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そらのそこのくに せかいのおわり 〈Vol,01 / Chapter 01〉

挿絵(By みてみん)

 その青年は、恐々とした様子で室内に足を踏み入れた。昼間だというのに、カーテンは閉め切られている。照明も点けられていない。

 彼の背後で扉が閉ざされると、そこは完全な暗闇となった。

「あの……これは、いったい……?」

 声を出してみて気がついた。音が反響しない。ここは密談専用に誂えられた、完全防音室である。

「大切なお話と伺っておりますが?」

 部屋の主の姿は見えない。だが気配はある。五、六メートル離れたところに誰かが立っていて、こちらをじっと見つめているように思える。

「……王宮の方、ですか?」

 青年を呼び出した手紙には、確かに王宮の者、それも女王付きの女官の名が記されていた。偽造できぬように、幾重もの魔法認証を施した正式な書状である。この部屋の設備といい、迎えの馬車といい、王宮からの呼び出しであることには間違いないのだが――。

「いいえ。女王陛下直属の組織ではありますが、宮廷式部省の所属ではありませんよ」

 そう答えた声は、男性のものだった。

「マルコ・ファレル・クエンティン。突然お呼び立てして申し訳ない。こちらの所属と名を明かす前に、ひとつ確認させていただきたい。貴方は、ご自分の素性についてどの程度ご存知か?」

 やはりその話かと、静かに首を横に振る。幼いころから、何度も言い聞かされてきたことだ。

「女王陛下の影武者を務めた女の子供。父からは、そのように聞いておりますが?」

「ではその影武者が、何のためにお役目を務めたかは?」

「……いいえ。ですが、高貴な方には、影の一人や二人、常についているものでは?」

「ええ、普通であればそうでしょう。しかし、ヴィヴィアン陛下は気高いお方。そのような小細工を好みません。それでも影武者を用意せねばならない、切迫した事情がありました。なにせ陛下はこの国の王である以前に、一人の女性であらせられる」

「……どういうことでしょうか?」

「お察しいただけませんか?」

「生憎、田舎育ちでして。都の方々の言葉遊びにはついていけません」

「なるほど。噂に違わず聡明なお方だ。では、単刀直入に申しましょう。貴方は女王陛下の……」

 そこから先の話は、まるで悪い夢のようだった。聞けば聞くほど、頭の中が真っ白になっていく。これまで信じていた世界の全てが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくようだった。眩暈を起こして膝から崩れ落ちなかっただけ、自分を褒めてやりたいほどである。

「……なぜ今さら、そんな話をなさるのです?」

「困るからです」

「困る?」

「ええ、非常に困ります。貴方はこれまでに、数々の功績を挙げました。その御年で、少々行きすぎた感があります。そう、例えばお兄様と比較した場合。貴方という存在が世間の人々からどのように見えるか……ご自分ではどう思われます?」

「……何をおっしゃりたいのです?」

「気分を害されたなら申し訳ない。しかし、これは当然の評価です。現時点では、貴方が最も爵位に近い場所にいる。本来は正妻の子であり、長男であるお兄様が爵位を継ぐのが順当。けれど、貴方のお兄様は少々、その……」

 男は不自然に言葉を切った。適切な言葉が見つからない、といったところだろうか。青年のほうは小さく溜息を吐き、ぼそりと呟く。

「対人恐怖症の引き籠りです」

 男はその言葉に、あからさまにホッとした様子で続けた。

「そのようですね。それに加え、思い込みが激しくていらっしゃる」

「兄とご面識が?」

「式典で何度か。我々が、常にご自分を監視しているとお思いでした。弟を子爵にするために私を暗殺する気だろう、とも仰っておられましたね」

「それは……申し訳ございません。兄がとんだ失礼を」

「お気になさらず。職業柄、疑われるのはよくあることですから」

 青年の謝罪をさらりと流し、男は何気ない口調で話を戻す。

「どのような事情があるにせよ、爵位は直系の男子のうち、最も年長の者に相続される。それが建国以来連綿と守られてきた掟であり、血筋の正当性を主張できる最大の根拠です。我々としては、例外は認めたくない。一つでも前例ができてしまえば、どの家にも血生臭い相続問題が巻き起こることでしょう。我々が何を危惧しているかは、お分かりいただけましたか?」

「……貴方は、私を次期子爵の座から遠ざけたいのですか?」

「はい。是非そうあってほしいと望んでいます」

「でしたら、私をこんなところに呼び出す必要は無かった。私は兄と争う気はありません。兄が爵位を継ぎ、私は騎士として領地の治安を守ってゆく……そう心に決めております」

「それは良かった。我々の思惑は一致している。ですが残念ながら、そうはいかないかもしれません」

「と、申されますと?」

「貴方の素性は、近く、明るみに出る可能性があります。そうなれば、貴方はますます後継者として相応しい肩書を得ることになり……」

「お待ちください。なぜ今更? 一体、誰がこんなことを暴露するというのです?」

「誰かは分かりません。暴露するかどうかも分かりません。だからこそ我々は、先手を打つべく動いています。実は先日、女王陛下のお側役の女官が他界しまして。彼女が親族に預けていた品のうちいくつかが、形見分け名目で流出し……その中に、古い日記帳もあったようなのです」

「その日記に、私のことが?」

「分かりません。実物を見た者はいませんから。日記が入っていたと思われる鏡台は、引き出しの中の雑貨や化粧道具ごと、二束三文で売り払われてしまいました。我々の仲間が総出で探していますが……発見できる可能性は、限りなく低いでしょう……」

 男の沈黙には、ただならぬ重みがあった。その女官が『陛下のお側役』としてどのような現場に居合わせていたか、考えるだけで胃が痛くなる話である。青年は、多少の嫌味を込めて尋ねる。

「私の素性などより、もっと重大な問題がいくらでもあるのでは?」

 真っ暗な室内では顔色をうかがい知ることはできない。だが、男は苦笑しているようだった。

「そう、仰る通りです。残念ながら彼女は、国家の存亡にかかわる重大機密を大量に残して逝ってしまった。そしてそれは、我々には手出しできない案件ばかりです。ですので、まあ、こういう言い方はどうかとも思うのですが……解決できそうな問題から着手していこうと思いましてね?」

 茶目っ気のある声音に、青年の頬は思わず弛む。

「なるほど、合点が行きました。道理でこちらに呼び出されるわけですね」

「おや、ここがどこか、ご存知ですか?」

「いいえ。ですが、宮廷式部省以外でこのような防音室を持つ組織は、そう多くはないでしょう?」

 青年の空々しい言い方に、男は声を出して笑った。

「ええ、まあ、そういうことです。貴方が勘の良い方で助かりました。段取りはこちらで整えますので、貴方は、爵位の相続をなんとしても固辞し続けてください。貴方の存在が王室のスキャンダルとして報道される前に、正式発表にこじつけます」

「このことは、兄には?」

「ちょうど今、我々の仲間が説明しているところでしょう。……まあ、我々の話を信じてくださるとは思えませんが……」

 この言葉に、青年は大きく息を吐いた。

「兄のことですから、私に刺客を差し向けるくらいのことはやりそうですね」

「そのご様子ですと、以前にも?」

「はい。プレゼントの菓子に毒物が。金魚たちには可哀想なことをしました……」

「そうですか……では、こちらとしても最大限のサポートをさせていただきます。どうぞ、お気をつけて」

「ありがとうございます」

 互いの姿が見えない暗闇の中ではあるが、青年は深々と頭を下げた。




 最初の事件が起こったのは、これから三日後のことである。


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