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2.三人の勇者

「勇者様。宮廷魔術師長様からの伝令をお伝えに参りました」


 猫のような耳と尻尾を持つ獣人の少女が王城にある勇者の控室の戸を叩く。すると、腰まであるサラサラの黒髪を靡かせた勇者の一人──三嶋彩花(みしまさやか)が扉を開けた。


「どうぞ。ルルーニャさん」


「し、失礼します……」


 獣人の少女──カイの部下でもあるルルーニャは、恐ろしいほどに無表情を貫く彩花に顔を引き攣らせ、控室に入る。


 まずルルーニャの目に入ったのは、暖炉の前に置いてあるソファに座る美形の勇者──神楽坂裕也(かぐらざかゆうや)。彼は王城の侍女を両脇に侍らせ、ナルシストっぽく不敵に笑っている。


 そして「うおおぉぉっ!」と声を張り上げながら、重そうな盾を背負い腕立て伏せをしている短髪チビマッチョの勇者──尾川隼人(おがわはやと)


「それでルルーニャよ。オレたちに用とはなんだ?」


 裕也はファッサァーと前髪を掻き上げ、鋭い視線をキラリと光らせる。相変わらずの鼻に着く態度と、上から目線な発言に苦笑いを浮かべるルルーニャ。


(ウザすぎにゃっー! なんでウチよりも年下の十七歳の小僧にこんなペコペコしなくちゃならないのにゃー!)


「フゥ……」


 ルルーニャは息を吐き心を落ち着かせると、猫耳をピクピクと引き攣らせながらも作り笑いを浮かべた。


「勇者様たちにはこれから、王都周辺のアルグ平原で実践訓練をしていただきます」


「はっ? 今更アルグ平原だと? 貴様、このオレにまだゴブリンのような雑魚を相手にしろと?」


「ひっ……!」


 裕也に射殺すような目を向けられ、肩をビクッと跳ねさせるルルーニャ。その様子を見た彩花が裕也をたしなめる。


「神楽坂くん。そう突っかかっちゃダメ。ルルーニャさんの話を最後まで聞きましょう?」


 抑揚のない冷たい声でそう言う彩花に、裕也は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふんッ……彩花がそう言うのならば仕方ない。ルルーニャ、さっさと話せ」


「おいおい裕也……もう少し女の子には優しくしなきゃ嫌われるぜ?」


 腕立て伏せを終えた隼人が一方的に裕也と肩を組み、茶化す。


「さっさと離れろ。鬱陶しい」


「相変わらずつれねぇなぁ裕也は」


 どこの運動部にでも一人はいそうな暑苦しいムードメーカーの隼人。彼は裕也をあしらうと、ニッとルルーニャに笑いかけた。


(ふにゃー……隼人様は人として好感持てるけど、年下に気を遣われるなんて情けなくなるにゃー……後でカイ様に甘やかしてもらおうっと!)


 一人落ち込みため息を吐く。それからルルーニャは説明を始めた。


「実は昨日、アルグ平原にメルトスライムという強力な魔物が出現したんです。そのせいかゴブリンの数も急増していて冒険者たちにも被害が出ているんです」


「……スライムだと? この世界の人間はスライム程度も満足に倒せないのか?」


「神楽坂くん。困っている人が居るんだから助けましょうよ」


「彩花の言うとおりだぜ! なんたっておれたちは勇者なんだぜ?」


「ふんッ……まあいいだろう。このオレが雑魚どもを華麗に蹴散らすサマを見せてやろう」


 裕也は鼻を鳴らしてから立ち上がり、意味もなく純白の槍を回転させて顔の前にかざす。


 そうして、白い目をしたルルーニャの横を通り抜け、勇者たちはアルグ平原へと向かった。


***


「聞いてはいたけど、勇者ってとんでもない性格してるな……」


「すごかったね……あそこまでのナルシストは見たことないよー! ルルーニャには後でご褒美あげようね」


「そうだな」


 俺とリーナは魔術を通してルルーニャと勇者の会話を見聞きしていた。


 ルルーニャには、後で適当に甘いものでも買ってやるか。


 そんなことを考えながら、俺はリーナが淹れてくれたコーヒーに口をつける。


 ……やっぱりリーナのコーヒーはうまい。ナッツのような芳ばしい香りもいいし。


 すると、肩口までのふわっふわで鮮やかな赤髪を揺らし、執務室の書棚を整理していたリーナがふと首を傾げた。


「それはそうとカイ。大丈夫なの? 今の勇者様たちじゃメルトスライムはキツくないっ?」


「まあ、そうだろうな」


「『そうだろうな』って……まあ、カイなら大丈夫なんだろうけどさっ」


 そう言うとリーナはふざけた調子でいきなり後ろから抱きついてきた。


「……っ、おいリーナ」


 俺がリーナの腕を振り払うと、リーナは「にひひ」といたずらっぽく笑い、弾むように一回転。その際、彼女が身につけている俺と同じ宮廷魔術師用の黒基調のローブと、その下から覗く膝上までのスカートが靡いた。


 リーナは昔から変わらないな。


 無邪気にはしゃぐリーナを見て微笑み、俺は椅子から立ち上がった。


「シフトシェイプ」


 俺がそう唱えると、俺の体は輝き出す。俺の灰色の髪は茶髪に、百七十センチくらいあった身長は百六十センチくらいにまで縮まった。顔も十四、五歳くらいの少年のものに変わっている。


「えっ!? これカイなの!? 急に姿を変えてどうしたのっ?」


「いや、そろそろ勇者がアルグ平原に着く頃だし、俺も勇者のかませ犬として準備しようと思ってな」


 これから何度もかませ犬をやるんだ。同じ姿じゃさすがに勇者にもわざとだってバレる。


「さっきも思ったけど、かませ犬って何……?」


 首を傾げるリーナをスルーして、俺は鏡で自分の姿を確認する。それから土属性魔術で適当な鉄剣を作り、姿を変化させた時に作った鞘に納めた。


「じゃあリーナ。バックアップは任せたぞ」


「……う、うんっ! よく分かんないけど任せてっ!」


 リーナが頷くのを確認して、俺はすまし顔で勇者が向かったアルグ平原への転移魔法陣を展開した。


 だが内心はというと──。


 ……やっとこの時が来た! 俺、父さんみたいに上手く自分を犠牲にして勇者を導けるかな? メルトスライムの攻略法を勇者に見せて、上手く負けれるかな? メルトスライムの攻撃で痛みを感じられるといいなぁ! 人生初のかませ犬、楽しみだっ!


 ウキウキでそんなことを思いながら、俺はリーナを巻き込む形で転移魔法陣を発動させた。

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