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17.ツナマグロ

「ここがシールかー! 海風が気持ちいいねっ!」


 潮の香りがする市場を歩きながら、リーナはキラキラと輝かせた目を周囲に向ける。


「ねぇカイっ! あれ食べよっ? あのイカ焼きおいしそうでしょー?」


 笑顔で俺の手を引くリーナ。彼女は完全に観光気分になって浮かれている。確かに俺も、普段ならシール観光を楽しめたかもしれない。だが──。


 金がない……!


 イカ焼き代を払う際、財布の中身を見た俺は冷や汗を浮かべた。


 なんせまだリーナの食事代おごりは継続中。しかもまだ三日もある。宮廷魔術師としての稼ぎは、俺を拾ってくれた恩のあるリーナの両親にほとんど仕送りしているため、二週間後の給料日まで収入のあてはないのだ。


「おいしー!」


 頑張ってイカを噛み、無邪気に表情を蕩けさせているリーナを見て、俺はため息を吐いた。


 これじゃ絶対足りないよな……かませ犬の準備と並行して稼ぐ手段でも探してみるか……?


 名声を上げつつ稼ぐ。そんな都合のいい手段が果たしてあるのだろうか。そう思っていた時、隣の魚屋で話している客と店主の会話が聞こえてきた。


「なんだ。今日もちっちゃい魚ばっかりだねぇ?」


「そうなんだよ奥さん。最近、沖にバカでけぇ魔物がうろついてるせいで遠くまで釣りに行けなくてよ。おれ含め漁師連中はみんな参ってんだよ」


「それは物騒だねぇ……」


「ああ。しかもその魔物に交易船まで襲われて交易も止まっちまったもんだから、商人連中も泡吹いてたぜ」


 なら今回は、勇者にその魔物を討伐してもらうか。そうなると、かませ犬としては海に関する名声が欲しいな……。


 考えるや否や、俺は残金の心配も忘れて魚屋の店主に話しかけていた。


「すみません。その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」


「そりゃ構わねぇが、兄ちゃんたち観光かい?」


「はい。それで、その魔物が出るのってどのあたりですか?」


「それならあの島見えるか? ミスリル鉱山島。見えるだろ? あそこからさらに数キロ行った先で通る船が片っ端から襲われてんだ」


 店主が指さした方を見ると、確かにドーム状の岩山がある離れ小島があった。


「なるほど。あと他に何か知ってることはありませんか? 魔物の種類とか」


「それは分からねぇが……そういえばそいつとは違うだろうが、湾にツナマグロが現れたって噂を聞いたぜ?」


「ツナマグロ?」


 俺が聞き返すと、店主は耳を貸せと手招きしてきた。それに応じると、店主は囁き声で話を続ける。


「ああ。そいつも全長八メートルはある魔物なんだが、そいつは食えるんだよ。高級食材になっててな。しかも食べただけで気絶するくらいうまいって話だぜ?」


 それって……! かませ犬用の名声と資金の確保を同時にできるんじゃ……。


 俺ははやる気持ちを抑えて、小声で店主に聞き返す。


「そのツナマグロって誰でも釣れるような奴なんですか?」


 この返答次第では、ツナマグロを釣ることで十分な名声を得られるかもしれない。俺は宮廷魔術師試験の合格発表を待つとき以上の緊張感に唾を呑み、店主の口元を凝視した。


「いいや。あんなバケモン、仕留められる奴はそうそういねぇよ」


 よしっ! 決まりだ。俺はツナマグロを釣り上げて、金も名声も手に入れる……!


「ありがとうございます! 今度何か買いに来ますね」


 俺は店主に早口でお礼を言い、手に持っていたイカ焼きにかぶり付いた。


 もう冷めていたけど、すごくうまかった。


***


「それで、どうやってそのツナマグロを倒すの?」


 宿屋の二人部屋で一通りの説明をすると、リーナはそう聞き返してくる。小さく首を傾げる彼女に、俺は自分の姿を見せつけた。


「この漁師の格好で誰かの船に乗せてもらって、釣り上げる」


 「シフトシェイプ」で筋骨隆々の中年漁師へと姿を変えた俺は、自信満々にそう答える。そして演技練習として、ニカッと白い歯を見せてみる。


 リーナは苦笑いを浮かべ、一歩後退った。


 なんか、地味に傷つくな……。


「似合ってないよそれ。目、泳ぎまくってるし……」


「そうか? じゃあ練習しとく」


「それよりそんなに都合よくツナマグロが現れてくれるかなぁ?」


「ああそれなら、リーナの索敵魔術でツナマグロを見つけて位置を教えてくれれば、俺の挑発魔術でおびき寄せられるだろ」


「確かにっ! それなら絶対に釣れるねっ」


 納得した様子のリーナを見て、俺は扉を開ける。


「だろ? じゃあ俺は乗せてくれる船探してくる」


「うん。行ってらっしゃい」


***


 翌朝──午前四時。俺は真っ暗な海を眺めながら、船に揺られて釣り糸を垂らしていた。


「よぉロイ。この船の乗り心地はどうだ?」


 たいまつの明かりに浮かび上がるのは、筋肉質な体つきをした狼の獣人──ゴーロ。俺はロイと偽名を名乗り、昨日のうちに彼の船に乗せてもらえるように交渉したのだ。


 丸太のような腕を組み、仁王立ちするゴーロに俺は、ニカッと白い歯を見せて笑った──今度は目を泳がすこともなく爽やかに、言ってやった。


「この船を乗り心地いいっていう奴がいたら、そいつはバカだなっ!」


「ワハハッ! ったく言ってくれるじゃねぇかロイ。船のないおまえよりはマシだろうが」


 太い腕を俺の肩に回してくるゴーロに応え、負けじと俺も笑い、豪快な釣り親父らしく振る舞う。


「ハハッ! それもそうだな」


 そうしてじゃれ合っていると、釣り竿が揺れた。その瞬間、ふざけ合っていた俺とゴーロの目つきは鋭くなった。


「来るぞ」


「ああ」


 俺は竿を握る力を強め、獲物が餌に食いつく時を待つ。さらに「ライトニングブースト」と隠蔽魔術を同時発動し、ゴーロたちに気付かれないように力を底上げする。


 それから何度か釣り竿がつつかれた──次の瞬間。船ごと海に引きずり込む勢いで、釣り竿が引かれた。


 聞いてはいたけど、思った以上にデカいな……!?


「うおっ!?」


 他の乗組員たちが驚く中、俺は竿を離さず引っ張る。すると隣からはゴーロの鋭い声が飛んできた。


「ロイ……こいつは大物だぜ! 手伝うかっ?」


 船の下に見える、八メートルをゆうに超える魚影は暴れ回り、海面が荒れる。荒波が船上を襲うが、俺とゴーロは船のふちに足を引っ掛け、落水を防いだ。


「……いいや。俺一人で、大丈夫だ」


「へっ。そうか。……いい顔してるじゃねぇの」


「ありがとさん!」


 俺は魚影を見据えると、「ライトニングブースト」に費やす魔力量を増やした。さらに「エンチャントハーデニング」で釣り竿の強度を強化。


 そして、一気に釣り竿を振り上げた。


 よしっ!


「デケェ……」


 全長八メートルを超える、マグロに近い姿形をした魔物が空を舞い、放物線を描く。


 かませ犬の準備。これで仕上げだっ!


 俺はすぐに釣り竿を捨て、鉄剣を錬成。腰だめに剣を構え、船の真上に投げ出されたツナマグロに向かって二度、振り抜く。


 刹那──ツナマグロの胴体に亀裂が走る。程なくして船の上には、きれいに三枚おろしになったツナマグロの魚肉が落下した。


「す……」


「ん? どうしたんだ?」


 魔術で作った剣を消した俺は、急に静かになった乗組員たちに疑問を向ける。すると、一番近くに立っていたゴーロが、俺の両肩を鷲掴みにした。


「すげぇよロイ! あんなデケェ魚を釣り竿一本で釣り上げた奴は見たことねぇ!」


「そ、そうか?」


「ああ見たことない! それに何だよあの剣技! よく分からんけどすげぇな!」


 よしっ! 成功だなっ! これで確実にロイの名が広がる。下準備は完了だ。


 俺はゴーロにブンブンと肩をゆすられながら、内心ガッツポーズをした。

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