2-2
それは亘が若干8歳の約束だった。
◇ ◇ ◇
「亘くん。
ゴメン、よく聞いて」
いつもの通り、屋敷の奥で遊んでいた亘の元に、青ざめた桂輔がふらり、と姿を現した。
成人したばかりの桂輔が、自分の父親の弟であるばかりにとばっちりを受けていることを良く知っていた亘は、手を止めて真面目な叔父を見上げた。
「叔父さん?
どうしたの?」
少し前に、様子がおかしい父親が突然帰ってきた。
やはり何かやらかしたに違いない。
そう思っていた亘だが、それにしては叔父の動揺は尋常ではない。
それなりの被害を、それなりの頻度で受けている叔父だ。慣れたくはないだろうが、ある程度ならば慣れているはず。
ふらりふらりと亘の傍まで近づいてきたが、何度か唇を開閉させるだけで言葉がない。
「……?」
さすがに不安を感じた亘が立ち上がるのと、ガクリと桂輔が膝を折るのが同時だった。
目の前になった叔父の顔がくしゃりと崩れるのと同時に、身体を思いっきり引き寄せられ、亘は眉をひそめる。
しかしガクガク叔父の身体が震えているのに気付く。
「叔父さん?」
亘のいぶかしげな声に、ピクリと肩を揺らした桂輔。
一度力をこめて亘を抱きしめると、少し離れて亘の顔を覗き込んだ。
再び目の前にした叔父の瞳が、一気に潤み涙を流しはじめた。
「えぇ?」
「亘くん。
ゴメン。
……兄さんは、死んで、しまった」
ゴメン、と何度も呟きながら哭く桂輔を小さな腕で抱きしめる。
それをきっかけに、桂輔は亘にしがみつき号泣しはじめた。
「……そう」
亘はため息をつきつつ呟き、庭から見える明星を見上げた。
予感はあったのだ。
流石に亘でも、いつもならこんな夜のとばおりが薄れはじめた頃に起きてはいない。
しかし昨夜遅くに、唐突に帰宅した父親。
いつもの破天荒さだったが、力を感じなかった。
それに微かな血の匂い。
父親が片時も手離さなかった宝刀。
幼いながらに培った第六感が、不吉な予感の警告を凄まじい勢いで鳴らしていたのだ。
眠れずずっと、闇が薄れるまで夜空を眺めていたのだ。
震え嘆き号泣する叔父に、亘は小さく笑う。
遠くから心配そうに亘を見つめてくる従者に大丈夫と頷いてみせてから。
亘は明るくなっていく空を仰いだ。
最後に顔を合わせた父親。
全てに満足そうに笑っていたから。
空が明けきり、鳥が囀ずる頃、ようやく泣き止んだ叔父を休ませようと腕を解いた亘は、腕を桂輔に掴まれた。
「……わたる、くん」
掠れた声に呼ばれ、顔を叔父に向けなおす。
「はい? ってうわ!」
再度しがみつかれ、今度はバランスが取れず桂輔に向かって倒れ込んだ。
「お、叔父さん?」
「僕が、守ってあげるから」
呼びかけに重なった叔父の言葉に、亘は叔父の顔を見上げた。
涙の流し過ぎでぐちゃぐちゃになった顔の中、真っ赤に充血した瞳に決意を浮かべて、桂輔は小さな甥の身体を強く抱き締めた。
「僕が、兄さんの代わりに、亘くんを守るよ。
これから、ずっと。
僕はずっと亘くんの味方だ。
どんな時でも、どんな場所でも、何があっても。
絶対に、永遠に。
僕、耶月桂輔の、生涯の約束だ」
見下ろし視線をわざわざ合わせて誓う桂輔に、ふと亘は身体の力を抜く。
「うん」
頷いてから恥ずかしくなり、身体を反転させて亘から抱き着く。
自分を子どもとして甘やかし、唯一甘えられる存在に、思いっきり。
包まれるような安心感を与えてくれるたった一人の相手に。