1.俺はかませ犬に憧れる
「どけ勇者! そのゴブリンキングは俺の獲物だ!」
とある平原。俺──カイは中肉中背のどこにでもいそうな冒険者に姿を変え、ゴブリンキングの前に躍り出た。
どうだ? 俺の迫真の「フラグ乱立冒険者」の演技は?
「なんだ貴様は? 勇者たるこのオレの邪魔をするとでも言うのか?」
「冒険者は人の獲物を横取りするのは禁止なんじゃねぇのか? ルール守れよ!」
ナルシストっぽい上から目線の勇者と、爽やかチビマッチョの勇者が抗議してくる。無表情な女勇者も、僅かに目を細め非難を示した。
よしっ! いい感じだっ! 勇者の注意を引ければほぼ成功だからな。
「うるせぇ! 俺はこのゴブリンキングを倒してBランクに昇格するんだよ!」
俺は負けフラグを立てながら勇者に怒鳴る。そしてゴブリンキングに対して、さっき買った安物の杖を構えた。
優秀なかませ犬は敵の弱点や攻略法、初見では分からない危険な特性を見せつけて負ける。
今回は、ゴブリンキングの皮膚は中級以下の魔術を反射するってことを示せばいいよな? 魔術を打って自滅っていう展開さえ防げば、勇者様は負けないだろ。
「ロックバレット」
そう唱えると、杖の先には直径が俺の身長ほどはある大岩が生成され、ゴブリンキングに向かって射出される。
「ハハハ! これで俺はBランクだぁ!」
渾身の演技でそう叫ぶと同時、ゴブリンキングにぶつかった大岩は一瞬ピタリ止まる。そして、目にも止まらぬ速さで俺へと飛んできた。
「なっ!? 魔術の……反射だと?」
勇者がゴブリンキングの特性に気付き、目を見開く。
よしっ! 勇者様はちゃんと気付いた! これで心置きなくこの岩を食らえるっ!
俺は飛んでくる大岩に対し笑顔を見せる。間も無く、ゴンッという鈍い音とともに、俺は大岩に吹き飛ばされた。
腕の骨が折れ、血を吐きながら勇者の視界から消えていく。そんな中、俺は満面の笑みを浮かべていた。
退場も完璧! けど、これでも痛みは感じられないのか……どうすれば俺は、痛みを感じられるんだ……。
***
「ぎゃああぁぁああぁっ!」
八年前。十一歳の俺──カイの眼前で、村人の一人が岩よりも大きい体躯を持つエンシェントボアに吹き飛ばされた。同時に、首がおかしな方向に折れ曲がった死体が転がってくる──母さんだ。
「母さん……?」
……やっぱり俺、おかしいんだな……母さんが死んだのに悲しくない。
「くそッ……」
顔を引き攣らせ、俺を抱きしめる父さん。父さんは俺に母さんの死体を見せないように俺の視界を塞いだ。
「なんなんだよこいつ。強すぎるだろ……」
「無理だ……俺たちじゃ手も足も出ない……」
家屋を壊し木を倒し、村人や騎士の何人かを蹂躙するエンシェントボア。圧倒的な強さを誇る大イノシシに、領主様が使わしてくれた騎士たちが後退る。
「……大丈夫だカイ。父さんが何とかするからな」
「……父さん? どうするつもりなの?」
父さんは何も答えず俺の頭を撫で、誰が見ても強がりと分かる笑みを浮かべる。それから俺を置いて立ち上がると、落ちていた木こり用の斧を手に取った。
「俺が相手だイノシシ野郎ッ!」
そう叫ぶと父さんは、エンシェントボアに向かってダッシュ。対するエンシェントボアは、前足で地面を掻き、村を半壊にまで追い込んだ突進の予備動作を見せる。
「ダメだカイルムさん! いくらあんたが凄腕の狩人だろうと相手は魔物。死んじまうぞ!」
騎士の一人が叫ぶが、カイルム──父さんは無視して突き進む。次の瞬間、エンシェントボアの巨躯がかき消えた。次にその姿を現したのは、父さんの目の前。
「父さん……」
死なせない……って、本心から思えるようにならないと……!
俺は魔術を行使しようと手のひらを突き出す。だが、絶対に父さんを助けたいという強い気持ちを持てていない俺では、魔術の発動が間に合うはずもなかった。
ダメか……。
騎士たちが目を見開き、生き残っている村人たちは目を瞑る。誰もが絶望したその一瞬。みんなの耳に届いたのは、父さんの雄叫びだった。
「村一番の狩人をなめるんじゃねえぇえええぇッ!」
父さんはまるで突進のタイミングを読んでいたように真横に跳ぶ。と同時に斧を振り下ろし、エンシェントボアの首に叩きつけた。
「……っしゃッ! やっぱこいつ、突進を始めるタイミングが同じだ。狩りで培った観察眼なめんな!」
「カイルムさんっ!? カイルムさんがやったぞ!」
完璧な動きでエンシェントボアに一撃を入れ、喜ぶ父さん。そんな父さんの一撃に驚き、希望を抱く騎士たち。
だが、父さんの攻撃は浅かった。いや、浅すぎた。
「グオォォオオオオォォー!」
「おわッ!?」
エンシェントボアが身を捩って暴れる反動に耐えきれず、父さんの体が宙に浮く。するとエンシェントボアは首をバットのように振り回し、父さんを打ち飛ばした。
「ぐがっ……!?」
血を吐いて宙を舞う父さんは地面に激突。クレーターのように地面を抉ってもなお、吹き飛ばされた勢いは止まらず、そのまま数メートル先まで転がった。
「父、さん……?」
離れた位置に倒れた父さんは全身から血を流しており動かない。その様子を見た騎士たちが息を呑む。だが、騎士たちの目は死んでいなかった。
「……っ! おまえたちっ! 今のカイルムさんの動きを見たな? 彼の放った言葉を聞いたな? ならば、カイルムさんが振るった斧よりも斬撃に優れた剣を持つ我々が、カイルムさんと同じようにしてエンシェントボアに斬撃を浴びせれば倒せる! そうだろう!」
「ああ……そうだ……確かに、そうだな!」
「カイルムさんの勇姿を無駄にしてたまるか!」
残っていた三人の騎士が、エンシェントボアに向かって再び剣を構える。そして、叫んだ。
「かかってこいエンシェントボア! 我らエリージャ辺境伯家騎士の誇りにかけておまえを討つ!」
その後まもなく、父さんの動きを真似た騎士たちによってエンシェントボアは討伐された。
「父さん……」
戦闘が終わり、俺が駆け寄った時にはすでに父さんは息をしていなかった。けれど、父さんはどこか満足げな表情を浮かべ眠っていた。
「カイっ!」
ふいに、鮮やかな赤髪と純真無垢な栗色の瞳を持つ同い年の少女──リーナが正面から俺を抱きしめた。
「カイ。大丈夫、大丈夫だよ……お父さんとお母さんが死んじゃってもあたしがいるからっ! だから、絶望だけはしないで……! これからは、あたしの屋敷で一緒に暮らそう……? だから、だからさ。あたしに甘えてっ? 辛いのを一人で抱え込まないで……」
嗚咽を漏らすリーナはこの辺りの領主様──エリージャ辺境伯家の令嬢で俺の唯一の友達。親友とも呼べる存在だった。
俺のために泣いてくれているリーナの腕の中で、俺は父さんの達成感に満ちた死に顔を見下ろし──心の底から笑顔を浮かべた。
すごいよ父さん……すごくかっこよかった! 絶対に勝てないイノシシの魔物に正面から立ち向かって……負けると分かってて、自分では通用しないと分かってたのにそれでも、命懸けで騎士様たちにイノシシの倒し方を見せたんだよね?
俺はリーナの温もりに包まれながら、父さんに尊敬の眼差しを向け、手を伸ばした。
父さんは俺の誇りだよ!
「……俺も父さんみたいになりたい」
父さんみたいに、自分がやられ役になってでも誰かを導ける人になりたい!
「うん、なれるよ! だからカイ。カイまでいなくなっちゃだめだよっ……?」
一段と俺を抱きしめる力を強めるリーナのことも気にせず、俺は父さんの亡骸に問いかけた。
やられ役になればきっと、生まれつき痛みを感じない俺でも痛みも感じられるはずだよね? そしたら俺も、人の痛みを分かる人間になれるよね……?
***
「このままでは、魔族に対抗すべく七年の準備を経てようやく召喚に成功した勇者様方が死んでしまう!」
八年後──俺とリーナは十九になり、アルグス王国王城の会議室で長机の前に着席していた。
先程発言したのはアルグス王国宰相の座に就く苦労人──ワールゲン公爵。白く、そして薄くなった髪をかき毟りながら彼は、この場に出席する一同を必死な目で見回した。
「勇者様ときたら、まだ戦闘技術が未熟だというのに、魔物との実践をさせろと無茶をおっしゃられ……あげくの果てにはこっそり王城を抜け出し、お三方ともボロボロの状態で魔物を倒してきた。この時はまだ生きてご帰還なされたからよかったものの、あと一歩で死ぬところだったのだ! この件を受けて私は皆に頼みたい! 誰か勇者様をどうにかしてくれぇ!」
おじいちゃんが泣き喚く姿って、かわいそうすぎて見ててキツイ……。
これまで数々の国の危機をその卓越した頭脳で解決してきた宰相の嘆き。それに応じる者は、国王や公爵家の者含め誰一人いなかった。
でもこれってチャンスだよな? 勇者を導く役目なんて、俺の憧れそのまんまじゃないか!
会議室に「誰か手を挙げろ」と言わんばかりの雰囲気が漂う中、俺は迷わず無表情で手を上げた。
「この件、俺でよければ引き受けます」
「おおそうか! カイ君、キミが引き受けてくれるかぁ!」
俺が引き受けるといった途端、宰相は鼻水が付きそうな勢いで俺の膝に抱き着いてくる。俺は彼を引きはがしながら国王の目を見た。すると国王はフッ、と表情を緩めて頷く。
「よかろう。宮廷魔術師長カイ。其方に勇者を任せる」
「はっ! 宮廷魔術師長カイ、確かに承りました」
俺が国王に敬礼した直後、会議室は拍手に包まれた。
「カイ殿なら安心だ。何せ歴代最年少で宮廷魔術師長に任命された天才だものなぁ」
「それにカイ殿は部下への教え方も上手いと評判だ。勇者様方とカイ殿の歳も近いことだし、人の話を聞かない勇者様方もカイ殿の教えならば聞き入れるのではないか?」
「そうだ。そうに違いない。カイ殿は今までどんな無理難題でもその卓越した魔術の腕で解決してきたのだ。今回も見事、解決してくれることを期待しようではないか!」
それから会議はお開きになり、俺とリーナは執務室に戻った。するとリーナがコーヒーを淹れながら口を開く。
「ねえカイ。どうするつもりなの?」
本に囲まれた執務室に置かれた椅子に腰を下ろした俺は、リーナが用意してくれたコーヒーを啜り、答える。
「俺が、勇者のかませ犬になる」
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