表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様代行ー心優しき少女と傷ついた神の契約ー  作者: みい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

第七章「君が為ーありのままー」

廊下のざわめきとは裏腹に、トイレへ足を踏み入れた途端、世界が静けさに沈んだ。

治まることを拒むように、激しい鼓動が鈴花の胸を揺さぶる。


ゆっくりと息を吸い、吐く。


──それでも落ち着かない。


腹の底で渦が巻く。

怒り──? いや、嫉妬……?

……違う。

嫉妬なんかじゃない。

ただ、葵がどこかへ行ってしまいそうで怖いだけ。


また指先が震え始める。


一瞬、隣で笑っていた葵の顔が胸をかすめた。

――今まで一番近くで、ずっと守り抜いてきたのは私なのに。

なのに──。


鏡越しに映った自分の表情を見た瞬間、喉がぎゅっと詰まった。

自分の“満たされなさ”が胸を刺す。

気づけば蛇口をひねり、冷たい水で何度も顔を洗っていた。


頬を伝う水滴の中に、微かな温もりを含んだ涙が混じる。ただ零れ落ちていくそれに、縋るように目を閉じた。

そして――本当に落としたかったのは、ひとつだけ。

胸の奥にしつこく貼りついた“黒い気持ち”だった。





「もうお腹の調子は良くなった?」


葵が心配そうに覗き込む。


「あ……うん。心配かけてごめんね」


保健室で落ち着きを取り戻した鈴花は、安心させるように微笑んだ。


「ごめんね。今日は委員会だから一緒に帰れなくて」


葵は小さく首を振る。


「そんなことより、あんまり無理しないでね」


いつもなら嬉しい葵の優しさが、今日は胸の奥で鈍く痛む。

葵を見送り、鈴花は椅子に身を預けた。

窓へと視線を移すと、重い息がこぼれる。

昼間の太陽は雲に隠れ、夕陽の色だけが霞んでいた。





葵は靴を履き替え、ゆっくりと校門をくぐる。

少し先に白いポルシェ。

女性の声──そして、見覚えのある後ろ姿。


「和真?」


肩がわずかに跳ね、和真が振り返る。


「あ、葵」


昼間のことが二人の脳裏をよぎった。

言葉が、少しだけ出てこない。


そんな二人を見て、真央はいたずらっぽく微笑んだ。

葵は慌てて真央の方へ向き、深く頭を下げて言った。


「和真くんとは、良いお友達をさせてもらってます」


その瞬間、和真も真央も思わず吹き出した。

葵の視線が左右に揺れる。


「ふふ、ごめんなさい。可愛らしくて」


真央は葵に歩み寄り、柔らな表情を向けた。


「私は和真の……そうね、親戚みたいなものよ。真央です。よろしくね、葵ちゃん」


「よろしくお願いします……」


頬を赤らめる葵を見て、和真は自然と笑みをこぼした。

その表情を見て、真央はただ嬉しかった。


「葵ちゃん、お詫びに送るわ。乗って」


「え、でも私──」


有無を言わせず手を引かれ、葵は思わず和真を見た。

“ごめん”とでも言うように、和真は苦笑する。

二人は目が合うと、ふっと柔らかい笑みを交わした。


「松葉総合病院の方に向かう予定なんだけど、葵ちゃんは?」


「同じ方面です。少し先のスーパー三崎の近くなので……病院で降ろしてもらえれば」


「じゃあそこまでね」


真央は鼻歌交じりにアクセルを踏む。

時々ミラー越しに二人を見ては、胸の奥にそっと幸せが灯った。


葵は昼間のハンカチを思い出し、和真へそっと視線を向けると、自然と目が合った。

葵はポケットからハンカチを取り出す。


「……洗濯して返すね」


和真は慌てて手を振った。


「いやいや、そのままで大丈夫だから」


「え、ダメだよ。ちゃんと洗って──」


「いや、本当に大したものじゃないし、そのままで」


「えっ、でも……」


見ていられなくなった真央は、涙を浮かべて笑い出した。


「本当に、気が合うのね」


夕陽が雲間から顔を出し、二人の頬を淡く染める。静かな車内に、柔らかな空気が満ちていく。

その中で真央は、またあの日の光景を思い出していた。


──もうずっと前の、バレンタインデー。


「理人くん!これ……」


練習後、サッカー仲間の女の子が差し出したチョコ。


「え、なんで……!?」


「昨日作ったの……よかったら、食べて」


「え、でも……その……」


受け取り方も分からず赤面する二人。

たまらず、真央は声をかけた。


「理人!ちゃんとお礼言ってあげなさい」


理人は小さく頷き、照れた声で「ありがとう」と言った。


──あの影が、ふっと胸の奥で揺れる。


理人の面影がそっと和真へと重なり、真央の瞳に切なさが滲んだ。


夕陽はゆっくりと雲の中へ沈んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ