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当世柳生新陰流異聞 ~幼年時代(「あいつ」外伝)  作者: 泊瀬光延&サー・トーマス
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2 今連也

 少年が祖父の薫陶を受けている場所は、まだ回りが畑だらけだった頃の湘南の長沢の丘にある道場だった。


 少年が一人で祖父の家に遊びに来る様になったのは、二年前の六歳になって小学校に入っての頃からだ。

 少年は、小学校の夏休みで、実家の長野から祖父の家に遊びに来ていた。それまでは両親と来ていたが、三浦半島の自然が気に入って、両親にせがんで一人で鉄道に乗り、来る様になった。周に何度か、祖父と弟子達がやっている剣術の稽古を時々覗いていたが、始めは特に興味は示さなかった。


 近所の農家の子等と海水浴やとんぼ狩りをして遊び回っていた。祖父は剣術を少年に強制する事は無かった。

 ところが湘南に来て十日ぐらい経つと、少年はそっと稽古を見る様になった。見つかるとやって見ろ、と言われるので物陰からそっと見物する。


 道場の祖父はまだ壮年と同じ活力を維持しており、その弟子達への教えは厳しかった。彼らがやっているのは、防具を着けない古武道で、袋竹刀と呼ばれる日本刀と同じ長さに切られた竹を中程まで割って、牛の皮で包んだ得物を使う。

 普段は形が決められた稽古ではあったが、上級者は試合を行っていた。現代剣道とは違って、腰と足をどっしりとさせて戦うし、竹刀の長さが1メートル弱しかないので、拳や小手を狙う攻防が多い。時には怪我人も出る。


 弟子達は関東一円から集まって来て、こういう連中が集まるとお決まりだが、稽古の終わりには大酒を飲んで騒いだ。道場に入門した順が唯一の上下関係で、歳も職業も異なる人達が剣術という絆だけで結ばれている。若くても先に入れば先輩である。だが、先輩でも年上には礼を尽くす。奇妙な相互尊重の中に酒が程よい緩衝材となる。それが不思議な事に弟子達の結束を固めていた。

 祖父は弟子達の一人一人の上達を全て把握しており、進歩が遅い早いに関わらず、一歩進むに必要とされるポイントを指摘して行く。それが皆に慕われている要因だった。


 弟子の中に、逗子から父に連れられて稽古している、少年より三歳ほど年上の男の子がいた。

 彼は父と一緒に祖父に入門して、最年少の弟子ということだ。三太と呼ばれていた。


 ある日、三太は道場にはいる時、駆けてきた少年とぶつかった。彼はびくともしなかったが、少年は尻餅を突いてしまった。三太は少年の容貌を見てびっくりしたらしく、助け起こす事も忘れた様に突っ立っていた。

 三太は若干九歳であったが、少年よりも顔が一つ高く筋骨も逞しかった。だが二人とも少年らしく、ぶつかった柔らかい感触がお互いに余韻とした残っていた。


 昔ながらの稽古着に身を包み、武家の子供の様に背筋を伸ばして自然に立つ三太の姿は、少年に取っては眩しかった。

 少年は自分で起きあがると、三太にべーっと舌を出して彼の横を駆け抜けた。


 少年は近くの遊び場の森に行くと、農家の悪童達が集まって来た。彼らとは既に一悶着あったが、この数日の間に一緒に遊ぶ様になっていた。

「りんさ、今日はぶっ叩いてやるぞ!」

 悪童達は、テレビの時代劇の忍者の様に背に棒を背負っていた。

「ふん!出来るもんならやってみろ!今日はこれだ!」

 少年はズボンのポケットから、道場の宴会のために用意されていた台所のイカの足の薫製の袋を見せた。

「おお!それは貰った!」

 悪童達は背から忍者がやるごとく、棒をすらと抜いた。少年は獲物を持っていないが、にこにこしている。

「えいやっ!」

 一人が少年の肩に向かって棒を振った。頭と顔は狙わないという取り決めがしてあった。しかも細い棒なので当たると折れてしまうだろう。だが少年の身体に棒が当たれば折れても目的は達せられるのだ。


 少年は相手を引きつけるだけ引きつけた。そして棒が肩に当たる前に素早く身を避ける。空を切った棒を握る手を抱えて、足を払った。

「うわっ!」

 その棒は少年の手に移った。

「くそ!みんなで一斉に行くぞ!」

 餓鬼大将が皆を焚きつけるが、少年が睨むと足並みが揃わなくなった。

「やっ!」

「いたっ!えーん!」

 少年は軽々と悪童達の棒を避け、手をぴしゃりと打ったり、尻をぶったりした。

 少年が逃げ腰の二人の悪童に向かおうとした時、背中にぴしと枝が当たった!

「やった!りんさ、討ち取り~!」

 真っ黒に日焼けしたおてんばな女の子が、飛び上がりながら万歳をしながら笑った。

 ほんの少し掠っただけだったが、少年は呆れた顔をして棒を下に下げた。

「ちぇ、林檎に今日はやられた!これ上げるよ!」

 舌なめずりする餓鬼大将に薫製の袋を渡すと、皆で丸くなって食べ始めた。


 餓鬼大将が言う。

「りんさ、すげえなあ!最初見た時、女の子かと思ったけど、つええ!」

 膝を抱えてイカを頬張っている林檎が言う。

「当たり前でしょ!りんさのお祖父さんは剣術の先生だし!」

 少年は上品ににこと笑うと、

「別に剣術なんか習ってないよ!またやろう!」

 とんぼや蝉を追い回して夕暮れ近くになって、少年は皆と別れると道場に帰った。満面得意であった。

(えへ!俺、やっぱり爺ちゃんの血を引いてるのかな?稽古やってるとこ、見ただけであいつらをやっつけた。剣術なんて簡単なんだ)

 少年はそう考えたが、本格的に稽古なぞやるつもりはとんとなかった。



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