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九ヶ月越しの想い

「大翔くん、もうすぐ冬休み! いっぱい遊ぼうね〜。とりあえず雪だるまは作りたいよねぇ。あ、初詣も行こうね! それとそれと……」

 美羽と一緒にいる時間は、本当に苦痛だった。美羽が話しかけてくるとドキッとしてしまう。それも、美羽に一筋だったあの頃のドキッとは違う。後ろめたさからくるものだ。美羽の言葉一つ一つが俺を締め付ける。でもふと見る美羽の姿は、やっぱり可愛くて……。

「どしたの、見つめたりして。また私の魅力に気づいた??」

「はは、自分で言うなって」

 美羽といると、陽菜が好きだという気持ちが鈍ってしまう。例え美羽と別れたとしても、陽菜はOKをしてくれるだろうか。もしフラれるんなら、美羽とこのまま関係を続ける方が良いんじゃないだろうか。そう思ってしまう。美羽と、陽菜。頭の中で二人のことが駆け巡る。考えるのをやめたい。誰か、俺に納得出来る答えをくれ。


「それじゃ、また明日ね〜!」

「おう。またね」

 美羽と別れる。明日は終業式だ。このままいくと、美羽と過ごす冬休みが待っている。冬休みになると陽菜と会う機会もないだろう。俺はどうしたいんだろう。どっちといたいんだろう。美羽の良さだって、陽菜の良さだって知っている。……両方とも、欲しいんだよ。そんな、理不尽なことを考える。

 陽菜は……。陽菜は俺のことを、どう思っているんだろうか。俺は陽菜にとっての何なんだ? ただの幼馴染か? 恋愛対象にはなりえないのか?

 じゃあ、美羽は……。美羽は、俺となら結婚しても良い、とまで言ってくれた。そして俺の初めての相手だ。まだ、一回しかしてないけど。わがままを言えば、美羽とたくさんやりたい。想いが尽きるまで、あるいは死ぬまで美羽を好きだと言っても良い。あんなに可愛いんだから、あんなに優しいんだから。美羽を放したくない。誰にも美羽を取られたくない。俺だけのものでいて欲しい。

 こんなにも美羽のことが好きなのに、何故か陽菜の顔が浮かんできて。ちょっとドジで、ものすごく優しくて、陰で努力をして、俺を何度も何度も支えてくれて。幼馴染だからって、頼りすぎていた。そして距離が近すぎて、陽菜の魅力に全然気づかなかった。陽菜をもっと知りたい。陽菜ともっと話をしたい。色んな陽菜を見たい。陽菜……陽菜! 俺は、どうしたらいい……?


 ……どうして机の引き出しを開けようと思ったのかはわからない。別に補充する文具があるわけでもないのに。ただ、なんとなく引き出しの中の何かに呼ばれた気がした。特に考えもなく、俺は机の引き出しをそっと開けてみた。

「ん……これは……?」

 机の引き出しの中には、小さなお守りが入っていた。

「これは……受検前に陽菜がくれたお守り……」

 ふと俺は、過去のことを思い出した。


過去 SIDE:お守り

「ふぅ、やっと出来た……。このお守り、大翔くん、喜んでくれるかな……」

 陽菜はそう言って、完成したお守りを眺める。

「裁縫はあんまり得意じゃないんだけど、今回は上手に出来たぁ……よーし、勉強も頑張らないと!」

 陽菜はそう言って机に向かう。数学の参考書を片手に、難しい問題をドンドン解いていく。

「絶対、大翔くんと合格したいな! 合格したら、気持ちを伝えるの!」


「おはよう、大翔くん」

「おはよっす」

 陽菜は大翔に挨拶をし、ポケットからお守りを出す。

「これ……お守り。作ってみたの。大翔くん、頑張ろうね!」

「うわー! 嬉しいよ……。ありがとう。絶対受かってやるからな」

 大翔はお守りを大事そうにポケットに入れる。


 ――その日の夜。

「陽菜、お守り作ってくれたんだ……。すげぇ手が込んでるし……。よし、頑張るか。もう受検まで一ヶ月もないからな」

 大翔は休憩をほとんど挟まず、明け方の四時まで勉強をした。


 大翔はそれからも毎日勉強を頑張った。一日の中で、勉強以外のことをすることはほとんどないくらい。焦りも余裕も感じられる。そんなこんなで、受検までの時を過ごす。


「ふぅ。いよいよ今日、受検だな。やれるだけのことはやった。どんな問題が出てきてもいけそうな気がする」

 大翔はそう言って、鞄に筆箱や最終チェック用の小冊子等を詰め込む。

「それじゃあ陽菜のお守り、しっかり見守っててくれよ」

 大翔はお守りを制服のポケットに入れ、家を出る。


 ――興高へ行く途中、大翔は電車で誰のだか受検票を拾い、偶然同じ会場だったその子に渡した。


「おっす、陽菜。頑張ろうぜ!」

「うん! 頑張ろうね!」

 教室で陽菜と会う。周りは、もうほとんどの生徒が席に着き、一点でも逃せない、と最後のあがきをしている。


「それじゃあ、どうぞ」

 試験監督の先生の合図で、皆一斉にプリントを表にする。一日目の試験、開始。


「どうだった……?」

「微妙だったかな。明日頑張らないとちょっとヤバイかも」

「そっか……」

「陽菜は? 余裕?」

「そうでもないよ。私も明日次第かな」

「よし、じゃあ明日で終わりだ、頑張ろうな!!」

「うん、がんばるぞー!」


 家に帰るなり、大翔はすぐに机に向かう。

「くそ……ケアレスミスが多かった……。明日頑張らないと、本気でヤバイな……。くそ……。頑張らないと……頑張らないと……!」


「では始めてください」

 二日目の試験が始まった。教室にはカリカリ、という筆記の音が響く。緊迫したムード。大翔もいつも以上に集中している。問題を解くスピードもいつもより速い。


「それでは、筆記用具を置いてください」

 試験監督のその言葉で、興賀高校の入試は終了した。

「……どう、だった……?」

「一応手ごたえはあったな。陽菜は?」

「私も不安だけど、多分大丈夫だと思う……」

「ああ、受かってるといいなぁ……」


 入試は卒業式の翌日からだったので、入試が終わってからもう着る事もなかった制服をもう一度着る。今日は、興高の合格発表日。ポケットにはあの日以来取り出していないお守りが入っている。


「おはよう、大翔くん。ドキドキするね……」

「ああ……。ホントに」

 大翔は陽菜と電車で興高まで行く。

「うわー……不安でいっぱいだよぉ……。この電車に乗ってる人たち、みんな興高なのかな……」

「どうかな……」

「あ、着いたよ。大翔くん、一緒に見ようね」

「おう!」


 興賀高校の校門。掲示板に合格者の受検番号が書かれた紙が張り出されている。その前には、受検した生徒でごった返し。

「2292……2292……」

 陽菜が数字を口に出しながら番号を探す。

 ……2291 2292 2294 2296 2297 2298……

「……そんな……」

「あった!! 私のあったよ!!! ほら、大翔くんのも! 私たち同じ中学だから、大翔くんの受検番号、私の前だよね? ほら!! 大翔くんのもあるよ!!」

「陽菜……?」

「あ、あの……入学手続き、今行っても混んでるでしょ……? だから……ちょっとこっちに来て……」

「おい、陽菜……」

 陽菜は大翔の手を取り、人気のない場所に連れて行く。

「無理言ってごめん。でもこれだけは、聞いて欲しいの……。勇気出して、言うね。私……大翔くんのことが、好きです! ずっと好きでした!! 付き合って、下さい!!!」

 陽菜は顔を赤らめて、勇気を精一杯出して、大翔に告白をした。

「陽菜……あのさ……陽菜……」

「あ……い、いきなりごめんね……ごめん……返事は、いつでもいいです……」

「陽菜……ごめん!」

 大翔はそう言って、その場から駆け出した。

「大翔くん!?」

 大翔はそのまま走り去り、興高を後にする。

 ――たけうち、ふじしろ。そう、受検番号は大翔の方が後なのだ。大翔はその場で「2293」と書かれた受検票を破り捨てる。

「そんな……そんな……」

 大翔は廃人のように下を向きながらトボトボと歩く。そして中学校へ向かう。担任に報告に行かなければならないから。


「そうか……。でもな、先生の友達に興高の職員がいてな。どうやら、第一選抜で内定をもらった奴が、二人ほど辞退したらしい。だから、第三選抜。もしかしたらまだチャンスがあるかもしれないぞ」

「ホントですか!?」

「ああ、お前は妙に公立にこだわっていたよな……。私立も楽しいぞ? ……でも可能性があるんなら、頑張ってみろ。模試の結果からいくと、興高の進学科、受かるくらいの点数を取っていたじゃないか。最後まで頑張れ!」

「はい、頑張ります! ありがとうございます!」


 それから大翔は、狂ったように勉強をした。元々合格する実力はあった。ただ、緊張と注意不足により、ミスが多かったのだろう。特に二日目は急いでやっていたので、記号問題さえも間違えていた。ケアレスミスも実力のうちだから、落ちたのはしょうがない、と割り切り、第三選抜に向けて必死に勉強をした。


 ――春になり、桜が咲き始める。

 始業式。新クラスの発表もあり、体育館に並ぶ。

「陽菜……俺、合格したんだよ。頑張ったんだ。それも陽菜と同じ、進学科で、見ての通り同じクラスだ。ほら、このお守り、覚えてるか? これのおかげかもな」

「……大翔くん……あのさ……」

「ほらそこ、始業式始まるから喋るなよー」

 石崎先生に注意される。

「それじゃ、またよろしくな!」

「あ…………うん……」


「第三選抜の合格枠は二人、受検者は十六人。倍率はざっと八倍ってところか。ホントに合格出来たのは、このお守りのおかげかもな。ありがとな、陽菜。ありがとな、お守り」

 そう言いながら、大翔はお守りを大切に机の引き出しに収めた。


SIDE:大翔

「……………………」

 あの時のことを、思い出していた。そうだ、俺は第二選抜で落ちたんだ。そしてその合格発表の日に、俺は陽菜に告白されていたんだ……。でも俺はショックで、告白されたことなんて頭に入っていなかった。陽菜は、俺のことが好きだったのか……。せっかく勇気を出して気持ちを伝えてくれたのに、俺は陽菜の気持ちに返事をしてあげたのか? 第三選抜に夢中で、今の今まで告白されたことすら忘れていたじゃないか。俺は……本当にダメな奴だ。ごめんな、陽菜。ごめん。

 陽菜は、幼馴染という壁を越えて、好きだと言ってくれた。でも俺は、陽菜への気持ちがわかっていなかったんだ。本当は好きなくせに、幼馴染だと言い訳して、うじうじ悩んで。この間、陽菜が告白された時、俺はものすごく嫌な気分になった。それは、陽菜のことが好きだからだったんだ。陽菜は俺にとって、特別な存在なんだ。二人で一緒に支え合ってきた、大切な存在なんだ。もう迷わない。俺は、陽菜のことが好きだ。他の誰よりも、陽菜のことを想っている。ただ、返事を待たせすぎた。もう愛想を尽かして、OKと言ってくれないかもしれない。それでも良いんだ。例えダメだったとしても、何度も何度も気持ちを伝える。陽菜のことを好きでい続けたい。陽菜と付き合えるなら美羽とだって別れられる。陽菜…………好きだ!


 今日は、終業式。今日から冬休みに入る。そしてすぐにクリスマスイヴ。クラスの皆がそわそわしている。無理もない。宿題が多いことを除けば、クリスマス、お正月と、冬休みは楽しいイベントが満載だから。教室に、冬休みへの期待を寄せるムードが漂う中でただ一人、俺は気持ちが弾まなかった。そう、美羽に別れを言わなければならないからだ。陽菜への気持ちに気づいたから、もうこれ以上美羽との関係をずるずると引きずってはいけない。陽菜のことを考えながら美羽と付き合うなんて最低だ。キッパリ別れを告げよう、と心の中では思うのだが、「別れよう」なんてそう簡単に言い出せるものじゃない。実際、美羽を前にすると言葉が喉から出てこないのだ。

「明日はデートしてぇ、次の日は休んで。クリスマスイヴの日に、デート。どう??」

「…………いいよ」

 情けない。俺は美羽を傷つけるのが嫌なんだ。これだけ仲良くしてもらった、これだけ多くの思い出をもらった美羽を傷つけるのが…………。いや、違う。俺は、自分が傷つくのが嫌なんだ。自分は、綺麗なままでいたいんだ。美羽には、いつまでも良い奴だと思われていたいんだ。あれだけ美羽に好きと言っておいて、それなのに自分も美羽も傷つかないで別れる方法を探している。そんなの、無理なのに。さらには、美羽を前にして別れの言葉を言えそうにないなんて。クリスマスイヴまでには、言わないと。これからのデートの予定に目を輝かせる美羽を前に、そんなことを考えていた。


 クリスマス三日前。今日は、美羽とデートをする日。映画館に行き、ウィンドウショッピングをした後、美羽の希望で景色を見に行くことになった。夕焼けがものすごく綺麗な場所がある、と言っていた。デートの待ち合わせは一時。俺は十五分前には着くようにしているので、十二時半に家を出る。自転車で、待ち合わせの場所へ向かう。途中、興高の近くで人がうずくまっているのが見えた。さすがに素通りする気にはなれないので、近くへ寄って声をかけてみる。

「大丈夫ですか?」

「……!? ……大翔くん……?」

 …………陽菜だった。突然の陽菜との出会いに俺はドキッとした。陽菜、こんなところでどうしたんだろう。部活の帰りだよな。そう思っていると、足から血が出ているのが目についた。

「おい、陽菜! どうしたんだ? 血が出てるじゃないか」

「う、うん、ちょっとね。車とぶつかっちゃって。大したことないんだけど」

「車とぶつかったのか!? 大丈夫なのか? ちょっと見せてみろ」

 傷はそこまで深くはなかった。少し接触した程度だろう。ただ、出血の量は少なくない。

「その車は、どこに行ったんだ?」

「そのまま走り去っちゃった……。謝ろうとしたんだけど」

「轢き逃げか!? 陽菜は悪くないだろ! 優しすぎるよ……。それより、病院に行こう。そんな足じゃあ、自転車にも乗れないだろ? 後ろ乗れよ、俺が連れてってやるから」

「ありがとう……。本当は困っていたから……お願いしてもいいかな?」

「ああ、遠慮すんな」

 陽菜を自転車の後ろに乗せて、病院へ向かう。一番近い病院まで、二十分程度かかる。美羽には悪いが、今は怪我をしている陽菜の方が大事だ。

「……ずっと昔、似たようなことがあったよね。私が骨折して、大翔くんがおぶってくれて。あの時は、すごい嬉しかったんだよ?」

「ああ、覚えてるよ……。陽菜、すごい軽かったんだよな……」

 以前夢で見たことがある。陽菜、そんなことまで覚えてくれているんだな。

「あのさ、陽菜。こんな時に悪いんだけど、クリスマスの日、空いてるかな?」

「え? クリスマス……?? いいけど……」

「ありがと」

 俺は陽菜を病院へ送り、全速力で待ち合わせ場所へ向かう。


「ごめん遅れて!」

「おっそ〜い!! ……って良いよ。大翔くん、遅刻したことないし。何か理由があるんでしょ?」

「あ、ああ……。ごめん」

「いいからいいから! 気にしないって! 言いにくい理由だったら聞かないしさ」

「……ありがとう」

 ……美羽の優しさが、とても痛かった。


「はぁ〜……ずっと余韻に浸っていたい〜……」

「ホント……めっちゃ良かったよ。もっとクサくて、乙女チックなものかと思ってた」

「私も〜。心あったまったよぉ〜」

 映画館でラブストーリーを見た後、俺達は余韻に浸りながら、近くのデパートへ行く。とはいってもウィンドウショッピングなので、買うことはしないが。

「見て見て! あの指輪。ペアで、すっごい可愛い!!」

「ホントだな。でもはめてたら、恥ずかしいよな〜」

「思ったー。クリスマスプレゼント、指輪がいいかなーなんて思ったけど、やっぱ変だよね。大翔くんとペアで、はめてみたいけど……」

「……あ、あっちに何かあるぜ!」

「なになに?」

 とっさに話題を変える。美羽は、俺との「これから」がまだまだ続くと思って俺と付き合っているんだ。それなのに、俺はその「これから」を潰すんだ。美羽に別れの言葉を言うのを想像するだけで、胸が張り裂けそうだ。逃げられるものなら逃げたい。でもこれは避けては通れない道だから。陽菜のために、陽菜のために俺は…………言えるだろうか。決意しきれない自分の心の弱さを呪いつつ、美羽との残り少ない楽しいやりとりを交わす。


「ここなんだ〜。ちっちゃい頃お父さんに連れてきてもらって、ここで夕焼けを見て。ものすごく綺麗だったの。今でも鮮明に覚えてる。ここの夕焼けを見てると、なんだか自分がちっぽけに思えちゃうんだ。楽しみにしてていいよ」

 美羽に連れられて、俺は山の頂上へ来ていた。山といっても小さいもので、十分程度で山頂にたどり着くことが出来た。まだ時間は少し早く、日が沈んでいない。夕日が見えるまで、もう三十分といったところだろうか。

「私ね、実は……お父さん、いないんだ。私が小さい頃、病気で……。元々体も弱かったし。私、お父さんっ子だったから、死んじゃった時はそりゃあもう一日中泣いてたんだー」

 父親、いないのか……。知らなかった。今まで一度もそんな話は聞いたことがなかった。

「だからここは、お父さんとの思い出の場所。お父さんに教えてもらった素敵な場所。でも実はお父さんにここを教えてもらってからは、一度も来てないの。次にここへ来る時には、大切な人と一緒に……って決めてたんだ」

 美羽の言葉に、胸が締め付けられる。美羽にここまで想ってもらっているのに、俺はどうして今、心が痛いのだろうか。

「私さ……女子の中でも、ベラベラ喋る方で、なんというか、ムードメーカーじゃん? 悩

みなんてなさそうとか、強いよねとか、よく言われるんだけど、大翔くんもそう思う?」

「ああ……。確かに悩んでることはなさそうだし、美羽は強いんだろうなって思うよ」

「うん……。でもね、やっぱり人は、見た目じゃあ判断出来ないんだよね。私、全然強くないんだよ……。今でも時々、お父さんのことを思い出して泣くことがあるんだ。皆にはお父さんがいるって思ったら、悲しくて。どうして自分には今お父さんがいないんだろうって。友達は皆、お父さんなんかウザイって言うけどね。私は、お父さんと過ごした時間、とても少ないから。ふとした時に、よく涙を流すの」

「そうなんだ……。美羽が泣くのって、なんか想像出来ないな」

「そうかなぁ……。でもお父さんのことじゃなくても、私はよく泣くよ。悲しいことや辛いことがあった時は、家でいつも泣いてる。私、本当は全然強くないの……」

「そう、なんだ……」

「見た目では悩みなんてなさそうな女の子だけど……。ホントは、泣き虫な女の子なんだよ? ……それでも、最近はちっとも泣かなくなったんだよ? …………大翔くんがいてくれるから」

 美羽は、俺のことを好きだと、再確認させてくれる。

「大翔くんには、本当に感謝してる。受検票を拾ってくれたから、だけじゃないんだ。そりゃあ、きっかけはそれかもしれないけど。受検票がなかったら大翔くんに出会うことがなかったかもしれないけど。大翔くんは、本当に優しいから。本当に良い人だから。大翔くんと出会えて、本当に良かった……。私、すごく幸せ……」

 こんなことを言われては、とてもじゃないが別れ話なんて切り出せない。ごめん、美羽、ごめん。心の中で何度も呟く。言い出せないのは分かっているのに、言おう、言おうと焦る俺の目の前には……綺麗な夕焼け空が広がっていた。

「見て見て! これが、私の言ってた景色だよ。すごいでしょ〜? キレイ〜……」

 夕日がくっきりと見えて、真っ赤な空が目に映る。ぼんやりとほどよく光るオレンジ色は、今まで見てきたどんな景色よりも綺麗だった。心打たれるとはこのことだろうか。もし俺が画家だったなら、この目の前の風景を絵に写したいと思っていただろう。

「すげぇ……。夕方って、なんとなくテンション下がるけど……。夕日が、こんなに綺麗だなんて……」

「この場所だから、こんなに綺麗に見えるんだよ? とっておきの場所なんだから。ほら、こんな夕日を前にすると、自分は小さいんだな、まだまだだなーって思えてこない?」

「……ホントだな」

 この美麗な景色を前に、俺もその言葉に納得した。今、こんな綺麗な夕日を見ているカップルもいれば、一人寂しい夜を過ごす人だっている。たった今赤ちゃんが生まれたかと思えば、入れ違いにお年寄りが亡くなる。世界は周っている。一人一人の時間で。俺は俺の思ったようにすれば良い、俺は俺の人生を生きたら良い。そんなことを思う。美羽と別れて陽菜と付き合う。俺がそうしたいから、そうするんだ。そんな人生も良いだろう。でも今日は、やっぱり別れを告げるのはやめよう。こんな綺麗な夕日の前で、悲しいことなんて言いたくない。

「ロマンチックだよね〜…………キス、しよ?」

「…………ああ」

 唇をそっと合わせる。キスなんてもう何度もしてきたが、今日のキスはとても切なかった。

「…………帰ろっか?」

「ああ、そうだな。ありがと。すごい、良かったよ」

「いえいえ、どういたしまして!」


 日曜日。明日はクリスマスイヴで、美羽とデートをする日。美羽との、最後の日になる。俺はこの一日で決意を固めた。だが俺は、いざ別れ話を言うとなった時に心を保てるだろうか……。ちっとも自信がない。それでも、陽菜へ気持ちを伝えたいから。そのために、美羽と…………別れるんだ。辛い。辛いさ。避けれるなら避けて通りたいさ……。自分で勝手に苦しめてるだけだけど……本当に、辛い。

 今の俺の立場、何かに似ているなと思ったら、あの一年二組の映画と、気味が悪いくらいそっくりなんだ。俺は映画を見た後、ユウトは情けない、って思ってなかったっけ? じゃあ、今の俺はどうだ? 十分情けないじゃないか。情けないとか悲しいとか辛いとか、その立場になってみるまでわからないんだ。まだまだ未熟だな、俺は。


 美羽と別れる、そのことはカズヤン、そしてまえおっちに伝えた方が良いよな、と思った。特にまえおっちは、美羽のこと好きだったわけだし。まえおっち、怒るかな……勝手すぎるって。美羽との別れの前に、もう一つ大きな山を越えなければならない。

 まずはカズヤンにメールをする。

「カズヤン。実は美羽と別れることにしたんだ。他に好きな人が出来たから」

 送信。カズヤン、アイドルの美羽をフる俺を、わがままだと思うだろうか。最低な奴だと思うだろうか。少しして、返事が来る。

「お前、強いな……。あんなに可愛くて、しかも一度やった女と別れられるなんて。あ、まえおっちにも言えよ? お前のこと心配してたからさ」

 俺はメールを読んだ後、すぐに返事を打つ。

「わかってるよ、ありがとう。あと俺は、全然強くなんかないよ……。こんな俺と仲良くしてくれてありがとう。それじゃ、また休み明けに」

 そして、まえおっちにもメールを送る。

「まえおっち。話があるんだけど。実は美羽と別れることにしたんだ。他に好きな人が出来たから。ごめん」

 送信完了。ドキドキする。怒って返事が返ってこないのではないかと、気が気でない。しばらくして、着信音が鳴る。

「いちいち謝るなよ! お前が決めたことだろ? 誰と付き合っても俺は何も言わねえよ。それとこれだけは言っておくけどな、お前がどんなことをしようとも、俺はお前と付き合い方を変えねえからな。一生お前の友達でいるって決めたからな」

 ……っっ!!

「ありがとう。もう一回だけ……ごめん。それとありがとう」

 まえおっち、ありがとう。こんな心からわかってもらえる親友を持って、俺は幸せ者だ。

 カズヤンとまえおっちと。いつしかいるのが当たり前で、仲良くするのが当たり前だと思っていた。俺は、こんなに良い友達を持っているんだ。

 人間というものは、今ある日常生活に満足出来ない。常に何か欲望がつきまとう。本当は身近なところに幸せがあることにも気付かずに。もっと、色々なものを大切にしよう。一瞬一瞬に幸せを感じよう。そう、思った。

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