気持ちの向かう先
SIDE:夢
「私の夢はね、保育士になることなの」
「すげーなー。俺なんか夢すら持ってないよ……」
「でもね、保育士になるの、大変なんだ。ピアノも習わないといけないし、勉強もたくさんしなくちゃいけない。でも、小さい子が好きだから、頑張ろうって思うんだ」
「そうだな。今の時代、保育士になるのだって大変だよな。なってからだって、俺なんかが想像するよりもずっと大変だろう。でも、本当に辛い時は、やっぱり支えがいるよ。俺だってずっと辛い時はお前に支えてもらった。これから辛いことがあったら、俺でよければ、支えになってやるからさ」
「……そう言ってもらえて、とても嬉しい……。ありがとう……」
「俺の方がお礼を言いたいくらいさ。いつもは恥ずかしくて言えないけど、今までありがとう。これからもよろしくな」
SIDE:大翔
文化祭の次の日、美羽と遊園地へ行った。初めて見た美羽の私服姿は新鮮で、本当に可愛かった。その日は文化祭の疲れなど知らないくらい、一日中遊び回った。その次の日も、文化祭の振替で学校が休みだったので、ウィンドウショッピングをした。ずっと美羽といても全然飽きなくて。美羽と歩くのは嬉しくて。顔を見るとドキッとして。何の話をしても面白くて。美羽との時間を過ごせば過ごすほど、美羽の良さを知ることができた。
「美羽の夢ってさ、何なの?」
「夢……っていうか、何の職業につきたいかってこと? 私はねぇ……。笑わない?」
「笑わないって。約束する」
「ホントに? ……私、獣医さんになりたいんだぁ。動物が大好きなの。傷ついた動物達を、治してあげたい!!」
「スゲー……。俺なんか全然決まってないのに。いいな、夢があってさ。叶えてくれよ」
「うん……獣医さんにはホントになりたいけど……。でも、大翔くんのお嫁さんになるんだったら、夢も……捨てていいかな……なんて」
「お、おいおい! 嬉しいけどさぁ……冗談だろ?」
「結構マジなんですけど?」
他愛のない会話。美羽とのやりとり全てが、美しい。俺の初めての彼女、その人は、クラスはもちろん学年でも一番の人気者の美羽。学校に行けば美羽と会える。放課後は暗くなるまで美羽とおしゃべり。夜は遅くまで美羽とメール。そう、俺は端から見れば誰もが羨む、最高の生活を送っている。女の子と付き合うことがこんなに楽しいなんて。今は、今まで生きてきた中で、一番充実しているかもしれない。
それでも、望むものはやっぱりあるわけで。美羽と喋る。手をつなぐ。キスをする。俺は、その次を望むようになった。男なら誰でも夢見るものを。それを、あんな可愛い彼女と……。想像するだけでも楽しめそうだ。でも、告白されたあの日、美羽はエッチを目的で付き合うのは嫌、みたいに言ってたっけ。したい、なんて言ったら、拒絶されるだろうか。でも俺のことを本当に好いてくれてるし。好きな相手となら、やっぱりしたいよ。美羽と付き合ってから一週間が経った。美羽の家に行ったことはないし、俺の家に誘ったこともない。付き合って一週間でエッチなんて早いよな、と思いながらも、積極的にいってみよう、とも思った。
放課後薬局で、ある物を探す。それは三時間前、まえおっちとこんな会話があったからだ。
「……フジ、お前……もしかして、もうやったとか?」
「いや、まだだって。まだ一週間だし……」
「でも好き同士だったら早くてもおかしくないだろ。いいなぁ、美羽さまを犯すの? お前が? ふざけんな!!」
「お前も早く彼女見つけろって」
「ああーーー、お前一人童貞卒業か!? くっそーー!」
「まぁまぁ……」
「でもお前、ちゃんとアレ買っとけよ」
「あ、そうか。忘れてた」
「おいおい、必需品だろ?」
そして、今に至る。だがそれが薬局の中の、どこにあるのか分からない。まじまじと片っ端から商品を見ていくのも気が引けるので、ウロウロしながらさりげなく視線を凝らす。
「あ、あった……」
それは店の端っこの方にぽつんと置いてあった。これだと見落としてもおかしくないな。ようやく見つけたが、これだけを買うのはばつが悪いので、制汗剤や頭髪剤と一緒に買う。何故かそれを買う時は後ろめたい気分になってしまう。店員がニヤニヤしているのではないか、と疑う始末。
「ありがとうございました」
やけに値が張るそれを購入して俺は、早く活用する日が来ると良いな、と思った。
特に変わらない一週間を美羽と過ごす。俺は美羽と話している間、隙があればそういう話に持っていこうと、頭がいっぱいだった。自分から切り出すのは怖いし、かといって付け入るような話題は出るはずもなく。そんなこんなで、文化祭の日からちょうど二週間になる今日を迎える。今日も、美羽とデート。ウィンドウショッピングだ。市内に大きなショッピングモールがオープンしたので、そこに行くことになった。
電車で市内まで行く。電車の中はそこまで混んでなく、座る席は十分にあった。市内までは三十分程度かかる。
「ねぇ、大翔くん? ……悪いんだけど、肩借りていいかな……? 昨日あんまり寝てなくて……」
「い、いいよいいよ!」
「そんなに興奮しなくても〜!! でもありがと。じゃあ、遠慮なく……」
そう言って、美羽は俺の肩にもたれかかる。肩に美羽の熱を感じる。温かい。柔らかい。早く美羽としたい……その気持ちがまた高まってしまった。
「見て見て! もうクリスマスツリーが用意してあるよ!」
「そうかー、もうすぐクリスマスかぁ……」
クリスマスまであともう少し。でも俺の頭の中は、美羽とやりたい気持ちでいっぱいで、クリスマスなんてどうでもよかった。今日、初体験をするんだ。もう覚悟は決めた。
「……そろそろ出よっか?」
「そうだな。もう十分楽しんだよな」
色々商品を眺めて長い時間楽しんだ俺達は、ショッピングモールを後にする。ついにチャンスが来た。誘うなら今しかない。
「これからどうする? もう五時だから帰っても良いけど、もうちょっと一緒に居たいよねぇ」
「あ、あのさ! 俺の家に来ない?」
「大翔くんち?」
「そ、そう。今日はさ、妹が吹奏楽部で夜にコンサートをするんだ、だから父さんも母さんも家にいないから」
ここまで言えば、さすがの美羽もわかってくれるだろう。
「…………うん、いいよ」
ダメ元だったので、俺は少し驚いた。良かった、救われた。だがこれからが肝心。俺がしっかりリードしないと。
「……ホントにいいんだよね?」
家に着いてから、すぐに俺の部屋へ案内をした。部屋きれいにしてあるね、などと会話を少し交わす。だがすぐに、無音の間が続く。お互い緊張しているのが分かった。そして焦る俺は、そう聞いてみたのだった。
「うん、大翔くんとなら私…………いいよ」
改めて、了承を得る。家にまで呼んで拒絶されたらどうしようかと思った。心臓がバクバクしてくる。……美羽と。これから起こる出来事を想像して俺は、自分を保ってなどいられなかった。
「それじゃ、大翔くん……バイバイ」
「ああ、バイバイ」
お別れのキスをする。お互いに照れていて、目を合わせられない。そう、つい先程まで一つになっていたことを思い出してしまうから。
かつてこれほどの快楽があっただろうか。何度しても飽きないだろう、と思ってしまう。処女の美羽はものすごく痛がっていたし、俺も経験がないのでぎこちないものだったが、美羽と一つになった、それだけで俺のモノは絶頂に達した。言葉では言い表せないくらい、友達全員にやったよ、と自慢したいくらい、俺は気分が良かった。
SIDE:美羽
……大翔くんと、してしまった。初体験。想像以上に痛かった。今でも痛い。大翔くんは気持ち良さそうだったけど、私は痛いだけで気持ち良くはなかった。でも、大翔くんと一つになれた。とってもとっても嬉しい。……エッチなんて嫌だったけど、大翔くんがしたいって言うんなら、またしてもいい。本当に本当に好きなんだから! 大翔くんに私の裸見られるのも恥ずかしかったケド……。でも、良い気分だなぁ。恋することがこんなに楽しいなんて。私の彼氏の藤城大翔くん。大好きだよ!
SIDE:大翔
美羽と別れて二時間は経つというのに、疲れが取れない。終えた後がこんなにキツイなんてな。今日は早めに寝ようと思い、布団に入ってまぶたを閉じる。
SIDE:夢
「ずっと好きでした!! 付き合って、下さい!!!」
SIDE:大翔
朝、ガバッと飛び起きる。変な夢を見た。胸がドキドキしている。どうしたんだろう、陽菜に告白された夢を見た。そういえば最近は毎日夢を見ている。それに、毎回夢に陽菜が出てきていた気がする。
陽菜からの告白。なにか、心の中にもやもやしたものがあった。何か忘れているというか……もどかしくて、嫌な気分だった。
「おはよー」
「……お、おっす……」
教室に入り、陽菜に挨拶をされる。別にいつもの事だが、今日はあんな夢を見たので、ついつい意識をしてしまう。
「あの、大翔くん。今日の放課後……空いてる?」
「きょ、今日の放課後……? ええと……」
今日は塾があり、美羽とデートはしないから、少しくらいなら時間も大丈夫だろう。
「い、いいよ。部活は大丈夫?」
「うん、今日は珍しく休みなの。……それじゃあ放課後、教室で待っててね」
「わかった」
陽菜からのお誘い。もしかしてあの夢が正夢で、本当に告白をされるのだろうか。でもごめん陽菜。俺には美羽という素敵な彼女がいてな。この際だから、陽菜にも言っておこうと思った。
まだ少し胸がドキドキしている。あの夢のせいだ。授業中も、気を抜くと右斜め前の陽菜の方ばかり見つめている。休憩時間も、美羽やまえおっちとカズヤンと話をするが、やはりどこかで陽菜のことを考えてしまう。陽菜とは家が近い同年代ということで、よく遊んだ。兄妹、とまではいかないが、本当に親しい関係だった。陽菜がいるのが当たり前だったので、意識をしたことはなかったが、陽菜は可愛い。内気な性格が邪魔するだけで、彼氏の一人や二人いてもおかしくはないと思う。でも陽菜に彼氏……あまり想像がつかないな。彼氏がいたら、と思うと少しそわそわする。いや、俺にも素敵な彼女がいるのだから、陽菜にも素敵な彼氏を見つけて欲しい……そう思った。
「……あの、竹内さん。本当に悪いんですけど、さっきの授業のプリント貸して貰えませんか?」
「いいよ。どうしたの?」
「ぐっすり眠っちゃってさぁ。どうも現国は眠くてしょうがないんだよね」
「そうだよねー。はい、これプリント」
「ありがと〜! 本当にすいません!」
陽菜が山下にプリントを貸す。陽菜は優しい。それ故にこういったことはよくある。宿題を見せてくれだとか、物を貸してくれだとか。クラスに一人こういう真面目で良い奴がいれば、かなり便利だ。悪い言い方をすれば、「困った時に使える道具」に出来るから。だが陽菜の場合はそこまで思われてはいない。自分から進んで輪に入ることこそしないものの、人付き合いは悪くないし、何よりも人が良い。皆それを知っているから、いたずらに貸してとは言わない。本当に困った時だけ陽菜に頼る。山下だってそこらへんのことはよく分かっているだろう。……まあそれでも結局陽菜は損をしているのだが、陽菜にとって優しさは永遠のテーマらしく、以前、
「お前、人に優しくしすぎだよ。色々損してるぞ?」
と言ってみたところ、
「やっぱり、人に優しくされたら嬉しいし。だから私も、少しでも人に優しくしたいなって思ってるの」
なんてすごい言葉が返ってきた覚えがある。陽菜は天使のように優しい。俺も、その優しさに昔から甘えていた気がする。
「どうしたの?」
美羽にそう言われて、我に返る。美羽との会話中だったにも関わらず、陽菜のことを見つめていた俺。隣にいるこんな可愛い彼女に、何の不満があるというのだろう。
「美羽、好き」
「きゅ、急にそんなこと……。私も大好きだから」
お互いに目をつむり、キス……といきたいところだったが、教室の中なのでそれはやめておいた。美羽は可愛い。それに積極的にリードをしてくれるから、すごく楽に付き合える。そんな美羽が、俺は好きだ。でも、文化祭の頃よりはほんの少しだけ、気持ちが薄れているような気もした。
放課後。教室はまだ掃除中だった。教室の掃除当番は、陽菜の班だ。なので、終わるまで待つ。
「あれ、今日は美羽さまと一緒じゃねーの?」
「ああ、今日は俺、塾だから」
「そっか。楽しくやってるみたいだなぁ。いいなぁ。大事にしろよ?」
「そんなの、百も承知だって」
陽菜と同じ班のまえおっちと会話をする。だが、俺と少し話をしていただけなのに、
「前岡くん! ちゃんと掃除しようよ〜」
と女子に言われる。所詮、まえおっちと少しでも何か話をしたいから注意しているだけなのだろう。男の俺から見てもカッコイイと思えるまえおっち。ワックスベタベタな髪も似合ってますよ。
石崎先生からのOKが出て、教室の掃除が終わる。陽菜の班の人が教室を出るまで待つ。最後に教室を出たまえおっちと別れの挨拶をした後、陽菜に向き直る。
「どしたの、陽菜?」
「大したことじゃないんだけど。CDショップに付き合ってほしいの」
「CDショップ? いいよ別に」
興高を出て、家までの帰り道の途中にあるCDショップへ寄る。てっきり告白かと思って緊張気味だった俺は、少し拍子抜けした。そりゃ、告白なんてあるわけないよな。でもCDか。そういえば陽菜って音楽とか結構聴いてたよな。どっちかというとロックよりもバラード好きな俺とも、よく話が合っていたし。
「大翔くんがよく聴いてるって言ってたアーティストなんだけど」
「ああ、あれね。最近かなり売れ出してきたよな」
「うん、それでクラスでもよく話題になるから、聴いておこうって思ったの」
陽菜も、皆の話題についていこうと頑張っているんだな。だがこんなことはほんの一部でしかない。陽菜は色々なことを陰でものすごい努力をしているに違いない。本当に関心する。
「今ヒットしてる曲が入っているやつは、このアルバムだな。こっちの方もオススメ」
アルバムを二つ推薦する。このアーティストは基本的にバラードだから、陽菜でも大丈夫だろう。陽菜は俺の勧め通り、そのアルバムを買う。
「ありがとう。ごめんね、無理言って」
「いやいや、陽菜とのデート、楽しかったよ」
「で、デートなんて……」
「まあそう照れるなって。そういえばな、陽菜。俺さ、美羽……吉村と付き合ってるんだ」
「え!? 吉村さんと……!?」
驚いた表情をする陽菜。学年のアイドルである美羽と、何のとりえもない俺が付き合っていると言うのだから、驚くのも当然なのかもしれない。
「そ……そう、なんだ……」
落胆気味の返事をする陽菜。
「吉村から好きって言われてさ。文化祭の日からなんだけどね」
「……そうだよね……吉村さん、すごい可愛いもんね……」
「俺に先を越されたのが悔しい? まあ陽菜も、良い彼氏見つけろって。お前に合う人、絶対いるからさ」
「う……うん…………」
家に帰るまで陽菜はどこか俯き加減だった。家の前で別れる時、ふと陽菜の顔を見た。その時にかすかに見えた頬を伝っていた涙が、とても気になった。
翌日、目覚めは良かった。毎日見ていた夢も見なかった。ただ、起きてすぐに陽菜の顔が浮かんだ。陽菜のことがどうにも気にかかる。学校に行っても、ぼんやりと陽菜の顔を見ながら授業を聞く。陽菜は、何で泣いていたんだろうか。何か、ショックなことでもあったのか? 陽菜のことばかりを考える。放課後、美羽とのデートも少し上の空で。美羽に申し訳ないな、と思った。
次の日。授業を終え、掃除も終わった時に、カズヤンが走ってやってきた。
「おいフジフジ! 大ニュース!! さっき聞いたんだけどさぁ。三組に高森っているじゃん? あのちょっと調子に乗ってる奴。あいつがさぁ、なんと昨日竹内に告ったらしいよ!!」
「え……ホントか!?」
カズヤンの話を聞くやいなや、俺は我も忘れて走り出していた。竹内……陽菜を探す。今日は部活の日のはず。部室に行く途中か? ……いた!!
「おい、陽菜!!」
「え、大翔くん? どうしたの?」
「お前、高森に告られたって、ホントか??」
「え……? そ、そうだけど……」
やっぱり本当だったのか。焦る俺はすぐに問う。
「それで……それで、OKしたのか!?」
「う、ううん、してないけど……」
「……そっか…………」
はぁ、良かった。安心した。陽菜が告られるなんて、ビックリした。
「ど、どうしたの……?」
「え…………? いや、別に……」
そうだ……俺はどうしたのだろう。陽菜が誰と付き合おうと、全然関係ないはずじゃないか。むしろ、応援するべきなのに。何をほっとしているんだ? 我も忘れて、走ってここまで来て、こんなことを聞いて。少し、熱を冷ました方がいいかな。そうだ、ここ最近の俺はどうかしていた。
「ごめん……なんか自分でもよくわからないや……。ごめん。じゃあ部活、頑張ってな」
「……う、うん、ありがと」
陽菜と別れて、校門へと向かう。
「おーい、大翔くん!」
「美羽……」
「今帰り? 今日塾だったよねぇ。サボって、買い物に付き合ってくれない??」
陽菜には陽菜の人生があり、俺には俺の人生がある。そして俺には今、こんな可愛い彼女がいる。美羽は俺の彼女でいてくれる。
「いいよ。朝まで付き合うぜ!」
今まで下がり気味だった分、今日は無理にでもテンションを上げよう。目の前の、美羽を大事にしよう。俺はそう思…………えなかった。
「大翔くん……無理してるの?」
「え!? なんで? 無理なんて、してないよ」
「そ、そう? なら良いんだけど……。なんか無理にテンションを上げてるっていうかさ……」
「そ、そうかな……」
「疲れてるんじゃない? ホントごめんね、付き合わせちゃって。無理だけは絶対しないでね?」
「ああ……大丈夫だって!」
……顔に出ているのだろうか。考えていることは確かに、陽菜のことだ。美羽を通して、俺は陽菜を見ている。ふと気がつくと、美羽と陽菜の比較までしていた。ロングヘアの美羽、ショートヘアの陽菜。積極的にガンガンリードをする美羽、内気であまり喋らない陽菜。俺は美羽と付き合っている。美羽の彼氏だ。美羽だって、俺のことを本当に好きでいてくれている。それなのに、俺は……。
美羽への気持ちと陽菜への気持ちが入り混じって俺を混乱させる。美羽より陽菜が好きだっていうのか? そりゃあ陽菜は幼い頃からの付き合いだから、美羽のことよりもよく知っている。でもこんなに俺のことを好きでいてくれる、こんなに可愛くて優しい美羽よりも、陽菜のことが気になるのか? わからない。何度も自問自答をする。
「今日はホントに帰った方がいいって! 表面ではテンション高いくせにすごい沈んでるよ? またデート、誘うからさっ!」
「ああ……わりぃ……」
今日はどうも気分が悪い。こんな気分では美羽に迷惑をかけると思ったので、今日は遠慮なく帰ることにした。
SIDE:美羽
大翔くん、どうしたのかなぁ……。何かを考えている感じだったけど、なんか嫌なことでもあったのかな。大翔くんが落ち込んでると、私まで落ち込んでくるよ……。大翔くん、早く機嫌治して楽しく過ごそうね! …………あ、もしかして、あれが原因なのかな……。大翔くんも、さすがに二回目をせがむのは恥ずかしいと思うし、私から言った方がいいのかも。痛いけど、大翔くんとの愛の証だし……。は、恥ずかしいよう。そっか、大翔くんそれで不機嫌だったのかぁ。ごめんね、気がつかなくって。私が、元気づけてあげないと……。そうだ、クリスマスにしよう。大翔くん、喜んでくれるかなぁ。くれるよね? 私の初めての人。初恋が実って、本当に良かった。神様、感謝しています。
SIDE:大翔
それから俺は、陽菜のことしか考えていなかった。陽菜をずっと見つめていたかった。陽菜の行動一つ一つを見逃したくなかった。陽菜のことが気になる。これは紛れもなく恋なのだろう。美羽がいるってわかっていながら、心の底では陽菜のことを想ってしまう。
最近では全然見なくなった夢。今思うと、毎日見ていたあの夢は、やはり昔の陽菜とのやりとりだった。俺は昔から、何度も何度も陽菜に支えられて、救われてきたんだ。どうして忘れていたのだろう。陽菜がいたから俺は、ここまで来れたんだ。幼馴染だから、身近にいたから、自分の「好き」という気持ちがわからなかった。俺は本当に情けない奴だ。
陽菜には、これからも恩返しをたくさんしなければならない。いや、その前に俺の気持ちに整理をつけないといけない。もう俺の気持ちは決まりつつあった。美羽と陽菜。やっぱり、陽菜が好きだ。ただ、陽菜は俺のことを好きなのだろうか。それだけが気にかかる。
「大翔くん、あのアルバム、良い曲ばっかりだったよ! 本当にありがと〜」
「いやいや、気にするなって」
陽菜とのささいな会話さえも嬉しい。今までこんなことを思ったことがあっただろうか。陽菜がいて当たり前の人生だと思っていたはずだ。俺は、何を勘違いしていたのだろう。陽菜がいてこその人生ではないか。陽菜が好き――そう想う時は、後ろめたいながらも心地良い気分だった。