14.事態の収束
オークロードを発生させた犯人は、エリエッタさんだったのか……。
レッサーフェンリルを一撃で鎮めた俺は、エリエッタの前に降り立つ。リーナは、気絶したシベリウスの様子を見に行った。
「そんな……オークロードと同等のレッサーフェンリルが一撃で……」
レッサーフェンリルが崩れ落ちるさまを見て、エリエッタは床に膝をつく。そして、ハイライトが一切ない紫の瞳で俺を見上げた。
「ケイさん……どうしてここに……」
「リーナが、犯人はこのタイミングでシベリウス伯爵を狙うってことに気付いたからだ」
面倒だが、まあ俺も宮廷魔術師だしな……。
勇者のかませ犬になるには、勇者の動向を知り、ある程度は彼らの動きを操れる地位にいる必要がある。それだけの理由で入った宮廷魔術師だったが、それでも一応は宮廷魔術師長にまでなった。
だから最低限、王国の安寧を維持する為には働かないとな。
「そう、ですか……私がシベリウスのブラックウルフをレッサーフェンリルに変えようとしていることに気付かれた、ということですね?」
「うん。そうだよエリエッタさん……せっかく仲良くなれたのに残念……どうして、こんなことをしたの?」
シベリウスの潰れた両足を止血し終えたリーナが答える。俯いた彼女の、赤髪に隠れた栗色の瞳は、寂しく揺らいでいた。
「私は、自分のことしか考えないシベリウスや冒険者たちが憎かったんです」
そう言ってエリエッタは過去──シベリウスを恨むこととなった原因について話した。
辛かったんだろうし、憎むのも当然なんだろうけど……やっぱり俺には、その気持ちが分からない……。
両親を見殺しにされた。そう聞いても、俺の心は動かなかった。
「エリエッタさん……!」
そんな俺と違い、リーナはエリエッタに駆け寄り彼女の手を取る。
「あたしが必ず、シベリウス伯爵に罪を償わせるからっ! だからもう、後はあたしたちに任せてください」
だが、エリエッタはリーナの手を振り払い、ポケットからナイフを取り出した。
「ごめんなさいリーナさん。私は、両親を見殺しにしたあいつらを殺すためだけに生きてきたんです。だから今だけは、邪魔しないでください」
「……っ」
大切な人を失ったことがないリーナは、エリエッタを止めに動くことができない。辛うじて伸ばした手もエリエッタの肩を掴めず、虚しく空を切った。
エリエッタはシベリウスの顔を冷たく見つめ、両手に握ったナイフを頭上に掲げる。
「そんな簡単に殺していいのか?」
「どういう……意味ですか? ケイさん」
首から上だけを俺に向け、エリエッタが動きを止める。俺は一歩、エリエッタに近づき続きを話す。
「シベリウス伯爵はエリエッタさんの両親や多くの民を見殺しにした。それに、七年前に施行された差別禁止法もある。これまでのシベリウス伯爵の差別発言、差別行動の証言を集めて王城で裁きを受ければ、シベリウス伯爵は長い間苦しんでから死ぬことになるぞ」
「それは……」
迷いの生まれたエリエッタに、俺はまくし立てる。
「この分だと、シベリウス伯爵は地位と財産を剥奪された後で鉱山奴隷になるだろうな。そしてその罪人奴隷専用の鉱山には、だんだんと体の自由を奪い、ひどい激痛を伴い一年以上かけて服毒者を死に至らしめる毒素が満ちている」
「ふ、ふふ、ふざけるなッ! 貴様この私をそのような地獄に──」
「黙ってて」
「げふっ……!?」
いつの間にか意識を取り戻したシベリウスが喚くと、リーナが足で彼の口を塞いだ。シベリウスの目は恐怖に見開かれ、全身から滝のような汗を流している。
エリエッタは、与えられるであろう刑罰に恐怖するシベリウスの様子をじっと見つめる。しばらくすると彼女はフッと息を吐き、ナイフを床に落とした。
「……分かりました。この男の処遇はお二人にお任せします。私も彼には、死ぬことの怖さをたっぷり味わってほしいですから」
「んん~~!」
リーナに口を塞がれたシベリウスは抗議しようと暴れるが、リーナが一瞬で気絶させた。そして俺はリーナとアイコンタクトを取り、転移魔術でリーナとシベリウスを王城に転移させた。
「エリエッタさん。一つ聞いてもいいですか?」
「それはこの薬の入手経路、ですよね?」
エリエッタは視線で、床に落ちた注射器の破片を指す。
「ああ。それは、魔物を強制的に上位種に進化させる薬ってことであってるか?」
「はい。そうです……魔物増強剤と、彼は呼んでいました」
それからエリエッタは、「アンダークラウン」と名乗る組織に所属する男から魔物増強剤を受け取ったことを話した。
「彼らは強い魔物を作り、新たな魔族を誕生させることを目的としていました。……おそらく彼らも、私と同じように人間社会が滅びてしまえばいいと思っているのでしょうね」
そう言って自虐的に微笑むエリエッタに、俺はかける言葉が見つからなかった。今の彼女の気持ちを本当の意味で理解できていない俺に、何も言う権利はないと思ったから。だから、話題を続けることを選んだ。
「じゃあそのアンダークラウンって組織は、今の、魔族同士で牽制し合っている状況に見かねて動き始めたってことか?」
「そうだと思います」
魔族は現在、ここイーガル大陸には六体存在する。
彼らはそれぞれ占領地を持ち、それを広げようとしている。だが、魔族は縄張り意識が強く、他の魔族が占領地を広げないよう圧力を掛け合っているのだ。おかげでここ十数年は魔族による被害がない。
『だがこれは奇跡的なバランスの上に成り立った、裁縫糸の上に立つような不安定な安寧だ! すぐに手を打たねば人類は容易に滅ぶ』
七年前、アルグス王国の国王がそう言った。それに占領地に元々住んでいた人たちは虐殺か魔族の奴隷落ちとなり、今も苦しんでいる。このような現状に終止符を打つべく、人類は勇者を召喚したのだ。
まとめると、この世界の魔族は皆独立しており、おとぎ話の魔王のようなものだという事だ。
って今はそんなことはどうでもいいよな……。
黙りこくっていた俺から目を離し、エリエッタは落としたナイフを拾う。俺は故意に感情を殺した声を、エリエッタにかける。
「死ぬつもりですか?」
「止めては、くれないんですね……」
自分の喉元にナイフを当てたエリエッタは、クマのできた目元を細め、疲れ果てた笑みを浮かべた。
人の痛みがわからないから、俺の言葉は勝手な想像の副産物にしかならない。
こんな俺が、人の生死に口出ししてはいけない。だから──。
俺は自分の足元に転移魔法陣を展開し、謁見室の扉を指差した。
「それは勇者様たちに任せますよ」
最後にエリエッタに微笑み、俺は転移魔術を発動させた。
***
「エリエッタ!」
カイが転移すると同時に、オーグスが謁見室の扉を蹴り開けた。隣には勇者一行や、エリエッタの復讐相手でもあるAランク冒険者三人の姿もあった。
その後、エリエッタはオーグスと勇者によって説得され、罪を償って生きる道を選んだ。




