1.とある神の日常
「こらーー!!ご主人ーー!!私のパンツ返してくださーーーい!!!」
ここは俺パト・ディカイオス・エウレカが統括する世界に誇る星【エウレカ帝国】である。
この星は産業や科学技術などあらゆる分野が最先端であり、兆を優に越える人数の女神が暮らしている。
俺はそんな星の帝王をしていることを自賛しつつ帝城周辺の街の外れを散歩しているところだったのだが、何やら後ろから怒り声が聞こえてくる。
「また取ったでしょ!!私のパンツ!!」
「ん?何のことだ?」
「惚けないでください!じゃあ今手に持っているパンツは誰のですか!!」
そう叫んでいる彼女の名前は、メリア・メルトリア。
黄金色に輝く髪を風に靡かせながら、必死に俺の元へと駆け寄ってくる。
俺の【専属神】であり、1番信頼している自慢の側近だ。
今着ているオープンショルダーのワンピースはメリアのお気に入りらしく、繊細で引き締まった身体とうまくマッチしており、草木すらも見惚れさせるほどの妖艶さを醸し出している。
「無視しないでください!」
いつも通り今日のメリアを観察していると、返事をしない俺にさらに腹を立ててジト目で俺を睨んでくる。
まずいな、今回はバレずに盗めたと思ったのに。
「返して欲しかったら俺を捕まえてみたら良いだろ!!」
しかし俺は逆ギレというわけではなく、あえて挑発的な言葉で機嫌を逆撫でする。
「今日という今日は絶対に取り返してみせる!!」
するとメリアは顔を赤く染めながら、標的を逃すまいと瞬間移動の如くスピードで俺に近づいてくる。
俺はその突進を右足を軸に最小限の動きだけで躱すと、そのまま勢いよく上に飛び、宇宙に逃げ出した。
毎日恒例、メリアと下着を賭けた追いかけっこの開幕だ。
上空に出た俺たちは容赦なく逃げたり攻撃を仕掛けたりを繰り返す。宇宙の端から端を20秒で駆け抜けてしまう俺達にとって、追いかけっこは逃げるよりもいかにして相手を足止めするかが重要だった。
「もうご主人!観念しない!えい!」
そう言ってメリアは、禍々しいオーラを纏った紫色の球弾を俺に投げて来た。
「甘い甘い、そんなので俺を足止めできると思うな」
しかしそんな攻撃を俺は容易に解除してみせる。
「今回の破壊玉は以前より5000以上の法則を練りこんだんですよ!」
「少ない少ない、それで法則神を出し抜くなんて甘いぜ?」
攻撃が効かないことが気に食わなかったのか、ムスッと頬を膨らませながらジト目で俺を見つめてくる。
悪いなメリア、これでも俺はさまざまな法則を支配する法則神だ。
この程度の攻撃なら解除することなど造作もない。
「でも私、全知全能ですよ?」
やはりメリアは変わらず頬を膨らませたまま、全知全能が通用しないのはおかしいと不満を漏らす。
そう、彼女は全知全能の神だ。
俺が法則を支配する法則神であるように、メリアは全知全能を支配する全能神だ。
こんな風に神は皆それぞれ異なった能力を支配することができるのだが、しかし何事にも限度や熟練度というものは存在する。
「なんちゃって全知全能だろ?そんなんじゃあ、まだまだ完成度は低いな」
「むーー!ご主人が力を持ちすぎてるんですよ!」
軽く挑発しただけのつもりだったが、メリアは思いの外拗ねて空中で地団駄を踏む。
その様子を俺はしっかりとこの目に焼き付けた。
普段のお淑やかな感じも良いが、こうして機嫌を悪くして怒る姿は他では補えない特別な栄養素になる。
「ほら!それよりいいのか?お前のパンツまだここにあるのだが?」
俺の思考がいけない方向に傾きかけていたため、盗んでいたパンツを上に掲げて気を紛らわす。
「ご主人が干してるところを私の目の前で取ったんでしょう!」
そう言うメリアは怒りながらも、どこか呆れたような表情をしていた。
おかしいな、メリアがいない間にこっそり取ったつもりだったのだが。
でもまあ、返してほしいなら俺を捕まえたら良いわけで。
「悔しかったら俺を捕まえてみろ!!」
そして俺はまたメリアから逃げる。追いかけっこはまだ続きそうだ。
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「はぁ、やる事が多すぎる…」
思わず愚痴ってしまう程の量の仕事に追われた私は、休憩する間もなくひたすら働き続けていました。
ここは帝王天閣城―通称、帝城。
エウレカ帝国の中心に位置し、この星の王であるパト様とその直属の部下がここで生活しています。
私はこの星でパト様とメリア様に次ぐNo.3、アリシア・ホーリーナイトとして、主に政治に関する業務とパト様の側近を勤めています。
そのため、国の政治に加えて主様の護衛や身の回りのお世話などすることはたくさんあります。
今はちょうど帝城内の掃除をしていたのですが、いつも通りと言うべきか、お2人の姿が見つかりません。
また外で遊んでいるのでしょうか、勤務中ですけど。
2人にはもっと【帝王神候補】という自覚を持ってほしいものです。
というのも、神界では神の地位が大きく7つに分かれているのですが、パト様とメリア様は上から2番目である【帝王神候補】であり、1番上の【帝王神】になるために日々勉強や修行に励んでいます。
普通にすごいお方達なのですが、なにぶんサボり癖が酷いのです。
かくいう私は上から4番目の【最上級神】なので、地位自体は高い方なのですが早くお2人に追いつけるように頑張らないといけません。
「その前に地位の仕組みや【専属神】についての詳細なルールをメリア様に教えてもらわないと…」
これは上位の神では常識レベルなのですが、最近ようやく出世した新参者の私にはまだまださっぱり分かりません。
帰ってきたら聞きましょう。
そうしてやることの多さに頭を悩ませていると、窓からメリア様がパト様に向かって破壊玉を何発も打ち込んでいるところが見えました。
いつものことですが、これには毎度肝を冷やします。
あんなに何発も打ち込んでいる破壊玉は、実は一撃で宇宙の半分を破壊してしまう代物なのです。
少しでも扱いをミスると宇宙の半分とお別れを告げないといけなくなってしまいます。
「私から見たらパト様もパト様ですけど、メリア様もメリア様ですよ」
私は2人の追いかけっこを帝城から見ながら、そう呟きました。
追いかけっこの足止めで天災級の技をほいほい打ち込んでる時点で十分2人とも常識はずれです。
パト様が全部解除してなかったら世界壊れてますよ。
しばらく様子を眺めていると、パト様がこちらに戻ってきました。
ようやく終わったかと次の仕事内容を伝えようとパト様の方に近づいたのですが、何やらニヤついた表情で…
「おい、アリシアこれやるよ」
楽しそうに私にメリア様の下着を渡してきました。
どうやらまだ続けるつもりらしいです。
「これ、メリア様の下着ですか?」
「ああ、あいつを挑発するのはこれが一番だからな。あ!もう少しであいつが来るけど、それは上手く隠しといてくれよ!」
確かにメリア様はこれでよくパト様に怒って今日みたいに追いかけ回しています。
でも、心なしか楽しそうに見えなくもありません。
このままでは埒が開かないので、この下着はメリア様に返した方が良さそうですね。
「はぁ、でもあまり長くやりすぎるとメリア様拗ねてしまいますよ?」
そう、この調子で戯れあってる間はまだ笑い事ですむのですが、メリア様は拗ねたら私でも手をつけられないくらいに暴れ回ってしまいます。
なんとしてでもそれだけは避けたいです。
「あいつ拗ねたら本気で攻撃してくるからな、当たったこと無いけど!」
それはパト様だからですよ、まったく。
最悪の場合を想定していた私などつゆ知らず、ドヤ顔で最強発言をしたパト様に心の中でツッコミを入れます。
すると今度は、メリア様がこちらに向かってくる気配を感じました。
「よし!それじゃあもうひとっ走り行ってくるか!」 それに気付いたパト様は逃げるようにこの場から去
り、それから入れ替わるようにメリア様が私の前に現れました。
「ねえ!ご主人ここに来なかった?」
残念、さっきまで来ていたのですがメリア様の気配に気付いて逃げたのでもうここには居ません。
「さっきまでここに居たんですけど…」
でも正直、パト様を捕まえるのは誰であっても不可能だと思います。
なにせ帝王神候補序列1位、実質世界のNo.2ですからね。
なのでまずはメリア様の機嫌を落ち着かせるために、渡された下着を返します。
「これ、メリア様の下着です。先程パト様から預かりましたよ。」
「やっと戻ってきた!私のパンツ!!じゃああと少しご主人を追いかけてから戻るわね!それまでに残りの掃除お願いね!」
どうやら下着が返ってきたことで満足したらしく、先に逃げたパト様ともう少し遊んで終わるみたいです。
やっと帰ってきてくれることに安堵し、それまでに残りの掃除を終わらせようと再びやる気や奮い立たせます。
「はい、掃除はお任せください。メリア様はパト様の相手をお願いしますね。」
「ええ、ご主人も困ったものです」
パト様がメリア様を挑発して喧嘩が勃発し、それを私が帝国内の業務を行いながら側近として面倒も見る。
これが私たちのいつもの通りの日常なんですよね、今日も平和っと。
こんな毎日が続けば良いなと思いますが、しかし仕事が溜まっているのには変わりがなく。
「パト様ーー!メリア様ーー!早く帰ってきてくださいねーーー!!」
私は聞こえているかも分からない2人に向かってそう叫んだ。
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しばらく走っていると、非常に綺麗な青に輝く星を見つけた。
「ご主人!やっと見つけましたよ!どうしたんですか?ご主人?」
「この星は美しいな、」
いつも宇宙を移動することはあってが、こうしてひとつの天体に興味が湧くのは初めてだった。
だからなのか、俺がいきなり立ち止まってきょとんとするメリアにそんなことを言っていた。
「ええ、ですがこの星に入っても何もありませんよ」
「そうなのか!?」
果たしてどのような理由でこんな美し星が生まれるのか気になっていたのだが、しかしそれは予想外のセリフによって驚愕へと変わった。
「ええ、この星は寿命を迎えて霧状に崩壊している最中なんですよ」
「霧状?珍しいな」
「ええ、たまたま爆発性のある素材がなかった星なので」
なるほど、これも生命の最期の輝きというわけか。
命は限りがあるからこそ美しいとはよく言ったもので、目の前に広がる光景も最期を迎えるものにのみ与えられた特権ということなのだろう。
星に命なんかないだろというツッコミはさておき。
その時、ふと俺はこうした美しさに溢れている世界を旅してみたいと思った。
これまで仕事や勉強ばかりで、遊びといったら今みたいにメリアと追いかけっこするだけでろくに周りの世界を観たことはなかった。
ならば、思い立ったら即行動だ。
「なあメリア」
「はい、なんでしょう?ご主人」
こう見えてメリアは根はすごく真面目であり、かなりの堅物だ。
だから俺はあくまで視察という体でその正当性を図る。
「俺はずっと城の主をやったり、帝王神になるための勉強ばかりして、それでちょうど去年その勉強も終わって、現帝王神が引退するまで特にすることもない、いったらフリーだ。だからその間、この世界の住人を見たいなって思ってるんだ。頂点に立つのならこの世界を隅々まで見ておいても問題ないだろ?」
実際に、俺が将来帝王神になるとするとこの世界全域を支配することになる。
ならば今のうちにその世界を巡って各地域の課題などの理解を深めることは、むしろ合理的ともいえるだろう。
「いやいや、王なんですから配下の神たちに指示を出さないと」
これでメリアも納得してくれるだろうと高を括っていたのだが、どうやらそこが不満らしい。
でもメリアの主張はもっともである。
普通は組織の筆頭がいなくなれば部下たちは司令塔を失うこととなり、秩序を保てなくなった組織はやがて崩壊するだろう。
しかし、我がエウレカ帝国だけはその普通に含まれない。
俺の配下は全員【上級神】以上。さらに多数の【最上級神】や守護に特化した【神王】も所属しており、その国力は全世界でトップだ。
故に俺が少しの間国を離れようが、優秀な配下達は各々やるべきことを問題なくこなしてくれるだろう。
「あいつらも全員十分立派だ、各星を守ってる神の頂点クラスしかいないだろ?」
「まあ、パト様の配下ですし、」
これはメリアも理解しているらしく、俺と同じく配下を信頼しているみたいだった。
「それじゃあ明日から各星を巡っていこうぜ!」
明日から世界旅行…もとい視察に行く宣言をしつつ、次は一緒にメリアを誘ってみる。
するとメリアは少し目を見開きながら、少し困ったように下を向く。
「配下の神になんて言えば」
なるほど、メリアなりに配下のことは気にかけてるんだな。
だがそれに関しては問題ない。
「留守番はアリシアに任せるさ、あいつも最上級神の1人なんだ、大丈夫だろ。そうと決まればさっそく準備しに戻らないとな!」
こうして世界巡りが決まったパトとメリアは、まずアリシアに報告するためにエウレカ帝国の帝城に戻る。
しかし、この旅の中で2人にある大きな悲劇が立ちはだかることは、今のパト達には知る由もなかった。