19.勇者のお使いクエスト
「そろそろですよ勇者様!」
事情を話し、オレたちが乗せてもらった大型漁船。それが今、ミスリル鉱山の横を通過した。
「彩花。魔物どもの反応は確認できたか?」
「うん。大きな反応が二つと……その周りに小さな反応がたくさん。数えるのは無理そう……」
「なるほどな。ここまでは情報通りということか」
報告を終え、彩花が索敵魔術を解く。オレは甲板に寝かせていた槍を足で弾き上げ、構えた。
「まずは雑魚を駆逐する。異論はないな?」
「おうっ!」
「うん」
隼人はオレの隣で意気揚々と剣と盾を構え、彩花は静かに頷き、杖を構える。
間も無く、雑魚──もといジェノシャークの魚影が大群を成して船に迫る。同時に、彩花の手によって空には十もの黄色く光る魔法陣が展開された。
「ライトニング」
彩花が杖を振り下ろすと、魔法陣から十の雷柱が海に降り注ぐ。
雷に直撃したジェノシャークは言うまでもなく即死。直撃を免れたジェノシャークすら海水を通して感電し、動きが鈍る。だが、一部のジェノシャークは怯むことなく船を狙い、トビウオのように海面から跳び上がった。
「尾川くん」
「おうっ! 任せろぉ!」
彩花の合図で船の先端に飛び出す隼人。彼は迫りくるジェノシャークに対して盾を突き出し、叫んだ。
「ビックシールド!」
瞬間。鍋蓋サイズだった隼人の盾は黄金の光に包まれ、大船の帆よりも大きくなった。隼人の純白の盾はジェノシャークの侵入を一匹たりとも許さない。しかも黄金の光に触れた途端、ジェノシャークの体は塵になり、次々と消滅していった。
「よっしゃ! やっぱつえぇや『ビックシールド』。レベル四十で手に入った勇者専用スキル様々だぜ!」
「ふんッ! 俺のスキルの方が強いぞ?」
オレは甲板を蹴り跳び上がると、巨大化した隼人の盾の上に乗り、海面を見下ろした。そこでは、最初の半分にまで数を減らしたジェノシャークの群れがオレを見上げている。さしずめ、神に許しを乞う罪人のように。
このオレに慈悲を期待するなど愚かな。
「セイクリッドオーラ」
槍が、オークロード戦の時と同じ神聖な光を纏う。隼人のものと同様の黄金の光は空へと流れ、やがて頭上には十八メートルもの長さを誇る黄金の槍が形成された。
「グングニル」
オレは頭の上で槍を一回転させ、その切っ先を振り下ろす。すると黄金の槍は視界を覆うほどの白波を上げ、海を貫いた。その衝撃に海は荒れ、船が大きく揺れる。
後には、元はジェノシャークだったはずの塵だけが海に漂う。
流石はオレ! スキルまでもがこのオレに輝けと告げている。
オレは額に手を当て、やれやれと首を何度か横に振った。
「……さ、流石です勇者様! 今の一撃で魔物は全滅したんじゃないですか!?」
オレが甲板に降り立つと、舵輪を握るこの船の船長が早速声をかけてくる。希望に満ちた彼の目を、オレは鼻で笑った。
「ふんッ……これだから素人は困る。……まだだ。まだ大物が二匹、残っている」
オレが見据えた先──水平線の方向にはサメのような形の黒い体に、無数の赤い亀裂が入った化け物が二頭並んでいる。奴らはヤギのような角を持ち、角の横にある真っ黒な瞳は、獲物を狙う狩人のごとくじっとこちらを睨んでいた。
「奴らに船を近づけろ。このオレが一撃で終わらせてやる」
「はい勇者様。直ちに!」
船長はすぐに指示を出し、乗組員に帆を広げさせる。心なしか、乗組員たちの表情が明るくなっている気がした。
オレは、こちらを威嚇してくる二頭のサメ──グリムシャークを睨み返す。
もう誰も死なせん。あのサメに完勝して、オレは完璧なオレを取り戻す……!
オレは決意を固め、槍を握る力を強める。すると突如、二頭のグリムシャークの眼前に青の魔法陣が展開された。
情報通り……!
「隼人、彩花。作戦通りいくぞ」
「おう! 任せろ」
隼人は爽やかな笑顔を浮かべ、意気揚々と前に出る。そして、グリムシャークの魔法陣から極太のウォータージェットが射出されると同時に盾を構えた。
「ビックシールド!」
再び巨大化する盾が、迫り来るウォータージェットを完全に防ぎ切る。圧倒的な防御力の前には、ダイヤモンドすら粉々にしてしまいそうなジェット水流が水鉄砲のようにすら思えた。
するとグリムシャークはすぐさま海へと潜り、距離を詰めてくる。
「ライトニング」
すかさず彩花が雷を落とす。だが、グリムシャークは機敏な動きでそれを回避。海水を伝っての感電程度は意に介さず、船との距離は五十メートルを切った。
そこで初めて見えた。グリムシャークの、サメと呼ぶにはあまりに大きすぎる魚影が。
「ふんッ! 的がデカくて助かるな。セイクリッドオーラ」
再び頭上に巨大な黄金の槍を形成し、二頭のグリムシャークに狙いを定める。
グリムシャークとの距離は、瞬きするたびに四十、三十と減っていく。そしてグリムシャークは、「グングニル」の発動と着弾の時間差が限りなくゼロに近づく二十メートル圏内へ。
その瞬間、オレは槍を振り下ろした。
「終わりだ。グングニル」
刹那。光の槍は海を穿ち、グリムシャークの姿が掻き消えた。
勝った……!
そう確信し、オレはファッサァーと前髪を靡かせる。だが──。
「神楽坂くん! グリムシャークはまだ生きてる」
「なんだと?」
念のため索敵魔術を発動させていた彩花が、珍しく焦った声を上げた。その直後、十五メートルをゆうに超えるグリムシャークの巨体が、海の中から跳び上がった。
「無傷……だと!? あの状況から、このオレのグングニルをかわしたとでもいうのか?」
空に舞い上がり、本能的な殺意のみを湛えた真っ黒な瞳でオレを見下ろしてくる、二頭のグリムシャーク。オレはその黒と赤が入り混じった体を前に、歯を食いしばることしかできなかった。
まだ、力が足りない……! オレは完璧でなければならないのだ。……何者をも寄せ付けない圧倒的な力が欲しい……!
「くっ……隼人! ビックシールドだ」
「……お、おうっ! ビックシールド」
正面に展開された巨大な盾が、グリムシャークの突進を真っ向から受け止める。
「ぐっ……」
グリムシャークの大質量に船は押され、隼人も片膝をつく。
グリムシャークはというと、隼人の盾が纏う神聖な光を浴びてなお、皮膚が軽く焼けただけの軽傷だった。
「うぉおぉぉぉおおぉっ!」
隼人が雄叫びを上げ、渾身の力を持ってグリムシャークを海へと弾き落とす。グリムシャークは白波を上げ、盛大な着水を見せた。
「ハァ……ハァ……裕也どうする? 今の攻撃、防げてもあと二回だぜ」
大粒の汗を流す隼人に、オレは答えを返せなかった。
勝機が、見えん……。
隼人は攻撃を防ぐので精一杯。彩花の魔術は効果が薄い。そして、オレの「グングニル」ですら当たらない。
「勇者様。……一度引くというのは……いかがでしょうか?」
さっきまで希望に満ちていた船長も表情を引き攣らせ、恐る恐る撤退を促してくる。
引くしか……ないのか……ッ!
オレは震えるほど槍を強く握りしめ、声を絞り出す。
「撤退──」
「おぉっ! でっけーなー! グリムシャークってのは。釣り甲斐があるってもんだ!」
「別の……船?」
オレの声を遮ったのは、大型漁船に乗った、筋肉質な腕を持った中年の漁師だった。その腕には、雲間から差した陽光を反射し輝く、銀の腕輪がはめられている。
「やっぱり、あの人……」
アルグ平原とアドバントで見覚えのある銀の腕輪を見て、人知れず彩花は疑念を確信へと昇華していた。




