ダナガン/おでん【後編】
「俺、幼馴染四人でチーム組んで、主にダンジョン内の魔物を倒す仕事をしてるんですけど⋯⋯あ、〈干し肉と野草のスープ〉って名前なんですけど知ってます?長いから、干し肉って呼ばれてて」
「えっと⋯⋯携帯食料としての名前なら知ってるんですが⋯⋯ごめんなさい」
「いえ、そうですよね。活動してまだ一年なんで⋯⋯頑張ります」
この名前にしたのは、いつでも初心を忘れないようにするため。活動を始めたばかりの頃はろくに金もなかったので、ダンジョン攻略中の食事といえば自分たちで狩った魔物を干し肉にしたものと、そこら辺に生えている野草を塩で煮たスープ。これが基本のセットだった。
活動を続けていけばいつしかダンジョン攻略中にもうまいものが食べられるようになるだろうけど、この仲間との楽しい苦労を忘れないようにしようと〈干し肉と野草のスープ〉、これをチーム名とした。一年経った今も食事内容は大して変わってないけども。
「同じ村の出身で年齢も一つしか変わらない。だから小さい頃からいつも一緒でしたね。メンバー三人は、弟や妹のような存在です」
別に村の子供が少なかったわけではない。ただ、一番歳が近かったのが彼らだった。五歳上の兄とは遊びが合わなかったし、近所に住む三、四歳上の姉妹は兄に恋心を抱いて追いかけ回すような人。とてもではないが友達という括りには入れられなかった。
男三女一だったから、遊びはといえばもっぱら体を動かすようなもの。足の速さを競ったり、かくれんぼしたり、木の枝でかっこいい武器作ってなりきりごっこしたり⋯⋯ああ、花を眺めてアクセサリー作ったりもしたな、ミリカがやりたいって言ったから。気づけば全員で虫捕りに夢中になってたけど。
遊び場に蛇が出た時は怖かったな。三人を背に隠して必死に威嚇して⋯⋯年上として勇気を出したけど、内心怖くて震えてた。膝ガクガクしてたし皆言わないだけで気づいてたかもな。
それにしても一度あれば二度三度もあるもので、遊び場所を変えたのに熊や魔物が出た時はさすがに死を覚悟した。
「ところがどこからともなくじいちゃんが現れましてね、手にした鉈を振り回して一撃首チョンパですよ。あの時の安堵感といったら、もう。腰の骨がなくなったみたいにその場にへたり込んでしまいましたよ」
聞いたことないけど、若い頃は今の俺みたいに魔物を狩る仕事してたのかもな。手馴れてる感じがしたし。
「どこの家でも、じいちゃんっていうのはあんな感じなんですかね? 」
「いえ、大抵のおじいさんは鉈一本で魔物に立ち向かおうとはしないと思いますよ……。住んでいる場所にもよるとは思いますけどね」
「私の祖父は縁側で日向ぼっこしたりして、のんびり過ごしてましたよ」と話したラーナさんは、「でも、祖母は尻尾で魔物の頭をかち割っていましたね」と続けた。俺のじいちゃんに負けず劣らずの物騒なエピソード。彼女の家も大概だなと思った。
歳を重ねて十五歳になったある日、ふと将来のことについて頭をよぎることがあった。このまま両親や兄と畑を耕し、収穫した野菜を売って暮らしていく⋯⋯いつかは結婚して子供や孫と畑をやって、のんびりと村で生涯を終える。そんな緩やかな一生。
劇的な変化が起こることは少ないかもしれないけど、それも一つの幸せだ。 少し流されている気もするが、農家の次男坊としては、それが一番無難な生き方だろう。
……そう思っていたのだが、運命の分かれ道は突然やってきた。大袈裟に聞こえるかもしれないが、当時の俺には想像もつかない出来事だった。
十六歳になった時あいつらが、一緒に街に行かないかって声をかけてきた。ダンジョンとか色んなとこ冒険しないかって。
迷ったね、ああ、迷った。農家としてのんびり過ごす人生も素敵だったし、危険だけど、幼馴染たちと未知の地を冒険する心躍る人生にも惹かれる自分がいたから。
悩んで悩んで、でも結局、あいつらと旅に出る道を選んだ。決め手なんて大層なものはない。ただ、家には継ぐ気満々の兄がいたから跡継ぎの心配はなかったし、人生は一度きりだ。やれるのにやらないのはもったいない……そんなありふれた理由が背中を押しただけ。
「あいつらに誘われなかったら、きっと今も畑を耕していたと思います。冒険に出るなんて考え俺の頭にはなかったですから」
お伽話に出てくる勇者のように、悪いやつらを片っ端から退治しに行くわけじゃない。世界から見れば取るに足らない決断だったかもしれないけど、俺にとっては、これが唯一無二の運命の分かれ道だったことに違いはなかった。
旅に出るにあたって、どんな武器を使うか、防具は何がいいか、基本の立ち回りはどうするか話し合った。もちろん持ち寄った金と相談しながら。
最終的に俺は、倉庫にあったダガーと手作りの木製盾。
リーシャは、家から持ち出した薪割り斧。
ザインは、使い古した鍬と自前の拳。
ミリカは、草苅り鎌と欠けた包丁の二刀流。
見事なまでに村人丸出しの出で立ちとなった。唯一それっぽいのは、揃いの革の防具だけ。一番安い代物とはいえ、それだけで俺たちの全財産が吹き飛んだのだから笑うしかない。
それぞれの親が持たせてくれた援助という名のありがたい金は、道中(野営などの時のため)の携帯食料代や宿代として大切に取っておくことにした。
基本の立ち回りは、俺が盾を構えて前に出て敵を釘付けにする。その隙に三人が一斉に叩き込むスタイルだ。複数の敵に囲まれそうになったら無理をせず即座に撤退する。とにかく安全をとって冒険した。
幸いにして、誰かが殿として残らなければならないような強敵とは一度も出くわさなかった。実力不足なことは分かっていたので、そういうのが出るような危険地帯には最初から近づかなかったからだ。
ちなみに他の三人が盾を持たなかったのは、
『ダナ兄はガタイがいいから、相手の攻撃受け止められそうだね』
『確かに。避けるより受けた方が攻撃する隙も生まれるしいいかも。わたしも持とうかな』
『やめとけ。体重が軽すぎて盾ごと吹っ飛ばされるぞ。それなら二番目に体格がいいオレが盾を持つほうがいいだろ。二人で足止めするなら負担も軽いし』
『ザイン、お前はまだ片手でまともに鍬も振れないだろ。二刀流はせめて片手でちゃんと当てられるようになってからだ』
なんて言う会話があった後の結果。
「正直痛いのは苦手なんですよね⋯⋯。じゃあ断れよって話なんですが」
敵の正面で盾を構えて引きつけ、場合によっては攻撃を受け止める。怖いとかはなかった。蛇を見て震えていた子供の頃とは違う。歳を重ねて心も成長した。
一週間、一ヶ月、半年、一年頑張った。だけど、痛いものは痛い。身に纏っているのは機動性を重視した革の防具だ。急所こそ守られてはいるが、剥き出しの肌を鋭い切っ先が掠めることもある。戦いに怪我はつきもの。そう理解していても、肉体を焼くような痛みに慣れることなど一生ないだろう。
でもそんなことよりも、期待された役割を全うしたかった。年上として皆を守りたかった。
だから、敵がどんな攻撃をしてこようとも盾を手放すことはなかった。痛みを感じるということは、三人に攻撃が向いていないという証拠だから。
「⋯⋯違うな」
本当は皆を危険にさらしたくなくて、怪我をして欲しくなくて必死になっていただけだ。自分の命よりもあいつらが大切だったから。
年上として皆を守るべきだと思っていた。なんの疑いもなく当然のように考え行動していた。ガタイどうこうの話がなくても、盾を持とうと決めていた。
「⋯⋯過保護、なんですかね」
ラーナさんはティーカップを口から離すと、音を立てずにソーサーへ置いた。
確認したかったわけではない。ましてそれによる返答が肯定でも否定でも、自覚してしまった事実は覆らないのだ。聞かずとも分かっていたはずなのに、それでも無意識が言葉を求め確認したがった。
「どうでしょう。友達思いとも取れますけど⋯⋯ダナガンさんご自身はどう思ってるんですか?」
「そう、ですね⋯⋯俺は」
話しているうちに分かってしまった。自分があいつらを⋯⋯リーシャ、ザイン、ミリカのことをどう見ているのか。
あの頃からずっと変わってないんだ、俺だけ。三人のことを年下の子供だと、守る対象だと認識を変えられずにいるんだ。とっくに大人になっているというのに。
『ダナ兄も一緒に街に行かない? ずっと考えてたんだ。街なら仕事もたくさんあるし、実入りもいいはずでしょ。母さん体弱いから、いっぱい稼いでいいもの食べさせてやりたいんだ。あっ、父さんの稼ぎが少ないって意味じゃないよ!』
『わたしとザインも一緒に行くことにしたの。ダンジョンとか色んなとこ冒険してみたいし。それに知らない場所に行くのってわくわくするでしょ?』
『ダンジョン行くなら槍使いてぇな~。リーチあるから簡単に敵を倒せそうだし』
『ボクは剣かな。ダナ兄も魔法使えるほど魔力ないし、剣にする?』
『わたしと一緒に弓とかどう?今改良版作ってるんだ~。同時に矢を射って逃げ場をなくすの』
『まともに矢が飛んでるの見たことないんだけど⋯⋯石投げた方が当たりそう』
『ガタイいい者同士、槍と盾持って前衛とかとかどうよ』
『というか、行く前提で話しちゃってたけど⋯⋯ダナ兄はどうする?』
『楽しいと思うよ!四人一緒なら!』
『一緒に行こうぜ!』
思い出される誘われた時の会話。
あいつらは俺に守らせるために誘ったわけじゃない。誰も守ってくれなんて言わなかったし、そんなことを口にする奴らじゃないことは分かっている。選択権は俺にあった。一人で勝手に守らなきゃと焦っていただけだ。
ここに来るまでずっと、彼らを年下の子供という枠に閉じ込め、頼まれてもいない守護者を演じていた。
俺は良くても、あいつらはどう思うだろう。一人の自己犠牲の上に成り立つ安全なんて。
「きっと⋯⋯真っ先に、ふざけるなと怒鳴られるだろうな」
底をつきそうなハーブティーの水面に、自分の顔の輪郭だけがぼんやりと映っている。どんな顔をしているのかまでは見えはしなかったが、あいつらに怒鳴られる自分を想像して、少しだけ口角が緩んでいるのが分かった。
知らず知らずのうちに成人したあいつらのことをずっと守る対象としていた俺は、怒鳴られる未来を想像してどこか安心している。それが答えなのだろう。
「あいつらのことを大切だと思っておきながら、信じてあげられてなかった。⋯⋯いつまでも子供のままなのは俺の方だったな」
残りのハーブティーを一気に飲み干した。
おでんとは合わなかったけど、自分と向き合うための選択としては悪くなかった。さすがは俺。
「ダナガンさん明るくなりましたね。なんだかこう……スッキリした感じ」
「そうですかね、はははっ。確かに、ようやく自分の中で区切りがついた気がします。……あ、そうだ。おでんとハーブティー、おかわりもらってもいいですか?」
「はい、今持ってきますね。⋯⋯ちなみに、その組み合わせってどんな感じなんですか? ちょっと気になっちゃって」
「あー⋯⋯あまりオススメはしません」
明日、これまでどう思ってきたか、そしてこれからどうしたいのかを三人に話そう。
自分の中で一つ見切りをつけ、おでんのおかわりを口に運んだ。
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ダナガンは後にこう語る。
『盾を構えていつ来るか分からない攻撃に備えるよりも、斬って斬って斬りまくって相手が攻撃する暇を与えなければ傷も生まれない』と。
彼の背には身丈を超える大剣が括り付けられており、仲間と思われる者も同様の得物を背負っていたという。
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【お金】
1ダルア=1円
このダルアというのは、アゾオラート王国の初代国王ダヤル・ルーゾラ・アゾオラートの頭文字3つをとったもの。
建国時に地域通貨を統合した国王への感謝から民衆が呼び始めた呼称が本人に認められ定着するに至った。
1ダルア銅貨、50ダルア銀貨、100ダルア大銀貨、1,000ダルア金貨 、10,000ダルア大金貨がある。
【魔物】
コカトリス
➥鶏に似た小型の魔物。鉄をも容易に切り裂く鋭い爪を持つがあまり頭が良くないため、攻撃はもっぱらつつくだけである。タンポポのような尻尾が生えており、先端のフサフサした丸い部分はぬいぐるみの外皮として利用されたりする。
オーク
➥豚に似た頭部を持つ2m程の二足歩行する魔物。一定の知能を持ち、数体からなる群れを形成して狩りを行う。しかしその知能を上回るほど気性が荒く、激情に任せた同族殺しによって一夜にして群れが瓦解することも日常茶飯事である。
体格は主に二系統。巨漢で力自慢だが足の遅い肥満個体と、鋼のような筋肉に裏打ちされた速度と握力を持つ剛腕個体が存在する。
【鶏、豚、牛、羊など⋯⋯】
騒音や悪臭、広大な土地を要する酪農は、安全な城壁内では忌避され城壁外の危険地帯で営まれる。家畜は肉食の魔物の格好の標的となるため、護衛をつけてのスリリングな出荷となる。当然ながら酪農家になりたがる者は少ない。
しかし、繁殖力の高い弱い魔物が食料の主流である中であえて管理下に置かれた家畜は、その品質と圧倒的な美味しさから食通に熱狂的に支持されており、危険な職業故の供給不足も相まってなかなかのお値段で取引されている。
【人間族以外の種族は⋯⋯】
獣人族や人形族などの体に特徴のある種族は、料理をしたりものを作ったりする時などに不便なことがあるため、人間族の姿に近くなる「人化」という魔法を習得しているものが多い(強制ではない)。
それによって鋭い爪が丸くなったり五本指になったり、二足歩行ができるようになったり会話できるようになったり(共通言語を覚えていれば)様々な恩恵を受けることができ生活しやすくなる。




