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さく、さく、と足元で砂が鳴る。
海をテレビや映像で見たことはあったが、実際に歩く機会などなかった亘は、少し肌寒い風を気にしながらも長い間さ迷い歩いていた。
とある都会から電車で一時間少しの海辺の町、伽廼。
ふらふら歩く亘は、伽廼町に先ほど到着したばかりだった。
足元を見つめて行ったり来たり、海の果てを見定めようと仁王立ちになっている亘を咎めたのは、巡回中の警官くらいだった。
冬にさしかかろうとするこの季節、浜辺を動物も連れずふらふらしているのだ。
初めての職質に、亘は軽くショックと楽しみの混じった緊張を覚えた。
勿論、亘は正直に説明した。
引越してきたばかりの町に、初めて海が間近にあったから、歩いてみたかったんだ、と。
初老の警官は引いていた自転車を停め、亘の顔を見上げた。
「君、学校は?
高校、いや中学生だろ?」
真面目な顔をされ、真剣に聞かれた亘は心に大きなダメージを受けた。
風の冷たさを思い出し、パーカーをずりあげながら免許証を取り出し、警官に渡す。
眉をひそめる警官の手元、該当部分を指さし、
「一応20歳過ぎてますので」
しょんぼりしつつ呟いた亘。
まじまじと免許証と亘を交互に見た警官は、気まずそうな顔で免許証を差し出した。
「これは失礼しました。
風邪を引かないよう、気をつけて下さい」
咳払いとともに言い、免許証を受け取った亘に一礼し警官は自転車を押して去って行った。
それが昼過ぎだった。
砂を蹴り上げ、チラリと見た時計は4時半過ぎを指し示していた。
今まで持っていたデジタル標示ではなく、押し付けられたゴツいアナログ針標示になってから、亘は時間の読み方が適当になった気がする。
4時34分、ではなく、4時半過ぎ、に。
——まあ、いいか
時計の指し示す、前後の刹那を考える余裕を与えてくれたのだ。
この時計が壊れても、デジタル時計には戻らないことを亘は決めていた。
「ああ、テンション上がるぜ」
海に降りてきた夕日に向かい、亘は思いっきり叫んだ。
「オレは自由だぁー!」
誰が近くにいれば、冷たい不審者を見る目をされるか、生暖かい目で見られることは必至だ。
自分の不審者っぷりに気付かず、ふんふん〜と鼻歌を歌いながら再び歩き出した。
叫んでから15分が過ぎた頃。
夕日が海に半分沈んでしまい、そろそろ散歩を終了しようと顔を前に戻した亘は、浜辺の終了と岩棚に気付く。
次に、何故同時に気付かなかったのか不思議なくらいはっきりと佇む制服の少女に気付いた。
海からの風に髪をなぶらせ、海の方に顔を向けている少女は、あまりに自然過ぎて風景に溶け込んでいたのだ。
——ザザーン、ザザーン
ポケットに両手を突っ込んだまま、亘は波の音に耳を傾けながら、暗闇に溶けてゆく少女のシルエットを眺めていた。
全てが闇に沈み込み、亘の少し離れた後ろで街灯が光に変わった頃。
少女はするりと踵を返した。
岩の合間を危なげなくすり抜け、道路に続く階段の方角に足を向けた少女を、亘は視線で追う。
とは言っても、途中で立ち尽くすのが面倒になっていたため、足を放り出して座り込んでいるだらけた姿勢で、だが。
距離にして10mは離れており、シルエットくらいしか見えないはずだったが。
少女が階段に足をかけた後、躊躇った様に亘を振り返った。
闇のベールが降りていて見えないはずの亘と、少女はしっかり視線を合わせた、気がした。
じっと暗闇の中、視線を交わらせた二人だが、ふと少女から視線を外しそのまま闇に溶けて行った。
少女の後ろ姿が見えなくなっても、じっと少女が消えた方向を見つめていた亘だが、ふと視線を斜めにずらす。
そこには、不吉な程大きく見える少し欠けた月が、燦然と輝いていた。
とっくりと月を眺め、亘はふと笑みを浮かべる。
「あーあ!
まだ到着して1日も過ぎてないのに。
オレってば、チョー勤勉〜」
伸びをしながら呟いた亘は、そのまま寝転ぶ。
気分はなんだかなー、なのだ。
「あーあ……」
今までより少なく見える星空に、覚えたくない郷愁を感じた亘は、腹筋だけで起き上がり立ち上がる。
ぱたぱたと身体の砂をはたき落とし、歩いて来た砂浜を振り返った。
「まあ、ちょっと軽めな運動かな?」
パーカーの帽子部分を被り、パーカーのポケットに両手を突っ込んだ不審者ルックになった亘は、ふと唇を歪める。
だが小さく肩を竦めただけで、来た砂浜をランニングよりも速いスピードで走り出した。
かなりのスピードで波打ち際に寄りながら闇に紛れていく男の姿を、街灯の下に歩み寄った先程の少女が見送っていた。
短距離のスピードで既に消えた男の行き先を追うように佇んでいたが、ふと小さくため息をついた。
「茶番、か」
微かな呟きを洩らした後、今度こそ踵を返し、夜の闇に消えて行った。




