穏やかな暮らしこそが最高の幸せを作ってくれるものですね!〜この日常を守りたいですね〜
「ホットケーキ焼いた!」
夫である三つ年下の彼リーゼルがある日突然手作りホットケーキを用意してくれた。
甘い香り漂うそれは香ばしい色をしていて、皿の上に乗っているだけでも魅力的。全身で美味しそうを表現しているような色み。見るだけで分かるふわふわとした質感も美味しそうさを高めている。
「今日はホットケーキなのね」
「うん!」
「そう。……ありがとう、とっても美味しそうね。食べたいわ」
「もちろんだよ! 君に食べてほしくて焼いたんだ!」
栗色の双眸が印象的なリーゼルはお菓子作りが好きだ。
彼は元々家庭的な青年で、家事――主に料理だが――そういったことが得意かつ好きなのだが、食事的なメニューのみならずお菓子系のメニューもたびたび作っている。
なので、急にお菓子を作ってきたというのも、不自然な話ではない。
夫が急に珍しいことをしてきた、となると、不信感を抱く人もいるかもしれないけれど、この場合はそういう意味は一切ないのだ。
「あ、美味しい!」
「砂糖の種類を増やしてみたんだ」
「そうなのね! だからかしら、甘みに深みがあるわ。変に甘すぎるって感じじゃなくて、心地よい幅のある甘みって感じ」
「気に入ってもらえたみたいで良かったよ」
「ええ、とっても美味しいわ! こういう甘さ、すごく好き」
思ったことをそのまま口から出せば、リーゼルは安堵したように微笑む。
「口に合って良かった」
安心した様子の彼は息を吐き出すかのように言う。
「実はさ、どういう甘さにするか迷ったんだけど。果物の甘みを使ってみるとかも考えてたんだけどさ、でも、それはさすがに難しいかなって。それでこういう形になったんだ」
「へえ、そうだったのね」
「え!? もしかしてあまり興味ない!?」
「いいえ、そんなことはないわ」
「でもまぁこっちも喋り過ぎてたな……ごめん」
「いやいや、話してくれただけでしょう、貴方に非はないわ」
こんな感じで、今は穏やかそのものの日々を楽しめている私だけれど、これまでずっと笑顔で暮らしてきたわけではない。
かつて私にはリーゼルではない婚約者がいた。
名はローウィル。
両親に可愛がられて育った青年だったが、いろんな意味で少々ずれているところがあって、私と婚約していた時代も筋が通らないようなことをたびたびやらかしていた。
そんな彼はやがて一人の女性と浮気を始める。
友達みたいな関係、と言いながらも、明らかにそれを超えたような関わり方をしていて。
しかしそのことを責めると激怒して。
その果てで彼は「お前みたいな不細工は大嫌いだ!」と暴言を吐き婚約破棄を宣言した。
振り返れば笑い話だ。あまりにも突っ込みどころが多すぎる。……悪い意味で。
ただ、その時の私はまだ今よりは弱かったので、突然婚約破棄されたことにはショックを受けた。
涙が出る夜もあった。
胃が痛む日も。
何も食べられない時期もあった。
でも、そんな時にリーゼルに出会い、励まし支えてもらえたことで私は生きる力を取り戻せた。
だからリーゼルは恩人なのだ。
彼とならどこへでも行ける。
そんな風に思えるくらい。
私たち二人の間には確かな絆がある。
……ちなみに、元婚約者のローウィルはというと、私との縁を切った直後に愛しい女性に裏切られ絶望して自らの意思でこの世を去ったようだ。
ローウィルは私との関係を終わらせたらその女性と結婚したいと考えていたようなのだが、いざその時になって話をしてみると女性が本気ではなかったことが判明。しかも女性には他にも同じような関係の異性がいるという話で。事実を知ったローウィルが怒ると、女性は「あなたなんてただの遊び。いや、なんなら遊びですらない、単なる金づる」などと言ったらしくて。しかも「あなたみたいな人を本気で愛するわけないでしょ」とまで言われてしまい、それによってローウィルは絶望した、ということのようである。
……もっとも、ローウィルを傷つけた女性もまた、後に八股男性に引っ掛かり精神を病んでこの世を去ることを選んだようだが。
「あー、美味しかった!」
「良かったぁ」
「ついつい全部食べちゃったわね」
「食欲旺盛!」
「リーゼルのホットケーキ、最高だったわ」
「じゃあまた作るよ」
「ありがとう。でも……美味しすぎるから、食べすぎて肥えてしまいそうね」
私たちはこれからも穏やかに幸せに暮らしていく。
この平穏は誰にも壊せない。
派手ではなくても、豪遊するわけではなくても、こういう幸せこそが最も偉大なものだと――私はそう思う。
◆終わり◆




