第ニ章「神業」
「ただいま」
青葉はそっとドアを開けると、
部屋を覗き込んだ。
ベッドの上に腰を下ろしたシンがこちらを見ている。
まるでそこが自分の部屋かのように自然に。
まだ慣れない雰囲気につい目を逸らした。
カバンを机の上に置くと、
青葉の視線がふと止まる。
そこには、見たことのない分厚い本が置かれていた。
一斤の食パンくらいの厚みで白く、金色の文字が表紙に刻まれている。
「なにこれ…」
何か言葉に出来ない威圧感だけは感じた。
「それに目を通しておけ」
シンがポツリとつぶやく。
青葉は恐る恐る表紙をなぞった。
そこには『神業』と、古めかしい文字が書かれていた。
言われるままにページをめくってみるが、細かい文字がぎっしりと並び、どこを読めばいいのかさっぱりわからない。
目が滑って、数行で挫折する。
「うわ…まるで呪文の辞書だよ」
苦笑いを浮かべながら本をそっと閉じると、シンが深いため息をついた。
「最初から理解する必要はない」
シンはそう言うと、静かに立ち上がった。
そして、青葉をまっすぐ見つめながら言葉を続ける。
「――まずは、手始めにしてもらいたいことがある」
「…手始め?」
「お前に、最初の“神様代行”を任せる」
その言葉に、青葉の鼓動が跳ねた。
そして不安が胸の奥をかすめた。
だが、なぜか不思議と怖くはなかった。
「わかった。やってみる!」
青葉が両手をぎゅっと握りしめると、シンは微かに口元を緩めた。
――けれどその目は、青葉ではない“どこか”を確かめるように細められていた。
「……気合は悪くない。ただし、油断はするな。
願いを導くということは、同時に“代償”を負うことでもある」
部屋の空気がわずかに張りつめる。
青葉は真剣に頷いたが、その緊張の奥で──
机の上の『神業』のページが、誰も触れていないのに静かに開いた。
その時、青葉の脳裏に一瞬だけ、
知らない誰かの視界が映る。
胸が締め付けられて苦しい。
額から汗が一筋流れ落ちた。
「なに…これ」
シンが一言だけ呟く。
「今のが神業だ」
鳴り止まない鼓動の奥で、青葉はぼんやりと思った。
——もう、戻れない。
いよいよ次回から、青葉の神様代行が始まります。
そっと、彼女の優しさを見届けてください。




