興賀高校
SIDE:夢
「おおきくなったら、おまえをおよめさんにしてやるよっ!」
「えっ……? ほんとに!?」
SIDE:大翔
朝六時半。いつも通り起きる。目覚まし時計はセットをしていない。俺は毎朝六時半前後にふと目が覚める。小学校の時からこの時間に起きていたから、もう体が慣れてしまっているのだろう。
藤城 大翔。俺の名前。朝は強い方です。
起きてすぐに朝食を食べる。食パンに味噌汁とご飯だ。和と洋の見事なマッチング。うん、これぞ現代風日本人。俺はご飯を食べるのは早い方ではないので、食べ終わるまで十分程度かかる。その後は制服に着替える。俺の通う、県立興賀高校。制服は男子が学ラン、女子はセーラー服という、典型的な高校生の制服だ。学ランはもう半年以上着ている。初めはなにか違和感があって嫌だったが、慣れてみると学ランもカッコイイものだ。鞄に授業道具を入れ、自転車に跨り、興賀高校へと向かう。
一年二組。俺のクラスだ。興高(通り名)は一クラス四十人前後、全部で六クラスある。その中で、一、二組は進学科だ。自慢ではないが、この興高進学科は県内でもトップレベルの進学率を誇る。と、言っても勉強ばかりで遊ぶ暇がない、というわけでもない。平日は二時間、休日は三時間、きっちり真面目に予習復習をしていれば十分についていける。俺のクラスの担任に言わせれば、結局勉強は「やるかやらないか」らしい。
「おはよう!」
元気よく挨拶をして教室に入る。おはよー、と何人かが返事をしてくれる。今日から十一月。このクラスになって半年ちょっと。もうクラス全員の顔と名前は一致するし、性格もほとんど把握出来た。親友も二人いる。入学当初は、同じ中学からの奴が一人しかいなかった(しかも女子)ので、とても不安だった。だが俺とそいつは幼稚園からの幼馴染なので、大変だね、頑張ろうね、とよく言い合って、お互いに支え合った。おかげでそこまで気持ちが沈まないですみ、五月くらいにはもうクラスに溶け込めた。ただそいつは、静かで、積極的なタイプではないので、友達の輪の深い所まで踏み込みはしない。それでも、男子からはあまり注目を浴びないが、女子からは優しくて真面目と、良い人で通っている。いじめなどがないのがこのクラスの良いところだ。
「おはよ、大翔くん」
「おー、おはよー!」
俺が席に着くと、そいつが挨拶をしてくれる。そいつは俺の右斜め前の席だ。竹内 陽菜。陽菜の家は、俺の家から三十秒もあれば着く。幼稚園から今まで、ほとんど同じクラスだった。優しくて、良い幼馴染だ。
ガラガラッ。ドアが開く。担任が入ってきた。
「起立、令」
学級委員が号令をする。
「おはよう。さて、とうとう文化祭まで一ヶ月を切ったな。今日の帰りのHRの時間で、文化委員を中心に、何をするか決めような」
手短く連絡事項を伝え、さっさと出て行く。一見冷たそうだが、実はとても優しい。陰でクラスのことをものすごくサポートしてくれている。石崎先生。担当教科は数学。三十五歳、既婚。少し暗めな性格は、自分の子供を一人亡くしているからだ。それでも弱音を吐かず、やることは必要以上にきっちりとやる、強い先生だ。実は少し憧れていたりもする。
一時間目の授業道具を鞄から取り出す。数学。得意教科だ。定期考査でも八十点以上をキープしている。この興高の数学のテストは妙に応用問題を多く出してくる。それ故に数学が得意だと、胸を張って言える。文理選択も理系に決めた。
「それじゃあ、藤城。ここは?」
「正弦定理で辺bを求めれば」
「おお、正解だ。ここは正弦定理を使って……」
少し呆け気味に授業を聞く。文化祭か……。何をやるんだろうな。このクラスは面白いから、何をやっても楽しくやれそうだ。でも、めんどくさいのだけはごめんだな。それよりも、文化祭誰と回るかが問題。
二時間目、三時間目、四時間目。先生の授業を聞き流しながら、そんなことを考える。四時間目が終わったら、昼食の時間だ。昼休憩は一時間ある。その間に弁当を食べるなり、食堂でランチを注文するなり、購買部でパンを買うなり自由だ。俺は教室で友達と弁当を食べる。毎日おかずを交換したり奪い合ったり。授業中に溜めておいたテンションを昼休憩に一気に爆発させる。以前、教室の中で小さいボールでサッカーをしてガラスを割ってしまったことがある。あの時以来教室内での球技は控えることにしているので、そうは言ってもバカなことを言い合って騒ぐくらいだ。
昼休憩が終わり、五時間目、六時間目、七時間目。週に一度八時間目まである日がある。その日は体力調整が難しい。八時間目が終わったらもう帰宅する元気しか残らない。まあ、七時間でも十分キツイのだが。
帰りのHR。石崎先生が入ってくる。そして第一声。
「じゃあ文化委員、お前達でしきって、何をするか決めてくれ」
文化委員が前に出る。お化け屋敷、喫茶店、ゲームセンター、作品展示……。黒板にポピュラーなものを書いていく。
「これ以外に希望があれば、どんどん言って下さい」
教室がガヤガヤしだす。確かにどれも面白そうなのだが、決定打が足りないらしく、皆決めかねている。
「はい! 映画撮影が良いと思います! 去年私のお姉ちゃんがやったんだけど、とても人気が出たって言ってた!」
そう発言したのは、学年のアイドル、吉村 美羽。髪は背中までかかるくらいのロングヘア。少し幼さが残る可愛い顔で、テストの点はクラスではいつも上位に入る。運動神経はそこそこ、誰にでも優しく、活発で、ものすごく人気がある。それなのに、女子からは妬まれない。人柄が良いからだ。男子からの人気はそれはもう絶大で、吉村に告白した人はもう十人は軽く越えている(ちなみに全員フラれたが)。まさにアイドルだ。
「それでは、映画撮影も加えます。白紙を配るので、各自希望を書いて、後ろの人が回収して下さい」
希望、か。そりゃあみんな、意見を出してくれた吉村の「映画撮影」に一票入れるよな……。でも映画か、何か役をやらないといけないんだろうな。めんどくさそうだなぁ。
列の一番後ろの人が紙を回収する。俺は特に希望はないので、映画撮影、と書いた。小道具とかの役が良いな。
「……投票結果が出ました。ダントツで、映画撮影です」
やっぱりな。ああ、それにしても何をやるんだ? 浦島太郎か? かぐや姫か?
「さて、やる劇ですが……」
「はいはーい! 見る人見る人が切なくなるようなラブストーリーがやりたい! 私が勝手に提案したんだから、ストーリーも考えてくるから!」
「みなさんそれで良いですね? それでは吉村さん、宜しく願いしますね」
HRを終える。吉村の独壇場だったなあ。それにしてもラブストーリー、か……。女子が張り切りそうだな。男子は恥ずかしくて積極的に出来ないな……。結構辛いかも。それでも、あんな提案、吉村だから許されるんだよな。誰もが嫌がって決まらなかった学級委員だって、「しょうがない」って言って吉村が進んで立候補したし。宿題はお願いすると見せてくれるし。バカがつくほど優しいし。俺だって、吉村のことはすごく気になっている。
そんなことを考えながら、自転車に乗り、家に帰る。家までは三十分くらいだ。俺は部活はやっておらず、塾に通っている。塾に行くまでの時間に夕食を食べ、予習と復習をし、塾でみっちり勉強してから家に帰り、風呂に入って寝る。寝るのは毎晩十一時くらいだ。周りの友達は夜更かしをするので、寝るのは一時や二時が基本、と言っているが、俺は寝るのが大好きなので、早く寝る。最近買った安眠枕もあるし。良い夢が見れそうだ。
SIDE:夢
「あ、あれ……? きのうつくったどろだんご、こわれてる……」
「ほんとだ……。だれかにふまれたのかな」
「……がんばってつくったのに……」
「お、おい、なくなって。つくりなおそうよ。ぼくもてつだうからさ」
「ぐすん……ありがと……」
SIDE:大翔
朝の六時半。いつも通り。授業を四時間受け、昼食をとる。そして五時間目、六時間目、七時間目が終わり、八時間目。今日は八時間授業の日なのだ。八時間目は総合学習で、自習の時間。言い換えれば、遊びの時間。自習の時間ばかりは先生もうるさく注意をしてこない。真面目な生徒はしっかり勉強をするが、大半の生徒が友達と喋ったり紙ヒコーキを飛ばしたりする。進学校とはいっても、総合の時間なんてそんなものだ。ただ、進学校の生徒は切り替えが上手なのかもしれない。遊ぶ時は脳みそが溶けるまで遊び、やる時は気が狂うほどやる。……俺はそんなこと、上手く出来ないのだが。ついさっきまで遊んでいたのにいきなり勉強、と言われても無理だ。だから人には言わないようにしているが、俺はその分勉強はかなり真面目に取り組んでいる。
「吉村さん、ストーリーは決まりましたか?」
「あ、うん! 色々なこと、詳しく説明するね。文化委員じゃないのに出しゃばってゴメンね」
「いいよ、そんなの。それでは、吉村さんの話を聞いて下さい」
今日の総合の時間は遊び時間ではない。文化祭についてだ。ラブストーリー。ああ、歯が痒くならないだろうか。
「えっと、まずビデオカメラなんだけど、私の家には良いビデオカメラがないの……。誰か提供してくれる人、いませんか?」
「あ、おう。俺んちにあるぜ。結構綺麗に撮れる、デジタルビデオカメラが。それ持ってくるよ」
「ホント!? 引田くん、ありがと〜! じゃあビデオカメラはOKね。それで、配役なんだけど……」
配役か……。重要ポイントだな。吉村が黒板に書いていく。主役:三人(女子二人・男子一人) 脇役:十人 撮影・編集:四人 アシスタント:五人 小道具・雑用:八人
「ここまでで三十人ね。残りの十人は、当日は教室で映画を流す役と、当日までは全体的に大変なところをお手伝いね」
ああ、その役がいい。もしくは「小道具・雑用」で。主役なんて絶対に無理だぞ……。
「それで主役と脇役は、公平にくじで決めようと思うの。お互いに恨みっこなしだからね!
外れた人は希望する役に回ってね。ストーリーは80%くらい出来てるの。完成までも
う少しだから、待っててね」
くじか……。フフフ。こういう時の運は、俺はかなり強い方だ。委員やら係やら、強運で逃げて来た男だ。かかってくるがいい。
全員に、数字が書かれた紙を裏にして選ばせる。もう主役と脇役が何番かは決まっているらしい。俺は念を込めて紙を選ぶ。どれにするか……真ん中らへんか……それとも意外性で一番端っこか……。よし、右端から三番目の、お前だ!
紙は、17番と書いてあった。お願いします、この番号が主役じゃありませんように。
「それでは主役の女子二人から発表します」
文化委員がドキドキの結果発表を告知する。
「サブヒロイン:29番」
「きゃー! ウチウチ!!」
一人目は山下か。確かに山下は顔も良い方で声も透き通っているので、案外お似合いかもしれないな。
「メインヒロイン:4番」
「うっそー!? 私……!」
吉村だ……。まさか提案者がメインヒロインとは……なんというベタな……。
「それじゃあ主人公の男子……17番」
「俺だーーーー!!」
……見事に当選。
「大翔くん、主役、頑張ってね!」
HRが終わり掃除の時間、小道具・雑用係になった陽菜にそう言われる。
「変わってくれよぉ……。良いなぁ……」
「でも、主役だよ? カッコイイな!」
「はぁ……まあやれるだけやってみるよ。応援よろしく」
「うん! 名演技、期待してるね!」
内気な陽菜がヒロインになったらどうなっていただろう。そんなことを思いながら掃除を終わらせ、学校を出る。塾に行き、家に帰り……いつも通りのことをし終えた後、俺は眠りについた。
SIDE:夢
「おべんとう、わすれた……」
「そうなの? わたしのぶん、わけてあげるから……」
「いや、いいって。おまえがおなかすくだろ」
「えんしょしないで。わたし、どうせいつものこすから……。はいどうぞ」
「……ごめん……」
SIDE:大翔
――サブヒロインは主人公に告白し、主人公はそれにOKをして、付き合うことになる。サブヒロインはクラスでも人気者で、主人公自身も彼女ができたと、浮かれていた。ずっとラブラブな関係が続くと二人とも思っていた。でも、主人公は大事なことを見落としていた。自分の近くにはもっと素敵な女の子がいるのに。そう、メインヒロインだ。メインヒロインは主人公のことを幼い時からずっと想っていた。主人公自身は、幼馴染という近い立場だから、メインヒロインに対する自分の気持ちに気づいていなかった。主人公はクリスマスイヴのデート中にメインヒロインのことを好きになり、サブヒロインとは別れて、メインヒロインと付き合うことに決める。
「ありがちな、切ないラブストーリーですっ!」
放課後、メインヒロイン役の吉村が、サブヒロイン役の山下と主人公役の俺、さらに脇役の十人を集めて、物語の大まかな内容を説明した。
「えっと、当然雑用係とかよりも脇役は大変で、それより大変なのがサブ、メインヒロイン、主人公なの。セリフも出来るだけ早めに考えてくるから、覚悟しておいて下さい!」
「主人公って、やっぱりセリフ多いの?」
答えは分かっているが、一応少ない希望を持って聞いてみた。
「もちろん! 藤城くんが一番大変かも……頑張ってネ!」
……やっぱりか。はぁ、先が思いやられる……。
「演技も出来れば磨いておいてね! やるからには『文化祭最人気賞』取ろうね!」
文化祭まで一ヶ月を切っている。あまり多くない時間でセリフを完璧に覚え、さらに演技もしなければならない。クラスの皆が俺のことを見ながら撮影するわけだ、想像しただけでも緊張する。こういう時のくじ運は強いはずだったのに……。
「でもこれを機会に、吉村と少しでも仲良くなれたら良いな」
そんな期待を胸に、部屋の電気を消して眠る。
SIDE:夢
「どうした?」
「ひっく……。転んじゃって……。ひっく……ひっく」
「……バカ! はれてるじゃないか!! 運んでやるから、じっとしてろよ!」
「ひっく……ひっく……ありがと……」
「気にするなって……よっと。お前、軽いな。じゃあ走るけど、がまんしてくれよ」
「うん……ありが……とう」
SIDE:大翔
子供の頃は、昨日見た夢なんてあまり覚えていなかった。起きた瞬間に忘れることが多い。でも、年を重ねるごとに、起きてもすぐすぐには忘れなくなる。そして、夢の内容もより鮮明になる。しかし、今日の夢は思い出せなかった。いや、思い出すのが面倒なだけかもしれない。夢なんて、所詮夢だ。そして現実は、所詮現実だ。
今日も放課後、残ることになった。セリフが出来上がったので、主役の三人で練習してみよう、ということになったのだ。
「ユウトくん、好きなの……。付き合って……下さい!」
「うまーーーい綾香ちゃん!! 気持ちがひしひしと伝わってくるよ!」
綾香とは山下の下の名前だ。ユウトは、俺が役を演じる、このストーリーの主人公の名前だ。
「じゃあ、次、藤城くんどうぞ」
「……いいよ、俺も……お前のことが? 好き? だっけ?」
「もう! 『お前のことが好きなんだ』でしょ!」
「ああ、そうか。ごめん」
駄目だ。どうにも緊張してしまう。やっぱり俺に主人公なんて、無理だ……。
「じゃあ私ね。……ユウトくん、無理しなくていいんだよ……?」
三人で短そうな文章を選んで、声を披露し合う。当然一番下手な俺、人並み以上には出来ている吉村、中学時代演劇部だったらしく、素人の俺でも惹きつけられるくらい上手な山下。
「綾香ちゃん、ホントにもう言うことない〜……」
「ホントに!? ありがと〜。家でも練習してくるよ! もっと磨いてきます」
「うん、お願い! さて、藤城くん、私たちも頑張らなきゃね!」
「やれるだけやります。でもなるべく代役も考慮に入れておいてください」
「あはは。大丈夫だって!毎日放課後練習すればさぁ」
「毎日ですか……うへぇ……」
今日は、五時頃には解放してもらえた。本格的な練習が始まれば六時頃までは教室でクサイセリフを何度も何度も言わされる羽目になるだろう。それに俺は下手なので、家に帰っても練習をしなければならない。そうすると勉強する時間も減る。……雑用係が良かったのに、と何度も思ってしまう。雑用係と言えば、陽菜のことを思い出す。変わって欲しいなあ、と思いつつ、校門を出る。
SIDE:陽菜
ふぅ。部活が終わった。今日は木曜日で自主練の日だったから、早めに終わった。明日の予習は大変だから、早く帰ってやらないと。
そう思いながら校門を出ると、目の前に大翔くんがいた。ドキッとした。どうしてこんな時間に……? そうか、多分セリフの練習で残ってたんだよね。大翔くんが主人公をやるんなら私、ヒロインをやりたかったな。大翔くん、吉村さんと、仲良くしてるのかな……。吉村さん、可愛いもんね……。はぁ、落ち込んでてもしょうがないかな。大翔くんに、声をかけてみよう。
「大翔くん、今帰りなの? お疲れ様。もしよかったら……一緒に帰ろ……?」
思い切って言ってみた。胸がドキドキする。私、普通に振舞えてるかな……。
「おお、陽菜。セリフの練習をしてたんだよ。もう大変で大変で……。陽菜はもう帰るのか? 部活は?」
「木曜日は体育館をバスケ部と剣道部が使うから、自主練なの。だから、今日はもうお帰りです」
「そっかー。陽菜は勉強も頑張ってるのにバレー部でも頑張ってるんだよなぁ。尊敬尊敬」
「そ、そんなこと……。大翔くんだって、頑張ってるよ」
「だといいんだけどな。でも陽菜、無理するなよ? 最近疲れているんじゃないか?」
……言われてみると私、最近は少し頑張りすぎていたかもしれない。部活は試合でなんとか役に立てるようにと汗水流して練習して、勉強は遅れないように夜遅くまで頑張って。睡眠時間だって、最近は少なくなってる。思い返してみれば、私、無理してたんだ……。大翔くんは絶妙なタイミングで最高の言葉を言ってくれる。本当に、優しい人。
クラスのこととかを話しながら家まで一緒に帰る。お互い家がすぐ近くだから、三十分くらいは大翔くんとお話をした。ずっと、胸がドキドキしてた。
SIDE:大翔
塾が終わり、風呂に入ってから自分の部屋へ。吉村からもらったストーリーの台本が目につく。吉村、頑張ってるんだろうな。俺も、頑張らないといけないよな。少しだけ練習をして寝よう。
SIDE:夢
「なんで……どこで落としたんだよ……」
「探し物? 手伝うよ」
「お、おう、サンキューな……大切なものなんだよ……引越しした拓也にもらったシャーペン……」
「うん、しっかり探そ! 絶対見つかるから!」
「……ありがと」
SIDE:大翔
今日もいつも通りの時間に起きたのだが、眠たかった。授業も少し寝てしまった。昨夜、セリフの練習に熱を入れすぎたせいだ。気がついたら徹夜で練習をしていた。ただ、その割にはあまり上達していないのが悔しい。セリフは何度も読み返したのである程度は覚えたのだが。あとは声と表情のみだ……それが、一番難しい。
「藤城……藤城! 今は夜じゃないぞ!」
「はっ……すみません!!」
心地よく眠りについていた。いかん、重症だ。一時間目から今の七時間目まで、必ず1回は寝てしまっている。
「じゃあ藤城、眠気覚ましにここの助動詞、『に』は完了か断定か、どっちだ?」
「断定です」
「……正解だ。まあ、簡単だったからな……」
古典は、そこまで苦手じゃない。今のは判別が難しかったらしく、先生もまさか「寝ている俺に」答えられるとは思ってもいなかったようだ。だが、予習をほぼ完璧にこなしている俺にはノートを見ればたやすい問題だった。
いつもより気の張らない授業が終わり、HRも終える。そして、地獄の放課後練習へ。
「藤城くん、今日はよく居眠りしてたけど、もしかして昨日徹夜で練習したのかな〜?」
「いやいや、昨日は朝までロサンゼルスに出張に……」
「あはは! なにそれ〜!!」
俺は、頑張っているところは極力隠す。毎日しっかり勉強している、だとか、試合に勝つために部活後も自主的にトレーニングをしている、だとか、そういった隠れた努力はあまり人に言うものではないと思っている。妬まれるのも嫌だしな。出来ないから必死に頑張ってる、と言われればそれまでなのだが。
「今日も放課後大丈夫だよね? 頑張ろう頑張ろう!」
「おーす……。あれ、今日山下は?」
「綾香ちゃん、今日は喉が痛いみたいだから、帰った。元々綾香ちゃんは上手だし、無理して練習して悪化させるのも悪いしね」
「そっか……二人きりか……。ドキドキするぜ……」
「ふふふ、ビシビシしごいてあげるわよ」
「……勘弁して下さい」
放課後、教室に二人きりという羨ましいシチュエーション。しかもクサイセリフを言い合う二人。
「それでも、俺が好きになったのはミカ、君なんだ!!」
「ユウトくん……私も、私だって!!」
かなり省略を挟んだが、二十分程度で一通りやり終えた。
「ふぅ。とりあえず小休止入れよ」
「おおー、お疲れー……」
「お疲れ様。それにしても藤城くん、本当に上手になったね。私たち、大分上達してるよね? この調子だと、早いうちに撮影に取り掛かれるかも」
「おお、それは良いことだな。でも、カメラが回ると緊張する……」
「あはは、わかるわかる!」
そう言って吉村は椅子から立ち上がる。ふわっと長い髪が少しなびく。俺の目はその美しい光景に釘付けになっていた。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「い、いや……その、綺麗な髪だなーって思って……」
「え? あ、ありがと! ……えへへ、嬉しいなー。……ねぇ、大翔くん。女の子にとって髪の毛は、命の次に大事なんだよ? だから、褒められると嬉しいなー、なんて」
「そ、そうなんだ」
褒められたのがよほど嬉しかったのか、吉村の顔に優しい笑みが浮かぶ。
「さ、もう一回やってみよ!」
吉村は本当に一生懸命で。そんな吉村に、俺は惹かれ始めていた。
夜、セリフの練習をしながら吉村のことを考える。吉村とは、高校で出会った。入学した時から男子の間でかなりの人気があった。時間が経つごとに吉村の積極的で優しい人柄に皆気づき始めた。可愛くて、性格も良い。そんな子に、人気が出ないわけがない。俺もふとした時に吉村に目がいってしまうこともしばしばある。吉村は部活には入っていないが、上級生からも告白をされたことがあるらしい。そんな吉村と、放課後一緒に練習をする。俺は幸せ者だろうな。
「次は、もっともっと楽しく喋りたいな!」
そんな高望みをしつつ、まぶたを閉じる。