4姫様の第1席上級女官とお姫様
私は《3の国》のなかでも1・2を誇る国の公爵家の三女として生を受けました
学友として幼い第1王女殿下の側に侍り、そのまま行儀見習いで女官の資格をとり第1席上級女官の地位を賜りました。姫様は幼い頃から拘束されるのが嫌いで、勉強なんてもってのほか。わが国最高の教師陣をそろえていたのに
淑女の礼も取れない、王族が他の物に頭を下げることはないから。いえいえ、国王陛下や他国の王族には礼を尽くすのは当たり前です。国の歴史も憶えるつもりはなく、政治形態にも興味を示さない。じゃあ、何が出来るのかと問われると……特に何も出来ない姫様
貴族令嬢の嗜みである、楽器演奏や刺繍なども興味を示さない。ただただ存在しているだけ、世話をしてもらい生きているだけ?
私を含め側近たちの努力が足りなかったのでしょう、でも姫様よりも2歳年上の私に何ができるのかと問われると……どうしたらよかったのでしょうか。わが家では優しくも厳しい兄や姉が色々な事を教えてくださいました。上手くできた時は一緒に喜んでくださって、失敗した時は一緒にどうしたらよかったのか考えてくださいます。勿論いけないことをしたときは、叱って下さいました。だから兄や姉の様に姫様の側に侍り、これはどうでしょう、あれはどうでしょうと提案しても
「使用人が弁えろ」そう言われて、クッションや本を投げつけられる日々
胃が痛い……です
国王陛下からお話があったのは、姫様の適齢期が過ぎ去ろうという一歩手前の時期。自国で夫が探せないのであれば、他国へ見合いと言う名の親善旅行に行かせると告げられた。ちなみに私の適齢期はもう過ぎています、終了です
姫様の唯一の関心事、それは己の伴侶の事である。兄上様である王太子殿下がいらっしゃるので、姫様は降嫁することとなっています。身分高く、見た目良く、熱烈に愛してくれる男性を望んでいるようですが、やんわりとお断りされる事、十数人。すでに国内ではお相手が見つからない状態、しかしそのような状態はどんなに情報統制しても他国に伝わってしまうものです
国王陛下は深くため息をつきつつ、私・侍従・騎士隊長に告げます
「……国の恥になるやもしれぬが、粗相のないようにしてやってくれ」
「……はい、侍従として出来る限りの事は」
「……はい、騎士として姫様の身の安全はお守りいたします」
「……はい、私の力の及ぶ限り、女官侍女一同お仕え致します」
胃が痛い……。あまりの顔色の悪さに第2席から胃薬をもらった。よく効くと評判なのです、そう言って。さすがお嫁さんにしたい令嬢ナンバーワンに輝いた彼女。何故貴女が姫ではなかったの?
訪問する国のしきたりをお勉強してもらう、特に失礼にあたる行動や言葉を頭に叩き込んでおいていただかないと、癇癪癖のある姫様の事故多発……するのでしょうね。女官と侍女たちも対策会議を開かないと、土下座の練習でもしておきましょうか
特にわが国と1・2を争う国には有名なしきたりがある、『初夜の指導』である。何故そのしきたりが出来たのか、由来を第2席が説明しているのだが、凄く嫌そうな顔でそっぽを向く姫様
「なんて恥知らずな国なの、下品な……」
「愛のない出産をなくすためです。望まれない子供をなくし、愛される……」
「乱交だ」
「きちんと神殿の規則に則って行われる指導でございます」
「は、何の指導なのか……破廉恥な。貴族の女が政略で子を生すのは当然だ」
だから初夜の指導ですよ、それ以外の何物でもないのです。政略でも慈しみの心の無い子作りを否定なされているのですよ、かの国が崇める愛と出産の神は
取りあえず、それに関しての発言はしないでいただきたい事をお願いしました
そのまま別の国の講義もすすめる、3・4を争うギフトに恵まれた国には、多くの色物ギフト持ちが多いとの事。有名どころでは男女の体の相性がわかり結びつけるギフト、これには興味を示した姫様は
「そのギフト持ちに、夫を探させればいいのではないか?」
との給う。確かにそれの方が手っ取り早いのですが、そうはいきません。何故なら
「このギフトをお持ちなのは、王太后陛下なのです。とても気軽に頼めるお方では……」
「何を言っている、たかが王母であろう?」
何故にそんなに偉そうなの姫様は……。姫様は『殿下』で、かの方は『陛下』なのですよ?やんわりと言ってみるが、五月蠅いと言われた……
「私は女王陛下の血を引く王族だ。たかが王母、王族に嫁しただけの下級貴族であろう。王族たる私に奉仕しなくて貴族といえるのか?」
「王太后陛下のご出身は侯爵家でございます、上級貴族のご令嬢でいらっしゃいました……」
「なんだ、だから公爵家出身のお前の方が偉いとでもいうのか。図々しい」
そんな事言っていません……。姫様の祖母、国王陛下のお母上にあたる方は女王陛下でした。結婚せずに御子だけお産みになり女王として君臨なさった苛烈女王。その気性だけを受け継いだといわれる姫様、まさしく生まれながらの女王様。気質だけは本当に
あぁぁぁぁ、胃に穴が開く……
そして講義を進めるが、農業国の事を「田舎に住むなど、虫唾が走る」と一蹴。その田舎で収穫された苺がお好きなのに、気が付いていないのでしょうか……ここで飽きられた姫様は癇癪を起し、私達女官を追い出した。まだ勉強していただきたい国や地域はあるのに。イタタタタ……胃がッ
こんな不安な状況のまま、優秀かつ貴族出身のお供を連れて外遊に出発。何もなければいいのですが、何もない訳がない旅の始まりでした
そしてやはり、言ってはいけないことを言ってしまった姫様。例の初夜の指導について……しかも姫様が罵倒した神官の娘御である王妃陛下の前で!!王妃陛下は先代国王陛下と愛と出産の神の上級神官様のあいだに生まれた御子。神の娘である上級神官様がお産みになった『神に望まれた子』だというのに
売女なんて言葉、どこで覚えたのでしょうか。そんな言葉より憶えて欲しい事は沢山あるのに
かの国の国王陛下は激怒し、賠償として第2席を所望したとの事。彼女には色々手伝ってもらっていた、とても優秀な女官だったが、ここで姫様と縁を切った方が良いかもしれない。優しく賢く慎ましい彼女は殿方から人気があり、お嫁さんにしたい令嬢と評判だったから、ここで自分の幸せを掴んでほしかった
胃薬のお礼もしたかったし……
北上して次の国に入る。例の男女の体の相性がわかり、結びつけるギフトをお持ちな王太后陛下がいらっしゃる国。嫌な予感しかしません……念の為にギフトの事は言わないでくださいませと、言っておいたのに
「未来の夫が見えるギフトを私の為に使いなさい」
言ってしまった……。王族や高級官僚とその夫人、婿候補の貴族令息たちの前で……。隣の控室で胃薬を飲む私、護衛騎士隊長様がお水を渡してくださいました。ありがとうございます、人のやさしさが身に沁みます
そして姫様のお見合い相手が数人紹介されるはずだったのですが、向こうからお断りされてしまいました。王太后陛下へのあの発言で……、幼い頃に発現したそのギフトに王太后陛下はお辛い思いを抱えていたそうです。幼子に男女の体の相性うんぬんなんて、たしかに辛い出来事だったでしょう
それをあのような人前で、堂々と命令した姫様と縁を結ぶことを拒否されたのです
ですよね……
さらにそのお見合い相手の中の1人と護衛侍女が親しく話しているところを目撃した姫様は、彼女に激怒し罵った。その男性は貴族令息でありながら料理人という変わった方なので、姫様の琴線にはふれないと思っていましたから、護衛侍女に忠告していなかったのです。こんな事なら、早めに距離をとるように言っておけばよかった、完全に私のミスです……
護衛侍女は私に泣きながらもう無理だと辞表を渡し、王宮を飛び出していってしまった。誘惑って、食べ物の話しかしていなかったのですよね。気を引くために好きな話題を振っていると言うより、本当に美味しかったのですよね、お菓子が……
「護衛侍女が何をしたと言うのですか?」
「私の夫をたぶらかしていた、あれは昔からそうだ!!」
「護衛侍女はそんなことしておりませんわ、そもそも侯爵家令息様は姫様の夫でもなんでもありません。先日の第2席の事もそうです、姫様に真摯にお仕えしていたのにあのような仕打ち……」
姫様は私の言葉を無視し、侍従に護衛侍女を解雇することを告げ、すぐさま王宮への出入り許可を取り消すよう言った。そのままお休みになられてしまい、私たちはため息と共に出立の準備を始めた
そして実家に手紙を出す、家に負担がかからない範囲でいいので護衛侍女の事を気にかけて欲しいと
翌日、出国の手続きをして馬車に乗り込む
このままでは仕える者の心が離れていってしまう、もう離れているかもしれないですけど。諌める事が出来るのは今いる使用人の中で1番高位である私、私が言わなければ……そう思い姫様を見つめると
これは憎悪の眼差し……でしょうか。姫様は私を見つめ返しこう言った
「虫唾が走るわ」
「……え」
「お前は昔から五月蠅くて目障りだった。私の周りをうろつき利を得たいと思っておったのだろう、愚かな女だ。そのような魂胆見通せないとでも思ったのか!!」
なに?なにをいっているの?
「薄汚い女だ、さすが私を馬鹿にした男の妹。私を誰だと思っているのだ、女王の血を引く第1王女だぞ…………お前は今すぐ消えろ」
「姫様?」
「消えろと言った。……女王の手を煩わせる愚か者め」
姫様に胸ぐらをつかまれドンと馬車のドアに叩きつけられる。ドアの金具が外れ、走行中の馬車から突き落とされ息が詰まる。肩や背中を打ち土手らしきところを転がり落ち、途中何かにぶつかったようで、鋭い痛みに気を失ってしまったようだ
確かに馬鹿にしていたのかもしれない
同じ教育を受けて、私の方が成績が良かったから
見下していたのかもしれない
でも、私は。