第2話 ふぇぇぇっ
※前半は実験体No.1の視点ではありません。
※後半は実験体No.1の視点です。
【パスリュー本部 レベル44 女子更衣室】
[エリア48にて非常事態発生! 被験体No.1を直ちに拘束せよ!]
ふえぇぇぇっ。
私は小さな女子更衣室で銀色をした金属質の縦長ロッカーを開け、慌てて制服に着替える。ちょっと寝坊しちゃったっ。もうっ、今日こそは早起きしたかったのにぃっ。
「おはよーっ」
「あ、レイちゃんおはよーっ! レイちゃんも寝坊~?」
私は胸ポケットにピンク色のシャーペンと黒色のボールペンを挿しこみながら言う。レイちゃん、しっかり者だから滅多に寝坊しないんだよね~。私も彼女みたいにスッパリと起きれればいいんだけど、いつも寝ながらお布団の中に時計を引き込んでしまう。
「んーん、私は今日は有休だから。ただ忘れ物取りに来ただけよ」
「え? そうなの? いいな、うらやましいよぉっ」
「また寝坊したの? いつも通り時計が添い寝してたんでしょ?」
「ふぇぇっ。そうですよっ、時計が添い寝してましたっ」
レイは長い友達だから私の事はよく知ってるんだよね。そう、私が朝起きれないとことか。そういえばこの前、「緊張感がない」とか「間抜けなトコが多い」とか言われちゃったな。
「なーにしてんの? 早くしないと怒られるよーっ」
「あ、わ、分かってるよぉっ」
ノートを長方形のプラスチックケースに放り込むと私は駆け足で走り出す。3歩走った。そこで私は自分の脚に躓いてこける。プラスチックケースをしっかりと締めていなかったから中から書類とかノートとかが散乱する。ふぇぇぇっ、急いでいるのにぃっ!
「もー、モルちゃんだっさーっ」
「ワザとじゃないよぉっ」
[被験体No.1、エリア46突破。エリア44~45に戦力を集中せよ]
もーっ、うるさいよぉ。また訓練~? 警備部門のみなさんお疲れ様でーすっ。私は秘書なのでかんけーありませーんっ!
私は心の中でそんなことを思いながら散らばった書類やノートをかき集め、ケースに放り込む。今度はしっかりと締める。
「じゃ、じゃぁ、もう行きます~っ」
「ちゃ、ちょっと、IDカード忘れてるよ!」
「ふぇぇぇっ」
レイがプラスチック製のIDカードを投げる。それは空中で見事な放物線を描いて私の手に収まり……とはならずに顔に当たって床に落ちる。ああ、もうっ!
私は連合軍のマークとバーコード、自分の顔写真が入った白いIDカードを拾うと、胸ポケットに入れる。
「じゃ、じゃぁね! お昼一緒に食べようねっ!」
「うん、気をつけてね!」
私はレイに手を振りながら走る。後ろを見ながら走ってると、また自分の脚につまずいて倒れる。ふぇぇぇっ。痛いよぉっ。
[被験体No.1、エリア45突破。エリア44に侵入しました]
私は立ち上がると、苦笑いをしながら扉を開けて白くて明るい廊下に飛び出す。廊下に出た途端、今度は銃を持ち、黒い服を着た警備部門の人にぶつかって倒れる。今のは私のせいじゃないよっ!
私はもう一回立ち上がると、プラスチックのケースを持って走り出す。急がないと時間がないよっ! 怒られちゃうじゃないっ!
◆◇◆
暗い廊下。一定の間隔で設置された赤色の電球が不気味に光る。私は邪魔する人間を次々と殺し、歩いて行く。辺りには血と肉片が散らばっていた。
もう、何人殺しただろう? この地下に造られた連合軍本部要塞。何万人もの所員がいる。そんな施設の一番深いエリアに私は閉じ込められていた。
「地上エリアに私を閉じ込めておけば、死なないで済んだ命もあっただろうに」
何かが破裂する音を立てて、また1人の命が弾け散る。消えた命は白衣を着た女性研究員だった。恐怖で腰を抜かし、泣きながら座り込んでいた。
腹部の爆発したその体はその場に倒れ、ピクリとも動かなくなる。焦点の合わない目。もう誰かを捉える事はない。
「う、撃ち殺せ!」
私の行く手を阻むようにして3人の兵士がアサルトライフルを手に射撃する。無数の銃弾が私の体を狙って飛ぶ。
私は手をかざす。飛んでくる銃弾は私の体を貫くことなく、空中で留まり、床に落ちていく。兵士たちは撃つのをやめる。弾切れだった。
「ク、クソ!」
私はゆっくりと歩く。兵士たちは慌ててマガジンを入れ替え、銃弾を補充しようとする。だが、それよりも前に私は彼らの体を切り裂く。血が噴き荒れ、肉と骨が散り、命はつい果てる。
「クズばっかだな」
私は肉塊を見下ろしながらまた歩き出す。足裏に生温かい液体が付く。それと一緒に何か柔らかいものまで。どうせ内臓か何かだろう。気にするほどじゃないな。
ふと私は廊下の曲がり角に目が行く。そこから青い服を着た少年が現れる。また敵か。私は手をかざし彼の体を引き裂こうとした。……チッ、少し“距離”があり過ぎる。“範囲外”か。
「……おはよう、No.1」
「…………」
黒髪の毛に緑色の瞳をした小柄な少年がアサルトライフルを片手に私に話しかけてくる。銃口は……私の方を向いていない。どういうことだ?
「誰だ、お前?」
「ボクはツヴェルク。あなたの仲間です」
小柄な少年は優しそうな表情で私にそう言う。仲間だと? ふざけるな。お前は連合軍の人間だろうが。私に仲間なんていない。
私は彼の首を斬ろうと手をかざす。……まだ範囲外。いや、アイツ、私が近づいた距離だけ離れていっている。私の“攻撃範囲”を知っているのか?
「フフフ、あなたの体に取り付けられていた拘束具を外したの、実はボクなんですよ。ボクと一緒なら本部要塞から出られますよ。どうですか……?」
ツヴェルクはアサルトライフルを投げ捨て、黒色をした小型のかなり薄いノートパソコンを取りだす。アレで本部要塞のコンピューターにアクセス出来るのか?
「ボクと一緒に逃げましょう……」
少年は覚悟を決めたのか、少しだけ笑みを浮かべ、私の元に走り寄ってくる。……範囲内に入った。私はニヤリと笑い、彼に手をかざした。
【登場人物】
◆レイ=クライフ
◇25歳女性。
◇連合軍幹部の秘書。
◆モル=フェルト
◇24歳女性。
◇連合軍幹部の秘書。
◇朝寝坊が激しかったり、自身の脚につまずいたりとちょっとドジな部分もあるが、字はキレイで話の内容をまとめるのが上手い。
◇楽観的な性格で緊張感があまりない。常にマイペース。休暇は寝て過ごすことが多い。
◆ツヴェルク=メーベリン
◇15歳男性。
◇連合軍の軍人。
◇コンピューターを操るのが得意で、一流のプログラマーでもあり、ハッカーでもある。
◇被験体No.1を拘束システムにハッキングし、彼女を解放した人物でもある。目的は不明。
【登場組織】
◆連合政府(連合軍)
◇実験体No.1(フィルド)を拘束し、実験台にしていた組織。