13.黒幕
「リーナ。これどう思う?」
魔物の森の中。勇者とオークロードの戦闘を遠隔透視魔術で見終えた後。俺は映像が映し出された魔力球に、オークロードの二の腕にある注射痕をアップする。
「これって注射痕……だよね? それにあの赤い亀裂が入った魔石……もしかして、誰かが魔物を強化する薬物を使ったってこと……?」
辺境伯令嬢かつ宮廷魔術師モードのリーナはにこやかな表情をひそませ、口に手を当てて考える。
「確かに言われてみたら、オークロードはオークジェネラルの上位種だから、目撃情報がおかしかったよね」
「ん? どういうことだ?」
「魔物が上位種になるには、通常ならかなりの時間がかかるでしょ? でもオークジェネラルの目撃情報は二体同時に現れたのより前は一度もない。でもこれって変じゃない? オークジェネラルが二体現れた時にはもうオークロードはいたはずだよね?」
「ああ。なるほどな」
オークロードに進化する前に、長い間オークジェネラルとして存在したはずの個体の目撃情報がないのはおかしいってことか……ここは冒険者の多いアドバントだしな。なおさら見つからないはずがない。
……ヤバい、頭パンクしてきた。
「──前に魔物を強化する違法薬物を研究してた組織があるって記録は見たことあるし……だとしたら今回のオークロードは、人為的に作られ──」
うん。もう後はリーナに任せよう。
俺は思考放棄して、リーナの凛とした横顔を見守る。
「じゃあ犯人はどうしてオークロードなんて作ったんだろう? やっぱり町や冒険者を襲わせるためだよね……? 次狙うなら──」
リーナの考え事するときに独り言を漏らす癖、見てて飽きないよなぁ……。
そんな呑気な暇つぶしをしていると突如、リーナがバッと立ち上がった。
「カイ! 犯人の次の狙いは伯爵だよっ! たぶん、冒険者たちが町から出払ってる今のタイミングを狙ってくる」
「分かった。転移魔術でいいな?」
けれど、伯爵邸に転移するのには大きなリスクがある。理由もなく伯爵邸に入れば不敬罪と不法侵入罪で首が飛ぶからだ。
つまり伯爵邸へ転移して、リーナの考えが間違っていたら俺たちは仲良く打ち首。にもかかわらず俺は、リーナの論理も聞かずに迷わず伯爵邸への転移魔法陣を展開した。
リーナが間違うはずないもんな。
「行こう、カイ。犯人を止めよう」
「ああ」
俺は、転移魔法陣を発動した。
***
「ひ、ひいぃぃ……!」
伯爵邸の謁見室。ちょっとした舞踏会なら開けそうなくらい広い部屋に、シベリウス伯爵の情けない声が木霊する。
彼の前では、全身が黒い体毛に覆われた巨狼──レッサーフェンリルが低い唸り声を上げていた。
「何故私のブラックウルフがこんな化け物にぃ……!」
腰が抜けて尻もちをつき、引き攣った表情で涙と鼻水を垂れ流しているシベリウス。彼は、頭上から鋭い牙をちらつかせてくるレッサーフェンリルの後方に視線を向ける。そこには、一人の女性が立っていた。
「この地に魔族を誕生させるためです。魔族は一体の魔物が人の魔力を十万人分吸収したら誕生することはあなたも知っているでしょう?」
抑揚のない声でそう答えたのは、青みがかった黒髪を三つ編みにした、紫の瞳が特徴的な受付嬢──エリエッタだった。彼女の手には、空になった注射器が握られている。
「何故そのような……」
「それはあなたが憎いからです。あのAランク冒険者たちも憎いです。そんな人間のクズみたいなあなたたちが贅沢に暮らせるこの町も、全てが憎いからです」
光を映さない瞳で、一切の表情が見られないエリエッタ。彼女は淡々と語り、シベリウスに詰め寄る。
「あなたは十二年前、この町が魔物の大侵攻に見舞われた時、目の前で倒れていた私の両親を見殺しにした。それどころか、当時からAランクだったあの三人をお金で誘惑し、自分だけ逃げた」
エリエッタの声は徐々に震えだし、彼女は一度言葉を切る。そして、周囲に転がるシベリウスの騎士たちの亡骸を蔑視した。
「彼らも彼らです。お金と地位に目がくらみ、魔物に襲われている人たちに目もくれずにあなたと一緒に逃げて……挙句の果てにあなたの騎士となり、冒険者や庶民に酷いことをした。これを許せだなんて無理があるでしょう?」
「黙れ平民風情が! 伯爵たるこの私の命を平民よりも優先するのは当然だろう! 私は何も悪いことなど──ぎゃあぁあぁぁああぁぁぁっ!」
ふいに、レッサーフェンリルがシベリウスの両足を踏みつぶした。
「この『魔物増強剤』を使って上位種に進化させた魔物は、一時的に使用者の命令を聞いてくれるんです。……あなたにはせめて苦しんで死んでいただかないと、両親の気も晴れません」
「ぐうぅうぅぅ……貴様、この私にこんなことをして許されるとでも──」
「誰が許さないんですか? もうすぐ魔族が誕生し、この地は魔族に支配されるというのに」
言葉に詰まり、激痛に侵されるシベリウスは、恐怖に強張る喉を無理やり動かして怒鳴る。
「……き、貴様は分かっているのか! 貴様も、死ぬか、一生魔族の奴隷になるのだぞ!」
「ええ。そうですね。けれど私は、あなたやこの町に復讐さえできればどうなろうと構わないのです」
エリエッタはどこまでも無表情かつ抑揚のない声でシベリウスを見つめる。床に崩れ落ちたシベリウスをじっと見つめ、彼の顔に向かって注射器を落とした。
それが合図だった。全長五メートルはあるであろうレッサーフェンリルは跳び上がり、注射器ごとシベリウスの顔に噛みつく──。
「チェインライトニング・コンバージ」
レッサーフェンリルの牙がシベリウスに届く直前。神々しいとさえ思える光の柱が、レッサーフェンリルの胴体を抉る。
「な……なんなんですかこれは!?」
食堂の丸テーブルくらいの半径を持つ稲妻を纏った光の柱は、一瞬にして触れたもの全てを消し飛ばした──アダマンタイトよりも固いとされる、レッサーフェンリルの魔石すらも。
「間に合ったみたいだねっ! カイ」
「そうだな」
天井を見上げるとそこには、男女二人の魔術師が空を飛んでいた。彼らはレッサーフェンリルが息絶えたことを確認し、エリエッタを見下ろしていた。




