1姫様の第2席上級女官と近衛騎士様達
近くて遠い4つの世界のお話
世界の始まりはスープ皿に満たされた粘度のある命の水
天から落ちた滴りが水面を押し出し、それは王冠へ、王冠から神へと変化し
波紋は大地となった
波紋から成った大地は、大きな大きな輪の形をしていて
それを四柱の王冠の女神達が、それぞれ守護している
これはそんな世界の《3の国》の話
忠誠と深秘の国、王を頂点とした国
王族・貴族・騎士・魔法使い・神官・庶民が生きる国
《3の国》といっても、さらにいくつかの国に分かれていて、今、目の前にはわが国と1・2を争う隣国の国王陛下と王妃陛下が主催して下さった茶会へ参加中の姫様が、豪奢な金髪を輝かせ美しい微笑みを見せながら、かの国では言ってはいけない言葉を、国王夫妻と近衛騎士2人と数名の侍女たちの前で仰った……
「夫婦の閨を他人に見せるとは、下品極まりないですわね」
親善と言う名のお見合い旅であろう事は明白。なので、きちんとかの国のしきたりを話したのに全否定。かの国では嫁に処女性を求めず、結婚適齢期になると必ず愛と出産の神の神殿にて、性技の指導を受けなければならない
姫様とはいえかの国に嫁すこととなるのであれば、当然受け入れなければならないしきたりなのに
これにはちゃんと理由があって、血を重んじる為に権力をかさに着て無理矢理事をなし、結果祝福されない出産を憂えた愛と出産の神様が、自らの娘達に愛と技術を説き、不幸な出産を無くすようにと仰ったからであって……そう、何度も言ったのに!!
外から見たら卑猥かもしれないけど、彼等は真面目に行っているのだと
「確かに秘め事ですから、他人に見られるのは恥ずかしいでしょう」
「恥ずかしいではなく、破廉恥だと言っています。神官たるもの不特定多数の男と関係するなんて、ただの売女ではないか!!女として最低だと、王妃陛下もそう思いにはなりません?」
「……」
姫様……。これでも第1王女殿下なのに、本当に申し訳ありませんと謝罪の視線を飛ばす私達、姫様付き使用人一同。王妃陛下は真っ青な顔をしながらも、笑顔をたもっている。さすが先代国王の王女にして当代の王妃陛下と言わざるを得ない。王妃陛下は、先代国王と上級神官との間に産まれた『神に望まれた子』として有名なのに
震える王妃陛下の手をそっと握りしめ、当代国王陛下は言う
「神官の定義は神それぞれでしょう。姫君、貴女はすぐさまこの国を出た方が良い。人の考えはいろいろあります、しかし口に出してしまった以上、飲み込むことは出来ないのですよ」
近衛騎士に姫様の御退室の準備を命じ、自室へ帰ろうとする。姫様は高貴な自分に失礼なふるまいだと思ったのだろう、大声で国王陛下を罵った高貴な方のとても下品な言葉だった
申し訳ありません、確かに姫様は高貴なご身分なんですけど、断然、国王陛下と妃陛下の方が位が高いなんて、思いもしないのですです。口を酸っぱくして言い含めたのに……この旅が終わったら退職を考えます
どこか高位貴族の侍女に雇ってくれるところを探さないと
結婚も視野に入れ……られるといいのですが、生憎そのような誘いも出会いもない寂しい私
私に目をかけて下さって、第1王女殿下の第2席上級女官へ押し上げて下さった第1席上級女官様には悪いのですけど、もう無理です……なんて弱気になっている私です
「あの姫君、馬鹿なのかなぁ?この国が王冠の女神と、愛と出産の神を崇めていることくらい《3の国》での常識だろうに……かの神は慈悲深い方だから、この国にいなければ罰は受けないだろう……と思うけど」
「神の娘を罵倒するなんて恐れ多い事。周りのお付の方々は真っ青になっていたわ。お付の方々は解っていらしゃるようで、少し安心いたしました。馬鹿なのは姫君だけで」
給湯室で立ったままお茶を飲んでいる男性。お行儀は悪いですけど、壁にもたれかかりながら一服している姿はいちいち格好良い。嫌味か!!と言う程決まっている男性。会話をしているのは女性、こちらは立っている男性の側に椅子を引き寄せ、掛けながら飲んでいた
客室に戻り癇癪をおこした姫様をなだめるため、お気に入りの菓子と茶を用意しようと給湯室へと急いでいると、姫様に関する会話が聞こえてきたので、そっと給湯室を覗いてみます。どうやら先程陛下方の側に侍っていた近衛騎士様たちでした
私達の謝罪の視線は先方に伝わっていた模様……少し安堵しました。彼等はさらに話を進めています
「この国にいる限りは祝福はされないだろうなぁ……そんな女性を娶る貴族はいないね。子供が望めなくても、愛情があれば妻にと望むだろうけど……愛情は無理だなぁ、馬鹿すぎる」
「そうねぇ、高慢は貴族の業としても馬鹿よねぇ……。あ、意外と恋をすれば、可愛くなるかもしれませんわ?どう、挑戦してみます?」
「遠慮しますよ、あの血筋を残しても利益は少なさそうだし。……なんて言うと打算的すぎるかな?」
「打算結構ですわ、与えるだけの情なんて公平ではありませんもの」
結構ひどい事を言っているような気も
「で、そこに潜んでいるお嬢さんは、お茶の準備かな?」
おぉう、ばれていました。しずしずと入室し深く頭を下げます
「先程は……主が礼を失する発言をいたしまして、申し訳ありません。ほ、本当に……」
「まぁ、落ち着いて下さいませ。第2席上級女官殿がお泣きになる事ありませんのよ?王族の血というものは、時々凝り固まった思想というものを育みます。わが国でも男性王族は女性に『こじらせる』方が多くて、よく笑われていますもの」
「あ、あの。そのような事を言って不敬ととられませんか?慰めて下さるのはとても嬉しいのですが、その所為で騎士様が罪に問われてしまうのは……」
私を慰めてくれた女騎士様は、朗らかに笑って
「大丈夫ですわ。……私は先先代国王の弟を祖とする公爵家の出身ですから、色々痛い話を聞いて育っておりますのよ。紹介しますわ、こちらのデカブツは私の弟です。弟、ご挨拶なさいな」
「はい姉上。……私は公爵家出身で、国王陛下の近衛騎士を勤めております。どうかお見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。……私こそご挨拶が遅れて申し訳ありません。姫様の第2席上級女官を務めております」
淑女の上位貴族様への礼をとります。とても穏やかで思いやり溢れる、少々?毒舌な姉弟騎士様方にお会いできて、少し慰められた私でした。なんて素敵な女性騎士様なんだろう……憧れますわ。と言っても、女性が好きという訳ではありませんからね
「第2席上級女官殿はお茶の準備ですか?この時間なら、軽い口当たりのクッキーやメレンゲ菓子などはいかがでしょう。こちらの物などはわが国独特の味付けでして、私も大好物なのですわ」
クッキーポットからトングで皿に移し、1枚齧る女騎士様。その仕草がとても可愛らしく、本当にこのかたは騎士なのかと思ってしまいます。ついでに弟君の口にも1枚放り込む、ムグムグと咀嚼する姿が可愛いなんて言ったら怒られてしまうかもしれませんが
折角のおすすめであるクッキーとメレンゲ菓子を出すことにして、お茶の用意を弟君に手伝ってもらい、温かい気分で姫様の滞在する客間へ戻ると
「仕事を忘れて男漁りでもしていたのかしら?男にうつつを抜かして、媚を売って、とんだ阿婆擦れね!!」
と姫様は叫ばれた。クッションを投げつけられ他にも何か言っていたが、私の耳には全然入ってこないのです。なんだろう、緊張の糸が切れてしまった……馬鹿馬鹿しいって思ってしまったのだ、主に対して
姫様は何故すぐ男に結びつけるのか?むしろ素敵な女騎士様にうつつを抜かしていた私は、その夜辞表を書き上げて、国に帰ったらすぐさま提出しようと誓った
が
それで事件(?)は終わらなかった。彼の国の国王陛下は静かに怒り狂い、わが国に賠償を請求したのだった……溺愛している義妹であり、妻である王妃陛下を傷つけた姫様をそれはもう執念深く恨んでいた。……これは『こじらせている』の一言で済む問題だろうか?
「本当はこれくらいで許せる問題じゃないんだぞ?」
「あの私の陛下、私のお兄様……そのくらいで収めてくださいませ……。他国から見れば、そう言われるものと覚悟はしていたのですから。でも、お母様は私の誇りです……っ」
「あぁ、泣かないで。私の妹、私の妃……」
国王陛下と王妃陛下の愛の劇場を目の前にお茶を頂く。請求した賠償として、実は伯爵家令嬢である私を所望したのだ。私は姫様のお見合い旅行から外され、この国に残された……何故に?
「あぁ、近衛弟の嫁にしようと思って、君を頂いた。わが国では我らが父母となり、公爵家へと降嫁してもらう」
「うふふ、やったわ!!最初から目をつけていたのよね。かの伯爵家令嬢は美人で教養高く穏やかで、お嫁さんにしたい令嬢ナンバーワンに輝いたと聞いて、これは弟にあてがおうと。ありがとうございますわ、国王陛下!!」
国王陛下と近衛姉様はそう楽しそうに仰っているが……いつの間にそんなものに輝いた、私!?
「どうせ侍女をおやめになろうとしていたのでしょう?辞表まで書いていたのだし……私の弟は夫として嫌かしら、生理的に無理とか?」
「いえ、そんな事はありませんが。……え、どうして辞表を書いたことを知っているのでしょうか?」
「うふふ」
笑ってごまかされた!!
こうして伯爵家令嬢であった私は隣国の王女となり、そのまま公爵家令息である近衛弟様に降嫁することとなった。彼は穏やかに強引な性格で、あの姉にしてこの弟ありという感じ。たしかに最初姉弟でお話していたとき、結構言いたい放題だったしね
もちろんとても大切にしていただいたし、……例の閨を他人に見せるしきたりも、その、少し長いんじゃないかなぁ?と思ったり。ちなみに指導して下さった愛と出産の神の大神官様曰く
「長い、そしてしつこい」
との事。あぁ、やっぱりそうなんですね……。指導も終了し、まだ式を挙げていないけど公爵家に入って勉強中。元々王族に仕えていたこともあって、さほど苦労することもない。しいていえば……その……アレが長いくらい?
甘くてちょっぴり意地悪な旦那様でした。