第1話 逃走の女騎
【パスリュー本部 研究エリア 廊下】
薄暗い廊下――。黒い服に身を包んだ兵士の首がスッパリと斬れ、床に転がり落ちる。真っ赤な血が銀色の床に広がる。
「こ、殺せ!」
「撃てぇッ!」
4人の兵士がアサルトライフルを手に、激しい銃撃を繰り返す。眩しい閃光と共に無数の銃弾が宙を飛ぶ。無駄な弾消費だな。
銃弾は私の体に当たる事なく、床に転がり落ちてゆく。私に飛び道具など通用しない。自身の周囲に張った物理シールドが無効化していく。
「効いてないぞッ!!?」
「構わん! 撃ちッ、……!」
兵士の1人の胴体が横に一瞬で斬れ、大量の血を噴き散らしながら、床に倒れ込む。黒色のアサルトライフルも同じように落ちる。そこにあるのは赤い血だまり。鮮血が飛び跳ねる。
残りの兵士も同じ運命だった。1人は首が斬れ、1人は体が真っ二つになり、1人はバツの字に胴体を斬られ、血をまき散らす。
「う、うわああぁぁぁッ!!」
仲間の鮮血をその体に浴びた最後の1人はアサルトライフルを捨て、絶叫しながら逃げ出す。薄赤い光だけが灯された薄暗い廊下をひたすら走って逃げる。
だが、その先にあるのは閉ざされた鋼鉄の防護扉。お前の仲間はお前を捨てたのさ。閉じられた防護扉は開かない。何度、ロック解除を試みても開くことはないだろう。
「はぁはぁッ……! オ、オイ、嘘だろ……」
男は壁を背に、操作パネルの前で座り込む。その顔や服には赤い血が付着していた。震える体で私の事を見る。どうした? 私のことが怖いか? 今までお前たちの実験台だった女だが?
彼は震える手でハンドガンを取り出す。1発、2発、3発と発砲するも、銃弾は私の体を撃ち抜けずに床に落ちてゆく。
私は右手を素早く少しだけ何かを払いのけるように振る。その途端、ハンドガンを握っていた腕弾き飛ぶ。私の一糸まとわぬ体に血が付き、男の悲鳴が上がる。
「自分たちの実験台に殺されるのはどんな気分だ?」
「あぐッ、あぁッ! ぐッぐぅッ!」
私の足下でうめき声を漏らす男に向かってもう一度、手を振る。彼の首が曲がっていく。徐々に回転していき、最後には木がへし折れるかのような音と共に男の首は一回転し、千切れた。首は床に転がり、胴体は倒れ込んだ。
「これで7人目か」
ここの廊下で4人。私の監禁されていた広い実験場で2人の兵士と1人の研究員。みんな殺した。私の能力で。
私は超能力を使える。この能力は魔法の一種らしいが、詳しいことは知らない。殺した研究員がそんなことを言っていたような気がする。
しばらくすると、閉じられていた頑丈な防護扉が左右に開き始める。白い光が暗いこの廊下に射しこんでくる。私は扉の正面に立つ。
「オ、オイ……」
「正面から来る気か!?」
「この人数に勝てると思っているのか……!」
扉の先は白い廊下が広がっていた。そして、大勢の兵士がアサルトライフルの銃口を向けて待ち構えていた。ざっと30人くらいか。
恐らく全員男性の兵士。服を着ていない私は、当然のことながら、血を浴びた裸体を彼らに見られる事となる。だが、恥ずかしいとかそういった感情は全く湧かなかった。
「やれ! 撃て!」
隊長と思われる男の合図と共に一斉に彼らは射撃を始める。銃弾が私の体を目がけて飛んでくる。私は大きく飛ぶと、彼らのど真ん中に着地する。
着地と同時だった。周囲の兵士の胴体が横に裂け、凄まじい量の鮮血を流す。一気に8人もの命が散る。その中には隊長と思われる男もいた。
当然の事ながら辺りは大混乱になる。それでも私は構わずに次々と斬り殺してゆく。首が斬れ、背中が裂け、脚が離れ、腕が飛び、胴体が床に倒れ込む。もはや、そこは地獄だった。
「ぐあッぁ!」
「がッ、ハッ……!」
「クソッ、どうなってんだクソッ!」
「ぐぇぁぁッ!」
もはや勝負にならなかった。もっとも私は勝負しているつもりなど微塵もない。私がしているのは復讐だ。私は悪を狩っているのだ。何も悪いことはしていない。やって当然の事をしているだけだ。彼らを殺すことは悪いことじゃない。
血まみれの廊下。数人の兵士だけが逃げ出していった。だが、それは片手で数えられるだけの数。20人以上の兵士が私に何も出来ずに逝った。
「怯えるなよ、楽にしてやるからよ」
私は再び歩き出す。辺りには濃い血の匂いが充満していた。血が私の足を濡らしていく。水たまりを踏んだかのような音が響く。所々にあるのは肉片。スッパリと斬っても内臓がどうしても出てしまう。こればかりは私でもどうしようもない。
[実験体No.1が逃走。全エリアの脅威レベルを最大に引き上げる。繰り返す。実験体No.1が逃走。全エリアの脅威レベルを最大に引き上げる]
私は廊下の角を横切る。白色の廊下に似合わないのがいた。黒い服を着て、黒いアサルトライフルを持った3人の兵士。いきなり撃って来る。私の頬をかすめる。私は口の端で少しだけ笑う。
不意に銃撃が止まった。3人が首から鮮血をまき散らして倒れる。手をかざせばより正確に、鋭く斬れるが、相手を殺す為なら別に手を使う必要はない。首斬りは即死技。楽なものだな。人を殺すというのは。
「…………ッ!」
人を、殺す……? そんなに簡単に人を殺していいのか? 私はいつから敵を見境なく皆殺しにするようになった? 私の背筋に寒気が走る。
私は後ろを振り返る。血まみれの死体がそこにあった。もう、彼らが動くことはない。首を斬られて生きてるハズがない。
私の頭に、1人の少女が思い浮かぶ。黄色の髪の毛に、エメラルドグリーンの瞳の少女……。私の唯一の仲間である“パトラー”。彼女は私の仲間だった。大切な、大切な仲間だった。でも、私は彼女を人質に取られ、ここの連中に降伏するしかなかった。
降伏した後は最悪だった。拷問のような人体実験を受けさせられた。無理やり全ての衣服を脱がされ、無数の男の前に体を晒すこととなった。だが、それよりも実験は苛酷で、何度も、何度も死にたいと思った。
そんな私を何度も助けてくれたのはパトラーとの思い出だけだった。もう一度、彼女との再会を夢見て、今日まで必死に耐えてきた。
「そうさ、私は間違っていない。彼らを殺して、ここから脱出するんだ……。この地下に造られた施設からな……。…………」
ただ1つ引っかかるものがあった。それは、パトラーは人殺しが嫌いなことだった。そして、私はこれまでに大勢の人を殺していた。そして、これからも殺すだろう――。
◆EF2010年12月
◇フィルド=ネスト(実験体No.1)が捕まる。