第8話 殺さないで!
【パスリュー本部 エリア20 第2実験施設】
エレベーターの扉が開かれる。出た所は薄暗い司令室みたいな所だった。いくつかの立体映像投影台が並べられ、台の上からは不気味な蒼い光が放たれている。壁側には大型の映像パネル。その下に取り付けられた大型コンピューター。
「おい、ここは実験施設じゃないぞ。このエリアの司令室だろう」
「いえ、間違いなく実験施設です。第2実験施設エリア:ポート本部……」
ポート本部? ……ああ、なるほど。
「なぁ、こんな所に来た記憶は? さっきのエリアもお前の記憶を基に造り出されたんだろ?」
「……ある。5年前、ここで魔物を殺しまくった」
「魔物? こんなハイテク施設で?」
「5年前――」
私がそう言った時だった。いきなりどこからか機械の声が流れてきた。
[第2エリア:テスト 開始]
立体映像投影台から立体映像が表示される。表示されるのは無数の兵士と女性。お互いが武器を持って撃ち殺し合っていた。形勢は圧倒的に兵士。女性たちは次々と撃ち殺されていく。
[“サキュバス”を討て! 1人として生かしておくな!]
[フィルド将軍に続けぇっ!]
しばらくすると、別の出入り口から黄色のラインが入った灰色の服に黒のブーツをした女性がたくさん入ってきた。彼女たちは私たちには全く目もくれないで作業を始める。
「コマンダー・ディスノミア、パトフォーの部下はまだなの……?」
「……まだ来ないね」
「こんな時にイシュタルとセイレーンはどこ行ったのよぉ……」
私たちの目の前で2人の女性が会話を始める。2人とも人間じゃない。彼女たちはサキュバスと呼ばれる魔物だった。確かイシュタルもセイレーンも死んでいたな……。クローン復活しているのなら話は別だが。
サキュバスは人間の女性と同じ姿をし、感情も知性もあった。だが、人間の精気を取り込んで、生きていく魔物だった。いくら人間と似ていても、敵でしかない。
「あ、誰か来たよぉ~!」
目の前で喋っていたサキュバスの1人が私たちの方向を見て言う。なんだ、今頃気がついたのか? 私は無意識の内に剣に手がいく。
だが、それをアリナスが手で制止する。そして、私の腕を引っ張り、無理やりどかす。どいた私の後ろから現れたのは……私!?
「クローン、です……。No.1の」
ツヴェルクが小声で私たちに言う。No.251より少し歳が上の感じだった。アイツは20歳前後だろうか?
サキュバス達の彼女を迎える声。そんな声に彼女は答えず、震える手で腰のアサルトソードに手をかける。その目には涙の膜。泣いている……?
「どう、しました?」
「…………」
ゆっくりと剣を引き抜いていく。その手首には銀色の首輪のようなものが取り付けられていた。よく見れば、それは両手と両肩、それに裸足の足首にもついていた。
彼女の服は胸と下半身を覆う物だけだった。これから戦うにしてはあまりに軽装備すぎる。普通はあり得ない。ここのテストは一体……?
「ごめんッ……!」
彼女は小さくそう呟くと、いきなり目の前にいたサキュバスを斬り殺した。司令室を模った実践テスト場は騒然となる。それと同時に画面に時間が表示される。“残り5分”? 何の話だ?
「第2テストは無抵抗な女性を殺せるかどうか、です……。国際政府との戦いでは、そういう非情さも求められますから……」
ツヴェルクが顔をしかめながら言う。その間にも私のクローンは次々とサキュバスたちを殺していく。悲鳴と絶叫が上がる。
「わぁッ」
「ひぃッ、やぁッ!」
「やめてぇッ!」
「た、たすけッ……!」
サキュバスたちは何も武器を持っていない。無抵抗な、何も出来ない彼女たち。次々と殺されていく。クローンの振る剣は容赦なく彼女たちの命を奪っていく。
ああ、そうだ……。以前、私も同じことをした。5年前、私は政府代表マグフェルトの命令で、こうやってサキュバスたちを全員殺した。
いや、さっきまで私がしていたことか。連合軍の兵士はさておき、秘書のレイやモルは何も抵抗できなかった。なのに、私は彼女らを殺した。何の躊躇いもなく……。
「いやぁッ!」
「どうなって……!」
「殺さないで! やめて!」
「い、命だけはッ!」
……今、目の前で繰り広げられているのは、さっきまで私のしていたこと。何ら変わりはない。同じことを私はやった……。
私は目を背ける。出来る事なら耳も塞ぎたかった。なんでだ、なんでだっ……! イヤな汗が全身から滲み出る。
「え、援軍を! 司令部に兵を……!」
「ぐぇッ」
「ぇあッ!」
「ぎゃあぁぁッ!」
連合軍の兵士なら、魔物なら殺してもいいだろう! 殺しても、いいだろっ……!
「やめ、やめて、やめてぇ!」
「し、死にたくッ……!」
「もういやぁぁぁッ!」
なぜか目頭が熱くなる。身体が震える。なんで、なんでっ……! アイツらは魔物! 殺しても――いいハズがない……。さっきの泣き叫ぶモルやレイの姿が頭を横切る。殺す必要はなかった。私はいつから人を簡単に殺すようになってしまったんだっ……!
「ね、ねぇ! 私、降伏しますッ! な、何でも、するから、命だけは、命だけはぁッ!」
「…………!」
気がつけば、もう最後の1人になっていた。最後のサキュバスに私のクローンは剣を振り上げ、一気に振り下ろした。血が舞う。一声の悲鳴と共に、彼女は倒れた。
[ミッション 完了]
無機質な機械の声。何が、ミッション完了だッ……!
別の扉が開き、バトル=アルファと1人の女性が入ってくる。私のクローンは彼女に吸い寄せられるようにしてフラフラと歩いて行く。
「あのクローンは合格です。もしサキュバスたちに同情し、ミッションに失敗すれば、手首や足首につけられた“爆弾”が爆発していましたよ……」
私は拳を握りしめる。連合軍……どこまでも非道な組織……! アイツらは大勢の人々を不幸にする! 全員殺してやりたい……! でも……。
クローンの命も、私の命も同じ重みがあると思う。だが、私の命とアイツらの命。その重みは? 憎い敵だからといって簡単に奪ってもいいのだろうか……?
「あの人はここの管理長官です。確か、彼女もまたサキュバスです。……連合軍准将セイレーン」
「……えっ?」
ツヴェルクの出した名前に、私は耳を疑う。サキュバスのセイレーン? 死んだハズじゃ……?
※ちょっとした補足※
今回、出て来たサキュバスと呼ばれる魔物のクローンはかなりの劣化版。オリジナルの10分の1にも満たない能力しかありません。
また、オリジナルのサキュバスたちは5年前、フィルドが政府軍に所属していた頃、任務で殺しちゃったので、当然の事ながら連合軍は彼女たちの遺伝子を手に入れることは不可能です。
そこで、連合軍は同じサキュバス族の遺伝子を使って、オリジナルとは異なったテスト用のクローンを作りました。
なので、オリジナルと彼女たちクローン・サキュバスに一致するのは記憶(それも一部分だけで、作られた物)と名前だけで、姿や能力は全く別物です。
また、クローン・サキュバスがオリジナルのフィルドたちに気がつかなかったのは、「他の物に反応する」という能力がプログラムされていなかったからです。
いわば、彼女たちは“生きたロボット”のようなものです。例え、あそこで突然爆発が起きても、会話の最中なら全く動じません。