第4話 ブーメラン
【パスリュー本部 エリア42 廊下】
「はぁ、はぁッ……!」
私は荒い息を上げる最後の警備兵に手をかざし、その首を斬り落とす。血がグレー色のをした床に流れ出る。それを後ろから見るのはツヴェルク。目を伏せていた。
「……怖いか?」
「えっ?」
「私のしていること」
ツヴェルクは何も言わなかった。小さなその体を震わせるだけだった。怖いらしい。まぁ、そりゃそうだろうな。多感な少年にこんな光景を平気で見せる私はどうかしているのかも。知ったことじゃないが。
私は鼻で笑うとまだ生温かい血の水たまりに足を濡らしながら歩き始める。ペタペタと赤い足跡が私の通った後に出来る。
私たちが廊下の角を曲がろうとした時だった。
「おーっとと」
いきなり1人の女性が現れた。警備兵じゃないようだが……? まぁ、連合軍の人間には違いない。私は彼女の胸にある名札を素早く見る。モル=フェルト。連合軍幹部の秘書か。
「あれれ、どうしたんですか?」
邪魔だ。消えろ。私が彼女の体を斬り裂こうとした時、いきなりツヴェルクが声を上げた。
「モルさん!」
「およ? ツヴェ君じゃん。ここで何してるのぉ?」
ツヴェルクとモルが駆け寄ろうとしたその瞬間、モルの左腕が血をまき散らしながら斬れ飛ぶ。モルはその場に倒れ込み、悲鳴を上げる。
「きゃああぁぁッ!!」
「な、No.1……!」
痛みに私は泣き叫ぶモルの腕を掴んで無理やり立たせると、引きずるようにして廊下の角を曲がる。そこにいたのは20人ほどの警備兵だった。集まってきたばかりなのか、まだ隊列を組めていなかった。
左腕を失ったモルを引きずってきた私を見て、彼らはどよめきを上げる。
「道を開けろ。さもないとこの女を殺す」
「痛い、痛いよぉっ! お母さん、お父さんッ! 助けて、助けてぇッ!!」
兵士たちの真ん中にいるのは女性。彼女の後ろから次々と兵士やバトル=アルファが集まってくる。80以上はいるな。めんどくさい連中だ。
指揮官と思われる女性には見覚えがあった。ケイレイト。ブーメランを武器にする女だ。
「モ、モルちゃん……!」
「ケイちゃん、ケイちゃんッ、助けてッ! 痛いよぉッ! 怖いよぉッ!!」
モルは泣きながらケイレイトに助けを求める。愛称で呼び合ってるところを見ると仲良しか? 下らない絆だな。お前たち連合軍の腐った絆。私はお前たちに絆を裂かれた。そして、私を実験体にした。拷問のような実験を毎日毎日、飽きもせずに繰り返してくれた……!
「モ、モルを放せ!」
「“放して下さい”の間違いだろ? 土下座して言え」
「クッ……」
ケイレイトは悔しそうな目で私を睨んでくる。モルは出血多量のせいか、力がなくなってきた。この女、そろそろ死ぬかもな。
躊躇しながらもケイレイトは握っていたブーメランを床に置き、ゆっくりとした動きで床に膝を着き、手を着く。
「放して、ください」
私はニヤリと笑う。モルから手を離すと、その背中を強く蹴ってケイレイトの方に向かわせる。片腕を失って体のバランスが取れなくなったのか、彼女は私とケイレイトの中間で倒れ込む。
「モル!」
「痛い、痛いッ……」
ケイレイトがモルに近づこうとした。だが、それよりも前に、私がモルの体に手をかざし、バラバラになったのが先だった。
おびただしい量の血が飛び散り、ケイレイトの黒いレザースーツにも血が飛ぶ。彼女はその光景に唖然とする。だが、すぐに憎しみのこもった瞳を私に向け、飛びかかって来た。
「うああぁあぁッ!!」
「…………」
私は黙って、両手をケイレイトの方に向ける。その瞬間、黄色にほとばしる電撃が彼女の体を弾き飛ばす。彼女はそのまま、壁に背中をぶつけ、倒れ込んだ。
「No.1を殺せ!」
兵士やバトル=アルファが一斉に私に銃撃を繰り出す。おびただしい数の銃弾が飛んでくる。私は床を強く蹴って宙に飛び上がり、隊列のど真ん中に飛び込む。着地と同時に兵士やバトル=アルファの体が斬り裂かれる。
「ほら、どうした? 殺せよ」
私は超能力と魔法を次々と繰り出す。身体が裂かれ、爆音が鳴り響き、悲鳴と怒号が上がる。感謝しよう。私にこの能力を埋め込んだのはお前たち連合軍だ。“実践テスト”でお返ししてやるよ……。
「ぐぇッ!」
「うあぁッ!」
[攻撃セヨ! 破壊セヨ!]
血の雨が降り注ぐ。人の体の一部が中を舞う。彼らはなす術もなく、命を散らしていく。まさに殺戮の嵐だった。
これがお返しだ、連合軍……! 私を実験体に出来てさぞ楽しかっただろう? したことは返って来るんだよ、ブーメランのようにな。……ゆっくりと休め!
「う、うわぁッ!」
[破壊セ……]
「わぁッ!」
私は容赦なく、彼らを斬り殺していく。遠くから現れる増援には容赦ない電撃弾と衝撃弾の雨を浴びせる。次々と倒れていった。
ハハハ! これが私の復讐だ! 私をめちゃくちゃにしてくれた者たちへの、復讐だ……! 私は至福のようなものを感じながら、攻撃を加えていく。
「クッ……!」
全員を倒すと、私は歩き出す。ケイレイトが倒れ込んだまま、悔しそうな表情で私の方を睨んでいた。お前は後で殺してやる。お前の仲間を全員殺した後でな……。
私は銀色をした鋼鉄の扉まで来るとコントロールパネルを操作する。この扉は大型エレベーターだ。これで一気に上へと行けるらしい。
「ツヴェルク」
「…………」
「…………?」
ツヴェルクは俯いたまま、何も言わなかった。私はため息を付いてコントロールパネルを操作する。どこまで行けるか聞きたかったんだけどな。
鋼の大きな扉が左右に開いていく。広い四角い部屋。やたら頑丈な造りになっている。何のためだ……?
私とツヴェルクが乗り込むと、エレベーターは上に向かって動き出した。しばらくの間、無言の状態が続いたが、不意にツヴェルクが口を開いた。
「モルさんを、なんで殺したんですか?」
「…………」
…………。連合軍の人間だったから。それだけだった。
エレベーターは勝手に昇って行く。なのに、私の心はスッキリしなかった。なんでだ? 連合軍は私に何をした? アイツらは殺してもいいだろう……? なぁ、パトラー……。
私の脳裏に悲しそうな表情をした少女が思い浮かんだ。今の私を彼女が見たら、彼女は私の事を嫌いになるかな……?
無意識の内に私は下唇を噛み締め、拳をぎゅっと握っていた。パトラー……。