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両想い

 視聴覚室で先生以外の全員が出て行くのを確認して、少し駆け足気味で教室に戻る。

吉村からの呼び出し。期待が広がるのと同時に、冷静さを保てないほど緊張している。

 ガラガラッ。ゆっくりとドアを開ける。

「あ、藤城くん。ごめんね、突然呼び出しちゃって」

「いや、いいよいいよ。どうせ予定ないし」

「ありがと」

 ……………………。短い沈黙が流れる。たった少しの間でも、息が詰まりそうになる。俺に何か言いたいことがあるのか? どうして俺に? まえおっちの告白を断ったときは、「好きな人がいるから」って? その好きな人っていうのは、俺なのか? 胸はドキドキ、頭はグルグルしている。

「改めて、お礼を言うね。文化祭の出し物、私が勝手に決めちゃったじゃない? 『私だけ』大変なら全然構わないんだけど、綾香ちゃんや藤城くん、クラスの皆にも大変な思いをさせちゃって……」

「そんなの、良いんだって。皆楽しんでやってたじゃん。映画撮影って、俺らも楽しかったし、当日も客いっぱい来ると思うよ」

「……ありがと。そう言ってもらえると嬉しいー……。実はあのストーリーね、ほとんどお姉ちゃんが考えてくれたんだー」

「へぇ、すごいね……。でもなんかホントに切なかったよね……」

「うん、私も初めて読んだとき、ユキに共感しちゃってさー……」

「でも、ユウトはやっぱりちょっと情けないよな。初めからミカのこと好きだって言っておけばよかったのに」

「うーん……後から気づいたからさぁ。ユキのことだって気になってたわけだし」

「でもなぁ……。あ、そういえばあのシーンで映ってた佐藤、画面に入りきらなくて体半分切れてたよな」

「そうそう! あれはちょっと可哀想だったよねー」

 映画のことについて、盛り上がる。なんだ? 結局吉村は、俺と雑談がしたかっただけなのだろうか。

「それじゃあ、映画のお話はこれくらいにして……」

 と、吉村が話題を変える。これからが本題なのだろう。急に心臓の鼓動が速くなる。

「私のつまんない長話、聞いてくれる?」

「ど、どうぞどうぞ」

「ありがと。こんな話、誰にもしたことないんだけどね……。んー、まあなんていうか、恋話、みたいな」

 来た! ……と思ったが、どうやら吉村の過去の話のようだった。


「私……ごめん、自慢じゃないんだけど、中学生の時、二十人くらいに告白されたの」

 急に深刻な顔をし、そう話し出す吉村。

「一番初めに告白された時は、すごく嬉しかった。気持ちが舞い上がって、OKしようかと思った。でも、ふと気になって、『私のどこがいいの?』って聞いてみたの。そしたら、『可愛いから』って言われてさ。なぜか、気になったの。そりゃあ、可愛いって言われたら嬉しいけど。でも、『顔が可愛い』から好きなの? 内面はどうでも良いの? って思っちゃって……」

「へぇ。じょ、女子は、顔が可愛いから好きって言われるの、嫌なんだね」

 緊張して棒読み風に言ってしまう。こんなことを話すなんて、恐らく告白の前ぶれだろう……などと都合の良い解釈をしてしまう。

「他の子はわかんないけど……少なくとも私はそう思ってるの。その人からの告白、ちょっと残念かなって思ったけど、断ったんだ。でもそれからは何人にも告白されて。その度に『どこがいいの?』って聞いたら、全員、『可愛いから』って。十人目くらいかな、『可愛い』って言われてから、なんか私、男子のこと、嫌な風に思うようになっちゃったの。ううん、違う。私に告白してくる男子は、何か、嫌な感じがするの」

「い、嫌な感じって?」

「その、男子ってさ……彼女作って、その……………………エッチなこと……したいんでしょ……? 十人も告白されたら、もうなんとなくそういうのがわかってきてさ……。この子、私と…………エッチしたいんだろうなって。顔が良ければなんでもいいのかなって。じゃあこの顔とこの体だったら、すごい性格が悪くても良いってことでしょ? もっと内面を見てよ……って、思ったの」

「そ、そうなんだ……」

「私、今まで男子を好きになったことなかったんだー……。なんて、そんなこと言ったら女子には妬まれちゃうけどね。でもね、私が高校に入学してから、ううん、厳密には入学する直前に、好きな人が出来たの!」

「へ、へぇ……」

「興高の受検の日……。私、試験のことで頭がいっぱいだったんだー。だから、行く途中に受検票を落としちゃってたのも、全然気づかなくて。私、危うく受検出来ないところだったんだよ?」

 ……それって、もしかして……。

「私が受検会場の教室に入った時、受検票がないのに気がついてね。鞄の中を必死に探したんだけど、どこにもないの。それですごい焦ってたら、どこの中学かの男子が、『これ、落ちてたよ』って、受検票を渡してくれたんだ。偶然、拾ってくれたその人と同じ受検会場だったの。その人の話によると、私の受検票、行く時の電車に落ちてたんだってさ。そりゃあ鞄を探しても見つかるわけないよね。ホントに偶然、その人も同じ電車に乗ってて。あと一歩で、受検票は終点で回収されるまでその電車に乗ってるところだったんだよ」

 ああ、やっぱりな……。あの時の、吉村だったのか……。

「覚えてる? その受検票を拾ってくれた人、藤城くんなんだよ?」

「ははは、覚えてくれて嬉しいよ」

 ん……? 俺はなんて返事をしただろうか。何を言ったのか忘れた。もう一秒前の記憶すらない。それくらい頭がついて来ない。

「すごい運命的なものを感じた。クラスも一緒になったし、私、入学してから藤城くんのことずっと見てた。誰にでも優しくするし、自分のことよりまず第一に相手のことを考える、すごくお人好しな人。私、藤城くんの虜になってたぁ……」

「…………」

 まさかとは思っていたが……本当に俺のことが好きだったなんて……。

「私、生まれて初めて恋をしたかなー。もう毎日藤城くんのことで頭がいっぱい。いつ気持ちを伝えようか、告白するの、迷惑じゃないかな。そんなこと、たくさん考えてきた。でも、今日思い切って言うね。藤城くん、私、あなたのことが好きです。付き合って……下さい」

「……………………」

 告白……されてしまった。あの、吉村に。学年のアイドル、吉村に。俺なんかが、告白されてしまった。

「……………………」

「……………………」

 すぐに返事をしなかったので、重い空気が流れる。これ以上待たせるのは吉村も、精神的にキツイだろう。告白をして返事がなかなか来なかったら、それは心苦しいに違いない。返事をしないと、早くしないと。何か言わないと。でも頭が全然回らない。いいよ、って言えばいいのか? 俺も好きだよって? 言葉が喉から出てこない。早く何か返事をしないと。気持ちが焦る。

「ぁ…………」

「あのさ!」

 俺が何かを言おうとした時、吉村が割って出た。

「い、今すぐじゃ、そりゃあ藤城くんも気持ちの整理がついてないよね……! ごめん!

返事は……文化祭の日でいいから……当日、一緒に周ろ! って声かけるから……その時

に、返事を……下さい……」

 吉村が頑張って言葉を絞り出している。ああ、今すぐの返事は確かに無理だ。もちろん俺の返事はOKなのに、緊張しすぎてもう言葉が出せないどころか身動き一つ出来ない。だから、その吉村の言葉を貰うことにした。

「…………わかった。その時までに、考えてくるよ」

 苦し紛れにそう言うのが精一杯だった。

「う、うん! いきなりこんなこと言って、ホントにごめんね……。そ、それじゃあ私、用事があるから帰るね! バイバイ!」

 吉村はそう言ってそそくさと教室を後にする。俺はその場でじっと立ち尽くしていた。先ほどの告白が夢なのではないかと思っていた。吉村からの告白……徐々に現実味を帯びてきて、俺は天にも昇りたい気分だった。


SIDE:美羽

「き、緊張したぁ〜…………」

 でも、すっきりした。ようやく私の気持ちを伝えた。返事は、四日後だけど。

「藤城くん、OKしてくれる……かなぁ?」

 正直、不安……。でも、気持ちはいつか絶対伝えようって思ってたし。ああ、でも駄目だったらショックで学校来れないかも……。私、みっともないかな。撮影のラストシーンの時だって、藤城くんと手をつないだだけですごくドキドキしたし……。もう頭の中はホントに藤城くんでいっぱい。カッコイイ藤城くん。超優しい藤城くん。思いやりのある藤城くん。すごく良い人の藤城くん。

「はぁ、それにしても私、少し喋りすぎたかなぁ……。告白の時って、女子からあんなにベラベラ喋ってムードを作るもんじゃないよね……。でも私、なんていうか、リードする方がどっちかというと好きだし……」

 でも、やっと言えたから。あとは、返事を待つだけだから。

 ……藤城くんが、OKしてくれますように。


SIDE:大翔

 夕方の六時。俺は教室を出る。ついさっきまで、ここで吉村と二人きりだった。そしてここで吉村に告白された。吉村が、俺のことを好き。そう思うだけで、口元がにやけてしまう。

「よし、文化祭……一緒に周るぞ!」

 そう考えながら校門を出ようとした時、陽菜に会った。

「おお、陽菜。部活終わったのか。お疲れ〜」

「大翔くん! どうしたの? こんな時間まで」

「いや、ちょっとな……」

 思い出して、またにやにやしてしまう。いかんな。

 陽菜の顔をチラッと見る。当然吉村の方が可愛いよな、と、なんとも失礼なことを思った。そしてふと目につくのはロングヘアの吉村とは対照的な陽菜のショートヘア。

「ど、どうしたの? 私の顔なんかじっと見て……」

「いやいや、やっぱり陽菜はショートが似合うよな〜なんて思ってたんだよ」

「え!? ……あ、ありがとぅ……」

 ――陽菜、俺、彼女が出来たんだ。そう言おうかと迷ったが、まだOKとは言っていないし、また今度でも良いよな、と思った。吉村の彼氏。クラス中の男子が望む地位。妬まれるのは怖い。でも、吉村と付き合えるのなら……。陽菜との会話は上の空で、吉村と付き合えることへの喜びを噛み締めていた。


SIDE:夢

「俺、興高受けるのやめるわ……」

「え!? どうして!?」

「模試で、普通科C判定でさ……。もう受検まで、五ヶ月くらいしかないし……。レベル下げようかなって。一緒の高校に行こうぜって言ったけど、ごめんな」

「諦めちゃだめだよ! 辛い事があっても頑張ろうって、私に言ってくれたじゃない! 私、あの言葉がどれだけ支えになってることか……。頑張ろうよ! 諦めないで!!」

「私立は……どうしてもお金かかるからさ、親を困らせたくないんだよ……。だから、どうしても公立に……」

「まだ五ヶ月もあるよ!? 私だって、不安なの……。ちょっとでも気を抜くと、落ちるかもしれないってすごい嫌な気分になるの……。でも、もうちょっと頑張ってみようって、勉強してるんだから……」

「お前は……俺よりも勉強が出来るじゃないか……」

「そんなの、関係ないじゃない! 私より、頑張ったらいいじゃない! 無理無理って弱音を吐くところなんて、見たくないよ……」

「っ……。…………そっか……。結果が悪くて、マイナスな方にばっかり考えていたかもな……。ありがとう、俺、やっぱり頑張ってみる」

「うん! 頑張って行こうね…………一緒の高校に」


SIDE:大翔

 水曜日、木曜日、そして文化祭前日の金曜日と、時間は流れていく。文化祭の準備は、教室内で流すビデオの設置や飾りつけのみになっていたので、呑気なものだった。俺は大役をこなした為、もう仕事のオファーは一切来なかった。ここ三日間、俺はずっとボケーっとしていた。文化祭当日、吉村に返事をするのが待ち遠しいというのもあったし、なによりも、やはり吉村に好かれている、という事実は俺を惰性のように過ごさせる十分な理由だった。この三日間はずっと吉村のことを見ていたし、頭の中ではほぼ一日中吉村のことを考えていた。授業なんか頭に入りやしない。週三日通っている塾も、二回サボる程だった。本当に重症だ。恋の破壊力はすさまじいんだな、と実感した。

 あれから吉村とは話していない。以前も俺からは話しかけなかったし、吉村自身もやはり俺のことを意識しているようだ。どうやら文化祭当日まで吉村と関わることはないらしい。一日でも早く吉村と話をしたい。明日は文化祭、興奮する俺は布団に入っても全然寝付けなかった。しょうがないので、起きて吉村のことを考える。そうしながら、夜が明けるのを待った。


 うたた寝を何回かしたが、ぐっすりとは眠れなかった。気付けば、もう朝を迎えている。

 今日は全校生徒が待ち望んだ日、そう、文化祭だ。眠気は取れないが、俺は元気だった。焦る心と踊る心。早く学校へ行きたい。いつもより早めに家を出て、俺は吉村の待つ、興高へと向かう。


「店番はちゃんと決めていたよな。それ以外の奴は、三時まで完全に自由だ。誰とどのクラスに周ってもいい。もちろん、買い食いもOKだからな。昼飯は各自に任せるぞ。九時開始だから、それまでは教室にいてくれ。ほい、それじゃあ楽しめよ」

 石崎先生が簡単に連絡事項を説明する。クラスの奴らはだいたい、男子なら男子、女子なら女子と、少人数のグループがいくつも出来ている。カップルで周る奴なんて、このクラスにはいない。文化祭で初デートなんて、良い見せ物だ。でも、吉村といられるなら、どんな視線だって痛くないさ。と、そんなことを考えながら九時を待つ。時間が経つたびに胸が高鳴る。落ち着け、「俺でよければ、喜んで」って言うだけだ。緊張していても、それくらいは言えるはず。落ち着け、俺。


SIDE:美羽

 八時五十七分……。もう少し。ドキドキする……。落ち着け、私。藤城くん、絶対OKしてくれるはずだから! 緊張する。三分間、冷静な自分を保つので精一杯だった。そして、時計の針が九時をさす。クラスの皆が一斉に教室を飛び出していく。教室に人が少なくなった、今がチャンス。藤城くんに近寄り、私は声をかけた。

「あの……藤城くん、一緒に……周ろ……?」

 ついに言ってしまった。お願い、藤城くん、お願い! OKって言って下さい!

「…………俺でよければ、喜んで」

 ――今日は楽しい一日にしようね! 私は、そう思った。


SIDE:大翔

 吉村を隣に、教室を出る。店番の奴に見られてしまったけど、まあいいや。どうせばれることだし。それよりも。吉村が隣にいる、それだけで胸が熱くなる。こういう時って、手をつなげば良いのだろうか。いきなり手は、早すぎるだろうか。おろおろと狼狽していると、

「手……つなご?」

 と、吉村が言ってきた。こういう時は、男の俺がリードするもんだよな……。情けない、と反省する。俺は吉村の右手をそっと握る。少し冷たかった。吉村と手をつなぐ。吉村の体温を手に感じ、これ以上ないほどの優越感と満足感を味わった。


「うわー……さすが三年生、手が込んでるよね〜」

「ホントだな……。出来れば、入りたくないんだけど」

「私だって怖いんだから。藤城くんに抱きつこうかと思ってるんだから、そんな頼りないこと言わないでよ〜」

 三年六組主催のお化け屋敷を目の前に、そんな会話をする。受験間近の三年生だが、文化祭には参加する。センター試験目前のこの時期に文化祭で出し物をするあたりが、なんとも余裕が伺える。いや、というよりも、文化祭の計画や準備やそういったものが息抜きになって、実際のところ良いのかもしれない。

「それじゃあ、入るかぁ〜……」

 覚悟を決めて入る。入った途端、冷たい空気が肌に触れた。クーラーでも効かしてあるのだろうか。それに、妙に静かだ。こんな雰囲気で脅かされたら、そりゃあびっくりするだろう。

「オーーーーーーン!!!」

「キャーー!!」

 掃除ロッカーからいきなり飛び出してくる。ありがちなパターンだが、正直俺も驚いた。掃除ロッカーを目立たない位置に置いてあるのがネックだ。よく考えてある。その後もベタな物から手の込んだ仕掛けまでバラエティ豊富で、かなり怖かった。吉村は終始キャーキャー言っていた。

「……抱きついてこなかったな」

「え? 抱きついてほしかった??」

「い、いや〜……なんというか……」

「もう、しょうがないなぁ」

 吉村はそう言いながら、俺に体を近づけ、そっと腕を背中に回してくる。柔らかい、吉村の体。吉村はすぐに体を離して、

「えへへ。満足??」

 そんなことを言う。もちろん、大満足だ。証拠に、俺の下半身が反応している。収まるまで、俺は少し前屈みになって歩く不審者になってしまった。

 その後はクレープを奢ってあげて一緒に食べたり、ゲーム店で遊んだり、体育館で吹奏楽部の演奏を聴いたり、茶華道部や写真部の展示を見たり。そうこうしているうちに昼飯時になったので、良い空き場所はないかと探す。

「あ、あそこの教室、使ってなさげ〜」

「あそこは……生物教室か。誰もいない今のうちだな。皆場所を求めて、ここも探しに来るはずだから。鍵閉めとけば入って来ないだろう」

 ありがたく、生物教室を借りる。先ほど調達してきた、焼きそばとカレーライス。机で向かい合って、二人で食べる。

「吉村と文化祭一緒に周れるなんて、夢みたいだ」

 そんなことを言ってみる。

「私だってですよ! 不束な彼女ですが」

「とんでもない! 吉村は最高の彼女さ」

「えへへ、ありがと〜。……あのさ、お互い苗字で呼ぶの……やめない? 大翔くんって呼んでいいでしょ? 私のことも、み・うって呼んで……いいよ」

 もう下の名前で呼び合うのか。すごく恥ずかしいな。でも、確かにカップルで苗字で呼び合うのは何か不自然な気がするもんな。

「わかったよ、美羽」

「大翔くん」

「美羽」

「大翔くん」

「美羽」

 無意味に何度も下の名前で呼び合う。なんて恥ずかしいことをしているのだろう。でも、こんな小さなやり取りが楽しい、嬉しい。美羽が好き。誰かを好きになると、周りのことなど見えなくなるらしい。実際今の俺の視野には、美羽以外の誰も映らない。

 昼飯を食べ終えた後も、色んなクラスを周った。時間も程よいくらいになり、最後の出し物、一年二組の映画を見ることにした。

「そういえばこの映画、なんていうタイトルだっけ?」

「タイトルも知らずに主人公やってたの?? あはは、大翔くんらしい〜。……って言っても良い題名決まらなかったから、『ナモナキラブストーリー』なんだけどね」

「はは……なるほど」

 一年二組の教室に入る。二人で一緒に入ったので、当然店番の奴が凝視してきた。店番はというと、カズヤンとまえおっちだった。

「おおー、フジじゃん〜。自分の映画見に来るとはねぇ。しかも、美羽さま付きで」

「俺達付き合うことにしたんだよ」

「見れば分かるって。お似合いだしなー。良いなぁフジは彼女が出来て」

 まえおっち、怒るかと思っていたが、全然そんなことはなかった。確かに、誰と付き合おうと俺の自由だしな。本当によく分かる、良い友達だ。

「ああ、客としてこの映画を見るなんて、不思議な気分だよな」

「ホントホント。それに私たち、主役同士だよ?」

「思い起こせば苦労の数々……」

「大翔くんは、ホントに頑張ってたよ。家でもすごく練習してたんでしょ?」

「ははっ……バレてたのね……。お、さあ、始まるぜ」

「うん。緊張するね〜……」

 そうして俺達は、俺達の作り上げた、短いけど壮大な物語を鑑賞した。


「はぁ……。やっぱり、しこりの残る、悲しい終わり方だよね……」

「ああ……ユキはホントに救われないな……可哀想」

「切ない、というよりは痛いストーリーだったかなぁ」

「まあ良いんでねーの? 役やるのだって、それなりに楽しかったし」

 映画の感想を言い合っているうちに、時計は三時を周る。皆ぞろぞろと教室に帰ってくる。しばらくして石崎先生もやって来て、

「月曜日は休みだからなー。あとは特になしだ。それじゃあ、片付けよう」

 そう言ってHRを終わらせた。後片付けは、店番にならなかった人達の仕事だ。俺と美羽も後片付け役だ。

「結構人来てたよなー」

「まあ映画とかやってたの、俺らのクラスだけだったしな」

「それに映画見てる途中で、出ていった奴とかいなかったぜ?」

 そんな会話が聞こえてくる。案外人気あったのかな。良かった良かった。

「大翔くん、あとはこのスクリーンを視聴覚教室に返してきたら終わりっす! 一緒に行こ?」

「ああ、いいよ」

 美羽に誘われる。一人でも十分持てる重さなのだが、そんなことは関係ない。早く片づけを終わらせて、美羽と一緒にいたい。スクリーンは俺が持ち、美羽と雑談をしながら視聴覚教室へ向かう。スクリーンを収めると、美羽が、

「ここ、座ろ?」

 そう言って視聴覚教室の座席に座り、俺を手招きする。

「よっこいせ〜。あ〜、疲れたな」

「うん。今日は、ホントに楽しかったよ! ありがとね」

「いやいやいや、俺だって楽しかったよ。美羽と一緒にいられて」

「そんなこと……恥ずかしいよ……。でも、嬉しい……。私、ずっとずっと大翔くんのこと好きだったんだよ?」

「……俺も、美羽のこと、見てた。俺だって嬉しいよ。今も胸がドキドキいってる。俺が美羽の彼氏だなんて、信じられないよ」

「よかったぁー……両想いで。いっぱい、仲良くしようね」

「ああ。楽しい思い出、たくさん作ろうな」

 自然に、お互いの体を寄せる。香水の匂いの奥から、美羽の香りがする。女の子の、甘い香り。すらっと長い綺麗な髪。形の良い顔の輪郭。そして、ふっくらとした唇。

 お互いに目をつむる。こういう時って、やっぱり俺からだよな。美羽は目をつむったまま、待ってくれている。緊張していて、上手に出来るだろうかと思ってしまう。

 俺は覚悟を決めて、唇を近づけた。触れるか触れないかくらいの、ぎこちないキス。すぐに唇を離す。初めてだったので、何をどうすれば良いのか分からなかった。それでも、美羽の唇は柔らかくて、体が溶けてしまいそうだった。

「ファーストキス……大翔くんになっちゃった」

「俺もだよ……。美羽、好きだ」

「私も負けないくらい……好き」

 お互いに顔を赤らめたまま、視聴覚教室を後にした。


 結局、「最人気賞」は、取れなかった。だが俺にはそんなことはどうでも良かった。

「キス、してしまったなぁ……」

 生まれて初めてキスをした。まだ唇に感触が残っている。美羽の柔らかくて甘い唇。家に帰ってもまだ興奮していて、今日は一睡もしていないのになかなか寝付けなかった。

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