2
※レベルアップボーナス=ステータスアップor新規スキル獲得等に用いられる
撃破ポイントボーナス=迷宮の設備や罠、モンスターの購入等に用いられる
脳卒中であっけなく死亡した男、比佐佐野寛政は目の前にかかる靄を振り払うかのようにゆったりと起き上がった。
常時彼に存在したバットステータスである頭痛や関節痛、眠気、目の充血等はなく、実に1年ぶりのすっきりとした目覚めである。
「ここは…… 」
そう声に出し、彼は絶句する。
声が、聞いた事もない若い声であったからだ。
そうして慌ててその手を覗き込む。
そうして目に映ったのは漆黒のガントレット。しかも禍々しい鉤爪付き。
驚き、更に全身を確認していくうちに認識する。
この全身くまなく装備しているものは自分が先ほどまでずっとプレイしていた狂気の迷宮の'鬼人'羅刹の物である。
そう思ったところで再度辺りを見回した。
3Dの視点のみでしか見えなかった世界が、その肌で、空気で、全ての5感で感じられる。
震える声で寛政は声に出した。
「……ステータス 」
そうすると目の前に開かれる慣れ親しんだウインドウ。
但し、半透明のスクリーンである事を除けば。
「これは……、ゲーム……。でも、これは…… 」
一人でブツブツと何かを呟いたかと思うと寛政は顔を上げた。
「まずは確認だな。現状把握が基本基本」
軽いのりで確認作業に入った。
彼の脳みそは1年前からずっとゲーム脳であったのでこの程度ではビクともしなかった。
■ ■ ■
「ふぅ 」
一通りの確認作業を終えた寛政はため息を吐いた。
彼の確認した内容は驚きを通り越して呆れる物だった。
まずレベルは1である。
-しかしステータスやスキル、職業は以前のまま。
この場所は単なる洞窟で迷宮ではない。
-レベル1の為、迷宮創造の選択権を未だ保持している。
撃破ボーナスポイントがありえない数値溜まっている。
-恐らく100時間耐久デスマーチのせいだろう。
ヘルプ等の機能は呼び出せなかった。
-要するにログアウトできない。
スキル欄にどう見てもおかしいものがある。
-迷宮の機能であった王座の間の特性がスキルになっている。ついでにロックも。
配下等は無し。
-元からいないのでしょうがない。
結論から言うと、そのままレベル1になったようである。
Name :羅刹
Race :鬼人
Job :冥府の守護者
Age :12
STR:255
DEX:155
VIT:655
INT:99
※装備品:黒蝕鬼シリーズ
どう考えてもチートである。
この上、更にレベルアップによるステータス上昇が加わるのであるから。
余談であるが、普通のレベル1は平均ステータス5。
レベル99の時点で平均155あれば高いといえる。
職業によって各ステータスの上昇値が異なり、一概には言えないのであるが。
「何が起こるか分からないな……。しかし、きちんとした迷宮運営もやりたかったことだし、また違った趣と考えれば、いいかな。もしかしたら、あれも生で見れるかも知れない…… 」
彼の脳みそは1年間ものゲーム漬けによってネジが盛大に抜けていた。
■ ■ ■
少女は走っていた。
森の中を走り、岩の上を飛び跳ね、そして俯きながらにひたすらに走る。
少女の目には涙が浮かんでいる。それもぼろぼろと零れ落ちながら。
彼女の名前はシャルティール。
彼女はエルフである。
エルフ、それは神に愛された種族と揶揄される。
長い耳に透き通るような白い肌。
瞳は宝石のように輝き、髪は絹の様に滑らかである。
そして最大の特徴。
ロリ体型、であるという事である。
彼ら、彼女らは大よそ中学生レベルの発育で成人する。
平均身長は120程度。
大きなエルフでも140ぐらいが限界である。
元々、体格の良くないエルフは身体的に劣っている。
その為、常に他種族に保護されている場合が多い。
これが神に愛された種族の由縁である。
エルフは基本的に身の回りの世話や、家事、掃除、事務など、そういった能力は高い。
貴族の館のメイドには必ずといっていいほどエルフが多い。
しかし、愛されているが故に力無き種族であるエルフは秘密裏に奴隷にされるということが多い。
この森に隠れるようにエルフが住んでいるのもそれが理由であった。
走りながらシャルティールは思い出していた。
自分に逃げろといって送り出した母親の事。
入り口のドアを押さえる父親の事。
外から聞こえる怒声。
最後に送り出される時に聞いた母親の言葉。
『裏にある洞窟に行きなさい!そこなら、もしかするとっ……、早く! 』
それだけを頼りにひた走る。
実際にはシャルティールの家から1キロも離れていない。
その程度の距離であったが色々なものがこみ上げてきてシャルティールは足をもつらせる。
前を向かず、俯いていたのも原因であろう。
そのままつんのめり、倒れるかというところで彼女は何かにぶつかったことに気がついた。
衝撃に胸を詰まらせながら涙の溜まった瞳で見上げる。
そこには、漆黒の鎧を纏い、頭の兜からは禍々しい角が3本程天に向かって反逆するかのごとく捻れている。
何よりも、その2mを超える体から立ち上る、漆黒の陽炎は見るからに邪悪である。
彼女は気がついていないが、その邪悪の化身は、今まさに母親の言っていた洞窟から出てきていたのだった。
恐怖と驚きに口をパクパクとさせるシャルティール。
そこに、邪悪の化身から伸びる魔手。
指先まで完全に覆った漆黒のガントレットは、まるでシャルティールを奈落の底に誘うが如くであった。
「い、いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」
哀れなシャルティールが悲鳴を上げたとしても、それを責める事はできないであろう。
■ ■ ■
寛政は硬直していた。
情報を得ようと洞窟の外に出た瞬間に目に入ったもの。
それはエルフ。
エルフである。
寛政が今まで見ていた3Dポリゴンのエルフなどではない。
生の、5感で堪能できる、そしてもしかしたら触れるかもしれないエルフである。
もちろん寛政は紳士なので触らないが。
そう、寛政はロリコンであった。
そのストライクゾーンは狭い。
10歳から15歳ぐらいまでの成長段階しか眼中にないのである。
確実に犯罪である。
その、エルフが寛政に向かって走っているのである。
彼は優しく受け止めようとしてエルフの方を向き、手を広げた。
しかし、寛政のアバターである羅刹は2m30cm。対するシャルティールは1m10cm。
半分以下の少女を受け止めるには跪かなければならない、と寛政が気がついたのはぶつかる直前である。
必然的にぶつかり、少女は苦しそうにした後、顔を上げた。
その瞳に涙が溜まっているのを見ると寛政は少女に向かって手を差し伸べる。
そして言おうとした、『大丈夫か?』と。
しかしその言葉を言う前に少女の悲鳴が響き渡る。
その後の寛政の行動は素晴らしかった。
まず最初に、少女が何を言っているのか判らなかった為、撃破ボーナスポイントで取れるスキル一覧を一瞬で開く。
それを目にも留まらぬ速度でスクロールすると彼は見つけてしまった。
『エルフ学』
元々は迷宮のモンスターにも存在するエルフの生態を身につけるスキルである。主に迷宮運営時に用いる。その種族のスキルレベルが高ければ高いほどステータスに補正がかかるというものだ。その中に一応だが言語の習得というおまけもある。
寛政は一瞬の躊躇いもなくそれのレベルを99に上げた。
ここまでの所要時間僅か1秒。
そして寛政は跪く。そのまま少女が叫び終わった所で優しく話しかけた。決して相手を刺激しないように。
「お前の全てを捧げろ。さればそなたの望みを一つだけかなえよう…… 」
色々と台無しな台詞であるがそれは仕方がない。
迷宮運営をする際に、モンスターは撃破ポイントボーナスで買うことができる。
しかし、買えないモンスターもいる。
エルフという種族もその一つである。
そういったモンスターは迷宮の外の共通フィールドでテイムしなければならないのだが、その時の勧誘の台詞の定型文が先ほどの台詞なのである。
知性のないモンスターであれば叩きのめし、瀕死にさせてから服従させるが、知性あるモンスターは概ね対話による勧誘方法になる。その為、物かお金か、それとも他の何かか。わからなかった寛政は全てに当てはまる定型分を選んだ、そういった訳であった。
しかしその言葉はシャルティールからしてみれば、悪魔の囁きか、邪神との契約か、どちらにせよろくなことはない。
顔面蒼白になり、涙を浮かべ、しかしもう一度叫び声をあげるかと思いきや口を思いっきり引き結び、知性のある瞳で寛政を見上げる。
「……あ、のっ!……ひぐ、本当にっ、望みを叶えてくれるんですか?ほんとに、本当に叶えてくれるんだったら、その……、わ、私でよかったら、なんでもしますからっ!」
そういって涙を振り払う。
決して恐怖には負けないと、その強い瞳が物語っていた。
その強い瞳には、唯一つの肯定の返事のみを求めている。有無を言わせぬ迫力があった。
「……そなたの望む物であれば、何でもかなえよう……」
寛政のその一言は、恐怖に抗うシャルティールの背中の最後の一押しとなってしまった。
「じゃ、じゃあ、お、お母さん!それと、お父さん!村のみんなも!助けて、助けてくださいっ!い、今私達、襲われてて……、だから、お願いしますっ!私、わたしはどうなってもいいからっ!」
たどたどしくもそうはっきりと言い切るシャルティール。
その言葉は、寛政に突き刺さった。
■ ■ ■
寛政はシャルティールの言葉が脳内でリフレインしていた。
先ほどの言葉が何度も再生される。
(襲われている?エルフ達が?あのロリフ達を襲うだと!?)
※ロリフ=ロリエルフ
「……そなたの願い、叶えよう……」
そういって立ち上がる寛政。
目の前に一瞬で半透明のウインドウをいくつも立ち上げ、高速で何かを入力する。
高速で動く彼の両手は、ウインドウの見えないシャルティールからしてみれば演奏しているかのごとくである。
呆然とするシャルティールの前で不意に寛政の動きが止まる。
そうして大きく何かを押すように中空を指し示した。
『フィールド選択 世界樹』
『追加ポイントにより ユグドラシルの若木→ゴールデンバウム成木』
『追加ポイントにより 初期フィールド面積10倍』
『追加ポイントにより フィールド特性に樹海が形成されました』
『追加ポイントにより フィールド補正レベルが99になりました』
『追加ポイントにより ……etc』
その瞬間、寛政の後ろの地面が隆起する。
其処から生えるのは世界を支えるといわれる神木ゴールデンバウム。
黄金色に輝く樹皮に光り輝く葉。
全ての魔法・物理に対して耐性を持つとされる神樹系統最強のモンスター。
それが見る見るうちに成長していく。
それは留まる事を知らず、雲をつきぬけ遥かなる高みまで成長していった。
樹の幹は直径1kmを遥かに超えているだろう。
そして神木を中心に広がる半径10kmもの広大な迷宮。
未だ階層が一つしかないとは思えないほどに広大であった。
「決めたぞ。今まさに、此処に(迷宮)エロフ王国を創造する!エルフの王国だ、喜ぶがいい。そなたの願いは今叶えられたぞ!!」
両手を広げ、誇らしげにそうのたまう寛政。
其処にボソッとシャルティールの言葉がかけられた。
「あ、あの……、お母さんは?お父さんも……。村のみんなも…… 」
静寂が辺りを支配する。
焦ったように寛政は再度ウインドウを開き、迷宮の内部の情報を精査する。
『フィールド内に侵入者 0』
『フィールド内に敵性存在 0』
「「 ……………… 」」
どうやら寛政が迷宮を創造することによって、迷宮の外に弾かれたようであった。
再度沈黙が辺りを支配する。
その沈黙を破ったのは寛政だった。
「……仮契約というのはどうだ?吾がそなたの両親や縁者を探し出し、救い出そう……。」
その言葉にシャルティールはわんわんと泣き出した。
■ ■ ■
エルフの隠れ里は大陸中央の非干渉地帯にあった。
周りを大小の山に囲まれた天然の要害。しかし其処はどの国にも属していない。
大陸は概ね6角形の形をしており、各頂点に6つの大国。そしてその間に小国がいくつもある。
6つの大国の中心を各国は手を出さない。
出した瞬間に他の5カ国が襲ってくるのが目に見えているからである。
その為、長い間無法地帯として放置されてきていた。
モンスターのランクが高いのも理由の一つにある。
しかし、その中心に突如として世界樹がそそり立った。
明らかに人の業とは思えぬ出来事に各国は関心を寄せ、大きく行動を起こす事になる。
その中でも、奴隷国家と嘲られている国、大陸の東、中央よりの小国、ギアゼルム商業国は大きく動く事となる。
■ ■ ■
「大臣、報告をするのじゃ 」
豪華な調度品に囲まれた会議室には5人の男達がいた。
それぞれが王、財務大臣、商業ギルド長、騎士団補佐官筆頭、冒険者ギルド長である。
「はっ、大陸中央に突如として現れた大木、というのも可笑しな大きさの大樹ですが、古い文献によりますとゴールデンバウムというもののようです 」
「うむ。では補佐官、今回の亜人狩りの詳細を報告するのじゃ 」
「はっ!今回の亜人狩りは先に手に入れていた情報どおりでありました。エルフの集落を襲い、其処に住むエルフ58名の捕縛に成功しております。しかし、その途中、突如としてゴールデンバウム、でしょうか?それが生えてきたかと思うと突如として別の場所にはじき出された、と報告を受けております。その後、捕縛したエルフを連れてすぐさま帰還した次第であります 」
「うむうむ。そこで質問なのじゃが、ゴールデンバウムというものは我々に危害を加える物であるのか?……率直に聞こう。これからも亜人狩りは可能であるのか?」
この質問に冒険者ギルド長が答えた。
「……ゴールデンバウム自体はこちらが攻撃を加えなければ手を出さない、そういったものであると過去の文献には載っておりますのぉ。しかしながら、かの神樹はその地域を守護するもの。亜人を守護している可能性は高いと思われますの。そして驚くべき事にかの神樹はもうすでに成木。我々では討伐はおろか傷一つつかない可能性がありますの 」
「……ふむ。これからの亜人狩りは難しいかもしれないというのじゃな。……商業ギルド長、これによるわが国の損失は如何程か?」
「はい。恐らくではありますが、高値で取引される亜人種は軒並み中央部で捕獲しておりました。それがゼロになるとなると……、わが国の奴隷貿易額の6割は減少することとなりましょう。それと、余談ではありますが、ゴールデンバウムの木材、及び葉、根、実、全ての素材は高額で取引される素材であります。頭の隅にでも置いておいていただければ 」
商業ギルド長の言葉に王は意味ありげに頷く。
「……まだそうと決まったわけでは無いのじゃ。冒険者ギルドには早急にかの地域の調査を。騎士団には出征準備をできるようにさせよ。財務大臣、暫くの間財政を持たせるように立案をまとめよ。商業ギルドには冒険者ギルドと連携して新たな奴隷狩りのできる版図を開拓せよ。できるだけ慎重に、迅速にだ 」
王の言葉に全員が頷く。そうして退室して行き最後には王だけが残る。
「最悪の事態には周りの大国を動かさんとじゃな…… 」
■ ■ ■
時間は遡る。
寛政はゴールデンバウムの木下でシャルティールと向かい合っていた。
「……仮契約って言うのを詳しく教えてください 」
暫く泣いていたシャルティールであったが、泣いていてもどうにもならないと悟ったようである。
開き直って目の前の悪鬼を睨みつける。
「……我が配下になるというのであればそなたの意向をある程度は反映させることができる、そういうことだ。望みの叶った暁にはそなたの全てを捧げてもらう事になる 」
その言葉にシャルティールは思う。
頼れる者は何も無い。
今広がる絶望も、空虚も、寂しさも。
ただ過ぎていく平和で幸せな日々は戻ってこない。
そうであるならば、自分に力がないのであるならば。
目の前の悪魔の手先になるのもしょうがないのではないか。
例え代え難い日々を取り戻した暁には全てを失うとしても。
「……私は、わたしはシャルティールっていいます。貴方の配下に、ううん。全てを捧げます。だから、約束です。絶対に私の望みを叶えて貰います……!」
強い眼差し。
意思の篭った瞳。
それは自分の道を決めた者の眼差しだった。
「我が名は羅刹。此処にロリフ王国の樹立を宣言しよう。シャルティール、君が最初の我が配下である。ふはは、はーーーーっはっはっは!!!」
「えーっと、その。ふはは?はーっはっはっはっは。」
やけっぱちなシャルティールの控えめな笑い。
早くも後悔している様だ。
■ ■ ■
再度寛政改め羅刹はシャルティールと向かい合っていた。
「時にシャルティール。我は永い眠りから起きたばかりであってな、周辺諸国の情勢や周辺の迷宮に明るくない。そなたに知識があれば教えてほしい 」
羅刹はそう語りかけた。
話している間も目線は中空を彷徨っており、時折高速で指先が動く。
「えっと、そうなんですね……。って言っても私も詳しくはないんですけど、此処は大陸中央部らしいです。前に地図で診たことがあります 」
そういってシャルティールは地面に木の棒で簡単な地図を書き出した。
「大体この辺りが私達のいる所で、周りには国が沢山あるんです。よく知らないんですけど、ここ!此処に多分皆、みんな連れて行かれてるんじゃないかって思います。絶対に近づいちゃ駄目って大人の人が言ってました。確か、ギアゼルムって言う国です 」
「ほう。では最初は其処を攻め落とせば良いのだな?」
その言葉にシャルティールはビクッとする。
もしかすると自分は恐ろしいことを言っているのではないか、そう思う。
だが、シャルティールは意を決して言い切った。
「……はい。其処にいけばきっと…… 」
お母さんも、お父さんも、皆もきっと……。
その言葉にはそう続いていた。
「良かろう。大体のシステムは把握した。迷宮の外への遠征も問題はない。システムに阻害されぬというのはなんとも素晴らしいな!我一人でも攻め落とせるが……、此処の守りは万全にするべきだろう 」
そう言って羅刹は指を高速で動かす。
『原始の巨石兵×20を購入しました 』
『施設 転送陣 を設置しました 』
『魔法玉×5を購入しました 』
『悪魔王の尖兵×10を購入しました 』
『祝福の浮遊結晶×1を購入しました 』
『モンスターをギアゼルムに向かい進軍させますか? はい←』
「ふむ、小手調べである事だしこの程度でいいだろう 」
実際にはレベル60の迷宮程度であれば難なく陥落させることができる戦力である。
彼の敵対するライバル達は確実に90Overであったのだから小手調べであるといえるのかもしれないが……。
「えっと、どうしたんですかご主人様?私に何かできることってありますか?」
意味不明な言葉を発した羅刹に戸惑いながらもおずおずとシャルティールは尋ねる。
「……な、なん……だ……と……!?」
「ひぃっ!?ご、ご主人様?」
彼は1年もの間引きこもりをしていた。
対人スキルはほぼ皆無である。
その為、喋り方もゲームをしているかのごとく大仰な物言いをしてしまう。
その彼に向かって、ご主人様。
確実に彼の脳のネジを一本焼き切ってしまっていた。
「シャル、そなたの仕事は我の身の回りの世話となる。といっても今は何もないな……。ふむ 」
そういってまた中空に指を彷徨わせる。
『王座の間 を世界樹の前部に設置しました 』
『追加ポイントにより 王座の間のレベルが99になりました 』
『ゴールデンバウム内部に居住区【エルフ】を作りました 』
『追加ポイントにより 居住区【エルフ】の内装レベルが99になりました 』
光り輝くゴールデンバウム。
ゴールデンバウムの前方にできた玉座。其処から伸びる荘厳な雰囲気の広間。
そしてその背後のゴールデンバウムにはその大木に沿うようにできた階段に内部へと通じる扉。
其処は何不自由なくエルフが暮らせる空間が出来上がっていた。
現在彼の配下で居住区が必要なのは彼女一人であるのだが。
「え?あれ、うそ……。今のって、ご主人様がしたんですか?そこの大きな樹もご主人様がしたんですか?もしかしてご主人様ってすごいんですか!?」
シャルティールの目に希望が生まれる。
縋るものが何もなかった彼女は悪魔の誘いに乗った。
だが、本当にそれが叶えられるかは半信半疑であったのだ。
そして今の光景を見て思う。
できるかもしれないと。
「……ほかに何かいる物は在るか?」
ご主人様と連呼された羅刹はノリノリである。
「えっと、それじゃあ。畑と、果樹園と、牧場に……。あ、でも今は管理できないから、うっ……。お母さん…… 」
そうして堰き止められていた気持ちが溢れたのかまた瞳には涙が溢れ出す。
それを優しくあやす邪悪な鬼人の紳士が一人。
彼女を寝かしつけるのにかなりの時間がかかったのは言うまでもない。
■ ■ ■
羅刹の作った迷宮。
其処の東側の入り口から数多のモンスターが溢れてくる。
それは先ほど羅刹が購入したモンスター。
レベルは購入したばかりなので1である。
しかしその初期ステータスはレベル60冒険者に匹敵する。
それが隊列を組み、東に向かって進軍していた。
異様な軍団。
先頭を歩くのは太古の意志を宿した巨石、原始の巨石兵。
20m程の高さの人型のゴーレム。
その上空には翼を広げる意思の宿った魔道ゴーレム、悪魔の尖兵。
背後に浮遊するのは虹色に光り輝く光の玉、魔法玉。
そしてその中心には浮かぶ翼の生えた水晶、祝福の浮遊結晶。
非生物系のみで構成された異様な集団である。
その歩みはゆったりとしているように見える。
先頭を歩く原始の巨石兵は鈍重、固い、一撃が重い。
その為ゆったりとした歩みになる。
といっても、20mの巨体の一歩は並の人間では追いつけないほど早いのであるが。
歩くその軍団の前には野生のモンスターなどが立ちはだかる。
しかしそれは戦いとも呼べないほどに瞬時に終わる。
彼らに与えられた命令は唯一つ。
ギアゼルムの陥落、及びその障害となるものの排除である。※エルフを除く
巨石兵に踏み潰され、尖兵の魔法に蹂躙される。
魔法玉により支援を受け、レベルアップと同時に浮遊結晶によってステータスが更に強化される。
暫くしてから軍団は整備された街道へと到達した……。
■ ■ ■
その日、ギアゼルムの騎士団及び冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような喧騒に包まれていた。
斥候にはなった冒険者からの報告。
それによると、ゴールデンバウムの生えた方向からモンスターが全てを蹂躙しつつ接近しているというのである。
それを受けてすぐさま迎撃の準備に取り掛かった。
「おやっさん、急に集められたんだけどよ、一体どういう状況なんだ?」
ギアゼルムという国の首都はその国の名前と同じである。
首都ギアゼルム。
その城壁の上で地平線を眺める冒険者、ゲルングスが隣に佇む男に話しかける。
「何もわかってねぇよ。なんだかモンスターが攻めてきてるんだとよ。だから緊急招集がかかった、それだけだ。どうせ俺たちゃ騎士団が出張った後の残党処理だ。此処でのんびり見物と洒落込もうや 」
男達の前、城門の前ではギアゼルムの騎士団が展開している。
金にあかした装備、錬度自体は低くはないだろう、この世界一般で言えば。
それが今か今かと敵の襲来を待ち構えている。
「騎士団が勝てなかったらどうするんで?」
「そりゃ、尻尾まいて逃げるしかねぇよ。お、見えたみたいだぜ?って、おいおい……。ググ、直ぐに逃げるぞ。他の奴らにも伝えて来い。この国はもう終わりだ…… 」
「はぁ?何言ってって、ありゃ……、ゴーレム?それにしちゃ大きいな。周りの木よりも高いってことは、巨石兵か?アレなら騎士団でもどうにかなるんじゃねぇのか?それに逃げたらこの国で冒険者家業できなくなるし 」
目を凝らして遠くを見つめる。
それにおやっさんと呼ばれた男はぶっきらぼうに答えた。
「アレはその上位の上位の上位モンスターだ。原始の巨石兵っていうんだよ。ギルドの資料で見たことがある。巨石兵は上位になればなるほど形が洗練されていく。アレはほぼ人型だろう?普通の巨石兵はもっと丸いやつのことを言うんだよ。それに、そんなの関係なくはおもわねぇか?よく見てみろよ 」
そういって顎をしゃくりあげる。その先には一体の巨石兵の後ろに続く無数の影。
そう、一体ではなかったのだ。
「あー、ありゃだめだ。逃げるのに賛成。逃げるタイミングは騎士団が潰れた後らへんでいいのか?そうすりゃ逃げても醜聞はあんま広がんねぇだろうし 」
「そういうことだ。俺は此処でもう少し眺めてるわ。お前は離脱準備してな。集合場所は隣の魔道国家メフィルスでいいだろ 」
「へぇへぇ。まさかクラン【魔獣の咆哮】が尻尾巻いて逃げるとはねぇ。世も末だ。じゃあ先行くぜ?おやっさんも死なない程度に頼むぜ! 」
そのまま踵を返すとゲルングスは城壁を下っていった。
恐らく荷物をまとめて早々に離れていくのだろう。
おやっさんと呼ばれた男の前では騎士団が現れたモンスターに向かって陣形を整えながら接近しているのが見て取れる。
それを眺めつつ男は一人、呟いた。
「こりゃ、楽しそうな事になってきやがったじゃねぇか…… 」
■ ■ ■
シャルティールを寝かしつけた羅刹は一つの画面を開いていた。
それは今まさにギアゼルムに進軍するモンスターの情報。
モンスターの通った後が彼のマップに追加されていく。
そして自動で駆逐されていく野良モンスター、そしてレベルアップを果たした自身の配下達の情報。
それを見ながら彼の指先は怪しく動き続ける。
レベルアップを果たした配下にレベルアップボーナスを振り分けているのである。
(野良モンスターのレベルは高くて60程度か。この分であれば偵察は順調に完了できるな。)
彼の基準では低い。
たまにポップしているフィールドボスはレベル90Over冒険者20人がかりでも倒せないほどのものがいるのだ。
偵察ができないことも考慮に入れていて当然である。
考察をしながらも彼の両手は怪しく蠢く。
暇な時間を使って自身の迷宮であるロリフ王国の魔改造に着手していた。
その作業をしつつも片時もギアゼルムに進軍するモンスターの情報に注意は怠らない。
(ん?アレは街か?その前に敵性存在が……2500。)
羅刹は躊躇う事無く、進軍を続行した。
彼の目の前のウインドウには蹂躙される世界が映し出されている。
巨石兵に抗う鎧を着た騎士のような人々。
スキルを駆使し、巨石兵を食い止めるものも居ない訳ではない。
ダメージを与え続ければいつかはモンスターも倒れるかもしれない。
一つの国家というもの戦力は舐めてかかれるものではない。
騎士団の後方から降り注ぐ魔法の雨。
竜騎兵による攻撃。
城壁に設置された兵器による支援。
傷ついても飛んでくる回復魔法。
しかし、徐々に、確実に騎士団は殲滅されていく。
総勢36匹のモンスターは羅刹という悪魔から常に指示を受けていた。
竜騎兵を尖兵の魔法により一騎ずつ確実に削り
上空を殲滅すると次は回復魔法を使う僧侶を
城壁の兵器の射程を読み切った配置
絶え間なく、効率的に運用される支援と持続回復
そして羅刹による瞬時のレベルアップボーナス配分
まずは弱者を減らしていく。
強者には飽和火力で逃げ場をなくす。
このモンスターの選択は長期戦になればなるほど有用なのである。
その間、羅刹は片時も目を離す事無くウインドウを操作していた。
■ ■ ■
彼は非情と言う訳ではない。
人間を、生物を殺すという罪悪感がない。
そもそも、忌避感がない。
何故なら、最早現実とゲームの境界線をとうの昔に逸脱していたのである。
もはや作業といっても変わりない。
ウインドウ越しであることもそれに拍車をかけている。
有り得ないほどの名軍師をこなした羅刹はウインドウに目を凝らす。
どうやら城壁の前に陣取っていた敵性存在は駆逐しつくしたようであった。
モンスターのレベルもそれに合わせて平均30ほどまで上昇している。
失った戦力は僅かに原始の巨石兵が2体、悪魔の尖兵が3体、魔法玉が1体である。
果たして此処に商業国家ギアゼルム滅亡が確定した。
城壁を乗り越える巨石兵。
そして街を蹂躙していく。
抗う敵性存在も数多く存在したが、それもどんどんと駆逐されていった。
その凄惨な現場を彼、羅刹は鼻歌交じりに見つめていた。
そうして巨石兵が大きな屋敷を破壊した所で彼の目に、正確には違うが、獲物が映る。
(お、いたいた。)
そのまま指を高速で動かす。
指示を受けた尖兵が群がり、目的の標的を一箇所に集める。
それを街のいたるところで繰り返す。
30人ほど集まったところで彼は祝福の浮遊結晶に罠を発動させる。
転送陣
それは迷宮内部に存在する罠で、主に固定設置型である。
しかし、それを固有の能力として持つモンスターも存在する。
それが祝福の浮遊結晶。
レベルアップボーナス補正と転送陣の罠しか能力を持たないモンスターであるが、その脅威は計り知れない。
発動までに時間がかかるのが難点であるが。
其処までの耐久性を持たないことから、冒険者の中では見つけたら発動される前に倒せばよいという認識をされていたモンスターである。
あくまでも90Overの冒険者ではあるが。
とにかくそれが発動した。
一瞬の光と共に指定された場所へとエルフたちは送られる。
羅刹の迷宮へと。
そう、エルフの楽園に!
果たして街のいたるところで行われていたキャプチャー作業も一段落し、残すは王城のみ。
辺りは瓦礫と死体、何処かで発生した火事。
まるで世界の終焉のようであった。
歩を進める巨石兵。
定石どおり、最大の要所には最大の戦力で挑む。ボス攻略の定石である。
歯ごたえのある敵があらわれると期待した羅刹の思惑は外れてしまう。
そう、王城内部はもぬけの殻であったのだ。
なにも転送陣が使えるのはこちらだけではないのだ。
仮にも王城、そういった機構の一つや二つぐらい存在する。
あっけなくも此処に、ギアゼルムという国家は消滅してしまった。
■ ■ ■
首都ギアゼルムより南の大国、魔道国家メフィルスの首都ではギアゼルムより亡命してきていた王、以下数百名が集まっている。
その中には、未だ取引されていなかったエルフの隠れ里の者達もいざという時の為の貢物として連れてこられていたのだった……。
更新速度は期待しないでくださいorz