第三章 「初めての代行 ― 少女の祈り ―」
今回が青葉にとって初めての代行となります。どうか温かい目で見守ってください。
シンは青葉にそっと近づき、耳に指先を触れさせた。
「祈りを聴く耳と、心を映す眼を授ける」
低く、静かな声。
その瞬間、青葉の耳がふっと温かくなり、瞳の奥からピリッとする光を感じた。
そして――誰かの声が、確かに聞こえた。
『神様、お願いです。ラッキーを助けてください……』
ぼんやりと、頭の中に映像が浮かび上がる。
それは小さな少女の祈りの景色だった。
ベッドの上で泣きそうな顔をして犬を抱きしめている。
ラッキー――手術を控えたその犬は、少女にとって家族そのものの存在らしい。
「この子の祈りを叶えるには、どうしたらいいんだろう…」
シンと一瞬目が合うが、そのまま何も言わなかった。
青葉はゆっくりと目を閉じる。
犬を抱きしめる少女の手が、震えていた。
その不安を、少しでも軽くしてあげたい――そう思った瞬間、遠い記憶がふっと蘇る。
あれは、六歳の夏だった。
母を笑顔にしたくて、父とこっそり計画した花火大会。
けれど山奥の湖に着く頃、空は灰色に染まり、雷の音が近づいていた。
やがて大雨となり、花火は中止。
母は「また来年にしようね」と優しく言ってくれたけれど、
その顔に浮かぶ悲しみが、子どもの心には痛かった。
車の中で泣き続ける青葉を見て、父も何も言えなかった。
けれど、帰り道の途中――青葉は涙の中で光を見つけた。
「お父さん、止めて!」
車を停めると、青葉は母の手を取って外へ出た。
そこには満天の星。
母の頬にようやく笑みが戻る。
あの時知ったーー
誰かの心に光を灯せるのは、特別な力じゃない。
ただ“寄り添いたい”という気持ちだ。
青葉は静かに目を開けた。
「……だったら、あの子にも」
青葉が顔を上げると、シンは静かにその横顔を見つめた。
初めから祈りの本質を理解している…
青葉は窓を開け、夜空に手を伸ばす。
強く、強く祈った。
少女の心に、少しでも光が届くように――。
その夜、少女はラッキーを抱いて眠ろうとしていた。
けれど不安が胸を締めつけ、なかなか眠れない。
そんな時だった。
ピカッと光った。
雷? でも空は静かだった。
次の瞬間、夜空を一筋の光が横切った。
「流れ星……!」
少女は思わず窓を開けた。
そよ風がカーテンを揺らし、花の香りがふわりと漂う。
流星は消えたけれど、胸の奥の不安が少し和らぐ。
ラッキーが尻尾を振って少女を見上げた。
「ラッキー……大丈夫。明日も一緒だよ」
少女が微笑むと、空にはもうひとつ流れ星が走った。
まるで応えるように。
手術が成功し、少女がラッキーを抱いて笑う姿を見届けた瞬間、
青葉の胸に温かい波が広がった。
「……よかった。ちゃんと届いてくれたんだ」
そのつぶやきに、シンが目を細める。
「導く者の心は、優しさに宿る」
そう言われた瞬間、青葉の中に小さな誇りが静かに灯った。
その光は、長く消えずに胸の奥で揺れ続ける。
だが空の高みでは、その光がかすかに風を歪め、
雲の流れをひとつだけ変えていた。
その小さな“狂い”は青葉の元へも忍び寄る。
「あれ…」
胸が一瞬チクリと痛むと、
思わず首を傾げる。
そのわずかな揺らぎが、やがて青葉の心の奥に眠る“傷”へと
静かにつながっていくことを──まだ誰も知らなかった。
青葉の優しい祈りを見届けてくださり、ありがとうございます。
次回からも懸命に歩む彼女を、そっと見守っていただけたら嬉しいです。




