3 決闘
夜の宴会の様子を、戸口で興味深そうに見ている少年を三太は見つけた。
子供なのでジュースしか飲めず、酒臭い大人のどんちゃん騒ぎを白けて眺めていたので退屈だった。
彼は少年の前に行くと、湘南の言葉で言った。
「やあ、可愛い子じゃん!俺がお菓子、持って来てやろう」
少年は声を掛けられて、びっくりして三太を見上げていたが、腹が立った。
「俺、女じゃないもん!」
三太は目を丸くした。少年の顔を近くでまじまじと見て、
「嘘言うな。お人形を持ってた方が似合うぞ」
「嘘じゃない!その証拠にお前なんか簡単に負かしてやるぞ!」
「へえ、無理無理!」
「じゃ、こっちこい!」
少年は宴会の座敷から走って、裏の道場に駆け込んだ。後から三太が袋を持って追ってきた。
三太は、薄暗い道場の真ん中で、袋竹刀を持って仁王立ちしている少年を見た。まるでお雛様が怒ったみたいだ。道場主の孫ということは分かっていたが、こんなに可愛い子とは思わなかった。友達になりたいと思った。
「止めろよ。分かったから。それより飴、食おう!」
三太が飴をたくさん持って差し出した手を、少年は平手で払った。飴の袋が道場に散乱した。
少年は、なぜ自分が怒っているのか分からなかった。もう一度三太を見たくなって覗いていたのだ。
背が高く日に焼けて、真っ黒な三太を宴会の席で見つけてどきどきした。そして三太が自分を見て近寄ってきた時、逃げようかと思った。でも腰が抜けた様に動けなかったのだ。
そしていつもの事だが、女の子に間違われた。
大人が間違えるのには慣れっこで抵抗が無くなっていたが、同じくらいの子供にも、女みたいに扱われるのは我慢が出来なかった。特に、三太のような男の子に・・・
せっかくの飴玉を床に落とされた三太は、眉を怒らせて言った。
「おいら、怒ったぜ!本当においらとやるんだな!」
林太郎は道場で見た様に、竹刀を前に構えた。みんなの稽古を見て、あんなの簡単だと思っていた。腰を落として、右足を前に出し体重を掛けた。
「しかたねえっべ!」
三太は、壁に掛かった、少年が持つのと同じ中太刀を取る。そして右手に提げて林太郎に近づいて行った。
林太郎は驚愕した。
昼間の悪童達の様に、時代劇みたいにいざなどと言って構えると思いきや、何事も無い様に竹刀をだらりと下げて、するすると近づいてくる。これでは相手の次の動きが分からない!
ちゃんばらと何か違う、という直感が林太郎に囁いた。背筋がぞくっとして手が震えた。
「やあ!」
林太郎は目の前の三太に向かって中太刀を振り上げ、力一杯打ち込んだ。竹刀は頭の上で深く振りかぶられ、切っ先は林太郎の背中から尻まで達した。
びゆんと音がして、林太郎の竹刀は三太の頭に当たる、と思った瞬間、
ばしっ!
右手の手首に激しい痛みが走った。
林太郎の竹刀は真っ直ぐに振られたのだが、空を切り、三太の左を掠めて落ちていた。
三太は一瞬のうちに大上段に取り上げ、林太郎の打ち出してくる右小手を、左上から右下への斜斬りで撃ったのだ。その後、後ろとなった右足を左斜めに退けて、からりと体を回し林太郎の太刀筋を避けた。
「う・・・」
林太郎は竹刀を落とし、膝を崩してその場に座り込んだ。右手の手首が痛みで痺れて動かなかった。
「だ・・・大丈夫か?」
三太は自分のやったことの重大さに驚いて、林太郎の手を取った。自分よりも小さい子を打つなんて。
「い・・・嫌だ・・・放せ・・・」
しかし林太郎の身体は痛みで竦んでいた。
「ご免・・・待ってろ!」
三太は道場を駆け出ると、しばらくしてタオルと手桶に井戸水を汲んで帰ってきた。宴会場では大笑いが聞こえる。
冷水を搾ったタオルを、三太は林太郎の手首に巻いてやった。真っ赤に腫れていた。