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そらのそこのくに せかいのおわり 〈Vol,01 / Chapter 03〉

挿絵(By みてみん)

 魔法の王国ネーディルランド。

この王国は今から五百五十年前、一人の魔女と、十二人の剣士によって建国された。

今となっては書物の中にのみ存在する強大な敵レッドドラゴン、幾多のモンスター、周辺国の軍事侵攻、相次ぐ自然災害――その他ありとあらゆる困難を乗り越え、今や世界一平和で、文化的で、最先端の産業技術を有する超大国となった。

 現在どこの国とも戦争状態に無く、民族紛争の類も発生していない。唯一懸念すべき事柄があるとすれば、平和ボケした貴族たちによる身勝手な振る舞いと、それによって引き起こされる大規模デモクラシーである。市民・農民・漁民らが一致団結してしまえば、貴族の私兵隊など何の役にも立たない。どれだけ厳しい訓練を受けていようと、一人で百人を相手に戦うことなどできないのだから。

 そこで王家は考えた。世間知らずな貴族の子弟が羽目を外さぬよう、監視する者を置けばよいのではないか。そうして作られた組織が、王立騎士団『特務部隊』なのだが――。

「やべえ、ケツがイテェ……」

 純白の軍服に身を包んだ青年が涙目で尻をさする様は、なかなかどうして情けない。そんな飼い主を憐れみの眼差しで見つめる馬は、まるで溜息を吐くように鼻を鳴らした。

「お前なぁ、ご主人様をそんな目で見るんじゃねえっての」

 頭を小突かれ、「そいつはどうもスミマセンネ」とでも言うように、短く鳴く。

 これは動物ではなく、魔法で造り出されたゴーレムホースである。本物の馬と同様に扱えるが、欠点が一つ。

体が硬い。

その硬度はコンクリート並み。馬と同じ感覚で遠乗り、早駆けをすれば、あっという間に尻の皮が擦り剥ける。しかし、彼は承知の上でそれを使った。尻の皮と引き換えにしてでも、使わねばならない理由があったからだ。

 度重なるモンスターの出現により、問題の村へと向かう乗合馬車はすべて運休。駅前で馬車タクシーを拾おうとしたのだが、行き先を告げると乗車拒否されてしまった。残された移動手段はただ一つ、短距離移動用のゴーレムホースであった。

「ありがとよ。もう引っ込んでいいぜ」

 そう言いながら鼻先を撫でてやると、馬は一瞬で消えた。魔法が解除され、元の呪符に戻ったのだ。

 彼は足元に落ちたカードを拾い上げ、上着のポケットに仕舞う。

 フウとひとつ息を吐き、改めて周囲を見渡した。

「……誰もいねえな……?」

 無人の畑だけが延々と続いている。今は五月。どこの農村でも夏野菜の作付けや雑草取りに忙しい季節なのに、人っ子ひとり見当たらない。馬車の運休といい、この畑の様子といい、モンスターによる被害は想像以上に深刻なようだ。

 彼はとりあえず、付近の農家を訪ねることにした。尻の痛みを堪えつつ、未舗装の農道を進む。

 道路わきには名も知らぬ野の草が花を咲かせ、蝶たちが舞い遊んでいた。どこからか聞こえるコロコロという音は、おそらくカエルの鳴き声だろう。野ネズミか、野ウサギか、小さな動物が草地に身を潜める気配もある。

(ん~……一見すると平和っぽいんだけどなぁ……)

 モンスターなど、本当にいるのだろうか。彼がそう思ったとき、風が吹いた。その風に混ざった匂いは、人狼族の彼でも気付けるかどうかという、とても微かなものだった。

(これは……血の匂い……なのか? でも、なんだこれ。こんな匂い、嗅いだことねぇぞ……?)

 これまでに出会ったどんな動物とも異なる匂い。間違いない。これこそが、問題のモンスターだ。

 彼は反射的に駆け出していた。風向きに逆らい、この匂いの源流を目指す。

(どこだ? どこにいる?)

 血の匂いが濃くなるほどに、彼の意識は人からオオカミへと転ずる。モンスターの血の匂いがするということは、既に何者かが交戦中であり、なおかつ手傷を負わせた状態である。一気に畳み掛けて止めを刺す、絶好のチャンスだ。

(待ってろよ怪物め! ケツの皮の恨み! てめえの命で償ってもらうぜ!)

 モンスターにしてみれば、とんだ災難である。異世界から呼び出されて間もないモンスターには、オオカミオトコの下半身事情など知る由もない。

 匂いを頼りに疾走すること二分少々、彼は一軒の農家の裏手に出た。そこには今まさに、モンスターに噛み殺されようとしている青年がいた。青年はモンスターの前に仁王立ちになり、動こうとしない。なぜそんなことをと思うと同時に、青年の後ろに人影を認めた。二人いる。どうやら老夫婦のようだ。蹲った老人と、傍に寄り添う老婆。老人の足は遠目に見てもわかるほど、ありえない方向に曲がっていた。青年はこの二人を守ろうとしているのだ。

「この野郎!」

 鋭く叫び、モンスターに直進する。そして駆けてきた勢いそのままに、モンスターの体側にタックルを食らわせる。突然の攻撃に驚くモンスターに、流れるような動作で足払い。素早く立ち上がってモンスターの後足を掴むと、今度は力任せに投げ飛ばした。

 モンスターは数メートル先の地面に叩きつけられ、ほんの数秒動きを止める。それから苦しそうに身を屈め、背中を丸めて震えだした。

(よし! 物理攻撃は効くらしいな!)

 手ごたえは十分。これなら魔法を使うまでもなく、力技だけで押し切れる。そう確信し、呼吸を整え、身を低く構えた――そのときだった。

「み……みみゅうぅぅぅ~……」

「へっ?」

 なにやら、想定外の声が聞こえた気がする。

 痛みでのた打ち回るモンスターの大きさは、およそ二メートル半。投げた感触では、重さは七、八十キロといったところか。外見は上半身が熊、下半身がバイソンやバッファローのような偶蹄目。しかし、首から上は熊とは似ても似つかぬ醜い顔をしている。哺乳類や爬虫類よりは、昆虫の顔に近いかもしれない。

 そんなモンスターが今、こちらを見て、何とも気の抜ける鳴き声を発していた。

「みゅっ! みゅみゅ! みゅふふ~うっ!」

 生まれたての子猫のような、実に愛くるしい声である。いかに見た目が醜くとも、なんとなく、この声のせいで攻撃してはいけないような気がしてしまう。

「な、なんだぁ? こいつ、どっからこんな声出してやがる……」

 頬を引き攣らせつつも、モンスターが起き上がる前に追撃を掛ける。

 彼は腰の剣を抜き、モンスターの背を斬りつけた。

「ぷみゅう! ぷぷぅ! みゃあおーうっ!」

「やめろ! やめてくれ! そういう悲鳴はマジ勘弁してくれ!」

 どうせなら、外見通り醜く濁った雄叫びを上げて欲しいものである。これではやりづらくて仕方ない。

「みみゅう~っ! みみゅうううぅぅ~っ!」

「くっそ! 頼むから! もう鳴くなっつーのっ!」

 いつもならば無言で、一撃で片付けられるような相手である。それなのに、なんとしたことか。調子を狂わされた彼は、このモンスター一体を倒すのに三分近くを要してしまった。

 切っ先は鈍りに鈍り、斬りつけること数十回。辺りはすっかり血塗れである。

「うう……もうやだ、何こいつ……」

 まだピクピクと動いているが、もう止めを刺すほどの気力は残っていない。これだけ出血しているのだから、放っておいてもじきに死ぬだろう。そう思ったのだが――。

「……ん?」

 異変が起こった。

 彼の目の前で、モンスターが消えていくではないか。

 事態が理解できぬまま、彼はその様子を凝視し続けた。モンスターの身体は徐々に透けていき、一分後には、元より何も存在しなかったかのように跡形もなく消失した。ハッとして周囲を見回すと、あれだけ大量に流れた血液も、一滴たりとも見当たらない。ここまで駆けつけたキッカケである、あの血の匂いさえも――。

「……どういうことだ……?」

 呆然とする彼に、背後から声が掛けられた。

「あの……」

 その声に、彼の意識はオオカミからヒトへと引き戻される。

「おう! みんな無事か?」

くるりと振り向きそう言う彼は、どう見ても人懐こい笑顔の少年にしか見えない。精悍な人狼族の戦士は、ほんの一瞬で『無害な少年』に変わってしまった。

 その変貌ぶりに目を丸くしながらも、青年は踵を揃え、礼儀正しく挨拶をした。

「窮地をお救い頂きまして、誠に有り難う存じます! 私は東部治安維持部隊所属の、マルコ・ファレル・クエンティンと申します」

 濃紺のジャケットと白のズボン、膝当て一体型のロングブーツ。確かに東部治安維持部隊の軍服だが、細部の意匠は下級兵と異なる。肩章や襟元の徽章から、彼が貴族の子弟であることが分かる。

「俺は特務部隊のロドニー・ハドソン。ここにはモンスターの件で来た。しばらく滞在予定だから、その間よろしくな、マルコ」

「はっ! よろしくお願いいたします! 噂に名高いハドソンさんにお会いできて、大変光栄です!」

「いやいや、そんな『さん』付けとかしなくていいから」

「いえ、ですが、ハドソン家は当家より爵位が上ですので……」

「俺、そーゆーの気にしない質だからさ。気軽にロドニーでいいぜ。どうせ略名だし」

「そういうわけには参りません! 儀礼を欠いては、下々の者に示しがつきません!」

「そうか? じゃ、好きに呼んでくれ。で、えーと、そっちのジッチャンとバッチャンは……」

「ここの農民です。畑に出ようとしたところで、先ほどのモンスターに襲撃されたらしく……トマスさん、足を見せてください。治癒魔法を掛けます」

 マルコが手を伸ばすと、老人は必至に首を横に振る。

「そんな。子爵家のお坊ちゃまに治していただくなんて畏れ多いこと、おらには出来ねえですだよ……」

「何を言うのですか。その子爵家を支えてくれているのは、貴方のように勤勉で誠実な農民です。さあ、足を。すぐに良くなりますから」

 マルコは有無を言わさず、老人のズボンの裾をめくり上げる。そして折れた箇所に手をかざすと、赤く腫れ上がっていた皮膚は見る間に元の色に。おかしな方向に曲がっていた足は、本来あるべき形に戻っていった。

 怪我や病気の治療に用いられる《治癒》の魔法は、その効き目に大きな個人差がある。術者の腕が良ければ、このように数秒で骨折の治療を終えることもできる。逆にそれほどの腕を持たない術者の場合、数週間かけて少しずつ治療するしかない。

 ロドニーは任務で各地をめぐり、その過程で様々な術者に出会ってきた。そのロドニーでさえ、これほどの腕を持つ術者に出会ったことは無い。

「マルコ、お前ひょっとして、医学魔法士の資格とか持ってんのか?」

「いえ、騎士団の基礎講習で履修しただけで……あとはほぼ独学です」

「独学⁉ マジかよ! これだけで十分食っていける腕だぜ⁉」

「ありがとうございます。ですが、私は騎士です。医師とは別の方法で領民たちを守っていこうと思っておりますので……」

「そうなのか? そりゃあもったいねえな……っと。そういえばお前、剣は?」

 最初に見たときから、マルコはずっと手ぶらである。腰に鞘はあれども、肝心の中身が無い。胸を張って「騎士です」と言い切るからには、いつでも肌身離さず剣を所持しているはずなのだが。

 トマス老人の治療を終えたマルコは、ロドニーの問いに困り果てた顔で答えた。

「実は先ほどのモンスターと同時に、もう一体出現していたのです。そのモンスターに止めを刺した際、胸に突き刺した剣ごと、一瞬で消えてしまい……」

「えっ! じゃあアレ、二体目だったのか!」

「はい。迂闊でした。まさか、モンスターの正体が掴めない原因がこんな理由だったとは……」

「ああ……死体が消えるなんてな。こんな妙なモンスター、見たことねえぜ……」

「あの、一つよろしいですか?」

「ん? なんだ?」

「なぜ、特務の方がこちらに? ただの怪物退治に特務が出動するなど、聞いたことがありません」

「まあ、そうだな。ただの怪物ならな。でもよ、死体が消えちまうなんて、ただの怪物って言えるか?」

「いえ……通常の生物とは、根本的な部分が決定的に異なるようですが……」

「そーゆーこと。特務のお仕事は、貴族の喧嘩の仲裁だけじゃないんでね。『国民生活を脅かす重大な問題』と判断されれば、どんな現場にも駆り出されちまうんだよ。これ、あんまり知られてねえけどな」

 少年のような顔でパチリとウィンクしてみせる。さすがは貴族の子弟というべきか、それだけの合図で、マルコは察してくれたようだ。


 今ここでは話せない。この老夫婦に聞かせるわけにはいかない話だ。


 声には出さないその言葉に、マルコも何気ない仕草で合図を返す。胸に手を当て、軽く頭を下げる。何も知らない老夫婦には、「それはご苦労なことで」と頭を下げたように見えただろう。

 ロドニーは老夫婦に向け、殊更明るい表情で言った。

「ほら、ジッチャンもバッチャンもよぉ、そんなキッツイ体勢で頭下げてなくていいから。早く家の中戻って、ゆっくり休めよ。な?」

「へ、へえ。どうもありがとうございます! このご恩は一生……いえ、死んでも忘れません!」

「いいって、いいって。そんじゃ、俺たちもう行くけど……」

「また何か出たら、すぐに隠れて下さい。先ほどのように、無理に追い払おうとはしないでください。いいですね?」

「は、はい! 本当に、本当に、どうもありがとうございます!」

 何度も何度も、土下座で頭を下げ続ける。身分が低い彼らには、こうするよりほかにないのだ。このまま自分たちがここにいたら、彼らはいつまでも頭を上げることができない。ロドニーとマルコはゴーレムホースを呼び出し、老夫婦の家を後にした。




 二人は、老夫婦の家から離れると馬を下りた。マルコが所属する騎士団支部へと向かう前に、重要な話は済ませておく必要がある。

 見渡す限り無人の畑。周囲に誰の耳目もないことを確認し、それでもなお声を潜めて話をする。

「……っつーわけで、俺はお前の警護のために来た。けど、表向きはモンスター退治ってことになってるからさ。そのつもりでよろしくな」

「はい、心得まして御座います」

「で、そのモンスターの出所なんだけど……」

「私の兄です」

「あ、なんだ。もう分かってんのか?」

「確たる証拠はありませんが……おそらくは」

「そう思う根拠は?」

「あのモンスターの姿です。あれはこの世のものではない。とすれば、誰かが召喚したことになります。異界生物の召喚術式はマスタークラスの術者でなければ扱えませんが、現在この村に、居住登録者以外の出入りは確認されておりません」

「なるほど、術者は入り込んでいない、と。そうなると、残る召喚方法は?」

「術者が作成した呪符です。呪符さえあれば、魔法の基礎技能だけで召喚は可能です。ですがその場合、召喚されたモンスターは制御不能。本能のままに暴れるか、どこかへ逃げてしまうか……召喚主の意図した行動をとらない可能性が高い……」

「まさに、さっきのモンスターの状態だな」

「ええ。そして、異界生物の召喚呪符は、製造も販売も固く禁じられています。つまり、呪符を入手しようと思ったら……」

 悔しげな顔で言葉を切るマルコに代わり、ロドニーがまとめる。

「庶民には一生かかっても支払えないような、法外な値で取引される……と。この辺りでそんな金が出せるのは、たしかにお前の兄貴くらいだな」

「領民から預かった貴重な資金を、このようなことにお使いになるなんて……兄上は、いったいどうされてしまわれたのか。私には、もう訳が分かりません……」

 この言葉だけでも、マルコの金銭感覚が至極真っ当であることが窺い知れた。たいていの貴族は、領民から納められた税金を自分のポケットマネーと勘違いしている。本来は道路整備や公共施設建設のために使われるべき公金なのだが、そのことを覚えている者は、両手の指で足りてしまうだろう。

 ロドニーはマルコの肩を叩き、優しく声をかけてやる。

「これ以上馬鹿なことに金をつぎ込む前に、早く止めてやらないとな。俺も手伝うぜ」

「ありがとうございます、ハドソンさん。ですが、具体的にどうすれば良いものか……」

「んー、そこなんだよなぁ……」

 マルコの家、クエンティン子爵家は、現在非常に不安定な状況に置かれている。

当主であるマルコの父は半年ほど前に階段から落ち、以来ずっと意識不明。正妻はかなり以前から夫婦間の不仲を理由に別居していて、その息子である長男は対人恐怖症で引き籠り。

次男のマルコは正妻の子ではないので、本来であれば爵位継承権はない。しかし、状況が状況である。家臣や領民らは、質実剛健、文武両道、勇猛果敢、容姿端麗、品行方正、才色兼備――その他幾つの褒め言葉を並べても決して言い過ぎることのない完全無欠の次男坊こそ、次期子爵に相応しい人物であると考えている。

 そう、困ったことに優秀なのだ。

 長男と次男が似たり寄ったり、五十歩百歩の人物であれば、何の問題もなく「長男に相続させろ」という話になる。しかし長男は、一度も学校に通ったことが無い引き籠りのニート。対して次男は、王立大学法学部を首席で卒業し、現在は王立騎士団に在籍。日々、領民のために身を粉にして尽くすイケメンエリート。どれだけ伝統や格式を重んずる人物でも、「今回ばかりは次男で良いのでは?」と言いたくもなる。

 このままではマルコが子爵家を継ぐことになってしまう。それは建国以来守られてきた貴族制度に、綻びが生ずる原因となろう。そんな事態に陥ることだけは、絶対に回避せねばならないのだが――。

「兄にどれだけ手紙を書いても、私の言葉は信じていただけないのです。直接お会いしたくとも、ご気分が優れないと、寝室にお籠りになったままで……」

 せっかく弟が相続争いを下りたというのに、それを信じようとしない。その上領地経営のために収められた税金を、非合法の呪符購入に充ててしまった。万が一領民に知られたら、大変な騒ぎになることは間違いない。

「家臣にも、領民にも、私の意思は示しております。これ以上、一体どうすれば良いのでしょう。私は兄を差し置いて子爵の座に収まるつもりなど、欠片も持ち合わせておりません。先ほどのモンスターも、本当ならば私を襲わせるつもりで呼び出したのでしょう。しかし、被害を受けているのは何の罪もない領民たちです。兄はいったい、何をどうされたいのか……」

「えーと……まあ、アレじゃねえか? ぶっちゃけた言い方すると、お前の存在そのものが気に食わない、というか……」

「……やはり、そういうことになりますよね?」

「おう、それ以外ねえだろ。でも、ま、だからといって素直に死んでやるわけにもいかねえしよ。なんたってお前、王族じゃん?」

「いえ、その……実感はありませんが……」

「ま、そうだろうな。知らされたのって、二週間前なんだろ?」

「はい。その際、当主が存命中でも爵位を継承できるよう法律が変わったことや、今後の身の振り方について、まとめて説明されまして。正直、まだうまく呑み込めていないというか……」

「おいおい、しっかりしてくれよ? いくら俺が護衛に入っても、お前自身がしゃんとしててくれなきゃ……」

「申し訳ありません、気を付けてはいるつもりなのですが……」

 己の出自を知らされるだけでも大変な出来事である。しかもそれが、想像をはるかに超えた突拍子もない素性であったらなおのこと。そして今回は、そこに爵位の相続問題まで絡んでいる。混乱するなと言うほうが無茶である。

「よし、じゃあ、ひとまず話を整理しよう! 俺の仕事はお前の護衛。期間は……いつまでだっけ?」

 ロドニーは確認のため、あえてマルコに答えさせることにした。

 マルコは律儀に背筋を伸ばし、生真面目に回答する。

「五日後の、爵位継承式典までです」

「それまでに、お前が絶対にやらなきゃならないことは?」

「次期子爵は兄であると、広く触れて回ることです。それと……兄に暗殺されないこと、でしょうか?」

「差し入れは?」

「飲食物は絶対に口にしない」

「手紙は?」

「開封前に危険物でないことを確認する」

「『大切な話がある』と呼び出されたら?」

「法的に認められた証明書を作成の上、代理を立てる」

「うむ、よろしい! では無事に爵位継承式典を迎えた場合、その場で君が言うべき最も重要なことは何かね、マルコ君?」

 調子に乗って教授口調になるロドニーに、マルコは思わず表情をほころばせる。笑いをこらえながら、出来るだけ真面目な声音を作って答えた。

「この爵位継承式典は弟である私、マルコ・ファレルも合意の上で執り行われたものであり、今後私は、領地経営に一切の口出しはしない。今、この瞬間をもって我が兄ジェフロワはクエンティン家の当主となった。何人たりとも、この事実に異論を唱えることは許さない。……ですよね?」

「おう。本番までには、もうちょっと抑揚つけて読めるようにしとけよ、そのセリフ」

「練習いたします」

「で、お前がそこまで言い切ったら、俺が立ち上がって『王宮からの勅使であ~る!』と名乗りを上げて、お前の素性を公表する、と」

「段取り通りに進むと良いのですが……」

「問題はそこなんだよな。お前の兄貴が、最後の最後でお前のグラスに毒を盛る可能性もあるわけで……」

「テーブルの下に刺客を潜ませるかもしれません」

「壁の垂れ幕の裏から狙撃してくるとか」

「やりかねませんね。家の者から聞いた話なのですが、兄は、式典は家臣らによって仕組まれた罠だと心の底から信じているそうです。土壇場で家臣たちが私の側に寝返り、民衆の前で大恥をかかされるに違いない、と」

「被害妄想もそこまで来ると天晴だな。十年も引き籠ってると、誰でもそうなっちまうのかな……?」

「おいたわしいことです。私はただ、兄が趣味に没頭しているものとばかり……。あれが心の病であると知っていたら、もっと早くに、無理にでも外に連れ出していたのに……」

「お前のせいじゃねえって。ともかく、可能であれば、式典の前にお前の兄貴を説得したい。家の連中に連絡取れるか?」

「ええ、《雲雀》を使えば」

 言いながら、マルコはスッと手を伸ばす。ふと見れば、その指先には一羽の鳥が。小さく愛くるしい姿の鳥は、魔法で造り出された幻影である。実物そっくりの雲雀の嘴には、赤い光のリボンがくわえられている。

「メイド長のところへ」

 マルコの声に反応し、雲雀はふわりと飛び立った。雲雀が止まっていた人差し指には、いつの間にやらリボンの片端が結び付けられている。たわんでいたリボンがピンと張ったことを確認し、マルコはリボンに向かって話しかける。

「もしもし? 聞こえますか?」

 何度かそう問いかけると、リボンから声が聞こえてきた。

「マルコ様! まあ、いかがなさいましたの? 今はまだお仕事中でしょう? もしやどこかお怪我でも? それとも、どこかお加減が? ああ大変! 早く迎えの者を……だ、誰か! 誰か馬車の用意を……」

「違います! 私は元気です! 怪我でも病気でもありませんから! ばあや、落ち着いて!」

「えっ? あ、あらあら、まあまあ。いやだわ私ったら。取り乱したりして……」

「もう、相変わらずですねぇ、ばあやは……。あの、兄上とお話ししたいのですが……今日は、お部屋からは?」

「一歩も御出でになっておりません。お食事も、ピザとコーラをお持ちしたのですが、部屋の外に置いてさっさといなくなれ、と……」

「またその組み合わせですか。不健康極まりない……」

「今日はご機嫌がよろしくないようです。マルコ様、しばらくジェフロワ様をそっとして差し上げましょう? 無理に話しかけられますと、また……ね?」

「ええ……そうですね。また、一晩中奇声を上げられては困りますからね……」

「ジェフロワ様の御機嫌がよろしくなりましたら、マルコ様がお話しされたがっていたとお伝えいたしますね」

「はい、おねがいします。ばあや、突然の連絡で驚かせて申し訳ありませんでした。次の休暇には帰ります」

「お土産は結構ですよ。マルコ様は私どもに気を遣われ過ぎです」

「そんなことはありませんよ。ばあやたちは家族も同然。ぜんぜん足りないくらいです。では、また」

 指先のリボンをするりとほどくと、リボンは一瞬で消えてしまった。これで通信が切れたのだ。

 マルコはロドニーに向き直り、黙って首を横に振る。通信の内容はロドニーにも丸聞こえだったが、これはなかなか、一筋縄ではいかなそうだ。

(マルコの護衛だけなら楽勝ミッションなんだけどな……この分だと、兄貴のほうが何をしでかすか……)

 勝手な妄想を膨らませて、何もかもを台無しにしかねない。

ロドニーはポケットの中の通信機のことを思い、考える。

(今のうちに応援要請出しておくか……いや、でもまだあのモンスターも、兄貴が直接関与したっつー証拠があるわけじゃねえし……)

 応援要請は最後の手段。とりあえず今は、与えられた護衛任務を淡々とこなすのみ。

 ロドニーはフッと短く息を吐き、考えをまとめた。

「そんじゃ、支部に向かおうか。ここの支部長さんにも挨拶しとかねえとな」

 所属部隊は違えども、彼らは同じ王立騎士団。管轄エリア内で活動するならば、一言断っておくのが礼儀である。

 二人は再び呪符を使い、ゴーレムホースを呼び出した。


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