表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様代行ー心優しき少女と傷ついた神の契約ー  作者: みい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/28

第四章「初めて抱く恋心ー葛藤ー」


「いっちー! おはよー!」


廊下では複数の女子生徒が教師を囲み、からかうように声をかける。


「市村先生だろ? もうすぐ国語の授業始まるから、早く席に着いて。」


市村は教卓に荷物を置き、教室内をさっと見渡した。


始業のベルが鳴る。


「おはよう、みんな。今日は欠席ゼロだね」


嬉しそうな笑顔には、少し少年っぽさが残る。


市村は半年前から、産休を取っている教師の代わりに国語の臨時講師としてやってきた。


桜は窓際の一番後ろの席から、まっすぐに彼を見つめる。


この早くなる鼓動を初めて感じたのは、四ヶ月ほど前のことだった。



――青葉は、切なさの奥に確かに宿る温もりを感じ取り、さらに意識を研ぎ澄ませていく。



放課後、課題の提出が遅れていた桜は、一時間半ほど作業をし、無事終えたところだった。


「はぁ。やっと終わったぁ…」


気付けば教室に残っていたのは桜一人だけだった。


帰る支度をして、職員室へ課題を持って向かう。


階段を降りる途中、掲示板に貼られた用紙に目が止まった。


――参観日のお知らせ


桜の脳裏に、思い出したくもないあの出来事が鮮明に蘇った。


桜が小学生に上がる前、両親が離婚した。


嘘を重ねる父親の背中を見て思ったのは、圧倒的な嫌悪感。


幼いながら「もう誰も信じない」と誓ったのだ。


「あっ、課題」


職員室へと急いだ。


無事提出を終え、靴を履き替えようとした時、下駄箱のすぐ近くで何かの落ちた音が響いた。


びっくりしてそちらを見ると、市村がスコップやジョウロなどの園芸用品を落として慌てていた。


ふうとため息をつく。

桜の性格上、放っておくことはできなかった。


「大丈夫ですか?」


拾い始めると、市村は申し訳なさそうに顔を向けた。


「あぁ…ごめんね、ありがとう」


桜の視界に、少し荒れている手が見えた。


「気をつけて帰るんだよ」



そう言うと、たくさんの荷物や肥料袋を抱えて進み出した。



バランスを崩しながらも歩く市村が気になり、桜は手伝うことにした。


「先生、私この後暇なんで、運ぶの手伝います」


「え、いや…」


市村は断る素振りを見せたが、桜は積み重なる荷物をそっと取った。


「…じゃあ、お願いしようかな」


その言葉に桜は頷いた。



少し沈黙が続く。


「園芸用品ばかりですね。何か植えるんですか?」


桜は内心あまり興味はなかったが、気を利かせて話を始めた。


「グラウンド近くの花壇が半分空いてるから、種を植えようと思ってね。生徒や先生方が花を見て、少しでも癒やしを感じてくれたらなぁって」


市村は嬉しそうに答えた。


そんな他愛もない会話をしながら二人は花壇に着き、荷物を降ろした。


「ありがとう」


市村が桜に少し頭を下げる。


確かに花壇の半分は花がなく、殺風景だ。


桜は単純に、何の花が植えられるのか気になった。


「あの……ここにどんな花の種を植えるんですか?」


市村は種袋を開けて手に取り、見せてくれた。


大きな手の中にある小さな種が、何故か可愛く見える。


「マリーゴールド。寒さには弱いけど、暑さには強いから、長ければ12月くらいまで開花するんだ。初心者でも育てやすいからおすすめだよ」


桜は目を輝かせながら説明する市村が、いつもと違って見えた。


「あ…ごめんね」


その照れくさそうな表情に、

桜の口角が僅かに上がる。


「あの、種まきしてもいいですか?」


「もちろん」


そう言うと市村は種袋と軍手を手渡した。


教えてもらいながら丁寧に作業をし、最後に水を撒く。


桜の胸がふわりとするーー不思議と楽しい感覚になった。


「咲いたら真っ先に先生に教えますね」


市村は微笑みながら嬉しそうに頷く。



それから桜は、暇な時を見つけては花壇へ足を運び続けた。


六日ほど経ったころ、発芽しているのを見つけると、桜は市村の元へ行き嬉しそうに報告する。


その日の放課後、発芽したのがよほど嬉しかったのか、携帯を手に撮影していた。


そんな桜の様子を見に来た市村が、微笑ましい顔で近づいてきた。


――その時だった。


「カーン!!」


ものすごい音がした。


野球部の練習で打った球が、花壇の方へと真っ直ぐ向かってくる。


桜はまるで足が貼り付いたように、動けなかった。


その瞬間、視界いっぱいに市村が映る。

大きな手が優しく桜の頭に触れると、

そのまま強く包み込むように抱きしめた。



静止画のようだったーー


土と淡い柔軟剤の香り。

知らなかった肩幅の広さに、

胸の奥で何かが鳴った。




同時に「ゴン!」と鈍い音が背中から聞こえた、転がる球が桜の目に入る。


「大丈夫か!? ケガはないか?」


すぐさま桜の身を心配したが、一瞬パニック状態で

「……大丈夫です」

としか言えなかった。

鼓動が音を立てて鳴り始める。



市村は安堵の表情で桜を見た後、

背中の痛みに気付き、思わずしゃがみ込んだ。


「ご、ごめんなさい。私、なんかかばったせいで…」


慌てる桜に市村は力強い眼差しで言った。


「そんなふうに言わなくていい。……無事でよかった」


桜はその瞳の奥に吸い込まれそうな感覚になった。


そして、聞こえるか聞こえないかの小さな声でお礼を伝える。


その瞬間、胸の鼓動が早くなるのに気がついた。





翌日から桜は市村を直視できなくなっていた。


そして何か特別な気持ちが芽生えるのを懸命に、気づかないふりをして誤魔化した。


放課後、花壇へ行くと市村が水を撒いていた。


桜の鼓動は一段と早くなり、息をするのも苦しい。


花壇へ行きたいのに、足がまったく動かない。


そうしていると、市村は作業を終え反対側へ歩いていった。


ただ、その後ろ姿を目で追うことしかできなかった。




家に着くと桜は一人、頭の中を整理する。


冷静に、いつもの聡明な自分らしく考えた。


男性は嫌いだ…平気で裏切る。

手をぎゅっと握る。

爪が掌に食い込むほどに。



だが裏腹に、頭の中には市村の笑顔や、守ってくれた温かさしか出てこなかった。


すると桜の目から涙が伝う。


市村を想ってしまう自分を、

これ以上、否定しきれなかった。


「どうして…どうして先生なの。

こんなのダメなんだよ。

でも……」


絶望に胸を打ちひしがれながら、桜はクッションを抱きしめ、泣きじゃくった。


この気持ちを誰にも聞かれないように耐え、ひとり向き合う。


「神様……私、どうすればいいの……」




桜の気持ちが、まっすぐ青葉に流れ込む。

涙が、止まらなかった。


「…私、桜さんの心に温もりを届けたい」


シンは少し和らかな表情を向けると、

ポンと優しく肩に触れる。


青葉は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。


桜に、少しでも光を届けるために――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ