とある世界の魔王と勇者
pixivに投稿した作品の改訂版です。
「陛下っ!北の!北の塔も堕ちましたぞっ!」
普段は冷静を装っている側近1だが、思わず驚愕の声をあげ伝令のガーゴイルにつまずいて盛大にスッ転ぶ。
哀れ決死の覚悟で飛んできたガーゴイルは弾みで吹っ飛んで壁に叩きつけられ、見事なほど綺麗に四散する。
うんうん、すぐに接着剤でくっ付けて直してあげるからな。
側近2が。
雑用兼オモチャ兼ムカついた時のサンドバッグ担当の側近2はそこそこ器用だから。
私が直してやるとなぜか元が何だったかわからないほどの前衛アートに変わってしまうのである。
まあこれも全能たる魔の王であることの宿命といえる。
ぶっちゃけ器用すぎる、ということだ。
「ぬ!?側近2殿!いかがなされた!?」
あ、やっぱもうちょっと後でな。
側近2は魔王たる私に耳ソージされて、感動のあまり失神しちゃったんだよね。
…側近2の耳から血がダクダク垂れてるのは気のせいだから。
「まったく!このような時に呑気に寝こけているとはっ!陛下も甘やかしすぎ…、ってあああ!?」
私の方を見つめて側近1が驚愕の声をあげる。
「陛下の、陛下のお姿が!」
塔を攻略した勇者がそこに封じた我が魔力を奪い、またも自分の物にしたようだ。
すべての塔を攻略され、そこの魔力を全て奪われたことで我が身体にも変化が訪れたようだ。
「ああ、そのようだな」
普段の威厳溢れる姿からは想像もつかないであろう、昔の弱々しい身に戻ってしまったことで身体能力も大幅に低下しているに違いない。
が、ここで私まで動揺したそぶりをみせたら、結束の緩い魔族は間違いなく自分勝手に動き出す。
「塔は我の魔力と直結しておるのだ。伝令など飛ばさず一匹でも多く守備隊に回せと言ったであろう?」
相変わらずあんまり言うことを聞かぬ部下どもだ。
苛立ちを隠しつつ、あんまり言うことを聞かない部下筆頭の側近1に静かに諭す。
「ああ、魔王様が即位前のお姿に!やっぱり可愛い!可愛いすぎるぅっ!この側近1、命をかけて陛下をお守りしますぞ!」
だああっ!離せ側近1!
最近気付いたんだが、言うことを聞かないってんじゃなく、言ったことを聞いてないって方がしっくりくる気がする!
「はっ!?すみません陛下!あまりにも陛下がロリロリで可愛いらしかったもので!」
だあ!やめんか!
抱き上げてすりすりすんな!
魔力の塔は文字通り魔王たる私の魔力の源であり、東西南北それぞれに建っている。
いや、建っていた、というべきか。
魔力の供給を絶たれ、我が身体は魔王に即位する前の、まるで人間の幼体のごとき弱々しい姿に縮んだ。
「今度の勇者はなかなかやるようだの」
ここ数世代、人間より生まれでる勇者の質の劣化が著しく、我が魔族は繁栄を極めつつあった。
有り余る魔力を塔に付与し魔族の力を近隣の人間どもに見せつけ、恐怖のどん底にたたき落として隷属させる。
そして魔族は差し出された貢ぎ物で連日お祭り騒ぎを繰り返す。
人間どもは疲弊し、自分だけは助かろうとする者が続出することでさらに勝手に疲弊する。
典型的な勝者と敗者のスパイラルである。
が、しかし。
絶望の中に希望を見出すのが人間のしぶといところであり、今度現れた勇者は間違いなく歴代勇者NO1の実力と言えるだろう。
魔力の塔を次々と破壊して我が力を奪い、ついにはこの城まであと少し、というところまで来ているのだ。
「魔王さま、そんなに嬉しそうにしないで下さい」
こちらは振りではなく、本当にいつも沈着冷静な側近2が口を挟む。
おや?いつの間に復活した?
「陛下が耳ソージしたげる。てか、させろ。って言い出した時に予め復活用の魔力を身体に付与しときました」
おお、なかなかやるな!側近2のくせに。
てか、私に耳ソージされたらくたばるって前提だよね、ソレ?
なんかムカつく。
「いえいえ、娘に耳ソージされる時の習慣ですんで、あまり気にしないでください」
ほお、側近2の娘はまだヨチヨチ歩きのくせに、いっちょまえに耳ソージをしたがるとな。
というか、相変わらず親バカ全開だな、側近2。
ま、それはそれとして、作戦テーブルの中心に置いたスイーツをとってくれ。
手が届かん。
「陛下、なぜわざわざご自身の魔力を4つに分け、塔に封じたのですか?」
側近2がスイーツの入った籠に手を伸ばしつつ聞いてくる。
ふ、わかっておらんな、側近2。
それと側近1、いい加減抱っこやめれ?
「正確にいうと8つだ。そのうちの4つを塔にそれぞれ振り分けた」
「何故ですか?辺境の魔族に魔力の供給ですか?」
ふっ、知りたいか?ならスイーツをさっさとよこせ!
「…はい」
ペロペロ。つまりだな、チュパチュパ。このままではバランスがレロレロ我々に傾きすぎてうまいな蝙蝠の目玉味!配下の魔物どもにペロペロ危機感が薄れすぎてチロチロ人間側にもチャンスを、と、あっ、垂れそ!チュルッと
考えて、な?
「…ペロペロキャンディー舐めながら説明されると、ものすごく聞きにくいです、陛下」
スイーツと言え、スイーツと。
ペロペロキャンディーだと字数増える上になんか締まらんではないか。
ではもう一度説明すると…。
「いえ、だいたいは理解できました」
おお、さすが側近2!ところで側近1、いい加減本気で抱っこやめれ?
「ようするにこのところ、人間側の抵抗がちょろすぎてつまんないから、わざわざ陛下の莫大な魔力を人間に明け渡し、楽しめる勝負をしたかった、というわけですね?」
ぶふぉっ!?
な、なぜそこまで!?
「ああ!むせ返る陛下ラブリー!魔王様萌えぇー!」
だからホントに抱っこやめんか側近1!
じと目で睨む側近2から目を逸らし、ついでに背を反らして側近1の腕からはい出る。
「あああ、一生懸命抜けだそうともがく魔王様!はぁはぁはぁっ!」
うあなんか側近1の目がやばい!勇者よりこっちのがやばい!
「…えーと。ちっちゃい魔物達、スクランブル」
側近2が召喚の魔法を発動、空中に描かれた魔法陣から小さくてかわいらしい魔物が次々飛び出してくる。
ところでみんなメイド服を着ているのはなぜだろう?
「側近1様ぁー、私にご奉仕させてください!」
「だめぇ!今日は私がご奉仕するのぉ!」
「はあんっ!側近1様のことを考えるとあそこが疼いて…。ああ、こんな淫らな変態メイドの私に、側近1様どうか罰をお与え下さい。きつーいお仕置きをして下さいませぇ。はふぅ」
ちっちゃい魔物メイド達はそれぞれシナをつくったり、側近1の裾を引っ張ったりして注意を逸らす。
「さあ、魔王様今のうちに!」
メイド頭らしきちっちゃい魔物の一匹が蝙蝠のような翼を広げ、側近1の腕から何とか這い出した私の手を握る。
「あはあは、メイド服着た陛下がいっぱいー!」
ちっちゃい魔物達の幻術が効いたか、側近1がふらふらとした足どりで謁見の間を出ていく。
「…ふぅ、いったか…。にしてもちっちゃい魔物達、我になんて失礼な幻術を!」
「いやまあ、メイド服着た昔の陛下、ってのが側近1殿のどストライクですから」
なるほど、失礼なのは側近1の方か。
にしても側近1、私に次ぐ魔力を持ちながら、ちっちゃい魔物達の幻術に抵抗出来ないとは。
「抵抗する気がなかったのでは?側近1殿の嗜好はかなり特殊ですから、本気で魔王様にあんなプレイかましたら大変ですからねぇ」
どんなプレイだ、それは?
「…それは秘密です。というか具体的に説明した時点でR18指定うけます」
うーん、書いてるSSのほとんどがエロ、それも特殊なのが大半を占める作者だからな。
「はい、普通の人と感覚ズレまくってますから、サラっとアウト側に踏み込む可能性大です」
うむ、では我を主役にしたエロパロを後で書かせるとして、今勇者はどの辺だ?
「扉の向こうです」
ぶふぅっ!
展開早過ぎないか、それ!?
「枚数おしてますから。なのでこちらから招待しました」
おいおいだからって…。
バゴォンッ!
「やいやいやい、魔王!勇者様のお出ましだぁ!」
頭の悪そうなセリフと共に謁見の間に現れたのは、腰まである美しいプラチナブロンドを無造作に束ね、動きやすさを重視して比較的露出の多いライトアーマーから、雪のように真っ白な肌を惜し気もなく晒した美少女だった。
燃えるような真っ赤な瞳でこちらを睨むが、それは少しも可憐さを損なっていない。
「側近2、今度の勇者は♀だったのか!?」
「知らなかったんですか!?」
いやまあ、楽しい勝負が出来ればいいかなー、程度に考えてたもんで。
でもまあ、違う楽しみも増えたってことで、ジュルリッ!
…ってアレ?
「陛下、そのロリロリな顔でそーゆう欲情しきった顔は…、ってどうしました?」
この娘、我の魔力を超えておる。
「…え?そりゃまあ陛下の魔力半分分け与えたんですから、自分自身の魔力を足せば、陛下の魔力を超えるのは当然では?」
…。
……。
……あー…。
「…え?陛下まさか、そこまで考えてなかったとか?」
……。
「今度の勇者、今までのと違って力で押してくるタイプじゃなく、人間にしてはかなり高い魔力の持ち主で、魔法をメインに戦う勇者、という報告をしたはずですが…?」
……てへっ!
「あああ!てへっ!じゃないですよどーすんですかなんか策あるわけでもないんですねだからあれほど行き当たりばったりはっ!」
「魔王!そんな幼い子供を人質にとるなんて卑怯だぞ!」
え?
「へ?」
取り乱しかけた側近2が間抜け顔で勇者に振り向く。
で、勇者(♀)が睨んでいるのは明らかに側近2の方で。
…ニヤーリ。
「きゃー!勇者さまぁ!助けてぇー!」
「あーっ!?陛下いきなり裏切らないで下さい!?」
まあまあ。もし死んだら後で復活させてあげるから。
絶対ですよ!?それと、ついでだからって変な改造も無しですよ!目覚めたら右手がドリルとか嫌ですからね!?
…ちっ!
うわ今ちっ!って言ったぁ!
という高位の魔族にのみ通用する高度なアイコンタクトをかわすと、我は側近2から離れ一目散に勇者(♀)の元へ。
「もう大丈夫だからねっ!さ、危ないから扉の裏に隠れてて!さあ魔王!正々堂々と勝負!といいつつこれでもくらえ!」
呪文詠唱も無しに勇者の回りに無数の魔力球が現れ、一斉に側近2に向かって降り注ぐ。
キュボボボボッ!
あ、直撃…。
死んだな、コレは。
フツーの人間が呪文詠唱無しで放つ発動スピード重視の魔力球なんぞ、せいぜいレッサーデーモンに傷を負わせるのが関の山だが、なんせ私の魔力がプラスされてるせいで威力が桁違いだ。
オマケにそれを文字どおり雨あられと撃ち込まれたのだから、いかに上位魔族の側近2といえどひとたまりもないだろう。
まー、灰のひとかけらでも残ってれば復活させられるから、こーやってノンビリ見てられるわけだけど。
「ふっ、たかが人間が放つしょぼい魔法など効かぬわ!」
おー!!生き残った!根性見せるじゃないか、側近2!
しかもなんか意外とノリノリだし!
さすが普段から私の魔力でいぢめ…もとい、もしもの時を考えて耐性を付けられただけはある!
…足ガクガクしてて、やせ我慢してるのバレバレだけど。
「くっ、さすが魔王ね!」
…気付いてねーし。
「ふんっ、最初っから魔王に魔力で勝てるとは思ってないわ!いくら奪ったところで、魔王に太刀打ち出来るほどの魔力を塔に封印しとくはずがないもんね!」
あいたた!耳が!耳がイタイ!それと、側近2の生ぬるい目線もイタイ!
くそう、側近2のくせに生意気だぞぅ!
「でも、これならどうかしら!?」
そういって掲げたのは一本のナイフ。
「…はい?」
側近2が戸惑うのも無理はない。
だって勇者が掲げたナイフは食事用のナイフだったから。
あ、でもあれ、もしかして…
「ふっふっふ、どお?伝説の宝剣を叩き直して作ったと言われる、伝説のナイフよ!ハッタリだと思うなら硬い牛スジ肉でも華麗に切り裂いてあげるわ!」
あー、無くしたと思ってたら、人間達の手に渡ってたか。
側近2が一生懸命作ってくれたプレゼントだったから、ずっと探してたんだよね。
「ほほう、それは確かに我が叩き折った宝剣より作りしもの。まさか人間達に渡っていたとはな」
あああ、側近2こっち見てる!おもっきし見てる!ごめんってば!
「ならば我も本気を出して相手をしてやろうぞ」
そういうと側近2はマントを投げ放ち、
「ぐぉおおおんっ!」
そちらに一瞬目を奪われると、貧相な側近2が一匹の巨大な竜に変身していた。
おお、側近2!いつの間にそんな隠し芸を!?
てっきり幻術を使ったハッタリしか出来ないヤツだと思っていたのに!
「くっ!正体を表したわね、魔王!望むところよ、覚悟!」
その巨大な竜に躊躇いもせず突っ込む勇者(♀)
あ、階段でこけた。
「さ、魔王。今のうちに後ろからどつくか、やられたフリして逃げるか決めて下さい」
不意に側近2が後ろに現れる。
あ、なんだやっぱ幻術か。「ええ、どうせ幻術ばっかのハッタリ野郎ですよ。ところで、なぜ彼女があのナイフを持っているのか、後でじっくりお話を聞かせていただけますか?」
はっはっは。側近2よ、ニコニコしてるのに目が笑ってないのは怖いぞ?
「くっ!伝説のナイフでも傷一つ付けられないとは!」
そりゃそうだ、幻だし。
てか、手触りない上にこれだけ切り付けても無傷なんだから、いーかげん幻だと気付きそうなもんだが、どうやらこの勇者(♀)、かなり頭が残念な子らしい。
「さすがね!なら、奥の手を出すしかないわ!黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの 時の流れに…」
え!?ちょ、それやばいって!!この呪文は…。
「陛下が青ざめてる!?これは一体なんの呪文なんですかっ!?」
この呪文は異世界の魔王の力を借りた呪文!
人々からスレ違いとかまんまパクリとか言われて荒らし認定されちゃう、禁断の最凶最悪な禁忌呪文なのだ!
最悪、通報されるかもしれない!
「なっ、なんだってー!?」
それが嫌ならあんたも力貸しなさい!側近2のヘッポコ魔力でもないよりマシよ!
「サラっとめっちゃ失礼なこと言われた気がしますが、どうぞ私の魔力、存分にお使い下さぅひぃ!?」
魔力を吸い取られ、一瞬でしおしおのプーになって倒れる側近2。
ああっ!ホントにショボい魔力しかない!
でも、いくしかない!
まー、ショボいとはいえ側近2だって一応は、辛うじて上位の片隅に引っ掛かってる真魔族だし、勇者とはいえしょせん人間の魔力なんだから、十分対抗出来るだろ。
「著作権対策呪文!!」
「ドラ(ピー)レイブ!」
私の全身全霊をかけた魔力中和は禁断の呪文が唱え終わる直前に発動し…。
ほんの数文字打ち消すことでいくばくか威力を削りとったものの、異世界の魔王の力を借りた紅い光りが城を吹き飛ばした。
対大型魔法、対大型魔獣対策に何重もの結界を施した城が。
やっぱ住んでる世界が違いすぎるよね!
…ゴガッ!
城の破片押しのけ、明るいお日様こんにちは。
やったよ私の心臓まだ動いてる!
うう、人間に負けるなんて側近2の魔力ショボすぎだろお!
あれ?ということは勇者のもともとの魔力、曲がりなりにも私の配下の魔族NO2である側近2より上、ということ?
勇者とはいえ、たかが人間にそんな魔力があるとは思えないのだが。
「う…、うう」
私が踏み台にした物体がモソモソ動く。
どうやら爆発の瞬間、私を庇ってくれたらしい。
褒めてつかわすぞ、側近2!
「ぷはっ!だ、大丈夫?怪我はない?」
って、あれ?勇者?
「ごめんね…、建物の中だってことすっかり忘れてたわ」
…やはり勇者はかなり頭が残念な子だった。
こんなに可愛いのに。
でもあの一瞬で玉座から私の所まで移動し、私を庇ったというのか?
身体能力まで人間離れしている。
「よかったぁ、無事で」
そういって微笑んだ勇者は、額からドクドクと血を垂れ流していて。
ちょっと、あんたのほうこそ大丈夫なの!?
「あははー、気にしないで!いつもの事だから」
だからって!
傷の深さを確かめようと、勇者の血に触れた。
その瞬間。
指に触れた血が熱を持ち、私にとあるメッセージを伝えてくる。
…なるほど、そういうことだったのね…
「どうかしたの?」
動きが止まった私を心配して、訝しげに覗き込む勇者。
その時。
「陛下ぁー!ご無事ですか陛下ぁー!」
側近1、今ごろきやがって。さすが空気の読めない男魔族NO1に選ばれるだけある。
「くっ、新手!?」
勇者が慌てて立ち上がる。
ごめんね。
私の手刀は無防備な勇者の首筋に吸い込まれ。
「あ…」
勇者はなにげに色っぽい仕種でその場に倒れたのだった。
「…本当に前魔王の血筋を引いてると?」
全身包帯だらけで、魔族というよりマミーにしか見えない側近2が疑問を挟む。
「ああ、間違いない。この娘の祖父か、曾祖父あたりだろうな。血の薄まり具合からして」
勇者の血に触れた時、色々なメッセージが私の中に溢れ込んできた。
それは魔王たる私に匹敵する程の存在がこの娘を守ろうとしていた痕跡。
そして、ソレの存在に私は覚えがある。
「この娘は間違いなく前魔王の血を引いている。先天性の色素欠乏症は、恐らく魔族との身体の拒否反応の一つだろうな」
人との混血が進むことで、逆に魔族の血が異物として認識されたのだろう。
「はあ…。前魔王様、ご自身を封印なさる前は、ちょくちょく人間達の所へお忍びでいってましたが、そういうことだったんですね」
「ハアハア、なかなか可愛いですな!いや、もちろん陛下には敵いませんが!」
…出てっていーぞ、側近1?
「いやぁ、さっきあとちょっと!というところで幻術が解けてしまいまして!
あ、もしよければ陛下みずから…」
プスッ!
「ぬあぁーっ!額からナイフが生えたぁーっ!?」
それまでちっちゃい魔物達相手ににゃんにゃんしてた側近1だったが、気付いたら城が崩壊してて、慌てて私を探しにきたらしい。
私が投げ付けた伝説のナイフを突き刺したまま、バタバタと部屋から出ていく側近1。
まったく、騒がしい男だ。
しかし、自らの魔力を中和しほとんど魔力のない今の私を、側近1は力ずくでどうこうしようとはしないんだな。
「…陛下のことを本気で愛してますからねー」
ほう、では貴様はどうなんだ?
「もちろん愛してますとも、家族の次に。なんせ前王が制定した法を覆して、高位魔族同士の結婚を認めて下さったんですから、いくら感謝してもしたりません」
あー、そのことか。
まあ、魔族全体の能力の底上げってのもあるけど、ぶっちゃけ高位魔族同士の結婚の禁止ってのは魔王を脅かすほどの魔族が生まれないようにってのが真の目的だしな。
超絶魔力の持ち主の我にとってはむしろ挑戦者ウェルカムなのだ。
にしても。
むー、家族かー。
いまいちよく分からないんだよなー。
うっすらと覚えてはいるんだけど。
「…うう、やめてぇ…。やめてよぉ…。私、化け物じゃないよう…」
気を失ったままの勇者が寝言を漏らす。
「んー、アルピノってことで化け物認定されてたのかな?違う世界だと神の使い扱いなんだけど」
「ああ、今の人間の知識レベルじゃ、色素欠乏症なんてわかりませんからねぇ」
確かにそうだ。
勇者の寝言は続く。
「んあっ!やめてぇ…。私、あそこに牙なんて生えて…、あああ、そこはダメェ…!」
ハアハア、そこってドコよ!?
「…陛下…」
おっとスマン。じゃあ起こすか。
「おーい、勇者ぁー!」
勇者の上半身を抱き起こし、ガックンガックン揺り動かす。
「あああ!ダメェ!激し過ぎて壊れちゃう!」
ええか!ええか?ええのんか!?
「…コホン」
おっと、目的を一瞬で忘れてた。
「う…、ここは…。おねぇ様?」
私を誰と勘違いしたのか、すっごく気になるセリフをはいて目覚める勇者。
「…はっ!?こんなところにマミーが!お嬢ちゃん私の後ろに隠れて!さあこい不浄なアンデッド!貴様らみたいな薄汚い死にぞこないは、地上に出てきちゃメーワクなんだよ!」
勇者は一瞬でファイティングポーズをとり、私と側近2の間に身を躍らす。
「さあさっさと糞虫は地面に這いつくばって臭い腐葉土でも量産しやがれ!」
「…陛下、泣いてもいいですか…?」
勇者のタンカに涙を浮かべる側近2。
口撃力が意外と高いな。
きっと幼い頃からさんざん罵られ続けてきたんだろう。
「…もういいんだよ…」
私は側近2を無視し、優しく勇者の背中を撫でる。
「ひゃうっ!?ちょ、今は戦闘中だからそこ触っちゃダメ!怖いのはわかるけど…」
いいこと聞いた!この娘背中弱い!
じゃなくて!
「そんなに無理して人間の味方しなくていいんだよ?私の言葉に明らかに動揺する勇者。
「な、なにを言って…。私は人間なの!だから、人間の味方をするのは当然…」
人間だと認めて貰いたいから?だから自分を化け物扱いする人間の味方してるの?
「…違う!違うもん!私、人間だもん!勇者だもん!だから、だから…」
かわいそうに…。
「人間だからって人間の味方をしなきゃいけないわけではないでしょう?魔族だって人間の味方をする者もたくさんいますし」
側近2が口を挟む。
魔族達にとっては常識なのだが、勇者は初めて知ったのか顔が驚愕に歪む。
「…マミーがしゃべった!?」
そっちか!?
「でも、そんなの詭弁よ!?人間に使われてる魔物は、召喚術で無理矢理従わせてるだけじゃない!」
「もちろんそういうケースもあります。だけど、ほとんどの者は召喚術士本人を助けたくて召喚に応じているんですよ?」
人間には理解しにくいんだろうな。
昨日一緒に飲んだ友人と、次の日呼び出されて戦うことだってある。
でも、それを恨んだりしない。
だって、親兄弟とだって血を流し合う覚悟でその召喚術士と契約を結ぶのだから。
「嘘をつくな!魔物は、悪魔は、そうやって人を油断させて裏切るつもりなんだろ!」
もちろんそういう奴もいる。
「そりゃそうよ。だって、人間だってあなたを迫害する人もいれば、逆にあなたを可愛いがってくれるお姉様もいるでしょ?」
「ちょ、なんであなたがそれをっ!?」
突然口を挟んだ私に、顔を真っ赤にして問いただす勇者。
ふふ、可愛いーなぁ!
「人間にも色んな奴がいるのと一緒で、魔族だって色んな奴がいる。中には人間に恋して、家族を作ってしまう者もいるわ」
あなたの祖父か、曾祖父のように、ね。
「…え!?」
衝撃を受けたような勇者の表情。
しまった、知らなかったのか!
「…陛下、大チョンボですぞ?」
黙れ、ムック風味のマミー!
「ガガーン!ですぞ…」
えーと、その、いまの無しで…。
「やっぱり私、人間じゃ無かったんだ…」
綺麗な瞳がみるみる曇り、泣き笑いのような表情を浮かべる勇者。
「ふふ、そうよね。太陽に長く当たると火脹れ起こすし、目の色はこんなだし…」
違うってば!
瞳が紅いのは色素が欠乏してるから!光彩の毛細血管がまるまる透けて見えるだけだし、日光に弱いのもメラニン色素が無いからだし!
ていうか、寧ろ人間だから拒絶反応起こしてアルビノになったわけで…。
「…ありがとう、慰めてくれるんだ…」
えーとえーと…。
「あはは。お姉様を裏切っちゃった。私のこと、人間だって言ってギルドの連中敵に回して庇ってくれたのに…」
ううう…。
「ふふ、私のおばかさん。結局私、化け物だったんだ。勇者だ、って言われて喜んじゃって、ホント大馬鹿。お姉様、あんなに喜んでくれたのに」
どう言葉をかければいいのだろう。
うう、シリアスな展開は苦手なんだよー!
「ふふ、魔王を倒して凱旋すれば、みんな私のこと認めてくれると思ったのに…。もう、お姉様の所にも戻れないわ。でも、魔王は倒したんだし、お母さんのいる天国には行けるかな?」
そういって腰の剣を引き抜く勇者。
ムカッ!
パーン!
気がつくと私は勇者の横っ面を思いっきり叩いていた。
「…あ、大丈夫よ。あなたのことは近くの村まで送ってくから」
ちがーう!
「え?」
私がムカついてんのはそんなことじゃない!
なに!?あんた、認めて貰いたいから魔王を倒す?誰にも認めて貰えないから死ぬ?ざけんじゃない!どんだけ他力本願よ!?どんだけあまっちょろいのよ!
「いや、人間の能力で魔王倒すってのは、けしてあまっちょろいことでは…、あ痛ぁっ!?」
まぜっ返す側近2を実力で黙らせ、驚いた顔の勇者にズズイと迫る。
あなたはあなた!
誰に認められようと、あるいは誰に認められまいと、あんたはこの世に一人しかいない存在なの!
「ドッペルケンガーという存在がぶふぅっ!?」
まだくたばってなかった側近2に、回転つきの魔王グレートクラッシュぼんばぁを喰らわせ黙らせると、勇者の首根っこ掴んで引き寄せる。
身長差のせいでぶら下がってるようにしか見えないのが非常に残念だ。
「凄い、こんな子供がマミーを倒しちゃった…」
だからあんたは甘いって言ってんの!
それじゃあんたを見た目で判断した、くだらない奴らと一緒じゃない!
勇者の剣を取り上げ、側近2に向かって一閃!
包帯がハラリと解け、傷だらけのいささかグロい側近2が現れる。
ちょっと手元が狂ったらしくて、上から下までぴぴっと血飛沫がとんだけど気にしない。
だって側近2だから!
「え?あれ?魔王?」
ちがう。こいつは側近2。
本当の魔王は、私よ!
「へ?何を言ってるの?ほら、危ないから剣を返しなさい」
くぅ!このなりじゃ説得力に乏しいか!なら!
そのまま剣を腕に突き立て、流れ出た血を勇者の口に押し付ける。
「うぷっ!何を…!?」
今は使いきったとはいえ、私の魔力を半分も取り込んだんだ。
今のアンタならきっと理解できるはず
勇者の顔が驚愕に彩られる。
私が勇者の血に触れてわかったように、勇者もまた血の記憶を感じとれたのだろう。
「あなたが…、ホントに…、魔王…!」
私は鷹揚に頷く。
「うそ!?こんなにちまっちゃくて可愛いらしいのに!?」
ちまっちゃいのは余計だ!それにこれは、魔力が今ほとんど無いからだし!
でも、あんただってその可愛いい顔で、勇者なんて荒っぽいことやってるでしょ!?
「え?私が可愛い?ひどい!またそんな嘘ついて…!」
ええい!鏡見たことないのか!
「だって…、こんな化け物みたいな姿…」
「陛下ぁーっ!お怪我をー!?ご無事ですかぁぁぁっ!」
おや、側近1?
額に包帯を巻いて貰っていたらしく、メイド服のちっちゃい魔物が側近1の頭に必死で張り付いている。
側近1、よく私が怪我したのわかったな。
「愛ですよ、愛!この側近1、陛下のためなら例え火の中水の中…、おおう!?う、美しい!気を失っている姿も可憐でしたが、その紅い瞳がまた一段と…」
こら、側近1。愛とかほざいといてソッコーで勇者をナンパすんな!
「え?あう?う、美しい、って…、ウソ…」
「ウソなものですか!ささ、どうかこのメイド服を!きっとお似合いです!」
側近1がどこからともなくメイド服を出現させる。
困った顔でそれを受け取る勇者。
「え、えっと、コレ、どー着れば…」
私が呼び出した闇の精霊が造り出した漆黒のカーテンの向こうで、ちっちゃい魔物に手伝ってもらい戸惑いながらも着替える勇者。
「わ!すごい可愛い!ちょー似合ってるよ!」
カーテンから出てきた勇者は、ゴスロリ風のメイド服が凶悪なほど似合っていた。
黒いエプロンドレスに透き通りそうなほどの見事なプラチナブロンドがサラサラと流れ、メイドマニアではない私でも思わず見とれてしまうほどだ。
「え、えへっ!そ、そうかな?私、こんなカッコしたの初めてで…。…ふふ。あははははっ!」
そして、突然笑いだした。
「あはは、魔王討伐にきたのに、なんで私魔王に慰められて、おまけにナンパされてメイド服着てるのかしら!あはははは!」
勇者は狂ったように笑い転げる。
「ん、やっぱあんた笑うともっと魅力的だよ。どお?魔王のテクニック、お姉様のと比べてみない?」
ひとしきり笑うと、勇者が微笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「ふふ、その前に私のそっちの腕前も見て貰うわよ。それにしても」
そう言って言葉をとぎらせる。
それにしても、何?
「ふふ、魔王達がこんなに気さくだとは思わなかったわ」
どんなの想像してたんだ?
「んー、そうねぇ。羊の頭蓋骨かぶって、へんなお祈り捧げながら踊ってるような感じ?」
なにその人間くさい魔王?
「え?なんで?」
え?だって人間に呼び出されると、みんなそういう恰好してるって部下達が…。
「あ、え!?じゃ、もしかしてあの恰好、人間が勝手にやってるだけ?」
そりゃそうでしょ?だって呼ばれたからいくだけで、別に召喚術士の恰好なんて関係ないもの。人間て変な恰好するの好きだよね、ってみんな笑ってるし。
「あはは、確かにそうかも!どうしよ私、今、凄く楽しい!敵同士なのに!」
勇者のどこか思い詰めた表情は消え去り、後に残るは春のそよ風のようなホワっと暖かい笑顔だけ。
側近1はその勇者のほほ笑みに見とれっぱなしだ。
「初代の魔王が人間嫌いでそうなったけど、その前は別に魔族と人間は対立してなかったし。昔はこうして普通に接してたって話しよ?」
「ええー!?嘘だぁ、だって魔族って人間を食べるんでしょ?」
別に魔族だから人間を食べるわけじゃないし。
人間だって牛肉が好きだとか、鳥肉が好きだとかあるでしょ?
だいたい、雑食の人間なんて肉が臭くて、そんなの食べるマニアックな魔族なんてあんま居ないよ?
「あ、じゃあその少数派を見て魔族は人肉が大好きだって思ってたんだ」
うん。だから今は、人間を食べるのが好きな魔物に襲われたりしないかぎり、特に人間を殺戮して回ったりしてないでしょ?
「うん、言われてみれば人間同士の殺人しか見たことないかも」
でしょ?
「はあ。私、最初っからこっちで生まれていれば…、はぐぅっ!?」
勇者が突然苦しみだす。
ちょっと!一体どうしたの!?
「ああ、これは呪いの発動です。人間ってのはホント残酷ですねぇ」
ちょっと、側近2!
なに冷静に解説してんのよ!?
「勇者が裏切る、もしくはそのような状況になると発動するようですな」
くっ、一人の人間に全てを押し付けたあげく、そんなことまで!
…てか、いつの間に復活した?側近2。
「いや、実は今もホントは生死の境をさ迷ってまして。どうやらこの上から下まで切られた刀傷が致命傷のようです」
うっ!?確かに未だにぴゅーぴゅー血がふきでてる。
「作者に話しが進まないから、お前代わりに解説しろって無理矢理叩き起こされた次第でして」
ええい!そんなことどうでもいい!今はどうすればこのコを救えるかだ!
「はあ、どうでもいいんですね。私、わりかし本気でヤバいんですが…。あ、それは無理だそうです」
無理って簡単に諦めるな!
「ひゅ…、こふ…」
あああ!勇者ぁ!死ぬな!私とレズる約束だろおっ!
「はは…、ゲフッ!…最後は結局、うっ!…魔物にじゃなく…、人間に殺されるんだ…ね」
死なせるもんかっ!
搾り粕みたいな魔力を全て治癒の魔力に変換し、勇者に注ぐ。
「こら!おまえらもやれ!」
役目が終わり意識を飛ばした側近2を殴り付け、動揺してへんな踊りを踊ってる側近1を叱りつける。
「そんな。私の魔力はとっくに全て魔王様に搾り取られたじゃないですか。ちょっとでも残ってたらこんな姿になってませんよ」
確かにそりゃそーだ。
「ううう、陛下、実は私、治癒系の魔法は一切出来なくて…」
あああ!この攻撃馬鹿!
そうだった、側近1は高い魔力に低い魔導能力で、暴走自体を攻撃に使ってるような脳みそまで筋肉級の馬鹿だった!
「くふっ…、最期の…ん!…お願い…していい…かな?」
最期とかいうなぁ!お前は絶対に助ける!助けるからな!
「…ひざ枕…、してほしい…、な」
瞳孔が開き出し、いまいち焦点が絞れず視点を泳がせる勇者の頭を、優しく膝に乗せる。
「あは、ありが…とう…。魔王って…、お母さん…みたい…だ」
そうだよ!魔王は夜を統べるものなんだ!人間が神って呼んでる存在が太陽なら、魔王はみんなを静かに包み込むお母さんみたいなもんなんだよ!
だから…、だから…、お母さんを悲しませないでよ!
「ふふ、魔王の膝…、柔らかくて…、あったかい…よ」
砂浜に水を一滴ずつ垂らしているかのような虚無感。
なけなしの魔力を全て治癒に費やしても、勇者の命の砂は私の手の平からどんどん流れ落ちる。
「勇者、勇者ぁ!」
勇者の綺麗な紅い瞳が閉じていく。
「ごめんね…、お母さん…」
それが、勇者の最期の言葉だった。
「もう我慢できない!こうなったらどっちが魔王様を愛してるか勝負よ!」
ドカーンッ!
「望む所だ!陛下を思う気持ち、いくら妻相手とはいえ手加減せんぞ!」
ドドーンッ!
今日もまた、魔王の回りは騒がしい。
「あああ、また城が壊れる…」
そういってめっきり薄くなった頭を抱えるのは元側近2の現側近1。
苦節ウン百年、ついに下剋上を果たしたのだ!
「好きでなったわけじゃありません!」
ドカーンッ!
城自体が揺れ、崩れた壁からぐったりした元側近1の現側近2を引きずりながら現れたのは、メイド服をきた可愛いらしい少女。
「魔王様、今夜のお伽は私が相手しますね!」
こらこら、旦那を殺すなよ?文字通りお前の半身なんだから。
「大丈夫です!旦那は絶対最後引きますから!」
…なんだかんだで信頼してるってことか。
あの時、私を嘲笑うように呪いが成就し、勇者の心臓は消失した。
しかし、側近1は茫然とする私を押しのけ、躊躇う事なく自らの心臓を引きずり出すと、かぎ爪で勇者の胸を引き裂き埋め込んだのだ。
元側近1は心臓を二つ持っている非常識な種族だとはいえ、そんなことをすれば自らも滅びる可能性が高い。
しかし、これほどメイド服を着てもらいたい女性に出会ったのは初めてで、どうしても生き返って欲しかったらしい。
祝いの席で、元側近1は顔を赤らめながらそう白状した。
「こいつのプロポーズ、ずっと俺のためにメイド服を着てくれ、なんですよ!」
ドレスの代わりにメイド服を着た花嫁の言葉に、会場の皆が笑った。
「さてみなさん、ケーキ入刀です!カメラの用意は良いですか?」
司会の元側近2が、同僚のピンチを救うべくマイクを取る。
心臓を半分にしたせいか魔力は半分以下になり、それをちこっと上回ったので側近1と側近2の立場を入れ替えた。
元側近2は泣いて嫌がったが。
「魔王様?」
結婚パーティーを思い出し、思わず笑ってしまった私をみて、メイドが不思議そうな表情を浮かべる。
「勇者、いや、メイド。今、幸せか?」
私のいきなりな問いに、メイドは微笑む。
「勇者」という名の檻から解放され、自由に生きることを許された少女の紅く美しい瞳は、紅玉すらも敵わぬ輝きを放ち嬉しそうにほころんだ。
「はい!とっても幸せです!」
fin