空白〈1〉
【2】空白
1
「ぴぴぴぴぴぴぴ」
いつものように電子音の音で起こされる
まだ昨日の疲れが取れていない
かなり眠たいが今日も出勤しなければならない
悠希はさっさとスーツ姿に着替えた
いつものようにトーストを焼き、テーブルにつく
何気なくテレビのスイッチを入れた
「5月13日水曜日のニュースです・・・〜」
アナウンサーが淡々とニュースの内容を口にしている
今日も特に変わったニュースはない
悠希は3分もたたずに食べ終わりテレビを消した
「やばいもう8時だ・・・」
飛び出すように家を出て行った
今回はしっかりと鍵をかけて・・・
会社
「おはよう、立石君」
「おはようございます」
いつものように挨拶を交わし悠希はデスクについた
いつもと何ら変わりはない一日だった
しかしこの日から悠希の中の歯車が狂いだした
「おー悠希!今日の会議の資料ちゃんと持ってきたよね?」
「もちろん持ってきたよ」
今日は大事な会議があるのだ
メーカーさんと本格的に製品の打ち合わせがある
今回は自分のチームの発表なので少し緊張感がある
悠希は資料をだして要に渡した
「んじゃ2時からな!」
「わかった」
悠希は了解して自分の仕事についた
そろそろ会議の時間に近づいたので悠希は会議室に向かう事にした
会議室
「ガチャ」
会議室のドアを開くとそこにはすでに同じチームのメンバーが揃っていた
「おそいよー立石君」
リーダーの中野 有子が近づいてくる
「すいません、取り込んじゃって・・・」
「まあいいけどさぁしっかりしろよー」
この中野という人物だけは苦手だった
年上の女性なので命令はしっかりと聞かなければならない
しかも年上という立場を利用していつものみに誘ってくる
あまり行きたくはないのだが、やはり年上の誘いなので断れない
同じチームの中で唯一あまり好かない人だ
「ほら、メーカーさんがくるからみんなでお出迎えよ」
全員が気合を入れて、ドアの前に立った
取引先でもあるので、下手な真似はできない
この緊張感はどうも嫌いだ
「ガチャ」
スーツを着た集団がぞろぞろと入ってくる
悠希たちは深く頭を下げたままだ
全員が入場したところで、悠希たちも席についた
そして重苦しい苦手な会議が始まった
5時間後
「それでは前向きに検討してきますので、後日連絡いたします」
その先鋒の言葉でなんとか会議が終了した
今日は比較的短いほうである
いつもはもっとかかったりする
悠希たちは先鋒をお送りし、片づけをはじめた
「あー疲れたぁあんな雰囲気たえれないわー」
緊張の糸が切れたように要がしゃべりだした
このときばかりは厳しいリーダーもほっとしているようだ
「ほんと、きつかったわね」
悠希もほどよい安心感に浸っていた
「そういえばさぁ広報の美奈ちゃん、結婚したんだってさー」
悠希のとなりで同じチームの女の子がおしゃべりをしている
悠希もその話に混ざっていった
「えーほんと?相手は?」
「確かぁ同じ広報の加藤さんっていってたー、そういえば立石さんはまだなんですか?彼女さんと?」
にやにやしながら二人の女の子がせまってくる
「な、なにがだよ?」
動揺が隠し切れない
「結婚ですよー」
二人は楽しそうに目を合わせている
その時だった
ズキンっ!!
頭が割れそうな痛みが走った
悠希はその場にしゃがみこむ
「だ、大丈夫ですか?!」
二人の女の子が心配そうにこちらを見つめている
「あ、ああ大丈夫だ」
頭が重たそうに立ち上がる
これは珍しいことじゃなかった
月曜日あたりから突然症状が出ていたのだ
ハッキリしてはいないが、「結婚」「指輪」「レストラン」など耳にするとさっきのような衝撃が頭にくるのだ
それはなぜ起きているのかわからない
ただ言えるのが頭の中で何かが引っかかっているという事だ
なんとかこの日の仕事を終え、ようやく帰ることができた
しかし悠希はこのときから何かを感じていた
なにか不吉な予感が・・・
2
悠希は帰りの地下鉄の中にいた
自分の身に何かが起きているのではないか?
そうおもいはじめた
しかしいくら考えても思い浮かぶものはない
ただ、ただひとつだけひっかかるものがある
それはやはり「結婚」だ
この言葉に何かヒントがあるのではないか?
そう悠希は感じた
とは言ったものの何をどうすれば解決に向かうのか・・・
今の悠希にはどうにもならなかった
いつもの家路についても、その事ばかり考えていた
でもやはりどうにもならない
そして気づくと家のドアの前に立っていた
「ガチャ」
「あれ?開いてる」
開けてみるとまた美香が目の前にいる
なぜかわからないが美香をみると緊張している自分がいる
その気持ちを振り払うかのように悠希はさっそうと着替え、テーブルについた
「は、はやいわね・・・」
美香もその行動に対して驚いているようだ
このとき悠希の脳裏にはひとつの懸念が生まれていた
美香が関連しているのではないか・・・と
「いただきまーす」
美香は子供のように自分で作った料理をとてもおいしそうに食べている
しかし悠希は箸が進まない
美香はそのことに気づき食べるのを止めた
「・・・どうしたの?」
ここはおもいきって悠希も聞いてみる事にした
「あのさ美香の身になんか起きていないか?」
美香は少し考えるふりをしたがなにも浮かばないようだ
「特に・・・なにもないかな、どうして?」
「いやそれならいいんだ、ただ・・・」
悠希は言葉に詰まった
しかしすかさず美香は尋ねてくる
「・・・ただ?」
「その、・・・なんでもないよ、ごめん。うん食べよう」
その後も少し不思議そうにこちらを見ていたが、数分後には忘れて美香はテレビを見てくすくすと笑っている
これでますます謎は深まっていく
美香には何も起きず、自分だけ何かが起きている
いったい・・・
「それじゃあ私帰ろうかなぁ」
そういって美香がバックの中身を確認した時だ・・・
「あれーなにこれぇ?」
そういって取り出したのは指輪が入っていそうなケースだ
・・・指輪?
なにかが頭をよぎった
「ちょっちょっとみして!!」
悠希はあわててそのケースを奪い取った
「こ、これは・・・」
見覚えのある指輪だった
その瞬間過去の記憶がフラッシュバックした
・・・宝石店
「ど、どうしたの?急に恐い顔して・・・」
美香が心配そうにこちらを見ている
「い、いやなんでもない」
「それよりこれなんなの?もしかして悠希からのプレゼントぉ?」
今はそんな悠長なことは言ってられなかった
「い、いやその・・・少しこれ預かっていい?」
穏やかに言っているつもりなのだが顔はかなりこわばっている
謎が少しずつとけてきたのだ
今は美香といる場合ではない
「う、うんいいけど、それ悠希のなの?」
「あ、ああそうだよ、ちょっと驚かそうとしたんだけどね」
今は美香には悪いが早く帰ってもらいたかった
「今日は遅いからもう帰ったほうがいいんじゃない?」
美香は驚いている様子だったが、そんなのはおかまいなしに悠希は追い出すように美香を家から出した
少しずつ謎が解けだしていった
そして明日は会社を休もうと決意した
3
早速悠希は会社に電話を入れた
「今日は調子が悪いので休みます」
悠希は今年まだ1度も休みを取っていなかったので躊躇することなく休みを取れた
電話にでたのも運よく部長だったので都合がよかった
悠希は待ちきれないといった感じで朝食をとらずに家を飛び出した
そのときはまだ8時は回っていなかった
宝石店
「まだ開いてないか・・・」
まだ時刻は9時を回っておらず、仕方なく悠希は外で待つ事にした
ポケットには昨日美香から奪った指輪が入っている
とりあえず今日は指輪を買ったのかどうか聞くつもりだった
「あのー・・・?」
話しかけて来たのはこの前この宝石店で接客をしてくれた店員だ
「あ、どうも」
軽くおじぎをした
ちょうどいいとおもいここで聞こうとした
「あのっ」
予想外にも向こうからも話を切り出してきた
まあ自分は後でもいいとおもい悠希はさきにどうぞとジェスチャーした
「あ、すいません、あのー前ここで買われた方ですよね?」
弱弱しく聞いてくる
これはこちらとしてもラッキーだ
向こうが覚えててくれたのならこちらからも聞きやすかった
悠希は軽くはい、と言ってうなずいた
「あ、やっぱり!それじゃあ・・・どうだったんですか?」
ここで一つ事が解決した
やはり自分はここで指輪を購入している
しかしなんのために・・・
「どうだった・・・?どういうことです?」
そう言うと店員はえ?というような顔をしている
「だって、プロポーズするんじゃなかったんですか?」
・・・プロポーズ
ということは美香にか?
しかしそれしか考えられない
「いや・・・そのまだ・・・です」
とっさにうそをついた
自分はプロポーズをするために指輪を買った
・・・じゃあいつだ?
全く見当がつかない
「あの・・・私いつ買いましたっけ?」
「え?購入された日ですか・・・たしかぁ先週の日曜日だったと思います」
先週の日曜日・・・
「わかりました。すいませんなんか変な事質問しちゃって」
悠希は頭を下げその場を離れた
先週の日曜日という事はそれ以降にプロポーズする予定だった・・・
しかし月曜日から金曜日は仕事・・・
となると土曜日か日曜日ということになるのだ
悠希はこの時点でまた疑問が生まれていた
それはなぜか土、日の記憶がほとんどないということだ
しかしかろうじて土曜日はおぼえている
・・・そんなきがしていた
4
悠希はいったん家に戻ってきた
やはり鍵をにぎっているのは美香ではないかとおもい美香に電話する事にした
悠希は美香の携帯の番号を子機に入力し、ダイヤルボタンを押す
今日は平日だ、美香は働いてはいるが火曜日と木曜日は休みのはずだ
案の定
美香はすぐに電話に出た
「もしもしーどうしたの?」
どうやらこの声だと昨日の事は怒っていならしい
悠希はその事を確認するとすぐに本題に入った
「あのさ先週の土曜日の事覚えてる?」
唐突な聞き方だが、今は一刻も早く真相が知りたい
「土曜日?うーんたしか私が悠希のいえにいて・・・」
その後の言葉に詰まっているようだ
やはり美香も覚えていないのだろうか・・・
「うーん悠希が仕事があるって言ってはやくからいなくて、あとは・・・」
・・・仕事?
その日は仕事があったのか?
「なんでもささいなことでいいよ、なんかない?」
「あー確か悠希が念入りに明日空けといてねって言ってた」
これだ!
ということは日曜日がすべての始まりということになる
しかし気になるのは土曜日だ
土曜日に仕事があるなど考えにくい
今までで土曜日に仕事があったことなど一度もない
だとすると嘘をついた?
とにかく少し謎が解けたのでよかった
その後美香に何度かありがとうと言い残して電話を切った
いったい真相はなんなのだろうか
とりあえず明日会社に行こうと決めかなりはやいが眠りにつくことにした
翌日
悠希はいつもとちがい早起きし、すでに準備を整えていた
ここまで余裕を持って会社に行くのは入社した時ぐらいだ
悠希はおちついて、家をでていった
会社
「大丈夫かい?立石君」
やはりいつものように部長が声をかけてくれた
「あ、はいおかげさまで」
「そうか、今日は無理するんじゃないぞ」
悠希はかるくおじぎして自分のデスクに向かった
「おー悠希!昨日なんで休んだんだよ?」
今日もいつものように要が話し掛けてくる
しかし本当のことは言えない
風邪だと言って悠希は逃げるように自分のデスクについた
要は不思議そうにこちらを見ているが今は仕方がないといって割り切った
とりあえず悠希は先週の土曜日仕事があったのか、同じチームの女の子に聞く事にした
「あのーちょっといい?」
周りは仕事中なのであまり大きな声は出せない
女の子はこちらに気づき、なんでしょうか?という顔でこちらに振り向いてきた
「あのさ先週の土曜日って仕事あったっけ?」
おかしな聞き方だが仕方がない
その女の子は自分のスケジュール帳らしい物を取り出して確認している
「えっと・・・ありませんよ」
やっぱりか・・・
ではなぜ自分は嘘をついたのだろうか
よほど大事なことがあったのだろうか
謎は深まるばかりだった
5
いつの間にか正午を回っていた
悠希は仕事など手につかない状態だった
しかしかといって他にする事もなくぼーっとすごしていた
「おーい悠希!」
振り返るとそこには要がいた
ここで悠希はひとつ気づいた
「要!先週の土曜日なにしてた?」
「おいおいどうした急に・・・」
悠希は恐い顔をして要に近づいた
もし、嘘をついていたのならば友達とどこかへ行ったのかもしれない
そう悠希は考えたのだ
「えーっと・・・確かずっと家にいたと思うけど、なんで?」
どうやら悠希の推理ははずれたようだ
深いため息をつきそこにあるイスに座り込んだ
「おい!なんなんだよ?」
「いやほんとになんでもないんだ・・・」
要に言ったところで何の解決にもならない
「そんじゃあさとりあえず飯いくべ?」
要は強引に悠希を立ち上がらせ、食堂へと向かわせた
「何食う?」
食堂についた
いつものように周りは活気があふれている
よほど疲れたのか、寝ちゃっている人もいる
「おれはうどんでいいよ」
正直言うと何も食べたくはないのだが、仕方ない
これ以上不機嫌な態度をとっていても要に悪い
そうおもい仕方なく食べる事にした
「やっぱさー昨日のチャンピヨンは麒麟だよな?・・・?」
要がこちらを見ている
「おい!ほんとにどうしちゃったんだよ?!いつものお前らしくないぞ」
そう言われても今の悠希には何も感じられなかった
ただ黙って目の前にあるうどんを食べた
「そんじゃ行くか」
「ああ」
今の悠希には何を言っても通じない
そう感じたのか要も何も言わなくなった
悠希がおぼんを下げた時だ
謙太・・・
「そうだ、謙太がいた」
突然頭の中に謙太の顔が浮かんだのだ
今回は自信があった
なぜならたいてい休みの日に遊びに行くといったら要か謙太だからだ
すぐさま悠希は謙太のいる部署へ向かった
「おい!悠希」
要の声など今の悠希にはきこえるはずもなかった
広報部
「あの、吉田謙太は今どこに??」
走ってきたせいか悠希は息を切らしている
ここまで社内を走り回った事はない
「少々お待ちください」
カウンターの女の子は他の社員に聞きに行ってるようだった
そんな時間もおしかった
「おう悠希!どうした?」
「け、けんたぁ・・・」
心底安心しきった声を出した
しかしまだ謙太と遊びに行ったとは限らない
ここは慎重に聞こうと悠希も落ち着いて聞くことにした
「あ、あのさ・・・先週の土曜日なんだけどさ、なにがあったか覚えてる?」
うまく言えた事にじぶんでもおどろいた
「うーん・・・」
謙太は必死に記憶を探っているようだ
「ゆっくりでいいよ」
そうジェスチャーしおちつかした
「あーっていうかお前とレストラン行かなかったっけ?」
その瞬間だった
ズキンッ
あの痛みが再び襲ってきたのだ
悠希はまたその場にしゃがみこんだ
またひとつ記憶がフラッシュバックした
レストラン・・・
そうだ確かあの日は謙太とレストランへ行ったんだ
一つ、土曜日のことが解決したのだが、何か一つ絡んだ糸がほどけない
この引っかかりはなんなのだろうか・・・
「だ、だいじょうぶか??」
心配そうに謙太は悠希をだきかかえた
悠希はよれよれになりながらも何とか立ち上がった
「ああ、大丈夫だ、もう一つだけ聞いていいか?」
「なんだ?」
「日曜日のこと覚えてるか?」
この質問に答えてくれたらすべては解決する
そうおもった
しかし・・・簡単には事は終わりはしなかった
「・・・ごめん全く覚えてないわ」
その言葉を聞いて悠希は肩を落とした
やはり全ては日曜日にある
そう確信した
「指輪」「レストラン」「結婚」
・・・日曜日
すべての謎は深い闇に包まれた