ダナガン/おでん【前編】
ダンジョン攻略終わりの日が沈む夕方、仲間と別れ一人大通りを歩く。道行く人は同じ稼業の者が少し多い。
目的地は、昨日先輩に連れられ初めて訪れた他人の愚痴を聞いてくれるという不思議な飯屋。
「変人⋯⋯いや、随分奇特な人がいるもんだ」
愚痴聞きをメインでやっているわけではないらしいが、珍しいものは珍しい。善行であることは間違いない。
「今日はなんだろうね」
「ん~⋯⋯やきとりどんかなぁ?」
「昨日おかわりしてたもんね。美味しかったよね」
「うんっ、おいしかった!またたべたいなぁ~」
1メートルほど先、前を行く親子と思われるエルフ族の女性と子供の会話が耳に入る。
確かに昨日はやきとりとかいう細っこい木の棒に肉が刺さった料理が出てきた。料理名を聞いた時は焼いた鳥だからやきとりと言う名前なのだろうと思ったものだが、コカトリスやオークなどの魔物肉も使われていたのでそう単純な名付けではないのだろう。
ただ刺して焼くだけなのだから正直期待していなかったが、どうだろう。出てきた料理の美味そうな匂いときたらありゃあもう⋯⋯。
「(ジュルッ)」
思い出したら涎が出てきた。
タレもいいが塩がまたいいのよなぁ。酒と合うのなんの。
しかしホントあれには驚いた。
件のやきとりには鶏や豚の肉も使われていたのにも関わらず値段が安かったのだから。魔物肉だったら手に入りやすいし料理が安くても納得なんだが、あの店ときたら鶏や豚や牛をこれでもかってくらいに惜しげも無く使って、一本80ダルア。80ダルアだあぁっ?!
「どんな頭したらそんな安く出せんだよっ!?⋯⋯あ」
「なんだあいつ」「独り言?でかくね」
「⋯⋯」
すれ違ったカップル(仮)にヒソヒソされたわ、最悪。
出すつもりなかったのに声に出してしまいズーンと肩を落とす。
これもそれも顎が外れるかと思うくらいに驚かせたあの店が悪い。そう思うことにしよう、した。
これ一本でいくらするんだって手震えたもんな。先輩の奢りって言うから二本目からは普通に食ったけど。
他の店で同じ素材を使った料理食おうと思ったら、俺の稼ぎじゃ一月に三度食えりゃいい方だろうな。連れて行ってくれた先輩にはホント感謝しかない。上等な肉が安く食えたんだから。
きっと常連になる。いや、二日連続で行くんだからもう常連候補だな。
「(っとそうだ、今何時だろ)」
懐中時計を取り出し針先を見やる。
ダンジョン攻略中、街への引き返し時間を確認できるようにしつつも戦闘の邪魔にならないよう首から下げていた。
「⋯⋯46ぷ、47分になったか」
予約の時間は18時、それ前には着いていたい。少し急ぐか。
白い息を吐きながらギュムギュムと溶け残る雪を踏み行く。
俺が、俺たちが活動の拠点としている交易都市ウタヨイ。国内外から物資が集まる商業の中心地、そう言われるだけあり本日も立派に賑やかである。この時間の飲食店通りは特に。
仕事終わりの奴らが酒飲むぞと集まる時間だからな。道端にはもう既に酔いつぶれて眠りこけている者もいる。一体いつから飲んでいたのか顔が真っ赤だ。
なんてったってここは交易都市で商業の中心地だから、国内外から物資が集まる(二度目)。珍しいものだって手に入りやすいし、食材の鮮度も言わずもがな。下手したら王都よりもいいものが食べられるというわけだ。
俺ァここで活動を始めて食道楽が趣味になっちまったよ(独り言)。飲食店通りにいる奴らは大体そうだろうな。生きてる以上何か食べなきゃいけないし飲まなきゃいけない。それならより美味しいものをと求めるのが人というものだろう。
「(分かるぜ、おっさん)」
俺は酒に飲まれたりはしないがなと、眠りこけているおっさんを一瞥して通り過ぎる。
飲食店通りから少し逸れた小道、裏通りを進むと見えてくるこぢんまりとした店〈Kitchen.土井〉。目的地到着だ。
灯りがついたドアの前にはスタンドボードが一つ置かれ、日替わり料理のメニュー名が記載されている。今日は───
「おでん、ね。さっぱり分からん」
名前を聞いてもどんな料理なのかピンと来ないが、まあうまいんだろう。やきとりもうまかったし。
昨日はここから入ったなと正面にある店の入口を見てから左にある小道を少し進む。そのまま歩けば見えてくるのが、予約時に教えられた店の裏にあるもう一つの入口だ。
本当にあった⋯⋯と一瞬思うが、一回会っただけの客に嘘つく必要ないよなと思い直し陳腐な感想を心にしまう。
このどこにでもありそうな飲食店は、変わったサービスを行っている。しかし来る客皆に周知させるようなことはしていなかった。
何にしてもそうだが、そもそもやっていること自体を知らなければサービスを利用することはできない、知らないことすら知らないのだから。
スタンドボードの裏面にも何かあると気づいたのはそれに近寄った時だ。近づいた時の角度的に裏にも文字らしきものが書かれているのが見えた。気になって後ろに回って確認までしたが、先輩には変に思われたかもしれん。魔物狩りを生業とする奴に上品もクソもないが。
「(実際どれだけの人が気づいて、わざわざ裏に回ったり覗き込んだりするんだろうな)」
ちなみに裏面に書かれていた文字は、〈あなたの愚痴聞きます。〉という一文のみ。隠すようにスタンドボードの裏に書かれていたのであまり広まって欲しくはないのだろう、しかし気になる。だから自称店主に「表のボードに書いてあった愚痴聞きとは何ですか」と小声で聞いた。そこで予想外に普通の声量で返答され、どうやら見つけた人だけ特別にとかいうやつではなかったことを知る。
愚痴聞きサービスの事は先輩はもちろん他に来ていた客皆が知っている、所謂周知の事実だったというわけだ。
自称店主は続けて「そっちがメインじゃないし、たくさん来ると大変だからね」と語り、広まってもいいが愚痴聞きサービス利用者の行列ができてしまい飲食店業務がついでのようになってしまう事態は避けたいのだと言っていた。
ならちゃんと隠せばいいのにという言葉はお節介そのもの。言わなくて正解だ。
ほわわんと浮かんだ昨日の出来事を思い出しながら時間を確認する。
「3分前だ⋯⋯もう入ってもいいのか?」
愚痴聞きは一日三組限定で要予約とのことだった。昨日店主に聞いたら一人分空きがあるとのことだったので、せっかくならと予約させてもらったが⋯⋯自分のこと話すってなんか緊張する。真剣な話なんざ身内にでも言いづらいし。こういう機会でもないと自分と向き合う、心の整理をすることもないだろうと思ってその場で予約したんだけども。
「(ああ、一分前⋯⋯⋯⋯行くか)」
ドキドキと、強い魔物と対峙した時のような妙な緊張感を感じながらドアに手をかける。
チリリン。
ドアベルが表のドアとは違う音を響かせるのと同じくして、「いらっしゃいませーっ」という少し低めな声色ながら元気な挨拶が耳に入ってきた。歓迎の笑顔と共に黒色が混じった紫色の髪が揺れる。
「(⋯⋯他の従業員いたんだな)どうも。予約していたダナガンです」
失礼なことを考えながら口を開く。
てっきり昨日の自称店主が対応するものとばかり思っていた。⋯⋯まあそうか、そりゃいるよな。なんら不思議なことはない。
思い起こされるのは、一定間隔で金色が混じるふわっふわな白髪を揺らしながら料理をする、この店の店主だと言い張る少女の姿。
やっぱり昨日の子よりも、この人の方が店主に見える。明らかに子供といった風貌だったし、身近な大人に憧れてとか言うやつなのかも。
「ご予約いただいたダナガン様ですね。こちらへどうぞーっ」
革靴を脱いで隅に寄せその背に着いていく。
案内されたのは正面に掛けられた時計に向かって右側にある、扉はなく鍵もない個室。壁に修繕された跡がいくつかあるが、観葉植物とテーブルと椅子だけが置かれているシンプルな部屋だった。
壁が壊されるなんて、ここで一体何があったんだろう⋯⋯怖いな。
「そちらへおかけください」
彼女は椅子に座るように促し対面に座ると、一枚の紙を取り出してこちらへと渡してくる。
「まず初めにこれを。これから愚痴聞きを始めるにあたって守っていただきたいことを記したものです。平たく言うと同意書ですね。⋯⋯あっ、そうでした!私愚痴聞き担当のラーナっていいますっ。よろしくお願いしますっ」
「よ、よろしくお願いします」
紙に向けていた顔を上げ頭だけで会釈する。元気な人だ。
改めて渡された紙へと視線を戻し、書かれた内容に目を通す。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〈愚痴聞きサービスご利用に関する同意書〉
一つ、本サービスは一時間。砂時計の砂が落ち切るまで。
二つ、本サービスの開始はご注文いただいた飲食物の提供後から。
三つ、本サービス中に限りお食事のおかわりは無料・無制限。ただし、酒類の注文は禁止。
四つ、本サービス中の店員は基本的に聞き手に徹し、相談や回答を求められた場合のみ発言するものである。
五つ、本サービスのご利用及びご来店いただいた事実は一切口外いたしません。プライバシーを守り秘密を厳守することをお約束いたします。
六つ、万が一当店の過失により秘密が漏洩した場合には、当店がご利用者様へ相応の違約金をお支払いすることをもって本件は双方納得の上で解決したものとみなします。
ただし、利用者様ご自身による情報の公開や不注意で秘密が漏洩した場合には、当店は一切の責任を負わないものとします。
七つ、本サービスご利用の際は必ず注意事項をご確認ください。ご署名をもってこれら注意事項に同意されたものとして取り扱います。
以上の内容に同意の上、本サービスを利用される場合は下記に署名をお願いいたします。
彩晴 年 月 日
氏名______ 魔力印
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「⋯⋯あ、お酒はだめなんですね」
気になる項目があったので口に出すと、ラーナさんの若干切れ長気味の目が少し見開かれる。
「あれ?昨日、兄⋯⋯フィナちゃんから聞きませんでしたか?」
「(フィナちゃん⋯⋯ああ、自称店主の子か。確かそんな名前だったな)特には。料理食べ放題だって言うのは聞きましたけど」
「あーなるほど⋯⋯にぃったらまた丸投げしてっ⋯⋯もうっ」
急にボソボソとどうした。何を言っているのか聞き取れないぞ。
「あの、ちょっと聞き取れなくて⋯⋯もう一度お願いします」
「あっいえ!なんでもなくて⋯⋯え、えっとですね、以前サービスを受けに来られた方がお酒を飲んで暴れたことがありまして、それからサービス中は禁止にしてるんです!」
なんか誤魔化された気がする⋯⋯。ま、まあいいや。なんでもないというのなら大事なことではないんだろう。気にしない気にしない。
酒については嗜む程度にしか飲まないし、飲まない日だってあるくらいだから全く問題なし。
というかこの壁の修繕跡って客が暴れた時のか?
「もしかして、この壁のはその時に?」
「あははは⋯⋯はい。その時だけじゃないですけどね」
哀愁漂う思い出し笑いか、笑ってるのに笑ってない。憎しみも入ってるなこりゃ。縦長の瞳孔がかっぴらいてやがる。
〈愚痴聞きサービスご利用にあたっての注意事項〉と書かれた紙を最後までよく確認してから署名し、人差し指から少し魔力を放出、魔力印と書かれている所に押し付ける。不備はなしと、自分の名前と指紋がついた紙をラーナさんに手渡した。
「名前よし、魔印も⋯⋯問題ないですね。では次にこちらを⋯⋯はい、メニュー表です」
差し出されたのは飲み物の名前だけが書かれたメニュー表。出てくる料理は一品だけなので当然。食べるか食べないかの二択だ。
「オリジナルブレンドハーブティーと本日の料理をお願いします」
おでんという料理にハーブティーが合うのかどうかは知らないが、これからサービスを受けるにあたってはいい選択だろう。それに、口の中をサッパリしてくれるものの方が何度もおかわりができそう。
「今日のはエルド農園産のハーブを使ったハーブティーですよ。今持ってくるのでそれまでゆっくりしていてください」
ラーナさんが立ち上がったところで、「あっ」と声が出る。
「その⋯⋯俺が食べてる間、ラーナさんも何か食べたりとか⋯⋯」
その質問をしたのは、食べている姿を見られるのが恥ずかしいからではない。初めて会った人を目の前に一人だけ飲み食いするのはそういうものだったとしても気が引けるからだ。
何かあったのかとこちらを見つめていた彼女はそれを聞いて一瞬キョトンとした後、「ありがとうございます」とクスッと笑った。
「ご心配なく。私も飲み物くらいは飲みますので」
軽く会釈して歩いていく彼女。たまらなく顔を抑える。
どうしたんだ俺の顔、熱くなるには日が落ちすぎてるぜ⋯⋯。
「お待たせしましたーっ」と数分して戻ってきた彼女の腕には、湯気が立ちのぼる大盆が抱えられていた。お盆が拷問器具みたいに熱く⋯⋯ではなく、単純に乗っているものから発せられた湯気。
目の前に置かれたのはそのほかほかと湯気の立つ、深皿に具材がたくさん入ったスープとオリジナルブレンドのハーブティー。
「(なんとも優しい香り)ありがとうございます」
ダンジョン帰りなのでガッツリしたものだといいなと密かに思っていたが、これはこれで悪くない。ほわっとした優しい匂いは母さんがよく作っていた料理を思い出させる。
「それでは愚痴聞きのサービスを始めますね」
彼女は配膳が終わると再び対面に座り、コトリと砂時計をテーブルに置いた。
「ダナガンさんのタイミングで、時間内であればいつからでも話し始めていいですからね」
カチャリとカップを持ち上げハーブティーを啜る彼女と、ゆっくりと落ちゆく砂時計の砂を見てから目の前の料理に視線を落とす。
「(まずは⋯⋯冷めないうちに食おう)命に感謝を、恵に感謝を」
瞑っていた目を開けフォークを手に取る。
改めて皿に入っている具材を見ると、全体的に茶色っぽくはあるもののよく煮込まれていることが分かる具合で⋯⋯すごいうまそう。(本来なら値が張るはずの卵がおかわり自由のおでんに入っていたことにはもはや驚きもしなかった。昨日のことがあったので、出てきても不思議じゃないなと思ったから。諦めたとも言う)
食う順番などない。見たことがない具材も混じっているがお腹が空いているため、躊躇することなく目に付いたものから口に運んでいく。
外側の程よい弾力とホロホロと身を崩す中身の二段階の食感を楽しめる卵に、もっちゃもっちゃといつ飲み込んだらいいのか分からないクセになる小さい袋の中に入ったとろけた白い塊、汁と肉の脂が混ざってうまい二日連続の棒に刺さった何かの肉、掬うようにして食べないと崩れてしまうホクホクのじゃがいも、ふわふわと口当たりの柔らかいジュワッとすぐ溶けてしまう四角い白いやつ⋯⋯⋯⋯。
これはなんだろうか、とりあえず食べてみよう、不思議な食感だけどうまい。と既知の食材も未知の食材も口へと運ぶ。知らないものでも、出された以上は食べ物であることに間違いはない。
「これはなんて言う食材ですか?」
店内の灯りに照らされ光る灰色のものを指差す。ブツリと噛み切れるが口の中でもつるんと逃げる不思議な食材。
どんなに奇妙な見た目のものでも気にならなかったのだが、一つだけ飛び抜けて珍妙な見た目と食感のものが紛れ込んでいた。どうしても気になったので尋ねてみることに。
「こんにゃくですね。とある芋を風の魔法であれこれして凝固剤で固めたものです。フィナちゃん、固めるのに苦労したみたいです」
あれこれしてというのは、その芋を魔法で粉々にしたってことだろうか。このこんにゃくとやらはすごい手間がかかってるんだな。
「これは黒っぽいですけど、故郷には白とか赤とかいろんな色のものがあるんですよ。本当は同じ食材で作りたかったんですけど、ここではまだ見つからないんですよね。なので似てる食材で代用してます。あっ、味は保証しますよ!」
交易都市であるここで見つからないなんて珍しい。国交のない国の出身なんだろうか。
「はははっ、分かってますよ。どれもうまいです」
数ある具材の中で一番のお気に入りは大根。柔らかくなるまで煮込まれたこいつは、フォークを当てたそばからホロリと崩れていく。芯まで染み込んだ熱々の汁が噛むたびにジュワリと口いっぱいに広がって旨さで満たし、至福のひとときへと誘ってゆく。「うまい」それだけが口から零れる。
「おかわり持ってきますか?」
汁の一滴まで飲み干された皿。それを見て席を立とうとした彼女を止め、ハーブティーを一口啜り静かに息を吐き出す。おかわりは話した後にしよう。
【おでん】
冬咲昆布と大目鰹の鰹節からとった出汁に味の調整を加え、鶏の卵、餅巾着、牛すじ串、裸足じゃがいも、はんぺん、大根、ウィンナーなどを入れて煮込んだもの。
【冬咲昆布】
冬になると岩の間から生えてくる野草。
生でも食べられるが、固くて飲み込むのに時間がかかる。ちなみに、焼くとさらに固くなり木刀のような硬さになるので、お金がない一部の者はこれを打撃武器として密かに使用していたりする。
【大目鰹】
体の四分の一を占める大きな目を持つ鰹。
目は固くて食べられないが、目を覆う膜はコラーゲンたっぷりでとても美味。
【裸足じゃがいも】
小さい足がついたじゃがいも。
意思があるわけではないが、土の中から出されると足をばたつかせる。なお、地面に置いても足が小さすぎて、移動することなく倒れてしまう。




