6姫様の元第1席上級女官とお医者様【後編】
「お嬢様はお姫様なのでしょう?私、お姫様を見るのは2人目よ!!」
私より年下の娘さんは目を輝かせてそう言う、私はお姫様ではないのだけれど。ちなみに1人目のお姫様は王弟殿下のお妃様らしい。かの方と同等に扱われるなんて、恐れ多い事だと私は苦笑いをする。すると別の娘さんが訂正した
「あら、妃殿下はお姫様ではなくて公爵家のご令嬢だったのよ」
「どう違うの?」
「姫を名乗れるのは王族のご息女だけ、高位貴族のご息女もあだ名っぽい感じで『姫』って呼ばれることがあるけれど、公式の場では使ってはいけない尊称なの」
「ここは公式な場ではないじゃない。おとーさまのお屋敷だもの」
屁理屈ばかりと、娘さんは怒る。そういうじゃれ合いはいつもの事なのだろう、笑いあいながら作業を進めている。すると恐らく1番年上と思われる娘さんが、申し訳なさそうに謝罪してくれた
「五月蠅くて申し訳ありません。わが国には女性貴族が少なくて、『お姫様』のような素敵なお嬢様のお世話をさせていただけて浮かれているのですよ」
「おとーさまも、なかなかやるわよね!!」
「こら、余計な事を言わない。さぁ、お嬢様お休みください。今、父上をお呼びしますから」
何故寝るのにお医者様を呼ぶのだろう?……逆に眠れなくなりそうなのに、そう思ったのにお医者様にゆっくり休んでと言われると必ず眠気が襲ってくる。眠らずに見ていたいのに……この眠気に、何か変だと思いつつも夢の中に落ちていった
夢の中でなら、素直になってもいいですか?
お医者様と、その娘さんたちと穏やかな療養生活を送っていたある日、姫様が王城へ入城したと聞いた。ずいぶんと時間がかかったなと思ったら、騎士たちと侍女たちが一新されたそうだ。わざわざ国から新しい使用人を呼び、総取り替えしたという……確かにそれは時間がかかるはずだ
おかげで用意されていた晩餐会が中止になってしまった為、侍従長が激怒していたとお医者様は語った。そして、予定がかなりずれた為に、女王陛下との謁見の目途が立たないらしい。と言うか、完全に嫌がらせで、ネチネチ姫様を焦らしているそうだ
「女王陛下は別にとっとと会って、さっさと帰ってほしいと仰っていたが、侍従長は晩餐会の準備が台無しになったのを執念深く怒っていてね……それはもう、ネチネチと」
「かなりイライラされている姫様は周りにかみついていて、ある意味面白い」
「面白がっている場合ではないでしょう、事務官」
何故ここに事務官様がいらっしゃるのかと言えば、ギプスを外すためにわざわざ来て下さったのだ……忙しいのではなかったのかしら?
「順調だけどまだ動かさない方が良いから、包帯はグルグル巻きにしておこう。もう少し経過を見てからリハビリを始めるといいね。傷は少し残ってしまうけど、必ず歩けるようになるから」
「お忙しい中わざわざありがとうございました」
「いえいえ。そうだ、女王陛下が貴女に会いたがっているんだ。明日にでも城に来てくれないか?ゲートを使っていいから」
なんて爆弾発言。姫様は女王陛下との対面の目途が立たないのに、何故私とはすぐ会えてしまうのか?……恐らく女王陛下の側近方は姫様の状況を把握なさっていて、そうとう怒っているのでしょう。姫様に対して、最後のご奉公として私が出来ることは……
そう考え、お伺いしますと事務官様にお答えした
その夜お医者様に、女王陛下に早く姫様とお会いしていただけるよう側近方に慈悲を乞いたいと話した。お医者様は優しく微笑み、私が付き添いましょうと言ってくれたが、お断りした。これ以上ご迷惑はかけられないし、最後の奉公を1人で成し遂げたいのです
そう言うと、お医者様は悲しげな表情で「私では頼りになりませんか?」と言って下さった。そんな辛そうな顔をされると誤解してしまいます。職務に誠実なのは素晴らしい事ですが、今の私には残酷な仕打ちです。自分勝手な意見なのも解っていますが……
「そんな事はありません、十分助けていただきました……。もう、これ以上ご迷惑をかけるのは心苦しいのです」
本当はそんな理由で心が苦しいのではない、お医者様がいないと歩けなくなってしまうかもしれないの。お医者様に私の心を知られて距離を取られてしまうのも、奥様やお嬢様方に迷惑をかけてしまうのも辛い
けじめをつけたいのですと返すと、お医者様は私の手を取り言った
「……年寄りが何を言っているのかと呆れてください。お嬢さんを初めて見た時、いい年をして一目惚れをしてしまいました。医者の立場を利用して、治療院ではなく屋敷に貴女を引き取りました……。願わくばずっとここに、頼るのは私だけにしてほしいと思っています」
「い、いけません!!奥様やお嬢様方がいらっしゃいますでしょう、その心はどうか身内の方へ……」
「奥様?……私は独身ですが?」
え?
王城の謁見の間、玉座には女王陛下が座りその隣には王配殿下が立っている。左手側には王弟殿下とその妃殿下、右手側には女王陛下の側室方が並ぶ。玉座の正面に立つのは久しぶりにお会いする姫様、謁見途中で入場してきた私を見て、驚きの顔から怒りに震える表情へと変わる
私はお医者様に横抱きにされたまま謁見の間へ入っていく、車いすでという私の意見はあっさり無視され「どうせなら、派手にいきましょう」と微笑まれた。女王陛下は驚きながらも、朗らかに笑った
「どうした伯爵、美人を連れているじゃあないか。しかも娘のような年頃の美人を」
「女王陛下お喜びください、嫁を拾いました!!」
お芝居のように大げさに、横抱きにする私を女王に披露する。女王陛下はニヤリと笑って
「ほう、それはよくやった。してどこのご令嬢だ?」
「某国の公爵家令嬢だそうです。私が拾ったのですから私に権利があるはずです女王陛下!!」
そういうお医者様……というか伯爵様だったのですね。彼と女王陛下の茶番じみたやり取りは、姫様の怒りに火をつけて、私を指さしながら叫んだ
「その女は、主に恥をかかせた愚か者だ。そのものは罰せられなければいけない!!伯爵と言ったか、お前。お前の嫁になどさせぬ、庶民に、いや罪人にでも引き渡さなければならない。我が国の者は我が国の法で罰せられるべきだッ」
そう言う姫様に女王陛下は冷たい視線を投げ、次の瞬間楽しい事を考えついたようにニヤリと笑う。女王陛下は手を叩き、そうだそうだと声を上げる
「おぉ、先程うかがった姫の『不始末を犯した使用人』か。王族を侮るとはいけない娘だな、罰を与えてやろう、とても残酷な罰を」
ビクリと震える私を慰めるかのように、伯爵様が「大丈夫」と小声で告げる。その自信あふれる表情に励まされ、女王陛下と姫様の方に顔を向けると、にっこりと笑った女王陛下がさらに言葉を続ける
「覚悟が決まったようだな……よろしい」
女王陛下は玉座から立ち上がり、高らかに宣言する。罰を受けることが出来るのであれば素直に従おう、それがどれほど残酷な罰でも。主を侮り正しくお仕え出来なかったのは、私の咎だから。そう意を決して女王陛下のお言葉を待つ、多くのお子様がいらっしゃるとは思えないほど、若々しく艶やかな唇が告げる私への罰とは
「血の繋がらない娘が大量にいる中年エロ伯爵へ嫁がせてやろう。これは乙女にとって辛い仕打ち、《4の国》風に言うと『田舎屑伯爵に嫁入り孕まされバッドエンド』だのぅ。しかもわたくしの勅命だ、離婚は出来ないぞ。これは酷い、どうだ姫よ相当な罰であろう?」
誰、それ?
「そ、そのような事罰になるとでもいうのか、女王!?」
「『陛下』を付けよ小娘。……まぁよい、わたくしは病人には寛大だ」
憎々しげに顔をしかめる姫君をさらりとかわし、女王陛下は続ける
「そこにいる中年伯爵は、養女と言う名の妾をたくさん囲っているという噂のエロ伯爵だ。養女たちは朝も昼も夜でさえもベッドの側で働かされ、そして他の貴族に売り渡す鬼畜伯爵との噂。酷い仕打ち、女の敵じゃ」
女王陛下の口上に、他の上級貴族の方々もなんて恐ろしく辛い罰だと口をそろえて言う。姫様はあまりの言い草にさすがに唖然としていたが、侍従の呼びかけにハッとして怒りの形相のまま謁見の間を後にした
「血の繋がらない娘……とは?」
王城の客間で休んでいくといいという女王陛下のお言葉に甘え、ベッドの上でゆっくりと足を延ばす。女王陛下の侍従長様自らがお茶を淹れてくれ、申し訳ない気持ちでいっぱいです。とてもネチネチお恨みするような方には見えませんでしたが、それだけ女王陛下への忠誠心が厚いのでしょう
部屋にはお医者様こと伯爵様と私の2人きりとなりました。彼はベッドの近くにテーブルと椅子を寄せて座ります
「知っていると思いますが、庶民が貴族に嫁ぐ為には、別の貴族と養子縁組をして地位を得てから……となります。もちろん優秀で心が伴っているという条件がありますよ。まぁ、名前を貸すのに一番身軽だった伯爵位を持つ貴族が私、という事です。誓って手など出していませんよ」
お屋敷のお嬢様方は庶民出身の優秀な看護師・薬師で、1番年上と思われる娘さんは医師の卵だそうです。いずれ王家や2公爵家と2侯爵家、他の伯爵家に嫁ぐ予定の養女さんたちだと
娘さんたちを見ていれば、そのような不適切な関係でないのはわかります。皆さん明るく朗らかな娘さんたちですし、だから奥様を見る機会がなかったのですね……そもそもいなかった訳ですし
「それが何故か他国では、養女と言う名の妾を囲っているとか言われているらしいですよ。失礼ですよね、なのでエロ伯爵たる私に嫁ぐことになった可哀想な令嬢が貴女です」
「それは……とても素敵な罰ですね、ふふ」
「そう言っていただけると、私もうれしいです」
私の頬をその大きな手で撫で、そして抱きしめてくださり額に口づけを
「こんなおじさんでも、結婚していただけますか?」
「まぁ、断れないのではないのですか?」
そうでした、なんて言いながら目元に頬に唇の横に唇を押し当て、肝心なところには触れてくれない甘い罰を味わった
結局、足は少し引きずる位でほぼ完治。そのまま伯爵様と結婚し、看護の勉強を始めた。やはり勝手が違うので最初は戸惑ったが、7人の義理の娘たちの応援もあって伯爵様のお手伝いを出来るようになってきたと思う。王族の方々や、上級貴族の方々からは早く子を作らないと伯爵の子種がなくなってしまうぞと言われ、恥ずかしながら子作りに励んでいるところだ
こんなこと言っては何なんですけど、子種……凄くあるのですけど?
そもそも伯爵様はそこまでお年ではないのです、私とは一回り違いますけれどまだまだお元気で……何を言っているのでしょう、私!!
1年も経たないうちに女王様の言う『孕ませエンド』とやらになってしまうことに。もちろん、バッドでもないですし、エンドでもないです。これからもずっと一緒に夫婦として、家族として過ごしていくのですから
数ヶ月後、私が懐妊したという手紙を受け、こっそりと生国からお兄様が会いに来てくれました。自分より年上の義弟が出来たことに少々複雑な思いを抱えているようですが、とにかくエロ伯爵の噂はデマだった事に安心してくれたようです
お兄様から、その後の姫様の事を聞きました。……結局他国でも夫は得られず、ほぼ軟禁状態で公務に出ることもなく、一生飼い殺しにするしかないだろうとの国王陛下のお言葉だったそうだ。そういえば、ずっと気になっていることをお兄様に聞いてみた
「お兄様は姫様と何かあったのですか?」
「……あぁ、と言ってもまだ子供……10にもならない頃だったと思う。姫様に『婿にしてやる、女王の婿に』と言われたんだよ。はっきり断った上に、そもそも姫様は絶対女王になれないって言ったな、王太子殿下が王位を継ぐのだからと。あと……」
そこで照れたように顔を赤くして、言いよどむお兄様。念を押すように、昔の子供の頃の話だからなと言います。何かあったのかしら?
「嫁にするなら妹が良いって言ったんだ。子供の戯言だから、不審な目で見ないで妹よ。そして睨まないで、義弟様」
お兄様が仰るには、姫様の何も出来ないのに無駄に偉そうなところが嫌だったと。子供心に義務を果たしていない……って思い、つい本音が漏れちゃったんだよなとの事。今更ですが違う未来もあり得たのでしょうか?
それとも、……必然だったのでしょうか?
エロ伯爵は麻酔系のギフト持ちです、やたら眠気が襲ってきたのもギフトの所為となっています。救急隊員?にして麻酔医なんですね。第1席がチョロすぎる気がしますが、彼女も精神的に参っていたという。胃痛も治ってめでたしめでたしです。
読んでくださってありがとうございました。