1
狂気の迷宮。
それはプレイヤー参加型迷宮探索オンラインである。
プレイヤーはまず、キャラクターを作るときに選択しなければならない。
迷宮を踏破する冒険者になるのか、迷宮を運営し、冒険者を迎え撃つのか。
別に最初に選ばなければならないということはない。
後で迷宮運営をしたいと思えばできる。
しかし、レベル上昇の際のボーナスポイントの振り分けは、迷宮とキャラクターでポイントが共通である。その為、最初からどちらに進むか決めておかなければ結局中途半端なことになるだろう。
これは迷宮世界に迷い込んだ一人の廃人のお話である。
■ ■ ■
狂気の迷宮は運営開始から既に1年経つ。
様々な情報が集められ、分析され、整理され、既にかなりの部分が攻略をされている。
但し、冒険者側のみ。
迷宮運営側は、初期の情報しか何処を探しても載っていない。今現在最新の情報ですら20レベルから開放されるボーナスの一覧、迷宮の罠、モンスター、施設、アイテム、等だけである。
それに比べて上位迷宮運営者のレベルは最低でも90。
中でも難易度のおかしい迷宮を総称してこう囁かれる。
難易度、Lunatic.......
■ ■ ■
男は一人画面を見ながら高速でキーボードを叩く。
今現在も彼の運営する迷宮には冒険者が訪れている。
その数は5人。
全員95レベルを超えるハイプレイヤーである。
しかし男の表情は変わらない。
作業のようにキーボードを叩く。
彼の運営する迷宮の名前は狂気の闘技場。
プレイヤーの中ではゲーム会社が運営するコアユーザー向けのエンドコンテンツであるともっぱらの噂である。
しかし実際は一人のプレイヤーが運営しているのである。
彼の迷宮はシンプルである。
いや、シンプルすぎるといっても過言ではない。
何しろ、迷宮の構造が真ん中に闘技場、それ以外には入り口が6つしかない。
罠は一つ。
階層も一つ。
まるでゲーム開始直後のような迷宮である。
しかし彼の迷宮は難易度Lunatic認定を受けている。
それは何故か?
数多の奇跡と確立と偶然と、そして狂気なまでのプレイ時間。
それは刹那か、虚空か清浄か。はたまた存在しないほどの確率か。
その上に彼の迷宮は存在する。
今宵も彼の迷宮に挑むのは哀れな子羊か、はたまた迷宮の主を討伐しうる英雄なのか。
■ ■ ■
そこには5人の冒険者がいた。
騎士系最終職、聖騎士。
僧侶系最終職、大僧正。
術士系最終職、大魔道。
戦士系最終職、狂戦士。
軍師系最終職、大将軍。
バランスが良く、まるで勇者のパーティーのような構成である。
その5人のキャラクターは闘技場へと踏み込んだ......。
5人の前に現れたのは円形の闘技場。
その瞬間、大きな音を立てて闘技場のゲートが閉まる。
この迷宮唯一の罠、ロック。
その部屋に入った冒険者は、部屋にいるモンスターを倒さなければ出れない。
ただそれだけの罠である。
闘技場の反対側に入場ゲートはなく、簡素な王座があるのみ。
そこにはこの迷宮の主である'鬼人'羅刹。
ゆったりと起き上がると王座の前で、優雅に佇む。
まるで挑戦者を迎えるかのごとく。
「おい、やっぱり中身入ってんじゃねぇか!」
「もう諦めようよ~ 」
「いや、まだわからない。もしかしたら自動操縦かもしれない 」
「諦めてもう寝ようぜ…… 」
「……無駄口はそこまでだ。作戦通り行け、最初が肝心だ!」
このパーティを纏め上げていると思われる大将軍の一言で全員一斉に動く。
廃人プレイヤーである。その動きはありえないほどに効率的で無駄がない。
大僧正による支援魔法に大将軍による全体指揮補正。聖騎士による全体の物理、魔法防御上昇に全体状態異常耐性。
既に詠唱動作に入っていた大魔道による先制の魔術が走る。
それを'鬼人'は大きな漆黒の盾を掲げて防御する。
'鬼人'のHPバーが僅かながら減少する。
それを受けてゆっくりと歩を進める迷宮の主。
程なくして冒険者の前衛と戦闘に入った。
「くそ、くそっ!減らねぇぇぇぇぇ!!!」
聖騎士が叫んだ理由は簡単である。
戦闘開始したころはまだ順調に'鬼人'のHPを削れていた。
しかし、暫くして異変に気づく。
「……やはりHP減少率でスキルが発動するのか!」
そうなのである。
'鬼人'のスキルは完全防御偏向型。
それも完全ソロ仕様である。
対戦人数によって変動する防御値。
HPの減少率によって変動する防御値。
時間経過によって変動する全体ステータス。そしてHP自動回復。
最後のものは迷宮の王座に存在する時間経過による迷宮の主の最後の足掻きとして最初から存在するものだ。
但し、その数値は初期値の何十倍であるが。
「おかしいだろ!絶対中身が入ってる動きじゃねぇか!」
その言葉に全員が頷く。
ただし、アバターであるキャラクターは微動だにしないが。
何故中身が入っていることに彼らが驚いているか、それは簡単である。現在彼らの所属するギルドを含め、50人ほどの人間がこの迷宮に張り付き、もう既に100時間は連続で挑み続けている。
狂気の闘技場が今まで攻略されなかった唯一の障害。
それは'鬼人'に中身であるプレイヤーが入っているからである。
中身の入っていないアバターなど同じアルゴリズムで動くいい的である。
それ故にこの系統の迷宮は彼の物以外は存在しない。
人間24時間画面に張り付くなど不可能なのである。
その不可能を可能にしているからこそ、彼の迷宮は難易度Lunatic。
決してそれだけが理由ではないのだが。
そうして暫く戦闘が継続され、最終的にHP全快の'鬼人'が立ちはだかる。
王座の間の全体ステータス上昇により、防御偏重とは思えないほど機敏に動き、一撃が重く、そして攻撃が効かない。
挑戦者の心を折るには十分な要素であるだろう。
そうして最後には冒険者が一人、また一人とやられていき、一人の'鬼人'だけが闘技場で佇んでいた。
■ ■ ■
男はにやりと唇をゆがめ画面を見る。
その目にはありえないほどの隈と疲れが見て取れる。
しかし意思の光は途絶えることはない。
どうやら先ほどのパーティーで最後だったようで後続は見当たらない。
そうして画面に目を移し、先ほど倒した冒険者の撃破ボーナスを見る。
100時間絶え間なく攻め続けられた為、通常では考えられないほどのポイントが溜め込まれている。
そうしてボーナスポイントの消費画面を開いた所で彼は頭から机に倒れこむ。
脳卒中、であった。
暫く意味のわからない言葉を発し、最後には痙攣して男はこの世を去った。
御年21歳、とある廃人ゲーマーの最後であった。
死の間際、彼の痙攣した指先が奇跡的に←を押し、再度Enterを押した。
『所定の条件をクリアしました。
転生しますか?
はい← いいえ 』