4.勇者VSメルトスライム
「うそっ……」
「マジかよ……こんなあっさり人が死ぬのか……?」
カイが変装していた生意気な少年がメルトスライムに溶かされ、跡形もなく消え去った。その様子をまじまじと見せつけられた彩花は杖を落として両手で口を覆い、隼人は目を見開き呆然と立ち尽くした。
「くそッ……!」
オレ──裕也は奥歯を噛みしめて苛立ちを顕わにすると、前髪が崩れるのにも構わず額に手を当てて、頭をかき毟った。
オレは何をしている! 勇者ともてはやされ調子に乗った挙句、敵をなめて子供を見殺しにした。これでは有象無象の愚図と変わらないではないか……! 完璧でかっこいいこのオレが、凡愚どもと同列の愚図で終わってたまるか!
「……隼人ッ、彩花ッ!」
オレは二人の名を呼び、再び槍を構えた。
「裕也……?」
いつもうるさい隼人が、細く震えた情けない声を上げる。彩花は、生まれたての小鹿のように足を震わせ、今にも倒れそうだった。
このオレでさえ動揺したのだ。無理もない。どうやらオレたちには、ここが現実だという認識が足りなかったようだな。
……だがそれでも、オレは進む! 何人たりともこのオレの歩みを止めることなどできないと、示してやる。
オレはメルトスライムを睨みつけ、二人に問う。
「貴様らはそれでいいのか? 己の過ちに悲観し足を止める愚図のままでいいのか?」
「裕也、何言って──」
「オレはごめんだ。己の過ちを認め先に進むこともできないオレを、このオレ自身が認めない!」
オレは幼少の頃から、誰にも見られないように努力し、学び続けてきた。この世界に来てからも、誰もが寝静まった後に槍を振り続けてきた。それに自分ではどうしても分からない、できないことがあれば躊躇わずに教えを乞うてきた。
完璧でかっこいい、誰にでも誇れる自分であり続ける。それがオレの信念──生き様だ! どれだけ強かろうと、スライムごときに信念を捻じ曲げられてたまるか!
「貴様らの知恵と力を貸せ! メルトスライムはオレたちが討伐する!」
「……うん。分かった。……わたしたちが、やらないと」
彩花の声はまだ震えていた。それに顔色も悪い。それでも杖を構える彼女の姿には、どこか強迫観念のようなものが感じられた。
彩花は過去に何かあったのか? いや、今は関係ない。
「隼人、貴様はどうする?」
「おれもやる……正直まだわけわかんねぇけど。……それでもよ、裕也の話を聞いて、ここで立ち止まるのは違うって思ったんだ!」
俯いていた隼人はようやく顔を上げ、メルトスライムに剣先を向ける。オレは二人が戦闘態勢に入ったことを確認すると、メルトスライムに向き直った。
「ふんッ! それでいい」
だがどうする? 先の様子を見るに武器での攻撃は自殺行為……となれば、試すべきは魔術!
「神楽坂くん、隼人くん。わたしが魔術で攻撃するから、時間を稼いでほしいの」
「「任せろ!」」
同じ結論にたどり着いた魔術師の彩花。彼女の指示を受け、オレと隼人は同時にメルトスライムの左右に飛び出した。
「こっちだスライム野郎っ!」
隼人は走りながら剣と盾を互いにぶつけ、メルトスライムの注意を引く。するとメルトスライムは、津波のように体を広げ、隼人に襲い掛かった。
「うぉああっ!? あっぶねぇ……!」
全力疾走でなんとかメルトスライムの攻撃を避ける隼人。対してメルトスライムは、体の一部を触手状に伸ばし、再び隼人に襲い掛かる。
「やっべ……」
「このオレから目を逸らすなど、貴様の目は節穴か?」
隼人が顔を引き攣らせたその瞬間。オレはそこら中に転がっていたゴブリンの死骸を槍で持ち上げ、触手に向かって投げ飛ばした。
ゴブリンの死骸は触手に触れた傍から白い煙を上げて溶ける。だが、メルトスライムも瞬時に全てを溶かしきれるわけではない。
溶け残った部分の質量が触手を潰し、断ち切る。すると今度は、メルトスライムはオレに向かって触手を伸ばしてくる。
「ふんッ……もう遅い」
対するオレは槍先を下ろし、メルトスライムに背を向けた。そうして彩花に目を向けると、彼女の杖先に魔力が集中し、薄紫色の魔法陣が輝いていた。
「やっちまえ彩花ッ!」
メルトスライムから距離を取った隼人が笑顔で叫ぶと同時、彩花の魔法陣はいっそう輝きを増す。
「……ハウルライトニング」
彩花がそう呟くと、魔法陣からは狼の形をした二つの雷が現れる。それらは獲物に食いつく狼のごとき威圧感をもって、メルトスライムに突撃。
次の瞬間、雷が落ちたかのような轟音が鳴り響く。その原因は間違いなく、メルトスライムが存在した位置で発生した半球状のプラズマだろう。
彩花の魔術は地面を抉り、メルトスライムを跡形もなく消し飛ばしていた。
「やっ、た……」
「ふんッ! 当然だ」
オレは、魔力切れでふらつく彩花を支えて鼻を鳴らす。すると隼人は肩を組むようにして、全体重を乗せて飛びついてきた。
「やったな裕也!」
「ぐっ……離れろ鬱陶しい」
そうは言いつつも、オレはこの時だけは甘んじて隼人のハグを受け入れた。それからオレは前髪をファッサァーと掻き上げ、目を閉じる。
さすがはオレ! 完璧で最高にかっこいい戦闘だった。我ながら惚れ惚れするぞ!
そうは言っても、オレの中には一つのわだかまり残る。オレはメルトスライムが消滅した跡を見つめ、目を細めた。
……しかし、取り返しのつかない過ちを犯したのも事実……だがオレは、同じ過ちを犯すほど愚かではない。ゆえにもう二度と油断はしない。
オレは心の中で尊い犠牲を弔い、勝利の優越感と後悔の苦味を噛みしめた。
***
「よしっ! 初めてのかませ犬は成功だ!」
俺──カイは勇者たちの勝利を魔術で確認し、拳を握り締めた。
俺は勇者に一目置かれてから、メルトスライムの特性と攻略法を見せつけるようにして敗北。そして俺の負け方から勇者が、メルトスライムの弱点や特性を学んで最適解で倒した。
完璧だったろ俺のかませ犬ムーブ! 何度も夢に見て妄想してきたかませ犬に、俺はやっとなれたんだな……!
長年の夢が叶った達成感に酔いしれる俺を見て、怪我を治癒してくれたリーナはジト目を向けてくる。
「確かに勇者様たちはメルトスライムの弱点に気付いて倒せてたけどさー。カイがあんなボロボロになる必要あったの?」
「いやまあ……勇者はメルトスライムをなめてたし、まだ死と隣り合わせだっていう実感もなさそうだったからな」
リーナから目を逸らしてそう言うと、彼女に両肩を掴まれた。
「カイなら幻影魔術でやられたふりして、体を溶かされる前に無傷で転移できたよねぇ? ……本当は?」
鼻先が触れそうなほど顔を近づけたリーナに問い詰められて、俺は苦笑い。
「メルトスライムの溶解なら、痛みを感じられるかなーって……」
「カイのバカっ……それで死んじゃったらどうするのよ!」
そう言って俺の胸に顔をうずめるリーナにどうしていいか分からず、俺はリーナから視線を逸らした。
「けど、どんなに大怪我してもリーナなら治してくれるだろ?」
「もぉー……だからってわざと大怪我しないでよー!」
リーナは赤く染まった頬を膨らませ、俺の体をポカポカ叩いてくる。
そんなこんなで俺のかませ犬としての初仕事は上々の終わりを迎えた。
そして後日。国王の命により、勇者三人は冒険者の町「アドバント」に向かうこととなる。
***
アドバントのとある路地裏──。
「これが魔物増強剤だ。これをおまえに託し、我らは新たなる魔族の誕生を待つとしよう」
二つの人影が、液体の入った注射器と金貨をやり取りする。その内の一人──男の人影が纏うローブには「錆びれた王冠に伸びる血塗られた手」という構図のエンブレムが描かれていた。
「私はここで失礼する。我ら『アンダークラウン』は、いつでもおまえを歓迎するぞ?」
そう言って、男の人影は転移魔術を発動した。
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