第1話 蘇った真祖
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「復活!! ごめん、寝すぎちゃった!!!」
彼女は棺桶の中から飛び出した。
しかし……彼女を復活を祝福する者は誰もいなかった。
「あ、あれ? みんなどこ行っちゃったのよ。私を置いて……酷くない? どうせ生き返るだろ、あのトカゲ女みたいな? 普通さ、じっと見守ってるのが忠義に厚い家臣ってものじゃないの? ねえ?」
彼女は大きな声で叫んだ。
が、しかし彼女の声は宮殿―現代では古代遺跡に響くだけで、誰も返答しない。
彼女は首を傾げた。
眠りにつくことは幾度かあったが、いつもなら「霊長の王!! 寝すぎです。処理しなければならない案件が山積みです、早く来てください!!」などと、家臣が嫌がる彼女を無理やり働かせようとするのだが。
「ふむ……」
彼女は首を傾げながらも、立ち上がり、棺桶の中から出た。
彼女は全裸だった。
慎重は百五十センチほど、肌は雪のように白く、シミ一つない。
体は非常に均整の取れた、美しい―まるで大理石の彫刻のように美しい。
白銀の美しい髪は踵に触れるほど、伸びている。
整った顔にはルビーのように美しい、真紅の瞳が嵌め込まれていた。
『白の真祖』ファーティマ。
それが世界中のあらゆる種族から霊長の王と呼ばれる者の正体である。
ファーティマの片親は美女の多い神々の中でも一際美しいと評判の女神であり、ファーティマはその容姿を受け継いでいる。
父親も相当な美男子であったため、ファーティマは非常に美しい容姿をしており……
人間界、天上界含めて世界で五指に入る美女だと評価されていた。
もっともファーティマ自身はそれを大袈裟だと思っているが。
「随分と長い間寝ていたみたいだし、仕方がないか。よし、私が直接出向いてあげよう。……服はないかな?」
ファーティマはキョロキョロと周囲を見回した。
普段ならば必ず着替えは棺桶の横に置かれているのだが……
「……もしかして、私の服?」
ファーティマは棺桶の横に置かれていた何かに触れた。
それはファーティマの白い指に触れた途端、砂のように崩れ去ってしまった。
「絹の服が砂になっちゃうって……どれだけ私、寝てたのよ」
下手したら百年以上の時間が経っているのではないか?
「仕方がない。服は自分で作ろう」
ファーティマはそう思い、錬金術を使おうとして……
思わずよろけてしまった。
「ああ、ダメだ……理力が、血が足りない」
魔術を行使するために必須となる力、魔力。
それを生み出すために必要な理力が根本的に足りていない。
どのような種族、どのような生物でも理力を生成し、蓄えることができる。
食人種を唯一の例外として。
食人種は他者から吸血した血液(または臓腑)、より正確に言えば血液に含まれる他者から奪った理力が無ければ魔術を使うことはおろか、生命活動すらままならない。
それは世界最強の魔術師と呼ばれるファーティマも例外ではない。
「まあ少し動ける程度の力はあるし、取り敢えず人里に降りよう」
そこで血液を分けて貰えばいい。
ファーティマはそう思い、既に廃墟となった宮殿を歩き始めた。
宮殿、通称ファーティマ宮殿は巨大であり迷路のような作りになっている。
ぶっちゃけファーティマは屋根と藁があればどこでも寝れるのだが、ファーティマの家臣であるドワーフや人族の長が「霊長の王ともあろうお方がお住まいになる宮殿が粗末なものでは困ります!」と主張し、やたらと巨大でごちゃごちゃした宮殿を立てたのである。
何千という魔術師、そして何十万という労働者がこの宮殿の建築に動員された。
一応租税として集めた穀物を支払うことで富の再分配を図る、という経済的な意図もあるのだが……
ファーティマからすれば無用の長物だ。
ちなみに魔術師も労働者も大喜びで建築に関わっている。
ファーティマが「勿体無いから給料は支払いません」と言ったとしても、彼らは笑顔で宮殿造りに励んだであろう。
農閑期はそれだけ暇で……そしてファーティマはそれだけ人望を集めていた。
さて迷路のように入り組み、さらに魔術によって自動で構造が変わるという仕様になっているため普通の人間ならば三日三晩彷徨った上に餓死するファーティマ大宮殿だが、さすがに宮殿の主であるファーティマは迷わない。
正しい道順は覚えているし、何より宮殿がファーティマを最短ルートで案内してくれる。
「よし、出た! うう、眩しいなぁ」
宮殿から出たファーティマを出迎えたのは降り注ぐ太陽だった。
吸血族は太陽に弱い。
弱い個体なら、太陽の光を浴びただけで灰になってしまう。
が、真祖であるファーティマにとっては「ちょっと眩しい」程度である。
そのためファーティマは太陽は嫌いではない。
月の方が好きだが。
「それにしても随分変わっちゃったなあ」
眠りにつく前、この辺り一帯は農地、さらに向こうには森林が広がり……
宮殿のすぐ近くには都市があり、多くの人が住んでいた。
だが今は一面、砂漠が広がっている。
ファーティマはとても寂しい気持ちになった。
「何十年……ってレベルじゃないね。百年、二百年……下手したら三百年は寝ていたかも」
なるほど、家臣たちが棺桶の前で待ってくれていなかった理由も分かる。
さすがに三百年は待てないだろう。
みんな、呆れてどこかに行ってしまったのだ。
「はあ、仕方がない」
ファーティマがそう呟くと……
同時に妙な声が聞こえてきた。
『おい、見ろ! 裸の女がいるぞ、しかもとびっきりの美人だ!!』
『ひゃっはー! 運が良いぜ』
おそらく遺跡を探索していたのだろう。
野卑た笑みを浮かべた男たちがファーティマを取り囲んだ。
「……何言ってるんだろう?」
ファーティマは首を傾げた。
ファーティマが眠る前と、大きく言語が変わってしまったのだ。
翻訳魔術を使おうにも、理力がない今はどうしようもない。
「まあ、好都合か」
ファーティマは笑みを浮かべた。
彼らから血液を貰えばいい。
ファーティマの真紅の瞳が輝いた。
すると彼らの瞳から生気が失われていく。
『魅了』
ファーティマが持つ能力の一つである。
無意識に異性を引き寄せてしまい、意識して使えば異性の意志や注意力を散漫にさせることができる。
ちなみにファーティマが自分の容姿にさほど自身を持っていないのはこれが原因だ。
つまり自分が美しいと言われるのは『魅了』があるからだ、とファーティマは思っているのだ。
ファーティマは手身近にいた男に襲い掛かった。
理力が不足しているとはいえ、真祖である。
人間の身体能力に適うはずがない。
ファーティマの牙はあっさりと男の首に埋まった。
「ん、あまり質は良くないね」
血を吸い終わったファーティマは口元を拭った。
一応、死なない程度には加減はした。
「ひ、ひぃ……吸血鬼だ!!」
「逃げろ!!」
仲間が吸血されるのを見て我に返った男たちは、逃げるように駆け出していく。
が、ファーティマはそれを許さない。
「逃がさないよ」
ファーティマが手を振るうと、遺跡に生えていた雑草が急成長して男たちの足に絡まり……
ずるずるとファーティマのところまで引きずった。
「大丈夫、死なない程度に吸うから」
ニヤリと笑うファーティマの口元には、長い牙が煌めいていた。