6.Aランク依頼
「ここが魔物の森か……確かに魔物が多いな」
「そうだね……あっ、右前方にオークの群れ。左から回ろっ?」
「分かった」
俺には適正のない風属性。その中の索敵魔術を行使し続けているリーナに先導されて、俺は広葉樹が生い茂った薄暗い森の中を歩いていた。そのおかげで、ここまで三十分近くの間一度も魔物と戦闘をせずに済んでいる。
『ケイさんが強いことはよく分かりました。ですが気を付けてください。Aランク指定魔物──オークジェネラルは二体目撃されています。無理だけはしないでくださいね?』
ギルドを出る前。オークジェネラルの討伐依頼を受けるにあたりエリエッタが警告してくれた言葉を思い出す。
オークジェネラルが二体同時に発生か……。
その事実を反芻し、俺は思考の海に身を投げる。
オークジェネラルは本来、滅多に現れないオークの上位種。しかもジェネラルはオークやハイオークの群れを率いる習性もあることから、ジェネラル同士で群れることなど基本的にはありえないのだ。
あるとすれば……いや、どうでもいいか。俺は勇者のかませ犬になる。こういう頭使うことはリーナの方が向いてるしな。
「ねぇカイ」
「ん? どうした?」
「依頼の達成条件はオークジェネラルを一体でも倒せばオッケーって書いてあったけど、勇者様に倒してもらう用に一体は残す感じ?」
「そのつもりだ。勇者様が苦戦するレベルの魔物を残しておかないとかませ犬にはなれないからな」
それでこそ、攻略法を教える価値がある。勇者が難なく倒せる相手にボコボコにされるだけじゃ、俺が目指す、父さんみたいなかませ犬にはなれないからな。
俺が自分の世界に入り込んでいるとふと、隣からリーナのジトっとした視線を感じた。見るとリーナは、ハイライトの消えた栗色の瞳を細めていた。
「……今度は大怪我しないでよ」
そう言われて、俺はリーナから目を逸らす。
「……まあ、オークジェネラルの攻撃じゃ痛みを感じられないのは前に戦った時に分かってるしな。俺も別に怪我したいわけじゃないし……」
「ホントにー? じゃあアドバントにいる間にわざと大怪我したら一週間ずっとご飯おごりねっ!」
「ああ。分かったって……」
たぶん、大丈夫だろ……オークジェネラル以上の強敵なんてそうそういないし……。
最近魔導書を大人買いして手持ちが少ない俺は首を振り、頭の隅にこびりつく嫌な予感を振り払った。
***
「あれって……もしかしてオークロード!? オークジェネラルの上位種だよねっ!?」
「マジか……」
俺が嫌な予感を抱き、的中するまでには十分とかからなかった。
俺たちが身を隠している木から五十メートルほど先には、オーク種の大軍勢が形成されていた。しかも全てのオークがCランク指定のハイオーク以上。その中には、俺の身長の二倍近くある図体を持つジェネラルの姿が五十体近く確認できた。
そして、群れの中心にはジェネラルよりも二回りは大きいロードが鎮座していた。その横には、木よりも太い黒塗りの棍棒が立てかけられている。
にしてもオークロードって、二百年前に一度目撃されたことがあるだけの都市伝説みたいなやつだろ? なんでこうもタイミング悪く出てくるんだよ……。
俺の最優先目的はかませ犬になること。次点で痛みを感じること。
だから「都市伝説クラスの魔物の攻撃ならば痛みを感じられるかもしれない」という可能性を確かめない選択肢は俺には存在しない。つまりリーナに一週間ご飯をおごるはめになるわけで……。
金足りるか? どっちみち当分魔導書はお預けかぁ……。
「ねぇカイ、あれ見てっ! オークロードの魔石変じゃない?」
俺が一人落ち込んでいる横で、リーナがロードの胸元に埋まっている球状の魔石を指差す。
リーナに言われて目を凝らすと、確かにロードの紫色の魔石には違和感があった。
「確かに変だな。あの赤い亀裂……なんだ?」
人の頭くらい大きさで、他の魔物とは桁違いの大きさを誇るロードの魔石には、雷模様のように赤い亀裂が幾本か走っていた。
「普通魔石は魔物の強さに応じて緑か紫一色に染まっているはずだよね? あんな模様入りの魔石なんて文献でも見たことない……」
オークロードの出現に異質な魔石。イレギュラーの連続に違和感を覚えたリーナは、頬杖をつくようにして口元を押さえ、難しい顔をした。
深く考え込むリーナに、俺はストップをかける。
「リーナ。考えるのは後にしよう。とりあえず依頼分プラス、オークジェネラル大量発生の証拠に三体くらい狩ってから、ギルドに報告しに行こう」
「……う、うん。そうだね……えっ!? 今倒さないのっ!?」
「いや、この数相手だと全員まとめて最上級魔術で消し飛ばすしかないし……そしたら勇者様のかませ犬ができなくなるだろ?」
「そうだけど……」
リーナは歯切れの悪い返事をし、しきりにオークの軍勢に視線を送る。
「勇者様が来るまであれをほっとくの?」
「いいだろ別に。本当にヤバくなったら俺が責任持ってオークを全滅させる。だから俺に、勇者のかませ犬をやらせてくれ! 頼むよリーナ!」
俺が両手を合わせてお願いすると、リーナは目を泳がせた。
「もぉーしょうがないなぁ……いいよっ! 弟のわがままを聞くのもお姉ちゃんの仕事だしねっ!」
そう、リーナは俺に甘い。心配になるほどに。
リーナの家に引き取られてからの八年。同い年だというのに何度リーナにお姉ちゃんマウントを取られたものか。しかも普段は幼い妹のように甘えてくるのにだ。
だが代わりに、俺が本気で頼めば、リーナはだいたいのお願いを聞き入れてくれたのだ。
「そうと決まればちゃっちゃとオークジェネラル三体倒しちゃおー!」
リーナは「カイに頼まれごとされて嬉しー!」と聞こえてきそうなニヤけ顔をしながら杖を構えた。
「リーナ。ちゃんと集中しろ」
「分かってるって!」
リーナの表情が引き締まったのを確認し、俺はオークジェネラル三体に向かって左手のひらを突き出す。そうして魔力をこめると、杖代わりの銀の腕輪が黒く輝いた。
「フォースシフト」
そう唱えた途端、オークジェネラル三体の足元と、リーナの目の前に魔法陣が展開される。そしてすぐに、オークジェネラル三体は魔法陣の輝きに飲み込まれ、リーナの眼前に姿を現した。
「リーナ!」
「うんっ! フェアリーストーム」
次の瞬間。リーナの杖にはめ込まれた水晶が薄緑色に輝き、オークジェネラルたちの足元に魔法陣が展開。間髪入れずに、魔法陣からは無数の光の粒が妖精の形を持って舞い上がる。それらはヒラヒラと風の中を舞い踊り、オークジェネラルたちを飲み込んでいく。
やっぱ、リーナの魔術はいつ見てもきれいだな。
妖精たちはジェネラルたちの悲鳴もかき消し、小鳥のさえずりを聞かせてくれる。
春の日差しの下、のんびりと寝転がる心地よさ。それと似て、いつまでも浸っていたくなる妖精たちの歌と演舞。しかし五秒と経たない内に妖精たちは消え、後にはジェネラルの魔石だけが残っていた。
「終わったよー!」
「……ああ。お疲れ、リーナ」
リーナの魔術を惜しみつつ、俺はリーナとハイタッチした。




