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18.得たもの

「ツナマグロの切り身、落札額は二枚で金貨千五百枚になります」


「金貨千五百……そんなに?」


 ツナマグロの競りが終わり、俺の財布には宮廷魔術師の給料二年分が舞い込んできた。


「そりゃそうだろロイ! ツナマグロなんて十年に一度お目にかかれるかどうかって代物だぞ? それをほとんど無傷で釣り上げたんだ。当然の報酬だ。胸を張れ!」


 あまりの額に放心していた俺の背中を、狼の獣人であるゴーロがバンバン叩く。


「……そうなのか」


「おう! おまえはそれだけすごいことをしたんだよ! ほら見ろ」


 そう言ってゴーロが親指で示した先には、もう一枚残っていたツナマグロの切り身と、それを囲う漁師たちがいた。


 ゴーロに促されるままに漁師たちの元へ行くと、ゴーロがビールジョッキを掲げ、宣言する。


「そんじゃ、ツナマグロ釣り上げを祝して──」


「「「カンパーイッ!」」」


 港の漁船用の船着き場。ゴーロや他の船の漁師たちによって、俺がツナマグロを釣り上げたことへの祝勝会が開かれた。


「ほらロイ。おまえが釣った魚だ。まずはおまえから食え」


 ナイフとフォークを押し付けられ、俺は促されるままにツナマグロの刺身を口にする。


「……ん!? うまいなこれ!」


 口にした瞬間広がる旨味とコリコリとした触感に、視界が弾けた。あまりのおいしさに脳が勝手に視覚、触覚、聴覚をシャットアウトし、味覚と嗅覚に全神経が集中される。


 気絶するほどうまいって言ってたのはこういうことか……。


 俺は真っ白な視界の中、半ば放心状態で次々にツナマグロの刺身を口に運んでいく。漁師たちもツナマグロを食べて騒いでいるが、今の俺にはそれがどこか遠くの出来事のように感じられた。


 そうして夢見心地のまま箸を進め、刺身の残りも少なくなってきた頃。ふいに脳内に声が響く。


「ねぇカイっ! カイってばっ! そのお刺身、ちゃんとあたしの分持って帰ってきてよっ?」


 ……っ!? リーナ?


 どうやら、リーナからの念話らしい。朝ベットから叩き起こされるのと同等の衝撃に、俺は思わず頭を押さえた。


「リーナか……」


「『リーナか……』じゃないよもぉー! カイばっかりおいしそうな魚食べててズルいっ!」


「分かったから念話で叫ぶのやめてくれ……頭痛くなる」


 そうして俺は残った刺身の一部を切り取り、宿屋に持ち帰った。


***


「何これぇ……」


 宿屋の二人部屋。リーナはツナマグロの刺身を口にした途端に魂が抜けていく声を上げ、ベットに倒れ込んだ。


 やっぱそうなるよなぁ……。


 リーナの様子を見ていると、また刺身が食べたくなってくる。


 いや、ダメだろ……これはリーナの分だ。


 ツナマグロに向かって伸びかけた手を押さえ、俺は気分を落ち着かせるために窓を開けた。すると、下の方から主婦たちの喋り声が聞こえてくる。


「ねぇ聞いた? ロイっていう漁師さんがあのツナマグロを釣り上げたんですって」


「ええ聞きました聞きました。漁師さんたちが興奮して町中に触れ回ってたもの」


 よし。いい感じに噂が広まってくれてるな。……これなら、自然とロイの名声が勇者様の耳にも入るだろ。財布の中身も潤ったし、今回はかなり順調だな。


 そんなことを考えていると、主婦らしき女性がもう一人、大通りの方から息を切らして走ってきた。


「あら? どうしたのそんなに急いで?」


 元から話していた二人が揃って首を傾げると、走ってきた主婦は前屈みになり、興奮気味に口を開いた。


「それがね! 勇者様の一向がシールに来たのよ!」


 もう着いたのか。思ったより早いな。……けど、ちょうどロイの噂も熱を持ってるし、いいタイミングだな。


***


「王城からの紹介状にあったのはこの店か?」


「そうみたい」


 オレ──裕也は今、シールの町で「ロッケンミスリル鍛冶工房」と書かれた看板を見上げていた。


 そもそもオレたちがシールに来た理由は、ルルーニャから紹介状を受け取ったことにある。


『勇者様。シールの町でミスリル装備を手に入れていただけませんか?』


 なんでもシールはミスリル鉱山が近く、優秀なミスリル鍛冶師が多いらしい。オレは少しでも強くなれるならと快諾した。


『いいだろう。このオレが使うにふさわしい装備があるというのなら、見せてもらおうではないか』


 オレが回想にふけっていると、隣から隼人の荒い鼻息が聞こえてきた。彼は新作ゲームに胸を躍らせる子供のような目を向けてくる。


「にしてもミスリルとか、ザ、ファンタジーって感じでワクワクするなっ!」


「ふんッ……くだらん。さっさと行くぞ」


 そうして店の扉を開けると、カランカランとベルの音が鳴る。中は鍛冶場になっていて、溶鉱炉や鍛冶師の道具らしきものが所狭しと置かれている。だが、店員の姿はどこにもなかった。


「おい。誰かいないのか?」


 のれんが垂れ下がった、奥へと続く通路の方に呼び掛けてみるが返事はない。


「いないみたいだな? 出直すか?」


「ううん。奥に一人いるみたい」


 いつの間にか索敵魔術を行使していた彩花がそう告げる。すると彩花の言葉通り、奥から気怠そうな足音が聞こえてきた。


「なんだよ冷やかしかぁ? 今は仕事なんか請け負っちゃいねぇよ。分かるだろうが」


 酒瓶を片手に現れたドワーフらしき背の低い男は、まだ昼間だというのに顔を真っ赤にして酔っぱらっていた。


「貴様、これを見ても同じことが言えるか?」


 オレが前髪を掻き上げてそう言うと、彩花が灰髪のドワーフに紹介状を渡した。


「……っ!? こりゃアルグス王家の……」


 紹介状に押された、アルグス王家の押印を見て目を見開くドワーフ。しかし彼はそれでもなお、首を横に振った。


「だが無理なものは無理だ。いくら王家の紹介状だろうと、この仕事は請け負えねぇ」


「何故だ? 貴様は勇者たるこのオレの装備を作るという栄誉を拒むとでもいうのか?」


 オレは顎を上げ、鋭い目つきでドワーフを見下す。すると彼は拳を握り締め、怒りを堪えるように全身を小刻みに震わせ始めた。そして酒に酔った勢いなのか、一気に怒りを爆発させる。


「こっちだってなぁ、ミスリル打てるもんなら打ちてぇよ! だが最近は交易船が止まっちまったせいで、加工に必要な魔力結晶が届かねぇんだから仕方ねぇだろ!」


 彼は酒瓶を床に叩きつけ、地団駄を踏む。その様子に隼人はギョッと目を見開くが、彩花は相変わらずの無表情だった。


 なるほどな。事情があったというわけか。


「おいドワーフ。詳しく話せ。魔力結晶は近くで調達することは可能か?」


「いいや不可能だ。魔力結晶はここからずっと北にある帝国との国境付近でしか取れない」


「ならばなぜ交易船が止まった?」


「そりゃここの沖に魔物が出て、通る船が片っ端から襲われてるからだよ。クソがっ!」


 決まりだな。


「ならばその魔物、オレたちで倒してきてやろう」

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