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11.二度目のかませ犬

「勇者様。下がってくれませんか? あなたではオークロードに傷一つ付けられず、攻撃も防げない。はっきり言って足手まといです」


「はっ……!?」


 俺からの突然の戦力外通告に、裕也の鋭い目が大きくなる。


「何を驚いているんですか? 今の攻防で、あなたじゃオークロードには太刀打ちできないと分かったでしょう。下がっていてください」


「くっ……」


 実際にロード相手に何もできなかった裕也は、何も言い返してこない。相変わらずのナルシストポーズを取ってはいるが、裕也は上から目線をやめ、槍を下ろした。


「それでいいんです。後は見ていてください」


「ブオォォォオオオォォッ!」


 俺がオークロードに向き直ると同時、ピリピリと空気を揺らす咆哮を上げたロード。その鼻先には魔法陣が展開された。一拍置いて、俺の足元にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。


 おまえもストーンウォール使うのかよっ……!


 俺は隆起する地面を軽快なステップで避ける。


 でもまあ、このくらいなら勇者様も対処できるか。だったらやっぱり、俺が教えるべきはあの速さへの対処!


 視線を向けた先に、すでにロードの姿はない。山のような巨体は左右にステップを踏み、迫ってくる。


 勇者の目じゃこの動きは追えないよな。


 そう思い、俺は「ライトニングブースト」に費やす魔力を四分の一以下に減らし、身体能力を裕也のそれに合わせた。


 ハハッ……こう見ると笑うしかないくらい速いな。けど──。


「ここだろ?」


 俺はオークロードの攻撃が来るよりも早く、左に避ける。その瞬間、一拍遅れたロードの棍棒が、さっきまで俺が立っていた地面を砕いた。


「……っ!? 今、奴は……攻撃より先に動いて避けた?」


 俺の動きを見て裕也が息を呑む。視界の端に裕也の様子を捉えた俺は、頬を持ち上げた。


 そうだ。気付け勇者様! こいつは棍棒を真っすぐ振り下ろすことしかしないし、自分が速すぎて攻撃直前での位置の微調整ができないんだ。そして、攻撃後の一瞬、ロードは足を止める!


 俺は迷いなく地面を蹴って跳び上がり、ロードの肩口から心臓に向かって剣を振り下ろした。


「グオォオァアアアァァッ……!」


 俺の剣は火花を散らしながらもオークロードの皮膚と肉を削り、初めてオークロードが絶叫した。だが刀身は、ロードの心臓に届くより先に止まってしまった。


「ケイでもダメなのか……?」


 オーグスが俺──カイの偽名を呼び、絶望を口にする。俺も目を見開き、驚愕に身を打ち震わせる──ふりをした。


 よしっ! 我ながら完璧な力加減っ! これで心臓付近の鋼鉄の皮膚は取り除いた。これなら今の勇者様の力でもとどめを刺せる。後は、盛大に負けるだけだなっ!


 ロードの胸元に食い込んだ剣にぶら下がる形になった俺を、オークロードが牙を剥き出しにして睨んでくる。対して俺は剣を引き抜こうとロードの肌に足を着いた。


 さあ、やってくれ! 都市伝説みたいな魔物なんだろ? だったら俺に、痛みを感じさせてくれっ!


 剣を引き抜こうとする俺の体を、オークロードが鷲掴みにする。


「ケイッ!」


 オーグスが血相を変えて俺の偽名を呼ぶ。レイジや他の冒険者たちも悲壮感に満ちた面持ちで俺を見上げ、口を開けていた。


 直後、俺の体は真上に投げられ宙に浮く。そして、ロードが両手に握り直した棍棒が、音速を越えて俺の体を打ち付けた。


「かひゅっ……!」


 内臓がいくつか潰れた反動で息が漏れる。全身の骨は粉々に砕け散り、俺は空を飛んだ。眼下の景色が線になり、どこまでも殴り飛ばされた。けれど、痛みは感じない。


 なんで……! これでもダメなのか? これでだめならもう、打撃で痛みを感じるのは無理だぞ……! くそっ……俺は痛みを感じて、人の痛みを理解したいのに……。


 父さんや母さん。それにリーナや、リーナの両親で俺の義理の両親でもあるエリージャ辺境伯夫妻。彼らの優しさや思いやりに触れて、俺は自分も人を思いやれる人間になりたいと、そう思ったのに。


 でも、俺は痛みを感じたことがないから、人の痛みが分からない。想像することしかできないから、寄り添うことができない。だから俺は早く人の痛みというものについて知りたい。なのに、生まれつきの痛みを感じない体質がそれを邪魔する。


 どうすれば……俺は痛みを感じられるんだ……!


 俺は、血をまき散らしながらどこまでも飛んでいく。


 ……ってかこれ、いつ止まるんだ……?


 そう思い始めた頃、柔らかな風が俺の体を包み込み、誰かが俺の体を受け止めてくれた。


「カイ!」


「リー……ナ……」


 肺や喉が潰れて上手く声が出せない。そんな俺を受け止めてくれたのは、風属性魔術で空を飛ぶリーナだった。


「エクスヒール」


 彼女は器用にも、空を飛びながら回復魔術を同時発動する。温もりに満ちた光が俺の体を包み、ぐちゃぐちゃになっていた内臓が瞬く間に完治する。続けて粉砕骨折していた全身の骨があるべき形に戻り、外傷までもが消え去った。


「もぉー! 約束したじゃん……今回は大怪我しないって!」


 俺を絞め殺す勢いで抱き締めてくるリーナ。彼女の目は、悪さをした息子を叱る母親のように細められていた。どうやらリーナの中では今、俺への心配と同じくらい怒りの感情が大きくなっているようだ。


 俺はリーナから目を逸らし、彼女の赤髪を撫でる。


「仕方ないだろ? オークロードなんて都市伝説クラスの魔物が出たのに、攻撃を食らわずには帰れないって」


「そんなこと思うのカイだけだよっ! あんな攻撃、普通当たったら死んじゃうよ?」


「悪かったって。約束通り一週間はご飯おごるから機嫌直してくれよ……」


「むー! こうなったらやけ食いしてやるー!」


 口を窄め頬を膨らませたリーナは、そう宣言して俺の胸に飛び込んできた。俺は彼女の頭を優しく抱きしめる。


「ああそれと言い忘れてたけど、治してくれてありがとな」


「感謝してるならもう怪我しないでよ?」


「悪いけどそれは無理だな。それより勇者様たちの様子を見てもいいか?」


「あー! また話逸らしたー!」


 それから俺は、腕の中で暴れるリーナをなだめ、遠隔透視魔術で勇者たちの戦いを映し出した。

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