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撮影

SIDE:夢

「どうしたんだ? 服がびしょぬれじゃないか」

「帰り道に水たまりで転んじゃって……。体操服に着替えようと思って教室に戻って来たんだけど、今日は持ってきてなかったの……」

「お前、運が良いな。俺が持ってるから貸してやるよ。ほら」

「え!? ありがとう! でもいいの……?」

「いいって。使ってないしね」

「……ごめんね。それじゃあ、借りるね。ホントにありがとう!」

「だからいいって。照れるだろ。ついでに、一緒に帰ろうぜ」

「うん! ……でも、恥ずかしいからちょっと外で待っててね」

「あ……ご、ごめん」


SIDE:大翔

 土日は計二十時間ほど寝た。疲れが溜まっていたのだろう。少し遅れ気味の勉強もこの土日で挽回した。さらにセリフの練習も欠かさない。充実した二日間だった。

 そして月曜日。今週は八時間授業の火曜日以外は放課後練習をする、と吉村に言われた。二人きりでの練習を期待していたが、当然月曜日は山下と三人で、さらに水曜日からは練習に脇役も混じえてやったので、それは叶わぬ望みだった。脇役も含めると十三人、放課後の教室は賑やかな練習場所になった。今週はクラス中にも、文化祭が近づいてきた、という雰囲気が漂っている。現に背景や道具の準備など、クラスの大半がもう撮影の準備を始めだした。撮影は文化祭当日の一週間前。それまでに演技やセリフを完璧にしておかないといけない。とは言うものの、山下はもう練習に出なくても良いくらい上手いし、吉村もケチのつけようがないくらいの演技をしている。俺もかなり練習した甲斐があって、演技力も声の大きさも良くなっている、とクラスの皆によく言われるようになった。

 

「フジ(俺のニックネームだ)、お前帰宅部なんだから演劇部に入れよ!」

「そんなに上手いか?」

「上手い上手い。もし俺が主役になってたら、俺絶対降板してたぜ」

「俺もしたいよ! でもカズヤン、お前中学時代写真部だったんだろ? 今回の撮影係もお似合いの役だよ」

「ははは。綺麗に撮ってやるよ。お前ファン増えてもしらんからな」

「ああ、もちろん彼女は欲しいからな!」

 カズヤン――進藤しんどう 和俊かずとしとは入学して一番初めに喋った男子だ。運動は得意ではないので、中学時代は写真部に入っていたと聞いている。とても気さくな奴で、いつもテンションが高い。俺の親友の一人だ。

 

「タイショウくん、好きなの……。付き合って……下さい!」

「実は……俺もだよ、まえおっち」

 男同士、二人で抱き合う。そしてお互いに

「おえええ!!」

 一瞬で相手を突き放す。

 まえおっち――前岡まえおか 翔太しょうた。もう一人の親友だ。俺と、カズヤンと、まえおっち。気の合う仲良し三人組。学校が楽しいのもこいつらとバカをやれるからだ。

「フジ、主役お疲れさん! でも、いいよな。美羽さまと共演出来て」

「はっはっは。うらやましいだろう? キスシーンがないのは残念だが、ラストシーンなんか手、つなぐんだぜ」

「うああ! ふざけるな! そんな不純異性交遊シーンを校内で流してもいいのか!?」

「うははは!」

 まえおっちは以前、吉村に告白した。まえおっちは男の俺から見てもかなりカッコイイ顔だ。運動神経が抜群で、体育ではいつも先頭を切って活躍するし、テンションが高めで、話しかけやすい雰囲気を出している。友好的で優しいので、彼女こそいないものの、女子からの人気も高い。だから俺は、まえおっちが吉村に告白した時は、吉村はOKをするんじゃないかと思っていた。俺も吉村には気があるし、まえおっちがOKされたら嫉妬するな、と思っていた。だが結果は見事に玉砕で、さすがのまえおっちでも二日間は沈んでいた。噂によると、どうやら吉村は彼氏を作ったことがないらしい。吉村、ハードル高いよ……と思いつつ、俺とカズヤンで必死に慰めた過去がある。


 カズヤンとまえおっち。高校時代にバカをやった友達とは、一生縁が切れない、というが、この二人とはまさにそんな感じだ。卒業して違う道に進んでも、暇なときには遊び、成人したら酒を飲み交わし。今後も長い付き合いになるだろう。それは直感的にわかる。


 カズヤンやまえおっちとバカなやりとりをしたり、吉村や山下とセリフを言い合ったり。文化祭本番まであと二週間程度。全てが順調に進んでいる。俺自身も、早く撮影をしたい、出来上がった作品を観てみたい、と思いながら一生懸命に練習をし、今週も終わる。


SIDE:夢

「はぁ……今から掃除をしに行かないと……」

「どうしたの?」

「いやな、事務室のガラス割っちまってさ。放課後、掃除をしに来いって」

「そうなんだ……。大変でしょ? 私も、手伝うよ」

「いや、いいって。俺が割ったんだから」

「でも細かい破片とかあるし、一人だと不注意で怪我するかもしれないし……。それとも、余計なお節介……かな」

「あ……ああ。わかった。じゃあ手伝ってくれな。気持ち、ありがたく受け取るぜ。恥ずかしいから言いたくなかったけど、実は一人じゃ心細いなって思ってたんだ」

「うん、気にしないで! それじゃあ、行こ!」

「ああ。ホントに、悪いな……」


SIDE:大翔

「昨日、俺の腕が一本無くなって、誰かから奪おうとする夢を見たんだよ……。マジ怖かった。なんか石崎先生とかまえおっちとか出てきて、俺必死に腕を欲しがっているんだよ」

「ははは……」

 愛想笑いをする。カズヤンには悪いが、他人の見た夢の話ほど面白くないものはない。現実に起こったわけでもないし、夢だと何でも起こりうるのだから、特に話題にするものでもない。でもそういえば俺も、最近はよく夢を見ている。昔のことのような……。


「みんな、今週中にはセリフを完璧に暗記してきてねっ!」

 今日は月曜日。撮影は来週の月曜日だから、ちょうど一週間ある。だが俺はもうセリフは完璧に覚えた。あとはカメラの前で良い演技が出来るかどうかだ。

 今日は放課後の教室で、各自で練習。本番も近づいてきているので、クラス全員が残って作業をしている。

「大翔くん、あと一週間で撮影だけど、大丈夫?」

「おお、陽菜。どうだろう……。俺が本番に弱いの知ってるだろ?」

「ふふ、そうだったよね。大翔くん、体育祭にしても合唱祭にしても、本番前には絶対トイレに行ってたし、すごく緊張してたよね」

「ははは、さすが幼馴染。俺のことはなんでも知ってるんだろ?」

「……! そ、そんなこと、ないよ……」

 顔を赤らめて反論する陽菜。

「まさか、俺の好きなおっさんのハゲ頭のタイプまで……?」

「竹内さーん、ここちょっと手伝ってもらえるー?」

「あ、うん。ごめんね、すぐ行くからー! ごめんね、じゃあ大翔くん、頑張ってね!」

 ショートカットの髪を揺らしながら駆けて行く陽菜。しかし、陽菜のヤツ、俺に少し気があるのかな……。

 

 午後六時になり、皆帰り出す。俺は吉村と二人で練習をしていた。結局教室に残ったのは俺と吉村だけになった。

「思ってみれば二人きりって、久しぶりだよね。私たち、あの頃と比べると、もう全然別人のように上手になったよね」

「ああ、確かに……。あの頃は俺ホントにセリフかみかみだったよなぁ」

「そうそう、藤城くんは一番ひどかったもん! でも、今じゃセリフ一つ一つにドキッとするよぉ〜」

 そんなことを言われて、俺がドキッとする。吉村の笑顔は、本当に可愛くて。

「あと一週間、頑張ろうぜぃ! じゃあ藤城くん、また明日!」

「うっす。また明日〜」

 吉村が出て行く。後ろ姿をずっと見つめていた。胸の高鳴りが収まらない。学年で一番のアイドルと、話すどころか映画の撮影をするんだ……。吉村の笑顔を思い出すと、思わずにやけてしまう。

 布団に入り、吉村のことを考えながら今日の日を終える。


SIDE:夢

「私……私立の中学校、落ちちゃった……。頑張ったんだけどな……」

「そっか……。公立の中学で、思い出作ろうぜ! また俺と一緒だな」

「うん……そうだね……」

「なんだよ……一生懸命頑張ったんだろ? 受験に受かることが全てなのか? 落ちたからって、頑張ってきたことが水の泡になるのか?」

「そうじゃ……ないけど……」

「失敗したんなら、次に頑張れば良いだろ! 三年後には高校受験もある、お前は勉強している分、他の奴より有利だな。努力、したんだろ……?」

「うん……」

「頑張ったな……。よく頑張った。妬まれないように、見えないところで勉強をものすごく頑張ってたよな。少し、気楽に行こうぜ」

「見ていてくれたんだね……そんな言葉を……誰かに言って欲しかったのかもしれない。ぐすっ……私……これからはもう少し、前向きに頑張ってみる」

「ああ、それが良いよ。辛い事があっても、頑張れるだけ頑張ろうな」


SIDE:大翔

 八時間授業の火曜日も練習をし、水曜日から金曜日まで練習。今週は土曜日も練習をした。そして日曜日。明日が撮影の日なので、最終チェック。背景、小道具、カメラの確認等々。そして喉を痛めないように、主役と脇役の人は今日は早く寝よう、とのことだった。ついに明日は撮影だ。クラス一丸となって取り組んできた。明日は、最高の演技をするぞ。


SIDE:夢

「泣いてるの……?」

「……泣いてなんか……ねぇよ……」

「何か、辛い事があったの?」

「お前には関係ないだろ!」

「あ……ご、ごめん! 気持ちも知らずに……」

「……あ、いや……ごめん、八つ当たりして。俺、どうかしてるよな。話、聞いてくれる?」

「うん、いくらでも聞くよ」

「実はさ……好きな子に、告白したんだよ。手紙で。でも次の日、俺の下駄箱に、渡した手紙がビリビリに破られて置いてあってさ……」

「え……そ、そうな、の? 告白、したんだ……」

「もう……うっ……フラれただけでもショックなのにさ……うっ……辛い……辛いんだよ……」

「辛い事は、吐き出した方が、絶対に楽になるから……。もし、私でよければ……いくらでも聞くからね」

「うっ……ありがとな……ああ、今はずっと泣いていたいかな……」

「私、ずっと隣にいるから。いつまででも泣いていて良いよ……」

「お前、ホントに……優しいよな……。ありがとう、ありがとう……」


SIDE:大翔

 今日は目覚めが良い。今日はクラス中が待ちに待った、撮影の日だ。制服をきちんと着て、家を出る。

 いつも通りの七時間授業だが、やはり皆そわそわしている。大半の人が授業に集中出来ていない。当の俺も、一時間、また一時間と終わる毎に、心臓の鼓動は早くなっていく。ついに七時間目も終わり、石崎先生がHRを素早く終わらせ、早速撮影の準備が行われる。

 ストーリーは三十分程度で終わる。撮影は一時間あれば終わるそうだ。教室に背景がセットされ、間もなく撮影というところだ。俺は吉村の方をチラッと見た。さすがの吉村も緊張しているようだ。

「それじゃあ撮るぜ。準備してくれ」

 カズヤンの声が響く。もう心臓がバクバクして気が気でない。神経を集中させて、なんとか自分を保っている。深呼吸を一度する。今から山下は「ユキ」に、吉村は「ミカ」に、そして俺は「ユウト」に変身をする。この日のために努力をしてきた。そしてそれが今、形として残される。

「よし。それでは。5……4……3……2……1……」


SIDE:ビデオカメラ

「なあ、トモハル。そろそろ彼女いない暦=年齢という方程式から抜け出してみないか」

「ああ、ユウト。もしそう出来たら、どんなに嬉しいことか」

「一体全国の高校生男子の何パーセントが彼女を欲しがっているんだろうな」

「所詮、男なんて欲望の塊さ。ほら、見ろ。我が憧れのアイドル、ユキちゃんだ」

「どっちがユキちゃんと付き合えるか、勝負しようぜ」

「ふふふ、望むところだ」


「ユウトくーん! このプリントを職員室まで運ぶんだけど、手伝ってくんない?」

「なんで俺が……」

「いいからいいから。女の子一人にこれだけの量、運ばせる気?」

「はいはいわかりましたよ、ユキさま。よっと、重いね……」

「ありがと〜。……ところでユウトくん、今彼女いるの?」

「ぶっ。い、いきなりなんだよ……!? いないよ! いいだろー俺の勝手だろー」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……。でも意外。ユウトくん、女子の間じゃあ人気なんだよ?」

「マジで? それは嬉しいです……。お嫁さん募集中ですって女子に言っておいて下さい」

「あはは! 本気にして誰か告白に来るかもよ……?」

「かかってこいやぁ!」


「なあミカ。今日当たるからさ、英語見せてくんない?」

「いいよー。間違ってたらごめんけど」

「そんなの気にしないって。サンキュー」

「……あ、あのユウトくん! きょ、今日一緒に……帰れないかな」

「今日……? ワリ、今日は友達とCDショップ行く約束しててさ……。ごめん、また今度な!」

「……そっか……。わかった……それじゃ、また今度ね……」


「なぁ〜ユウトぉ〜。もうすぐクリスマスだなぁ。お前、彼女見つかったのか?」

「うるせえよコウスケ。お前こそどうなんだよ」

「実はよぉ〜昨日、彼女が出来たんだよ。シングルクリスマスはごめんだからな。ま、お前も頑張れよ」

「え? マジ? コウスケ……。お前だけは彼女作らないと思ってたのに……」


「なぁ〜ユキ? もう教室の掃除終わっていいだろ?」

「うん、もういいんじゃない?」

「よし。それじゃーなー」

「ちょ、ちょっと待って。あ、あのユウトくん……。今少し時間あるかな?」

「……なんだよ……? 時間は構わないけど」

「あ、あのさ……。今、付き合ってる子、いないんだよね……?」

「……そ、そうだけど……」

「ユウトくん、好きなの……。付き合って……下さい!」

「……………………」

「……………………」

「……いいよ、俺も……お前のことが好きなんだ」

「嬉しい……ユウトくん……」


「トモハル、俺さ……ユキと付き合うことにしたんだ……」

「ホントか!? おい……。……そうか……ユキちゃんが選んだ奴だもんな。悔しいけど、幸せにしてくれよ」

「ああ……」


「おっそ〜い! こんな可愛い子を何分待たせるの!?」

「ホントにごめん! なんでもおごるから許して!」

「もう、デートで女の子を待たせるなんて最低よ? まあいいわ、今日はクリスマスイヴだし、水に流して楽しもうね!」

 

「今日は楽しかったね〜。特に遊園地で乗ったコーヒーカップ。ものすごい速かったよね」

「ああ、あれにはびびったよ。また行こうな……。お、雪だ」

「ホワイトクリスマスイヴなんて、ロマンチックすぎ〜」

「そうだな。俺も今まで彼女とクリスマス過ごしたことないから、嬉しいよ……。それにしてもユキ、俺のどこに惚れたんだ?」

「ユウトくん、覚えてないかもしれないけど、私すごい助けてもらってるよ? まだ出会ってから八ヶ月くらいしか経ってないけど、良いところたくさん見たし……カッコイイし……ずっと、ユウトくんのこと考えてたんだ」

「……そっか。俺も、ずっとユキのこと見てたよ……」

「嬉しい……。これからも、いっぱい仲良くしようね」

「ああ……。ん……? あれは……」

「どうしたの?」

「ミカだ。俺らのこと見てたみたいだけど……。目が合うと走って逃げていったな」

「ミカちゃん? ま、どうせいつかは皆に知られるんだし、良いじゃない」

「ごめん、俺ちょっと追ってくる」

「え……? なんで? ミカちゃんなんか良いじゃない! ねえ!!」


「はっはっ……ミカ! やっと捕まえたよ……」

「ユウトくん!?」

「ミカ……なんで逃げたんだ……?」

「逃げてなんか……ないよ」

「ミカ……俺がユキと付き合うのが嫌なのか? でもそれは……」

「……もうなんでも良いじゃない! 私はユウトくんのことが好きだったの! それだけ! 早く戻ってあげなよ……ユキちゃん、待ってるよ……?」

「ミカ……そうだったのか……。気持ちも知らずに、ごめん。……思い返してみれば、ミカとは幼稚園の頃から一緒で……。いつも俺のことを助けてくれていたよな。悲しい時はいつも励ましてくれたよな」

「……………………」

「そうだ……俺もミカが好きだったのに、気付かなかったんだ。幼馴染だから、見落としていたんだ。でもさっき好きって言われてわかった。俺が本当に好きなのは、ミカなんだ!」

「ユウトくん、無理しなくていいんだよ……?」

「無理なんかしていない。ユキは優しいし、可愛いさ。それでも、俺が好きになったのはミカ、君なんだ!!」

「ユウトくん……私も、私だって!!」

「ミカ……ミカ!」

「ユウトくん!」


「ユキ、ごめんな……。別れてくれないか……。俺、ミカのことが、好きなんだ」

「……!? どうして!? OKしてくれたじゃない! 私だって、私の方がユウトくんのこと好きだよ!!」

「ごめん……ごめんな……」

「どうしてそんな悲しいことを言うの!? ひどいよ……。ねえ、私、何でもするから……お願い……」

「ユキ……俺は……もうミカのことしか考えられない。何よりも、ミカ優先なんだ」

「それでも……! 私、ユウトくんのこと、好きなの!!」

「ユキ……ごめん……ホントにごめん…………それじゃあ……な……」

「行かないで! ユウトくん! ユウトくん!!」


「ミカ、ユキと別れてきたよ……。俺の彼女に、なってくれるか……?」

「……喜んで! 一緒に、歩いて行こうね」

                  Fin


SIDE:大翔

「終わったーーー!!!」

 クラス中で歓声が上がる。俺は頭がパニックになっていたので、どんな演技をしたのかすら覚えていない。それでも、しっかり出来た手応えは感じる。

「お疲れーい!!」

 カズヤンとまえおっちにバシバシ叩かれる。もう本当に疲れた。体力、精神力共に限界だ。

「よっしゃあ! 上手く撮れてるぜ! 明日の放課後、大画面に映して皆で見ようぜ!!」

 わーーー、と、再び歓声が上がる。

「藤城くん、本当にお疲れ様!!!」

「大翔くん、すごい良かったよ!!」

「ああ……」

 吉村と陽菜が激励の言葉を述べてくれたが、もはや生返事しか返すことが出来ない。少しふらつきながら、家に帰る。今日は、塾もサボってしっかり寝よう。そう思った。


SIDE:夢

「どうしたんだよ? 元気ないな」

「あ……。何でもないの……」

「何でもないことないだろ? 落ち込んでいるの、丸分かりだぜ?」

「……ぐすっ……ひっく……ひっく……」

「お、おい! 泣くなって!! ごめん、謝るよ」

「……ひっく……違うの……ラッピが……」

「ラッピって……? お前が飼っていた仔犬?」

「ひっく……そう……ラッピがね、昨日……ひっく……死んじゃったの……」

「……そっか……。すごく可愛がっていたもんな。寂しいよな、悲しいよな。思いっきり、泣いても良いよ。俺の胸ならいくらでも貸すから」

「う……うわああーん! わああーん!!」

「大丈夫、大丈夫だって……。俺がずっとお前の側にいてやるよ」


SIDE:大翔

 映画の撮影という大きな段落を終えたので、楽な気分で学校へ向かう。ただ、今日は昨日撮影した映画を見るので、考えただけでも逃げ出したくなる。俺は上手く演技が出来ていただろうか。恥ずかしくて見たくないが、あれだけ頑張ったんだからやっぱり見てみたい、という二つの気持ちが葛藤している。一時間目からあまり落ち着かない気分だった。今日は八時間授業の日だ。まだまだこんな状態が続くのだと想像して、滅入ってしまう。

 チャイムが鳴り、四時間目が終わる。ようやく昼食だ。今日は授業がいつもより長い感じがした。

「大翔くん、あと四時間だね〜。見るの、恥ずかしいよね〜……」

 と、吉村にいきなり話しかけられて動揺してしまう。かすかに覚えているが、ラストシーンでは手をつないだはずだ。あの時は集中していて意識しなかったが、今思うとすごいことをしていたんだな、と思ってしまう。

「あ、ああ。でも吉村は、上手くやってたもんな、恥ずかしくないじゃん。俺の演技を改めて見ても、笑わないでくれよ」

「笑わないよ〜! 藤城くんこそ上手にやってたくせにぃ! ま、お楽しみにね〜」

 そう言って、吉村はいつも弁当を食べている女子のグループの方へ行く。と同時に、まえおっちがこんなことを言う。

「……美羽さまと、うまくやってるみてーだなー。いいよなー」

「ば、ばか、そんなんじゃねーよ!」

「でも、まんざらでもないかもよ? 俺が美羽さまに告った時、なんて言ってフラれたか知ってるか? 『好きな人がいるから』だってよ。お前なんじゃねーの?」

 そう言われて、ドキッとする。まさか、吉村が俺を……? そんな夢みたいなこと、ないよな……。

「そ、そんなわけないだろ」

 動揺を隠せずにそう返事をする。いつもならとぼけて返すところだが、吉村のこととなるとどうも感情が入ってしまう。吉村のことを考えると、思わずドキドキしてしまう。


 昼食を食べ終え、満腹で眠たい五時間目、六時間目、七時間目、そして八時間目を終える。全ての授業を終え、普段なら皆疲れきっているところだが、今日ばかりはクラス中がそわそわしている。石崎先生が入ってきて、HRを始める。

「よし、今日は撮影した映画を見るんだったよな。視聴覚教室、借りれたぞ。大画面で見れるぞ! 昨日は皆白熱した演技だったからな、先生も見るのが楽しみだ」

 そう言って手早くHRを終わらせ、視聴覚教室へ移動する。映画は、もうすでに見ることが出来るようにセットされていた。あとはスイッチを押すだけらしい。

「それじゃあ、上映しまーす」

 スクリーンに映像が映し出される。


 教室での、トモハルとユウトとの会話。冒頭のシーンにして、ユウトが一番初めに喋るシーンでもある。

「なあ、トモハル。そろそろ彼女いない暦=年齢という方程式から抜け出してみないか」

 棒読みでセリフを言っているかと想像していたが、そうでもなかった。練習の時くらい上手に読めている。

 ……それから三十分、笑ったり、恥ずかしがったり、短くて切ないラブストーリーを見終えた。出来上がった一つの物語として見るのはこれが初めてだった。結局ユキは救われない、悲しい物語だな、と思った。

「ユキ、可哀想だったね〜……」

 女子はだいたいそう言っている。ユウトの演技、カッコイイって言ってくれる人はいないものか。

「ユウト役の人、すごい上手だった〜!!」

 真後ろでそんな声がする。えっ! っと思った。言ったのは吉村だった。

「ほらね、上手だったでしょ? 藤城くんのおかげで、すごい良い映画が作れたよ。ホントにありがとう!」

「いやいや、吉村が頑張ったからだよ」

 まえおっちにあんなことを言われたので、吉村を前にすると思わず意識してしまう。

「この後、教室に来てくれない? 聞いて欲しい話があるの」

「鞄持ってくるの忘れたから、教室には行くつもりだったし、いいけど……」

「ありがと。先に行って待ってるね」

 もしかして、告白だろうか……。俺の心臓は、はちきれそうなくらいドキドキしていた。

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