鉄器の量から考えると魔術は進歩しているはずなのに、魔術が一般に全然浸透してないなんて」


 ブツブツと呟くファーティマ。

 クリスにはファーティマが何に悩んでいるのか、全く分からなかった。


 そもそも鉄器の量が増えることと、魔術が進歩することの関連性すらも分からない。


 「まあ、良いか。ご飯を食べに行こう」

 「はい」







 朝食を食べ終えた後、ファーティマとクリスはコンラートのところを尋ねた。

 ちなみにファーティマは今朝の疑問については、このように納得していた。


 きっと、クリスの家が特殊なのだ、と。


 やはり自分の常識が間違っているとは、全く考えないようである。

 

 「コンラート、昨日振り」

 「おう、嬢ちゃん。昨日振りだな。何のようだ?」

 「いや、その……あまりあなたに頼り過ぎるのも良くないとは思うんだけどね……折り入って、頼みがあって」

 「いや、何でも言ってくれ。嬢ちゃんは命の恩人だし……何より、美人の頼みを断る男はいない」


 やはりコンラートは良い人だ。

 ファーティマは思わず口元を緩めた。


 「ところでそのメイド服の子、昨日の奴隷か?」

 「そうだよ、ほら、挨拶」

 「はい……コンラート様。クリスティーナと申します。クリスティーナ、またはクリスとお呼びください」

 

 クリスはスカートの裾を摘み、丁寧に頭を下げた。

 コンラートは目を見張る。


 「たまげた……本当に火傷を治しちまうとは。しかしこれだけ美人の奴隷が金貨五枚とは、掘り出し物だったな。嬢ちゃん」

 「私は女だし、奴隷の容姿とか全然気にならないけどね。それに治療費もそれなりに掛かってるから、決して金貨五枚とは言い辛いけど……良い子だよ。買ってよかった」


 ファーティマはそう言って笑った。

 まだ過ごした時間は短いが、クリスが決して悪い子ではないことは分かる。


 良い関係を築けそうだ。


 「そう、それで頼みなんだけどね? お金を稼ぐために冒険者として働こうと思うんだけどさ、冒険者として依頼を受けたこと無いんだよね。まだ未経験でさ……できればコンラートに一度、仕事を教えて欲しいなぁ……と。ダメかな? ダメなら別の冒険者さんに頼むんだけど、できれば気心の知れた人が良いからさ」


 そう頼んでみると、コンラートは笑みを浮かべて……


 「おう、良いぜ」


 あっさりと引き受けてくれた。


 「本当? ありがとう!」

 「おうよ!」(というか、嬢ちゃん放って置いたら大変なことになりそうだし……)


 コンラートはファーティマのことは大して心配していなかった。

 もしファーティマに襲い掛かる暴漢がいたとしても、コンラートが心配するのはファーティマではなく暴漢の方である。

 ファーティマには何となく、どんな事態になってもしぶとく生き抜きそうな安心感があった。


 コンラートが心配しているのはファーティマに着き従っている金髪の奴隷、クリスである。

 ファーティマは死ななくても、クリスは死んでしまいそうだ。

 さらにはこの常識のない娘が引き起こす騒動の被害を受けるであろう冒険者ギルドのことも、とても心配だった。


 「そうと決まれば話は早い。今日は俺も暇だし……デートに行こうぜ」

 「でーと?」


 聞きなれない言葉にファーティマは首を傾げる。

 コンラートはニヤリと笑みを浮かべた。


 「武器を買いに行こう、って言ってるんだ。まさか丸腰じゃあ、挑めないだろ?」

 「なるほど!」(デートってのは、武器を買いに行くことを言うんだね!)


 またもや素っ頓狂な勘違いをするファーティマ。

 クリスはそんなファーティマを横目で見ながら、後で宿に帰ったら正しい意味を教えてあげようと決める。

 

 「ところで嬢ちゃん、残金はどれくらい残ってる?」

 「金貨十八枚くらい。武器、買える? 私は最悪素手でもなんとかなるけど……クリスには最低限、自衛の道具を持たせて上げたいからさ」

 「ご主人様、私よりも御自分のことを優先して……」

 「いや、私は魔術師だから武器とかそんなに要らないんだよね。だからクリスの武器の方が大事。……それにクリスにも一緒に冒険者して貰うから」

 「わ、私もですか? い、いえ……ご命令とあらば、お受け致しますが」


 ちなみにファーティマがクリスに冒険者に付き合わせようとしているのは、もしもファーティマが行方不明になったり、何かが起きて休眠状態になった時のためである。

 自分で糧を稼ぐ手段を最低限身に付けさせるためだ。


 「それで、大丈夫かな?」

 「金貨十八枚か。武器だけなら十分だ。俺たちがよく行ってる、鍛冶屋がある。そこに行こう」


 こうしてファーティマ、クリスはコンラートに連れられて武器を買いに行くのであった。


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