第四章「初めて抱く恋心ー静寂ー」
青葉は静かに一呼吸ついた。
その瞬間、窓に雨粒が当たる。
規則正しい音が、胸の奥に潜む不安を静かに打ち消していくようだった。
青葉は、あの暗闇に沈んだままの桜が心配で仕方なかった。
胸に積もった葛藤や苦しみが、まるで自分の心を締め付けるかのように、痛いほど伝わってくる。
何とか慕う気持ちを押し殺そうとするが、市村への想いは日々、増すばかりだった。
それから青葉は、桜のことだけを想いながら、静かな日々を過ごした。
桜の心に優しい光を灯すことができるのか、考え続けた。
届かないかもしれない、それでも――
青葉はそっと胸に手を当てた。
そんな矢先のことだった。
学校帰り、桜は忘れ物を取りに教室へ戻った。
静かな廊下を歩いていると、角の向こうから市村の声が聞こえた。
「……大丈夫。ゆっくりでいいからな」
一年生の男子が泣きそうな顔で俯いている。
市村はその隣にしゃがみ込み、優しく目線を合わせていた。
その表情は、
桜があの日救われた、柔らかく温かい眼差しとまったく同じだった。
胸の奥が、きゅ、と痛む。
……そっか。
先生の優しさは、私だけのものじゃない。
そう思った瞬間、
自分の中で膨らみすぎていた“想い”に、そっと気づかされる。
桜は小さく息を吐き、
心がひとつだけ凹んだような感覚を抱えたまま歩き出した。
その数日後、市村は代理講師としての期間を終えようとしていた。
元の担当教師が、産休から早めに復帰できることになったのだ。
そのことが市村から生徒たちに伝えられると、
桜は今まで感じたことのない恐怖と同時に、
想いを断ち切れる安堵感を、ほんのわずかに覚えた。
「これでいいんだ……」
窓の外から、ほのかにマリーゴールドの香りが漂った。




