#02.イサナ
「ちょ、嘘だろ!?」
浜辺に降り、駆け寄る。白い長髪に白いワンピース。顔立ちは美人で一見女性に見えるが、体格が男だ。
俺は首に下げていた笛をめいっぱいに吹いた。ピーッと高い音が鳴り響き島中に木霊する。すると、遠くから少し低い笛の音が聞こえた。なり終わるのを確認して、倒れている人を波のあたらないところまで移動させる。身体は少しひんやりとしており、肌は異常なまでに白い。
「死んで、ないよな」
冷や汗が額を伝う。漂流者なんて来たことがないし、聞いたこともなかった。そもそも、ここは大きい船が通るのが遠くから見えるくらいで。いや、でもそこから落ちたら…
「湊音!」
「島長、長老も!」
一抹の不安がよぎる中、島長と長老、あと何人かの島民が来てくれた。
「長老、これは。」
「ああ、やはりそうであろうな。」
みんなが話し合っている中、この子の体温は戻っておらず冷たいままだった。あれ、髪も体も濡れてたのに…
「よし、湊音。この子を運んで長老と家に戻ってきてくれ。俺達は先に帰って準備や連絡をしてくる。」
「はい。」
背中におぶる。やっぱりどこも濡れていない。あんな短時間で乾いたわけないし、どっかに吸われたわけでもなさそうだし。
家に帰ると、多くの島民の人たちと、ミコトがいた。俺とミコト以外は全員大人だった。
「その子を寝かせてきてくれ、ミコトも頼む。」
「はい。」
ミコトと共に自分の部屋に行く。ミコトが家に来るのは久々だな。
「僕がこの子の様子を見ておくから、湊音は長のところへ行って。」
「うん、わかった。」
部屋を出、一階へ降りる。
「湊音、ここに座りなさい。」
え、なに俺、怒られるの?
「湊音、この島に伝わる鯨の言い伝えは知っているな。」
「はい、海守りのことですよね。」
「あぁ、だがその言い伝えは簡略化されたもので、実際のものとは違うんだ。」
――――――
今から、約17年前。
祭りの準備をしていた日だった。島に暮らす一人の少女が島を歩いていると浜辺に青年が倒れているのを見つけた。彼女は急いで助け、島で青年と祭りの日まで共に過ごした。
――――――
「ちょ、ちょっと待って。それって、」
「あぁ、今起きていることと酷似している。」
「彼はイサナだ。」
長老が口を開いた。
「祭りの一ヶ月前、鯨の遣い『イサナ』が現れる。共に島で穏やかに暮せば、その年は大豊作となり、皆に幸せがもたらされる。彼の容姿といい、この言い伝えからみて、彼はイサナで間違いないであろう。」