山からの声
昔。
父に連れられて山に行った時の話。
「やっほーって叫んでごらん?」
そう言われるがままに試してみると私の声がやまびことなった。
それが楽しくて私は何度も何度も試してみた。
父が呆れて私をそのままに少しその場を離れても、何度も何度も繰り返していた。
そうしている内にふと私は気づく。
途中から私が叫んでいないのに声が返ってくることに。
そこで私は四回叫んで五回目を待っていた。
すると。
「やっほー」
やはり私が叫んでいないのに声が聞こえた。
それが嬉しくなり私は叫ぶ。
「やーい。引っかかったー」
すると少しの間をおいて。
「引っかかっちゃったー」
と楽し気な声が返ってくる。
私はそれが楽しくてさらに叫んだ。
「君はだれー?」
声が返ってくる。
「教えられないー」
「どうしてー?」
「どうしてもー」
そんなやり取りをしている内に父がやってきた。
「いつまで遊んでいるんだい?」
私は振り返り説明をしようとした時、ふと父が山の向こうから返ってくる声に気が付いた。
「どうしたのー?」
その声を聞いた途端、父はゾッとした様子で私の腕を掴んだ。
いきなりの行動に驚く私に父は短く言う。
「帰ろう」
「どうして?」
「どうしてもだ」
「さようならを言わなきゃ」
「いいから!」
そう言って父は私を連れて歩き出す。
「帰っちゃうのー?」
声が聞こえてくる。
「寂しいなー」
そんな寂しそうな声が不意に。
「だけど、もうやまびこに声を返しちゃだめだよー」
どこか楽し気な声に変わった。
それと同時に空が曇りだす。
「急ごう!」
言うが早く父は私を車の助手席に押し込むと車を走らせる。
いつの間にか降り出した雨は雷を呼び車を強く叩き続けた。
・
・
・
あれから随分と経って私はまた山に居る。
特に理由があったわけではない。
何となしに大学の夏休みに山に登っただけだ。
そして、ふと蘇った記憶の任せるまま私は山に叫んだ。
「やっほー」
すると。
「久しぶりー」
声が返ってくる。
懐かしさに浮かれ、私は叫んだ。
「久しぶりー」
叫んでしまった。
「声を返しちゃだめって言ったのにー」
楽しげなその言葉と共に突如、入道雲よりも大きな掌が私に覆いかぶさり。
それで、わたしは、もう、おしまい。