第六章「月下、兆し」
今回は祈りの章ではなく、シンや神界の世界を描きます。新たな神も登場し、物語に少し変化が生まれます。ぜひ『神様代行』の世界を楽しんでください。
月が、闇夜をやさしく照らしていた。
青葉は静かな寝息のまま、夢の世界へそっと導かれていた。
シンは、眠る青葉を静かに見つめると、
ゆっくり瞼を伏せ、月光の射す空へと姿を移した。
――静まり返った夜。
シンはその夜も、“代償”と対峙していた。
その痛みは、肉体だけでなく心をも刺し貫く。
何度も、絶え間なく。
あの日、痛みに耐え抜くと誓ってから――
気づけば、幾年が過ぎていた。
そのころ、青葉の視界に、またあの“白いモヤ”が静かに視えた。
以前とは違い、今度は身体が浮く感覚がない。
足の裏が確かに地を踏みしめている。
霧は濃く、壁をつたいながら進むのがやっとだった。
やがてモヤは嘘のように晴れ、
目の前に、漆黒の扉が現れた。
三メートルはあろうかというその扉は、荘厳で――
そして、ひどく冷たい威圧感を放っていた。
扉の奥から、かすかに声が聴こえる。
それは、声にならない悲痛な叫び。
まるで、痛みに耐えるかのような。
青葉の足は鉛のように重くなり、微動だにできなかった。
鼓動が早まり、呼吸が浅くなる。
そのとき――
大気を裂くような轟きが響き、視界が真っ白に弾けた。
青葉はベッドの上で、勢いよく上体を起こした。
額には汗が滲み、息が荒い。
手に一瞬だけ、扉の冷たさを感じた。
外からは、カーテン越しに朝日が差し込み、
鳥のさえずりがやさしく部屋を満たしている。
「……夢、だよね」
青葉は呟きながら、
シンと初めて出会った日の夢を重ねていた。
「ジリリリリーーー!」
突然の目覚まし音に驚いて、慌てて止める。
速まった鼓動に、さっきの夢がまた蘇る。
そのとき、空から光が射し、シンが部屋へ戻ってきた。
青葉の顔を見つめ、シンはわずかに眉をひそめる。
「……何かあったか?」
青葉は小さく首を振った。
「変な夢。出口が見当たらなくて」
少しおどけて笑うと、
そのまま朝食をとりに階下へと降りていった。
シンはその背を見送りながら、
わずかに揺れる心を押し隠すように呟いた。
「……いや、そんなはずはない」
まるで、自分自身に言い聞かせるように。
やがて何かの気配を感じ取ると、
机の上に小さなメモを残し、
シンは、朝の光が満ちていく空へと飛び立った。




