第六章「月下、兆しー遵守ー」
心地よい風が部屋を通り抜けた。
「なんだか、ここだけは居心地がいいね〜」
カルマはそう言って、ゆっくりと深呼吸した。
「ゆっくりしていってくださいね」
青葉が微笑むと、カルマは満足そうに頷いた。
シンとカルマの衣が、風に揺れる。
「ーーそういえば、シンは白い服でカルマさんは黒なんですね?
神様でも色んな服があるんですか?」
青葉の何気ない問いに、カルマはいたずらっぽく笑った。
「だって僕、死神だからね」
青葉の笑顔がふっと消え、思わずシンの背に隠れた。
カルマは口をあんぐりと開ける青葉の反応が、おかしくてたまらない様子だった。
「えっ!? 死神!? だ、だってーー」
青葉が混乱気味に呟くと、
カルマは堪えきれず大笑いした。
「はははっ! 青葉ちゃん、今どき死神が鎌持ってるなんて古いから!」
青葉は心を読まれることを、うっかり忘れていた。
カルマは片目にほんの僅かな漆黒の力を宿し、青葉を見つめた。
「この眼だけで、すべてこなせるよ。
それに、むやみに命を奪ったりなんてしないから。安心して」
その言葉に、青葉はほっと息をついた。
しかし隣では、シンが横目でじっと見つめている。
「腕…もう良いか?」
青葉は怖さのあまり、いつの間にかシンの腕を掴んでいたことに気づき、慌てて手を離した。
「あっ、ごめん、シン」
自分の情けなさに、少し頬を赤らめる。
カルマはまだ笑いを引きずりながら、青葉を見つめた。
「ねぇ青葉ちゃん。
シンって何考えてるか分からないし、
ぶっきらぼうで無愛想なとこもあるけど、
芯はめちゃくちゃ強くて、優しいんだ。
だから──これからも、シンをよろしくね」
カルマの弾ける笑顔に、青葉は素直に頷いた。
心の底から、二人が本当に大切な友なのだと感じた。
「カルマ……それは褒めているのか、貶しているのか?」
シンが半ば呆れたように言うと、カルマはまた顔を擦り寄せ、笑った。
穏やかな優しさが、部屋いっぱいに広がった。
「ところでシン。ひとつ、聞きたいことがあるんだ」
カルマの笑みがふっと消える。
「何だ?」
「代行って──どうして青葉ちゃんが選ばれたの?」
その問いに、シンの眼がわずかに揺れた。
視線を外し、低く答える。
「……上層部がすべて決めたことだ。
青葉のもとへ行けと指示があった。
ただ、それだけのこと」
青葉は、それ以上この話に触れてはいけない気がした。
「やっぱり、上の指示か……
まぁ、断れるわけないもんね」
カルマはどこか納得のいかない表情を浮かべたが、
シンの心の揺らぎを感じ取り、それ以上は踏み込まなかった。
「じゃあ、僕はそろそろ天界に戻るよ。
シン、また戻ってくることがあったら絶対僕んとこ寄ってね。
あ、あとマアトにも顔出してやってよ」
「ああ、分かった」
カルマは軽やかに立ち上がり、風と共に姿を消した。
残された青葉は、胸の奥に小さな不安を覚えた。
自分が選ばれた理由──まだ何ひとつ分からない。
けれど、シンの横顔を見て、そっと言葉を飲み込んだ。
……シンなら、きっといつか話してくれる。
そう言い聞かせながら、青葉はカーテンを閉じた。
シンはその心のざわめきを感じながらも、あえて何も言わなかった。
「突然カルマが来て、すまなかった。
あいつはいつも賑やかで……正直、少しうるさい時もある。
だが──良い奴だ」
シンがふっと見せた穏やかな表情に、青葉の不安が少しずつ溶けていく。
「最後にカルマさんが言ってた“マアト”さんも……神友なの?」
シンは頷き、遠くを見るように語った。
「マアトは賢くて、正義そのもののような存在だ。
天界では、カルマと三人でよく同じ時を過ごしていた」
その声には懐かしさが滲んでいた。
「素敵な人なんだろうね。シンの顔を見てたら、伝わってくる。
いつか、マアトさんにも会ってみたいな」
青葉の微笑みに、シンの心がわずかに和らいだ。
やがて夕陽は沈み、夜の帳が降りる。
月と星々が姿を現す頃、シンは静かに目を閉じた。
「──あの件は、絶対に青葉には知られぬように」
深まりゆく闇の中で、
彼は再び心に鍵をかけた。
神界の世界、そしてカルマの登場によって、
神様代行の物語は新たな兆しを帯び始めました。
シンの傷の理由。
そして、青葉に知られてはならない“ある真実”。
それらは、これからの物語の中で、少しずつ姿を現していきます。
どうか引き続き、神様代行の世界を見守っていただけたら嬉しいです。




